1979年

- 潜水艇アルビン号によるシアノ・バクテリアの発見 -

<原始生命誕生の謎>
 地球が経験した数多くの幸運の中でも原始生命体の誕生ほど奇跡的な出来事はなかったかもしれません。とんでもない数の試行錯誤が繰り返された後、海の中のどこかで何らかの化学反応が起き最も単純な形の生命が生まれました。その種となったのは地球外から隕石によってもたらされたという説もありますが、未だそのあたりは未解決の謎のままです。
 原始生命の誕生について、初めて科学的な仮説が立てられたのは、やはり20世紀1920年代のことでした。ソビエトのアレクサンドル・オパーリンとイギリスのJ・B・S・ホールデン、この二人がそれぞれ独自に生命の自然発生についての論文を発表。二人の仮説はほぼ同一の内容でした。まだ酸素が生まれていない段階の原始地球の大気、メタン、アンモニア、水素、水蒸気に雷や太陽からの紫外線、火山の熱が加えられることで、そこから有機化合物が生まれます。それが当時の海のどこか(たぶん浅瀬)に溜まり、有機化合物でできたスープが生まれました。そして、そのスープの中から最初の生命体が生まれたと考えられているのです。
 原始生命体が有機化合物のスープから生まれたというのは発表当時は仮説にすぎませんでしたが、それを実験によって検証する試みがその後行われるようになり、1952年、理論の発表から30年後ついにその結果が出ました。アメリカのハロルド・ユーレイの元で研究を行っていた当時大学院生だったスタンリー・ミラーは、メタン、アンモニア、水素ガスからなる気体に水蒸気を送り込み、そこに高圧の火花を放電させる実験を行いました。すると、一週間後、そこには生命がそのもととなるタンパク質をつくる時に必要な二種類の物質アミノ酸、グリシンとアラニンができていることがわかりました。
 その後、原始大気の成分はこの時のものとは異なることがわかってきましたが、新たにわかった大気成分で行われた実験でも、同様のアミノ酸が生まれることが確認されています。

<「裸の遺伝子」>
 最初に生まれた生命はまだ細胞としての機能をもたない不完全なものだったはずで、それは「裸の遺伝子」と呼ばれています。この「裸の遺伝子」について、A・G・ケアンズ・スミスの著書「生命の起源を解く七つの鍵」に以下の記述があります。
「どんな種類の生物でも、必ず何らかの遺伝物質をもっていなければならない。まず初めは、それが核酸でなかったのならば、何か別ものであったに違いない。・・・ヌクレオチドを必要とはしなかったが、それを生産する方向への進化の可能性を秘めた生物が昔はいたのだといわざるを得ないであろう。・・・」
 さらにこの「裸の遺伝子」を生み出した有機化合物の結合「自己集合」について、その条件についても書かれています。
(1)温度は高すぎてはならない。
(2)温度は低すぎてはならない。
(3)分子の濃度が十分に高いこと。
(4)分子は十分にくっつきあえる能力をもっていること。
(5)分子間に働く力は可逆的であること。
(6)分子の種類はあまり多すぎてはならない。

<原始生命から原始細胞へ>
 こうして誕生した原始生命ですが、そのままでは現在の生命にはつながらなかったはずです。生命体として重要な要素が当時はまだ欠けていました。ひとつには細胞そのものの寿命は有限であり、それが生物種として生き続け、進化によって複雑化してゆくためには自らの複製を作り、種を保存してゆく必要ががあったのです。(これを自己複製といいます)
 さらに、水中から陸上へと進出し、オゾン層がなかった地球に大量に降り注ぐ危険な紫外線の攻撃から身を守るための鎧となる「細胞膜」や複雑化するために必要な「多細胞化」も必要としていました。長い長い年月の試行錯誤により、それらを身につけることで、やっと生命は地上において生き抜けるようになります。
 ここまで「生命」という言葉を用いてきましたが、そもそも「生命」とはいったい何でしょうか?細胞膜で守られ、次の世代へと命をつなぐ生命の実体とは何なのでしょうか?
 それは世代を繰り返すために受け継がなければならない「情報とその乗り物」といっていいのかもしれません。そして、その「情報」を閉じ込めた「生命の鍵」が遺伝子なのです。細胞膜という鎧を身につけた遺伝子は、自らの故郷でもある母なる海の水とともにそこに閉じこもりました。これが原始生命体であり最初の単細胞生命ということになります。

