ドラキュラ映画の歴史と「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ」


- ドラキュラ映画の歴史 -

「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ」

- ジム・ジャームッシュ Jim Jarmusch -
<キング・オブ・ジャンル映画>
 映画の歴史において、「ドラキュラもの」(バンパイヤもの)ほど多くの監督たちによって撮られた題材はないでしょう。それも数が多いだけではありません。質の高い作品が多こともこのジャンルの特徴です。
 その作品が何のジャンルに属しているのかを知るだけで、観客がその作品の基本的なストーリーなどの枠組みをイメージできる作品群のことを「ジャンル映画」と呼びます。「カンフー映画」や「西部劇」、「ギャング映画」などは、その典型的なものです。(映画の歴史は、そうした「ジャンル」の枠組みを外す方向へと進んできたともいえますが・・・)
 そんな「ジャンル映画」の中でも、「キング・オブ・ジャンル映画」とも呼べるのが「ドラキュラ映画」だと僕は思います。
 余談ですが、「ドラキュラ映画」と並ぶ、傑作の宝庫となっているのが「ボクシング映画」だと僕は思います。思えば、どちらのジャンルの映画も「血」が欠かせないし、「モノクロ」の映像が似合います。「ドラキュラ映画」が「男と女の永遠の物語」を描いているのに対し、「ボクシング映画」は「男と男の15ラウンドだけの物語」ですが・・・。

 ちなみに「ゾンビ映画」は、「ドラキュラ映画」の亜流かもしれませんが、大きな違いがあります。二つのジャンルの大きく違う点は明らかです。ドラキュラがヨーロッパ東欧生まれで、夜の物語であるのに対して、ゾンビはカリブ海ハイチが生んだ、昼の物語です。ドラキュラ映画の多くが、怪しい美しさや時には同性愛などを描く「色気」が売りなのに対し、ゾンビ映画は残虐さグロテスクさを売りにしています。要するに、ドラキュラ映画はヨーロッパ文化が生み出したもので、ゾンビ映画はアメリカが生み出したものなわけです。21世紀に入り、「ゾンビ映画」は数多く作られていますが、ドラキュラ映画との垣根が低くなっている気がします。二つのジャンルは、おたがいに近づきつつある気がします。


 「ドラキュラ」(ブラム・ストーカーの原作)は東西の対決を表した物語でもある。
 伯爵は東欧(トランシルヴァニア)からやってきて、イギリスの東岸におり立ち、ロンドンの東部のパフリートに住みつく。当時のヴィクトリア朝の読者がこうした描写で想起するのは、外国人や暴力や犯罪である。

