ようこそ!トンデモ映画広告黄金時代へ


「映画宣伝ミラクルワールド」
東和・ヘラルド・松竹富士 独立系配給会社黄金時代

- 斉藤守彦 Morihiko Saito -

<トンデモ映画広告>
 マニアックな本が売りの洋泉社は、僕の「音魂大全」を出版してくれた出版社ですが、「映画」は特に得意とするジャンルです。その洋泉社の「映画宣伝ミラクル・ワールド」という本を読みました。これまたマニアックな内容で、売れたのかどうか心配です。とはいえ、さすがは洋泉社の本です。業界人必読?のためになる内容ですが、そうでない方には実に楽しめる内容満載です。特に1970年代に映画を観ていた方には、たまらない内容になっています。ノンフィクションの業界本というよりも、10ページに一度は笑える「トンデモ本」と言っていいと思います。ここでは、そのごく一部をまとめています。是非、本編をご覧ください!
 この本の巻頭のひと言がこうです。

 あの夏『メガフォース』を観て、怒りと失望のあまり、映画館の看板を蹴飛ばして帰った、かつての少年たちに、本書を捧ぐ・・・

 たぶん映画「メガフォース」をご存知ない方も多いでしょう。実は、僕も見ていません。どうやらこれこそ「トンデモ映画」だったようです。

「メガフォース」(1982年)の広告より
 全世界、注視の中、いまハリウッドの精鋭ふたりがド肝を抜く映画に挑んでいる。
 7月×日 進撃開始!
 ハル・ニーダム、アルバート・S・ラディ

 実際に『メガフォース』を観ると、メガタンクであるはずのタック=コムは単なる軽自動車にデコレーションを施した程度のもので、モト・デストロイヤー、メガ・クルーザーといって、自称最新メカ兵器を従えたメガ・フォース軍団は、どこからどう見ても、深夜の国道をけたたましく走り回る暴走族を連想させる有様だった。


 なるほど、トンデモ映画とそれを強引にヒットさせたトンデモ広告マンたちの物語は、面白そうです。他にも、そんなお馬鹿話がいろいろと掲載されています。

<オカルト映画のキャッチ・コピー>
 今や、リメイク作が世界的大ヒットとなっているイタリアが生んだカルトなオカルト映画「サスペリア」のオリジナル版の広告はその最高傑作です。
「サスペリア」(1977年)の広告より
 「決してひとりでは見ないで下さい」
(そうそうこれは究極のコピーでした!同じ頃、邦画では「八甲田山」が大ヒット。そのコピーもまた究極でした。「天は我々を見放した!」)
 「5分間に一回あなたを直撃する驚異の超音波音響立体移動装置サーカム・サウンド」
 「虹色に彩られた恐怖のオートクチュール。いま、全世界はこの衝撃のモードにつつまれる!」
 「女性入場者全員に!!1000万円ショック保険」

 さらにこの映画の広告担当は、こう語っています。
「『サスペリア』の試写会で、上映中に倒れる女の子を出すわけですよ。もちろん仕込みでね。それと医者の格好をした男と、白衣の看護師スタイルの女性を待機させる。それで仕込みの女性が映画を見ていて『倒れた!』ってことになると、それが翌日のスポーツ新聞に記事が載るわけですよ。・・・」

 「サスペリア」のサントラ盤レコードを夜中に聴くと、人間のうめき声が聞こえる。とラジオの深夜放送で語られ話題になったのも、「仕込み」だったようです。

「マニトウ」(1978年)の広告より
 「マニトウ、マニトウ、・・・・・」
 この映画の公開イベントでは、女性祈祷師による祈祷が行われ「恐ろしさ」を盛り上げました?
 僕的には、「マニトウ」のテレビCMの語りが今でも耳にこびりついています。