<遺伝子>
 遺伝についての研究は、20世紀以前から行われていましたが「遺伝子」についてのの研究は20世紀に入ってから、それも1953年にジェームス・ワトソンとフランシス・クリックにより遺伝子のらせん構造が発表されたことでやっとその基礎ができたといえます。
 クリックは第二次世界大戦中はレーダーの開発をしていたという優秀な物理学者でしたが戦後生化学の世界に転向した人物です。物理学の世界は1930年代までに量子力学が完成の域に達し、なおかつその研究が原子爆弾の開発に利用されて以降、その勢いを失いつつありました。物理学の新しい目標はクォークのように目に見えない小さなおのと、ビッグバンのように巨大なスケールものへと移ることになり、現実の社会とのつながりは失われてゆきました。そのため、名誉だけでなく経済的成功を求めようと思う科学者にとっては、しだいに魅力的ではない分野になっていったともいえます。そのためこの時期、物理学から多くの科学者が化学、医学、生化学、コンピューター、そして分子生物学などの分野へと転向してゆきました。
 当時、多くの研究者たちによって遺伝子の正体がDNA(ディオキシリボ核酸)であることはつきとめられていましたが、その構造についての研究は行き詰まった状態にありました。生化学の分野に転向した彼は物理学の世界で身につけたX線回析などの手法を用いることで、その構造を三次元的なモデルとして解き明かすことに成功します。
 そうなる理由は分からなかったものの、彼らの仮説により、それまで明らかになっていたDNAの性質は実に上手く説明することができました。それは、偶然つじつまが合っているだけのことかもしれないかもしれないという疑念ももたれていたのですが、その後、何年にもわたり彼らのモデルに間違いは見つからなかったことから、「DNAのらせん構造」はやっと定説として認められることになります。こうして、1962年やっと彼らの説は正式に認められノーベル医学生理学賞を受賞しました。彼らの活躍によって、分子生物学という新しい分野が確立され、その後の科学界をリードしてゆくことになります。
「分子生物学は生命を物質機械と捉える決して疑ってはならないドグマを確立したことで、生命現象と物理、化学現象との間を地続きとし、飛躍的な発展への道を切り拓いた。・・・・・」
松井孝典著「宇宙誌」より

<追記>2014年7月
 DNAの構造が「二重らせん構造」であることを発見したジェームズ・ワトソンは、なぜ「二重」であることに気づいたのか?と聞かれた時、こう答えています。
「この世界において重要なものは、すべて対になっているから」
ジェームズ・ワトソン