「世界文学大図鑑」より

<ドラキュラ映画の名作と歴史> 
<初期のドラキュラ映画>
 ドラキュラ映画の歴史は、映画の歴史そのものともいえます。
 映画史が始まったばかり、サイレント映画の時代、1922年に最初の名作「吸血鬼ノスフェラトゥ」が誕生しています。監督はサイレント映画の巨匠F・W・ムルナウ。主演は、マックス・シュレック、アレクサンダー・グラナックでした。
 元祖オカルト映画、元祖スリラー映画として「ドラキュラ」を世界的に有名にしたのは、オカルト映画界の巨匠トッド・ブラウニングです。彼が監督した映画「魔人ドラキュラ」(1931年)には、ドラキュラ俳優として一世を風靡したベラ・ルゴシが出演しています。あの有名なドラキュラのイメージが彼によって生み出されることになりました。
 映画史に残るトーキー映画初期の名作としては、デンマークの巨匠カール・テオドア・ドライヤー監督による「吸血鬼」(1932)もあります。この作品は、オカルト映画とは異なる芸術作品としての「ドラキュラもの」の可能性をしめした作品です。  
<戦後のドラキュラ映画>
  第二次世界大戦によって混沌としていた1940年代が終わり、大衆が映画にスリルを求めるようになると、ドラキュラ映画は、スリラー映画の王道として再び数多く作られるようになります。
 低予算で恐怖映画のヒット作を量産していた英国のハマー・フィルムは、監督にトッド・ブラウニングを迎え、「吸血鬼ドラキュラ」(1958年)を製作し、世界中で大ヒットさせます。この映画でドラキュラを演じたのが、戦後最高のドラキュラ俳優と呼ばれることになったクリストファー・リーです。(21世紀だと、映画「スター・ウォーズ」の「ドゥークー伯爵」の方が知られているかもしれませんが・・・)ちなみに、同じく映画「スター・ウォーズ」に出演しているピーター・カッシングもドラキュラを対峙するヴァン・ヘルシング博士を演じています。
 1960年代に入ると、ドラキュラ映画には、より芸術性の高い新たなスタイルのドラキュラ映画が登場します。当時の大スター、ブリジッド・バルドーやジェーン・フォンダを起用して美しい女優たちによる耽美的で幻想的な作品を次々にヒットさせていたロジェ・バディムの「血とバラ」はそんな美しいドラキュラ映画の傑作です。
 1967年にはポーランドが生んだ巨匠ロマン・ポランスキーは、「水の中のナイフ」などの成功を受けて、イギリスに招かれ「吸血鬼」を撮り、それをきかっけにハリウッド進出を果たします。そしてその翌年にはハリウッドの人気女優シャロン・テートと結婚します。そしてあの有名なチャールズ・マンソンによる残虐な殺人事件に巻き込まれることになります。 
<1970年代~1980年代>
 1970年代、ニューシネマの時代に入ると映画業界の不況と若者たちによる既成概念の破壊により、「ジャンル映画」の市場は崩壊してしまいます。当然、ドラキュラ映画もまたほとんど撮られなくなりました。
 1978年になり、ドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークが主役にクラウス・キンスキーを迎え、「ノスフェラトゥ」を撮っています。1979年、ハリウッドでは、B級映画の巨匠ジョン・バダムがブロードウェイでヒットした改変版の「ドラキュラ」を映画化。さらにドラキュラもののパロディ「ドラキュラ都へ行く」(スタン・ドラゴッティ監督作品)も製作され、ドラキュラ映画の多様化が始まりました。
 1983年、後に「トップガン」でアクション映画界の巨匠となるトニー・スコットがデヴィッド・ボウィ、カトリーヌ・ドヌーヴを迎えて、美しきドラキュラもの「ハンガー」を撮り、監督デビューを果たしています。ドラキュラ映画はこうした新人または無名の監督にとって、その実力を示すための格好の素材となり、この後も多くの新人監督を輩出することになります。
 1985年、「悪魔のいけにえ」などで有名なスプラッタ映画の巨匠トビー・フーパーが、SFとドラキュラものの融合作「スペース・バンパイヤ」を発表。コメディ版のドラキュラ映画「フライトナイト」をトム・ホランド監督がヒットさせています。
 1987年、「ニア・ダーク/月夜の出来事」は、後に「ハート・ロッカー」(2009年)でアカデミー監督賞、作品賞を受賞することになる女性監督キャスリン・ビグローの出世作。彼女にとって単独としては初監督作品なので、デビュー作からすでにその才能は発揮されていたわけです。西部劇的でアメリカ風の改変ドラキュラものとして、娯楽映画でありながら映像が美しくスリル満点な名作でした。
<1990年代>
 1990年代に入ると、ドラキュラ映画はその本数が増えて行きます。日本でもその後リメイク版「ガメラ」や「デスノート」などを撮ることになる金子脩介監督が、1991年に「咬みつきたい」を発表しています。
 1992年、「ブルース・ブラザース」などコメディ映画の巨匠ジョン・ランディスは、やはりコメディタッチのドラキュラ映画「イノセント・ブラッド」を発表。さらにこの年には、「ゴッドファーザー」や「地獄の黙示録」の監督フランシス・フォード・コッポラも、その名もずばり「ドラキュラ」を監督。主役のドラキュラ役にはゲイリー・オールドマンを起用しています。