「スクワーム」(1976年)の広告より
 「全く信じられない恐怖が今度はあなたを襲う!」
 「銀座ミミズ地獄開催!」
 この映画の公開の際のイベントでは、銀座歩行者天国に巨大プールが置かれ、そこにミミズ1万2000匹が放されました。
 そして、プールには現金10万円がばらまかれ、そこに裸足で入ればそのお金がもらえるというイベントが開催されました。
 この時、募集人員は50人でしたが、参加者は15人だけだったとのことです。

 当時はインターネットも存在せず、映画はまだまだ娯楽の王道でしたが、作品の情報を得るのは数少ない映画雑誌に頼るしかありませんでした。それでも映画雑誌を欠かさず読んでいた僕としては、それなりに映画の情報を得ていたので、正直、こうした明らかなドンデモ広告に騙されることはなく、逆に反発して見逃す場合もありました。
 例えば、デヴィッド・リンチの代表作「エレファントマン」の広告は、あまりにアザと過ぎました。
「エレファントマン」(1980年)の広告より
 「真実は語りつくせないドラマを生んだ」
 「私だって人間だ!」いま、その魂の叫びが日本中に衝撃を与えた

 けっしてこの映画は差別に対する問題提起の映画ではなかったはずですが、いつの間にか感動的な作品として売られていたことに強い違和感を覚えていた方もいたのではないでしょうか?

<映画広告黄金時代!>
 今改めて、この本を読みながら、1970年代後半の映画界を振り返ると、その時代の広告のパワーに驚かされ、感動すら覚えます。それも、当時は大手メジャーの映画会社が、製作と共に公開・宣伝を行うのではなく、インデペンデントの映画会社が海外で作品を買い付け、それを自らの手でヒットさせるというシステムがまだ有効に機能していました。そのことは、この本で取り上げている1977年の洋画興行収入ベスト10にも表れています。
1位 「キングコング」(東宝東和)30億9000万円(元祖怪獣パニック映画のリメイク)
2位 「遠すぎた橋」(松竹富士)19億9000万円(史実に基ずく戦争超大作)
3位 「カサンドラ・クロス」(日本ヘラルド)15億3000万円(テロリズム・パニック超大作)
4位 「ロッキー」(ユナイト)12億1600万円(ボクシング映画の歴史的ヒット作)
5位 「サスペリア」(東宝東和)10億8800万円(スプラッタ・オカルト・サスペンスの傑作)
6位 「ザ・ディープ」(コロンビア)10億(海洋冒険アドベンチャー)
7位 「アドベンチャー・ファミリー」(東宝東和)8億9000万円(ファミリー冒険映画)
8位 「がんばれ!ベアーズ特訓中」(CIC)7億9000万円(スポ根コメディ映画)
9位 「エアポート’77 バミューダからの脱出」(CIC)6億7400万円(航空パニック映画)
10位「ダーティー・ハリー3」(ワーナー)6億600万円(刑事アクション映画)

 上記の赤字(東宝東和、松竹富士、日本ヘラルド)5本はいずれもインデペンデント(独立系)の映画配給会社の作品です。バラエティーに富んだ作品群ですが、いずれも広告戦略のおかげもあって大ヒットしたわけです。
 インデペンデントの映画配給会社は、自社が買い付けた映画を自分で宣伝して、自分で公開して、ヒットさせることで生計を立てています。当然、赤字は許されません。だからこそ、彼らの広告戦略は映画の製作者たちに匹敵するほど、工夫され、予算をかけられ、情熱が込められているのです。思えば、かつての映画館にはチラシやパンフレット以外にも、様々な販促グッズがあり、それが楽しみにもなっていました。ポスター、看板、パンフレット、キャッチコピー、販促イベント・・・こうしたものもまた、「映画」という「総合芸術」の一部だったのかもしれません。
 21世紀の今、ネットの口コミなどによって、広告により駄作をヒットさせることはかなり難しくなっています。(フェイクニュースを広めることは簡単ですが・・・)逆にそんな時代は、それはそれで幸福だったのかもしれない、そんな気もします。古き良き時代を懐かしむのは、それほど好きなことではないのですが・・・

