君は象を見たか?銃乱射事件までのカウントダウン

映画「エレファント Elephant 」

- ガス・ヴァン・サント Gus Van Sant -

<エレファントって?>
 この映画のタイトル「エレファント」って何?
 1999年に起きたコロンバイン高校銃乱射事件を題材にした映画のタイトルが、なぜ「エレファント」(象)なのか?
 どうやらこのタイトルにはいろいろな意味が含まれているようです。
 この映画の監督ガス・ヴァン・サントのインタビューによると、彼がコロンバイン高校の事件を映画化したいと製作者に話した時、こう言われたそうです。
「北アイルランドの独立紛争を描いたイギリスのテレビ・ドキュメンタリー番組『エレファント』のような作品なら応援しましょう!」
 もちろんそのドキュメンタリーのタイトル「エレファント」にも意味があったようですが、いくつか考えられる理由をあげてみると・・・。
(1)「Elephant In The Room」ということわざがあります。
 部屋の中に巨大な象がいるのに、誰のその存在を認めず、見て見ないふりをする状態をさすようです。すぐ目の前にトラブルがありながら、そのことを人はなぜか無視してしまうもの。
(2)「群盲象を評す」(インド発祥のことわざ)
 目が不自由な人々が、象と出会い、それをそれぞれ異なる部分を触って説明しようとします。しかし、足を触った人はそれを「柱」と称し、鼻を触った人は「木の枝」と称し、それぞれ触った部分によって意見が違う。「木を見て森を見ず」に近い感じでしょうか。
(3)トランプ大統領、ロナルド・レーガンらに代表されるアメリカの保守政党共和党のシンボルマークが「象」です。
(4)「象」という動物は、乗り物にも利用されるぐらい大人しく賢い動物ですが、一度暴れ出すと誰にも止められない危険な野獣にもなり得る地上最強の動物です。

<今のアメリカの高校って?>
 この映画、ほとんどの場面は登場人物の生徒たちが学校内を歩きながら他の生徒や教師たちと会話している学園ドキュメント・フィルムです。映画の観客は、それぞれの生徒と共に学校内を歩きながらアメリカの高校の今を見て回ることになります。
 監督のインタビューによると、この作品ではあえてストーリーと関係ない部分を描くことで、観客に考える時間を与えたということですが、それはけっして無意味なのではありません。

 昼間っから酒を飲んでいる父親に振り回され学校にも遅刻してしまう少年。この父親を演じているのは、「ジョニーは戦場へ行った」の主役だったティモシー・ボトムズです!もしかすると、この父親は、中東での米軍の作戦に参加した兵士だったのかもしれません。その体験が彼をアルコール中毒にしてしまったのではないか?そんな気がします。
 早く高校を卒業して大学に入学し遊び回りたいと友人たちと語り合う女子学生は、昼食後、そろってトイレに入り、ダイエットのために昼食を嘔吐。
 クラス内でいじめの対象になり、学校にも通わずに友人と部屋でゲームをし続ける二人の少年は、通販で武器を購入し、学校内でのテロを計画します。
 それぞれの生徒たちは、それぞれのストレスを抱えながら、何の問題もないかのように学校に通っています。まさか学校でとんでもない悲劇が起きることになるとは思ってもいません。
 彼らは、恐るべき「象」の存在に気づかないまま、いつものように学校での日常を過ごそうとしていました。