 1994年、アイルランド出身のアメリカ人監督ニール・ジョーダンが「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイヤ」を発表し話題となりました。主役には、当時大人気のスター、トム・クルーズとブラッド・ピットを起用しています。
 1995年、「ヴァンパイヤ・イン・ブルックリン」は、ハリウッド製スリラー映画を代表する「エルム街の悪夢」の監督ウェス・クレイブンの作品です。エディ・マーフィーが主演のニューヨークを舞台としたブラック・コメディー・ヴァンパイヤ映画で、続編も作られる大ヒットなりました。この年には、パロディ映画の巨匠メル・ブルックス監督によるコメディタッチのドラキュラ映画「レスリー・ニールセンのドラキュラ」も公開されています。
 1996年にはロバート・ロドリゲス監督の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」が公開され大ヒットしています。ドラキュラ映画に西部劇、犯罪アクション、オカルト・スリラーなどの要素を加えた見事なエンターテイメント作品で、続編も作られています。
 1998年、B級サスペンス映画の巨匠ジョン・カーペンターもドラキュラ映画に参戦し、「ヴァンパイヤ/最期の聖戦」を発表。この年には、スティーブ・ノリントン監督の大ヒット作「ブレイド」も公開されています。マーヴェル・コミックが原作のこの映画はウェズリー・スナイプスの当たり役となり、シリーズ化されています。 
<2000年代>
 2000年代に入ると、ドラキュラ映画は映画界にとってドル箱のひとつとなり、次々にヒット・シリーズを生み出してゆくようになります。
 2000年の「シャドウ・オブ・ヴァンパイヤ」は、E・エリアス・マーヒッジ監督による異色作。F・W・ムルナウ監督の伝説的名作「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1922年)の主演俳優が実は本物のドラキュラだったという設定。主役はウィレム・デフォーでした。この年の「ドラキュリア2000」は製作がウェス・クレイブンで監督はパトリック・ルシエ。新解釈の本格ドラキュラもので未見ですが面白そうです!これもシリーズ化されています。
 2002年には、「ブレイド」の続編「ブレイド2」が公開され、これもヒットしていますが、監督は「パシフィック・リム」のギレルモ・デル・トロです。
 2003年、「アンダーワールド」が公開されています。レン・ワイズマン監督のこの作品は世界的に大ヒットし、シリーズ化されています。スティーブ・ノリントン監督による「リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い」もこの年。こちらはドラキュラだけではない怪物オールスター映画でした。
 2004年、「ヴァンヘルシング」公開。監督はスティーブン・ソマーズ。同年、ロシアではティムール・べクマンベトフ監督がロシア版ドラキュラ映画「ナイト・ウォッチ」をヒットさせ、シリーズ化もされることになります。
 2007年、「I Am Legend」も異色ながらヴァンパイヤもののSF映画です。ウィル・スミス主演でフランシス・ローレンス監督のこの作品も大ヒットしました。
 2008年、「トワイライト - 初恋」(トワイライト・サーガ・シリーズ)が大ヒット。キャサリン・ハードウィック監督のこの作品は「青春ドラキュラもの」という新たなジャンルのヒット作としてシリーズ化されています。スウェーデン生まれの「ぼくのエリ 200歳の少女」もまた同じく青春ドラキュラもののヒット作。トーマス・アリフレッドソン監督のこの作品の人から、アメリカ版「モールス」がリメイクされます。
 2009年、「デイ・ブレイカー」は、マイケル・スピエリッグ、ピーター・スピエリッグ監督の異色のドラキュラもの。人口の8割がドラキュラとなり、人類が少数派となった世界が舞台です。この年には韓国でもヴァンパイヤもの「彼岸島」が韓国の巨匠キム・テギュンによって撮られていますが、その原作は日本のコミックです。同じく韓国映画「渇き」は、パルムドールの候補作品ともなった作品で、「JNA」や「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督作品です。
 2010年、「モールス」はスウェーデン映画「ぼくとエリ 200歳の少女」のアメリカ・リメイク作品でマット・リーヴス監督作品。青春映画としても十分に感動的な作品です。
 2012年、「ビザンチウム」はニール・ジョーダン監督による舞台劇の映画化作品。
 2012年、「ダーク・シャドウ」はティム・バートン監督とジョニー・デップの黄金コンビによるコメディ作品。時代の変化について行けないドラキュラの苦労を描いています。思えば、ドラキュラ映画の奥深さは、それが基本的には悲劇のドラマでありながら、逆にコメディとしても面白くできるところにあるのかもしれません。優れた悲劇と喜劇は裏表なのです。