<ストロマトライト>
 前章(「奇跡の惑星、地球誕生の歴史」)で大気中から二酸化炭素が減ることで地球の温度が下がり、生命が生まれる準備ができたと書きました。しかし、実はそれ以前にもすでに生命が誕生していた可能性があることが最近になってわかりました。それは1979年、アメリカの潜水調査船アルビン号がメキシコ沖の深海2600メートルの海嶺(海の中の山)の熱水鉱床の調査において二枚貝やカニなどの群れを発見したことがきっかけでした。
 なぜ、光もまったく届かず海草なども育たない深海底に多用な生物の群れが生きていられるのか?調査チームが詳しくその場所について調べたところ、そこには地中から噴出する熱水中に含まれた二酸化炭素と硫黄を取り込んで生きる特殊なバクテリア(シアノ・バクテリア)が生息していることがわかりました。そして、このバクテリアを食べることで、そこにいる生き物たちはみな生きていたこともわかりました。
 この種類のバクテリアは、実は深海だけでなく、地上にある火山近くの熱水が吹き出る池でも発見されていました。(イエローストーン国立公園などで発見されています)彼らの生きている環境はかつて地球に酸性で高温の海ができたばかりのころと似ています。ということは、大陸ができる以前から、地球に生命が誕生していた可能性が十分あるということです。
 シアノ・バクテリアは二酸化炭素と硫黄をエネルギーとしていましたが、今から38億年前には二酸化炭素と太陽の光を利用して、エネルギーを生み出す生物が登場していたことがわかっています。その生物である「藍藻類」の登場こそ、地球を今の地球に変えてくれた最大の功労者だったといえます。その仲間であるストロマトライトは現在でもオーストラリアの東海岸などで生き続けていますが、彼らが二酸化炭素から酸素を生み出すようになって初めて地上に酸素が登場することになったのです。ただし、彼らが登場して、すぐに地上の大気が現在のようになったわけではありません。なぜなら、酸素を作る生物がどんどん増えたとはいえ、当初地上に放たれた酸素は海中に大量に存在していた鉄イオンなどの物質を酸化(錆びさせる)させることについやされてしまい、大気中にゆきわたることはなかったのです。
 その証拠が、世界中に広がる鉄鉱床のほとんどが今から20億年から25億年前の間に作られていることです。我々が今利用している鉄は原始生命がかつて繁栄した証だったのです。酸素はこれらの鉄などをすべて酸化させて初めて海を出て大気中に広がり始めることになりました。
 こうして、光合成を行う葉緑素が登場することで始まった地球の改造は30億年という長い年月をかけてゆっくりと行われ、その間地上には光合成で生きる植物が進出。地球上の酸素が増えすぎるとそれはそれで危険な状態になります。数パーセント酸素濃度が上昇しただけで地上では簡単に火事が起きるようになってしまうのです。しかし、そうなる前に地上には酸素を吸収し二酸化炭素を放出する新しい生物が登場します。
 それが現在地上に生きる植物以外のほとんどの生物です。それらの動物と植物がお互いに吸収、排出するガスと地球が吸収、排出するガスのバランスがとれるようになってやっと地上の大気は安定し、多様な生物種によって地球上が満たされるようになるのです。
「46億年という地球の歴史を改めて振り返ってみると、この惑星はその進化の端緒から、生命にとって一定の安定した環境を実現するために、ひたすら邁進してきたかのように思える。海も大陸も、すべては生命の誕生に向かって細心に調整され、いったん生命が誕生すると、今度は生命そのものを、みずからの環境を維持するための重要なファクターとして取り入れてしまう」
松井孝典ちょ「宇宙誌」より

<カンブリア大爆発>
 今から6億年ほど前に酸素濃度はほぼ現在のレベルに達しましたが、それによって生物は酸素から大きなエネルギーを獲得することができるようになりました。これがきっかけとなり生物界では急激な「進化」の時代が訪れます。こうして、カンブリア紀の爆発的進化により、多細胞生物のすべての系統の基本型がこの時期に出そろうことになりました。
「カンブリア紀における諸動物群のいっせいの出現は、かれらの爆発的進化を示す。そしてその爆発的進化は、大気酸素濃度のレベルが上昇してパストゥール点を越えることによって、生物のエネルギー獲得形式が飛躍的に向上したことに起因するのであろう」
(パストゥール点:生物の多くは現在の酸素濃度の1%を越えた時点から発酵によるエネルギー代謝から酸素呼吸へと方法を変えます)
西村三郎著「地球の海と生命」より

 「カンブリア紀の大爆発」については、新たな説が認められつつあります。
カンブリア紀の大爆発の謎に迫る新学説


 こうして、何十億年もの年月をかけて地球のもつ奇跡的な環境が生み出されたわけですが、それを今人類はわずか一世紀たらずの間に大きく変えてしまいました。もし、この調子で人類が地球の生命を絶滅へと追いやるとするなら、地球の歴史上知的生命が存在していた期間は、ほんとうにわずかな期間だったことになります。他の星に知的生命体が誕生していたとしても人類と彼らが出会うまで人類が地球を維持していけるかどうか?地球外生命体との交信が無駄にならなければよいのですが、・・・・・。
「・・・・・人間精神はなおも活動的ではあるが、それは終末と死とを追求し策を練っているのである。筆者は・・・この世界を回復力のない疲れきったものと見る。・・・・・」
H・G・ウェルズ著「世界史概観」より(初版にはなく1947年に追記された記述)

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