<名作だって大変です>
 もちろん駄作をヒットさせることだけが、映画広告の仕事ではありません。それよりも、本当に素晴らしい映画をヒットさせてこそ、映画広告の仕事として意味があります。ところが、名作だからといって、簡単に映画をヒットさせられるわけではありません。
 例えば、黒澤明監督の作品の場合、妥協することがないこだわりの演出のゆえあまりに巨額の製作費がかかるため、それを回収するだけでも大変でした。1970年代以降、そのために日本国内でだけでは製作費を回収できなくなり、ハリウッドでの監督業も映画会社との衝突により不可能となってしまいます。(戦争大作「トラ・トラ・トラ」では監督を降板させられました)
 そこで彼の作品のファンであるアメリカの映画人、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラらが製作陣に加わることによって、やっと製作費が集まり映画製作が実現することになりました。日本ヘラルドは、こうして完成した黒澤監督の超大作時代劇「乱」を社運をかけて公開しますが、かつての黒澤作品のような娯楽性が少ないせいもあり、ヒットとはならず、大きな赤字を抱えることになりました。そのおかげで、5年近くに渡り、大作映画の公開に関わることができなくなります。一歩間違えると、会社をつぶす可能性もあるのが映画です。(そもそも「乱」の製作費は、「南極物語」のメガ・ヒット58億円!をつぎ込むことで可能になったのですが、「乱」の配収は16億円にとどまりました)
 それでも、日本ヘラルドが予算不足のために購入を見送ったヨーロッパの大作「ラスト・エンペラー」を公開した松竹富士は24億1100万円を稼ぐことになり、その後も数多くの名作を世に送り、ヒットさせることになりました。
「ラスト・エンペラー」(1987年)の広告より
「いま、世界がひれふした」
(アカデミー賞でも作品、監督、脚色など9部門を受賞しており、文句なしに世界がひれ伏す作品でした!)

<その他の広告>
1970年代の公開作品
「ミスター・ブー Mr.BOO!」(1976年)の広告より
「なんでも笑って、ごまかそうとする・・これが噂のミスター・ブーだ!」
「地球がお腹をかかえる日」