 そして2013年、久々のドラキュラものの傑作「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ」が誕生しました。 
「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライブ Only Lovers Left Alive」 2013年
(監)(脚)ジム・ジャームッシュ
(製)ジェレミー・トーマス、ライアンハルト・ブルンディヒ
(撮)ヨリック・ル・ソー
(衣)ビナ・ダイヘレル
(編)アフォンソ・ゴンサウヴェス
(音)ヨーゼフ・ヴァン・ヴィッセム
(演)SQURL(カーター・ローガン、ジム・ジャームッシュ、シェーン・ストーンバック)アディショナル・ヴォーカル(ゾラ・ローガン、マデリン・フォリン)
(出)ティルダ・スウィントン、トム・ヒドルストン、ミア・ワシコウスカ、アントン・イェルチン、ジェフリー・ライト、ジョン・ハート
 この作品は異色のドラキュラ映画と言われますが、作法についてはドラキュラの作法にのっとっています。太陽の光を浴びることができずに日中は寝て過ごし、夜もサングラスがかかせません。人間を咬むと咬まれた人間は死にますが、転生させることもできるようでした。(詳細は不明)血液は、O型のRHマイナスを医療施設から裏取引で購入していて、不純物が入っていると死んでしまうこともあります。
 主人公のドラキュラは、アダムとイヴのカップルでティルダ・スウィントンとトム・ヒドルストンというメイクなしでもドラキュラっぽい俳優が演じています。ジョン・ハートといい実にはまり役です。
 アダムは、アメリカのデトロイトで匿名でミュージシャン、ソングライターとして活動していて、お金も稼げています。カルト的な人気ギタリストでもある彼は、そのお金でアンティークのギターを集めてもいます。200年以上生きている彼は、過去にはシューベルトに楽曲を提供したこともあり、その時代ごとに音楽の才能を生かして影で密かに活躍してきたようです。
 音楽オタクの彼の部屋には、歴史的ギターだけでなく、壁には偉大なアーティストたちの写真がずらりと張られていて壮観です。わかった範囲ですが、ジャズ界ではセロニアス・モンクジョン・コルトレーンビリー・ホリディ、ロック界ではボ・ディドリー、ニール・ヤングパティ・スミス、ブルース界はロバート・ジョンソン、チャーリー・パットン、カントリー界の大御所ハンク・ウィリアムス、クラシックもバッハ、その他にも様々なアーティストたちの肖像写真が、フランツ・カフカ、サルバドール・ダリ、アレン・ギンズバーグ、ニュートン、バスター・キートン、マーク・トウェイン、ウィリアム・バロウズ・・・
 イブの会話の中にも、様々な過去の興味深い話題が登場します。「ロックンロール初期の英雄エディ・コクランのギター・プレイを生で見た時のこと」、「シューベルトに弦楽四重奏曲の楽曲を提供したこと」、「バイロンとのチェス」、「フェミニズム運動の先駆者メアリ・ウィルストンクラフトの血が美味しかったという話」、素晴らしい才能、頭脳を持ちながら、人間たちに認められず迫害までされた過去の科学者たちへのオマージュ。(エジソンに消された男二コラ・テスラ、進化論の発表によって迫害されたダーウィン、地動説の発表により死の危険にさらされたガリレオやコペルニクス・・・。どうやら彼は自分の名前は出したくないものの、自分が生きてきた証としての作品などを残すことには意欲的なようです。(それとも食べて行くため?)
<デトロイトとタンジール>
 そんな彼がなぜヨーロッパではなくアメリカのそれもデトロイトに住んでいるのか?