<究極のリアリズム学園ドラマって?>
 この作品での生徒たちの台詞は、ほとんどがアドリブのようです。監督兼脚本家のガス・ヴァン・サントは、ストーリーのアウトラインと重要な台詞だけを出演者に渡し、あとは自由に演技をさせたようです。どうりで普段学校で行われていそうなやり取りが多いはずです。
 この映画のテーマ曲ともいえるアレックスがピアノで弾くベートーベンの「エリーゼのために」も、撮影中にアレックス本人がアドリブで弾いたのがきっかけだったといいます。たぶん監督の指示による部分とアドリブによる生徒たちの会話が監督自らの編集作業によって上手く組み合わされることにより、事件へと進む悲劇へのカウントダウンが描かれることになったのだと思います。
 映画の観客は、誰もが事件のことを知っているので、学校での日常がどんなに平穏なものであっても、そこには緊張感が生まれます。
 「誰もがその部屋に象がいることを知っているのですから」
 登場人物の多くが命を落とすことになるかもしれない。そう思えるだけで普段の何気ない会話が深い意味を帯びることになるのです。観客は、悲惨な殺戮をいつの間にか内側から体験し始めているのです。
 新聞やテレビのニュースによって、事件の全貌を知ったつもりになっていた観客は、それをもう一度より身近な距離で事件を知ることになります。彼らは、「象」を直接手で触るように悲劇を体感することになるのです。そして、それこそが監督が目指していた映像体験だったのです。
(この映画の撮影が行われたのは、監督が活動拠点としているオレゴン州ポートランドの高校です。出演者も同じポートランドの高校生の中からオーディションによって選ばれています)

<ガス・ヴァン・サント>
 この映画の監督であるガス・ヴァン・サント Gus Van Sant は、1952年7月24日ケンタッキー州のルイビルに生まれています。アメリカ東部ロードアイランドのロードアイランド・スクール・オブ・デザインという名門芸術大学で学んだ後、CM制作の仕事につきますが、映画監督を目指し、ロジャー・コーマンのもとで助手を務めるなどしながら、1985年には映画「マラノーチェ Malanoche」でデビューを果たします。
 彼はあえてハリウッドとの距離を保つように活動拠点をオレゴン州ポートランドに定め、そこで若者たちを主人公としたポートランド3部作を発表し、一躍世界的な評価を受けるようになります。「マラノーチェ」、ドラッグから抜け出せない若者マット・ディロンの「ドラッグストア・カウボーイ Drugstore Cowboy」(1989年)、キアヌ・リーヴスとリバー・フェニックスとの同性愛を描いた「マイ・プライベート・アイダホ My Own Private Idaho」(1991年)
 続く二作は、女性が主人公。同性愛のヒッチハイカーの旅を描いた(ユマ・サーマン)の「カウガール・ブルース Even Cowgirls the Blues」(1993年)、危険な美女(ニコール・キッドマン)が主役の「誘う女 To Die For」(1995年)。
 マット・デイモンとベン・アフレックの出世作ともなった青春映画の傑作「グッドウィル・ハンティング/旅立ち Good Will Hunting」(1997年)ではいよいよ世界的な人気を獲得。その大ヒットにより、彼には作品を選ぶチャンスが与えられることになったことから、「エレファント」の映画化が実現したと考えられます。
 彼は、ミュージシャンとしても活動していて、音楽界との関りも深い監督です。ミュージック・ビデオの演出も多く、彼が担当したアーティストとしては、デヴィッド・ボウィレッド・ホット・チリペッパーズ、トレイシー・チャップマン、ディー・ライト、エルトン・ジョンk・d・ラング、ジョン・メイヤー、ハンソン・・・。そうそうたる顔ぶれです。
 ただし、そこまでロック好きな監督ですが、この作品ではあえてそうしたロック・ミュージック趣味を封印。ベートーベンの「ピアノソナタ第14番(月光)」と「エリーゼのために」が、独特の世界観を生み出しています。

「エレファント Elephant」 2003年
(監)(脚)(編)ガス・ヴァン・サント
(製)ダニー・ウルフ
(製総)ダイアン・キートン、ビル・ロビンソン
(撮)ハリス・サヴィデス
(出)ジョン・ロビンソン、アレックス・フロスト、エリック・デューレン、イライアス・マッコネル、ジョーダン・テイラー、ティモシー・ボトムズ
カンヌ国際映画祭初のパルムドール、監督賞

映画「ミルク」 
アカデミー脚本賞、主演男優賞受賞作

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