 主演のマイケル・ホイが、ドリフターズの高木ブーに似ていたために勝手につけたタイトルだったそうです!
 まさかの5億200万のヒット。 
「アドベンチャー・ファミリー」(1975年)の広告より
「ロッキーの光る風に乗って明日の<ニューファミリー>が春の匂いをはこんできた!」
 2月の隙間に穴埋めとして公開した作品がちょっとしたブームとなり8億9000万の大ヒットになりました。
「カタストロフ 世界の大惨事」(1977年)の広告より
「観る恐怖から体験する恐怖へ!失神者続出の衝撃作!」 
「死亡遊戯」(1978年)の広告より
「華麗にして凄絶 最強のエンターティナーが生命を賭けて残した巨大なクライマックス」
 ブルース・リーが残した身近なフィルムを使って一本の映画にまとめた作品が、14億9800万を稼ぎ出しました。
「ゾンビ」(1978年)の広告より
「<最後まで見る勇気>!それがいま試写会場での話題!」 
「ナイル殺人事件」(1978年)の広告より
「今世紀最大のミステリー・ロマンがやって来る!」
 「オリエント急行殺人事件」のヒットを受けたアガサ・クリスティ原作の映画が、18億4100万の大ヒットになりました。
「サンゲリア」(1979年)の広告より
「いま空前の『波状ショック』に衝撃の話題がいっぱいです!今年いちばん『ドキーン』とする映画です。」
 4億4400万のヒット、「サスペリア」のタイトルをパクってますよね。完全に・・・原題は「ZOMBIE」こっちも完全にパクってますけど!
「ファンタズム」(1979年)の広告より
「もう好奇心だけでは危険です!覚悟してください!」
 オカルト・ファンタジーの人気シリーズとなり、2016年には「ファンタズムⅤ ファイナル」が公開されています。
1980年代の公開作品
「アリゲーター」(1980年)の広告より
「誰も12回は必ず飛びあがります」
 幻視聴覚システム使用とうたっていましたが・・・それって何? 
「ブッシュマン」(1981年)の広告より
「笑って感動。これから人間時代」
 1982年日本映画界最大のヒットとなり23億8100万を稼ぎました!ニカウさんは日本でも大スターになりました。
「少林寺」(1982年)の広告より
「巨大なドラマに東洋の武術チャンプが総結集!」
 「死亡遊戯」とセットで購入したオマケが大ヒット。未だにこの映画の19億9100万を超えるアジア映画は生まれていないようです。
 「サランドラ」(1977年)の広告より
「全米が震え上がった!これが噂のジョギリ・ショックだ!」
 1億6500万の小ヒット、「サスペリア」「サンゲリア」ときて、1984年になって日本公開された3番煎じ的作品。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984年)の広告より
「10月6日=今世紀最大の<衝撃>モニュメントが迫る!」
 巨匠セルジオ・レオーネの超大作は、役者も内容も地味目でしたが、8億2750万を稼ぐヒットとなりました。
「アマデウス」(1984年)の広告より
「モーツァルトは毒殺されたのか?!音楽史上最大のミステリー」
 タイトルが「モーツァルト」だったら、単なる伝記映画とみられたかもしれません。
 俳優も内容も地味ながらアカデミー賞効果もあって8億200万の大ヒットとなりました。
「ネバー・エンディング・ストーリー」(1984年)の広告より
「こころに美しい翼を。」
 「オメガ・ファンタジー」という新語を使って、22億300万の大ヒットとなりました。主題歌はネイマールと羽賀健二! 
「西大后」(1984年)の広告より
「歴史のベールを破った恐るべき『謎の女帝』!」
「衝撃!18年間も水ガメ漬けに…いま世界が息を呑んだ恐るべき真実!」

 中国大使館から押し売りされた2本の映画4時間30分を一本にまとめた短縮版。
 歴史映画ではなく、トンデモ・スプラッタ映画として売ることで5億4228万の大ヒット作になりました。
「ランボー/怒りの脱出」(1985年)
「壮大な謎の彼方に2500名の戦士が消えた!」
 続編は一作目の2倍、24億7000万の大ヒットになりました。
 一作目の原題は「ランボー」ではなかったのですが、日本側が「ランボー」と変えて大ヒット。その後、続編タイトルは「ランボー」となりました。
「レッドブル」(1988年)の広告より
「アメリカは、もう眠れない。」
 5億3600万のヒット作では、原題の「Red Heat」を「レッドブル」に訳したセンスが光りました。
 シュワちゃんがロシアから来た刑事役(赤い牡牛)で奮闘しています。 
1990年代の公開作品
「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)の広告より
「生涯ベスト・ワン。」(おすぎ)
 11億67万円 当時人気の映画評論家おすぎのコメントを使うことで成功。
 この後、こうしたパブリシティ利用による広告手法が広がるきっかけとなりました。
「トータル・リコール」(1990年)の広告より
「面白さが映画を超えた。」
 P・K・ディック原作の映画化で24億1100万の大ヒット作。
「ターミネーター2」(1991年)の広告より
「この映画のストーリーだけは、決して誰にも明かしてはならない。」
 57億4456万の大ヒット。1作目の「ターミネーター」を遥かに超えるヒットなりました。



<参考>
「アイドマ AIDMA の法則」(広告業界の鉄則)
Attention(注意)
Ineterest(関心)
Desire(欲求)
Memory(記憶)
Action(行動)

「映画宣伝ミラクルワールド」 2013年
東和・ヘラルド・松竹富士 独立系配給会社黄金時代
(著)斉藤守彦
洋泉社

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