 かつて、モータウンの本拠地としてアメリカン・ポップスの中心地だった街は、1970年代にモータウンが街を離れたロスアンゼルスに移動し、同じ時期「モータータウン」と呼ばれるほど勢いがあった自動車産業が急激に衰退。デトロイトの街は一気に廃墟へと化し、アメリカ一犯罪が多発する危険な場所になってしまいました。ただし、そんな中でもデトロイトは新たな音楽「テクノ」の中心地として多くの才能を生み出してもいます。工場の廃墟とモータウンの残骸、そしてテクノ・ミュージックと麻薬、デトロイトの街はドラキュラにとって魅力たっぷりの土地だったのかもしれません。(いつから住んでいるのかはわからないのですが?)
 そんなアダムの住むデトロイトに対して、イブが住むモロッコの港町タンジールもまた魅力的な街です。(僕は1990年代に一人旅で行ってきたことがあります)ヨーロッパに一番近いアフリカ、イスラムの土地であることから、ヨーロッパとの交流は古く、歴史的にはデトロイトとは比べものになりません。
 1950年代にビートニクの作家ウィリアム・バロウズがタンジールの街に住み、ジャック・ケルアック、ポール・ボウルズ、アレン・ギンズバーグらも、街に滞在していたことでも知られます。1960年代に入ると、ローリング・ストーンズレッドツェッペリンなどもモロッコに滞在し、多くの作品を生み出し、サイケデリック・ムーブメントのもう一つの中心地となりました。同性愛者、麻薬中毒者にとっての楽園でもあったのも事実。テネシー・ウィリアムズイヴ・サンローランな同性愛のアーティストたちの多くもこの街を愛し別荘を所有していました。
 アフリカにおける退廃的アートの聖地といった感じでしょうか?
 二つの街は、どちらも1960年代に時代の最先端を走った後、今はその栄光を失いつつあります。白い建物が並ぶタンジールの街並みとイブの白い衣装、夜の街デトロイトとアダムの黒い衣装。これらの対象が実に有効に機能しています。
 オフビート映画の巨匠ジム・ジャームッシュですが、やはり年季が入り、作りがじつにしっかりしています。 そして、彼が演奏にも参加しているこの映画のイスラミックでサイケデリックな音楽もまた印象的です。 
<挿入曲>
「Funnel of Love」 WandaJackson Charlie McCoy,Kent Westberry,Lamari
「Harissa」 Kasabah Rockers  Pat Jabbar,Abdelaziz
「Caprice No.5 in A Minor」  Charles Yang  Nicolo Paganini 
「Gamil」  Y.A.S.  M.Ahmadzai,Y.Hamdan,A.Abrit 
「Can't Hardly Stand It」  Charlie Feathers Joe Chastain,Jerry Huffman 
「Soul Dracula」  Hot Blood  
「Trapped By A Thing Called Love」  Denis La Salle Denis La Salle
「Red Eyes And Tears」  Black Rebel Motorcycle Club  Robert Been,Peter Hayes,Nicholas Jago 
「Under Skin or by Name」  White Hills Davew,Ego Sensation 
「Hal」  Yasmine Hamdan  Yasmine Hamdan 
「Little Village」  Bill Laswell  Bill Laswell  

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