世界を驚かせた「赦し」の言葉


「それでもあなたを『赦す』と言う Grace Will Lead Us Home」

- エマニュエル教会銃乱射事件 -
<世界を驚かせた被害者の言葉>
 2015年にアメリカで起きた教会襲撃事件と関係者の証言を記録した記録したノンフィクション作品を読み感動させられました。久しぶりに涙をこらえながら本を読みました。それは、事件があった街チャールストンの新聞社の記者が丹念に被害者の親族や加害者の親族など関係者への取材を行った労作です。
 この事件が世界を驚かせたのは、犯行の残虐さではなく、被害者の数の多さでもなく、手口の巧妙さでもありませんでした。
 無差別に銃撃され殺された被害者の親族が、公の場で犯人に対し「私はあなたを赦す」と宣言したことが、世界的に話題になったからです。
 多くの殺人事件の被害者が、犯人の死刑を望み、出来る事なら自分が殺したいと発言するにも関わらず、なぜそんな赦しの言葉が発せられたのか?
 このリポートでは、その理由について深く掘り下げています。
 さらにこの作品には、襲撃事件の全貌が記録されているだけではなく、その事件から始まった州議事堂からの南軍旗撤去問題についても詳細に描かれています。そこまでくると、2020年のブラック・ライブズ・マターとの関りも見えてきます。残念ながら、この事件の後も、銃規制は進まず、トランプ政権が誕生することで事態はさらに悪化することになりました。それどころか、警察の体制はこの事件の頃よりも悪くなってしまいます。そして、ミネアポリスの街でジョージ・フロイドが警官によって殺されてしまうことになるのです。その意味では、この事件は事件自体は悲劇的ですが、そこから先の対応や人々の反応は、ずっと平和的で理性的で素晴らしいものだったと言えるのかもしれません。

<事件のあらまし>
 2015年6月17日夜、アメリカ南部サウスカロライナ州チャールストンにエマニュエル教会で毎週開催されていた聖書勉強会に出席した白人青年ディラン・ルーフが突然、銃を乱射し、77発の銃弾を撃ち続けることで、12人の出席者のうち9名を射殺しました。その教会の信者はほとんどが黒人で犯人は出席する全員が黒人であることを知っていて、彼は黒人への無差別殺人を実行したのでした。
 犯人はその後、目撃者の証言などによって逮捕されます。その犯行は、引きこもり状態で見続けていた白人至上主義のサイトの影響によるものでした。白人社会への黒人たちによる侵略に対し、自分が反撃の口火を切ることで世の中を目覚めさせられると考えての愚かな犯行でした。長い間、職にもつかず、親元で孤独な暮らしをする彼はネットからの情報によっていつの間にか洗脳されていたのでした。
 彼は犯行場所として、黒人だけが集まり、警備も手薄で、人数も手ごろな教会の夜の聖書勉強会を選びました。そして、12名のうち、その部屋にいなかった1名と目撃者としてわざと2名を殺さず、残りの9名は情け容赦なく弾丸を打ち込み殺したのでした。

<マレン署長>
 市の警察署長は、事件の捜査を開始します。当初は犯人が何名か?まだ攻撃をするつもりか?目的はテロか、差別か?何もわからない状態でした。そこで彼が優れていたのは、捜査と同時に被害者へのケアにも動いていたことでした。

 その中でも彼は二つの難題に特に注力した。犯人を逮捕すること、傷ついている家族らを良い環境に置くことだ。彼らのために犯罪被害者などの代理人ネットワークなどに応援を要請し、エンバシースイートホテルに集まった百人以上の人々のケアのための家族支援本部を作ってもらった。皮肉なことに、最近の大量殺人の急増のおかげで司法組織では訓練がされていた。サンディフィック小学校銃乱射事件と2013年のボストン爆発事件での家族のケアを担当したFBIのチームがすぐに到着し、貴重なノウハウをもたらしてくれた。彼らは司法機関と打ちひしがれている家族の仲介役となる。この結びつきがのちに大きな意味をもった。

<エセル・ナディーン>
チャールストン郡保釈裁判所にて、被害者の一人エセル・ランスの娘ナディーンの言葉が世界を驚かせました。

「みなさんに、そしてあなたにどうしても知ってほしいんです。私はあなたを赦します!あなたは私から大切なものを奪いました」
ハスキーな声が押し殺したすすり泣きでとぎれる。
「もう二度と母と話すことはできません。二度と母を抱きしめることもできません。それでもあなたを赦します!そしてあなたの魂に神様のお慈悲がありますように。あなたは、私を傷つけた!たくさんの人を傷つけた」
強い口調になるたびに、きつくカールした黒髪の下でゴールドのイヤリングが揺れた。
「でも神はあなたを赦します。だから私もあなたを赦します」

 しかし、被害者家族のよる赦しの言葉による感動とは別に家族の間には、様々な心の葛藤や行き違いが生まれつつあったのも事実です。その教会の信者の誰もが神を信じ、お互いを信じ合っているわけではありませんでした。

 全米は遺族たちの赦しの言葉に驚嘆しているのに、姉妹たちが互いに優しい気持ちになるのは難しかった。どこの家族でも、この悲劇の大きな衝撃が事件前からあった痛みや嘆きを何百万倍にも増幅することになった。エセルの死を嘆く者同士が互いにすぐに許せないようなことを言い合うようになるまで長くはかからなかった。

 事件の舞台となったエマニュエル教会の信者の多くは事件の後、死亡した牧師の代わりに赴任した人物が、教会の業務やマスコミ対応そして献金の処理に忙しく、自分たちの元に一度も訪問してくれなかったことに怒ります。
 ついには不正経理疑惑もあり、早々に交代することになります。そのため、一部の会員は隣にある白人が多く通う長老派の教会に通うようになりました。

<オバマ大統領>
 事件の重要性を重く見たオバマ大統領はすぐに事態の悪化を防ぐべく現地の共同葬儀に参加します。(トランプ大統領の対応と違うのは当然ですが・・・)そのうえ、彼は現場で演説だけではなく「アメージング・グレイス」を歌うことで人々を感動させることにも成功します。

オバマ大統領による追悼演説より(2015年6月26日チャールストン大学にて)
・・・黒人だけが集まることが法律で禁止されていた時代も、不公正な法に反抗し、ここでは礼拝が行われていました。人種隔離政策の撤廃を求める正当な運動として、マーティン・ルーサー・キングJr.はこの教会の説教壇に立って演説をし、この教会の階段からデモ行進が出発しました。この教会は聖地なのです。・・・
 ピンクニー師と8人の人々を殺害した犯人が、この歴史すべてとを知っていたのかどうか定かではありません。しかし彼は自分の残虐な行為の意味を感じていたはずです。・・・恐怖と引き起こし、反撃が起こり、暴力や疑いがはびこるだろうと想像して行った行為なのです。我が国の原罪にさかのぼる分断をさらに深めるだろうと思い込んで行った行為なのです。
 ああ、しかし神はとても不可解なやり方で事をなされる。神には違う考えがあるのです。犯人は神に動かされていることを知らなかったのです。憎悪に目が眩み、容疑者はピンクニー師と聖書勉強会の人々を取り巻いている恵みに気づくことができませんでした。教会のドアを開けた見知らぬ物を招き入れ、祈りの輪に加えた彼らが愛の光に輝いていたことに。容疑者は、突然悲しみの淵に突き落とされた遺族たちが法廷で自分を見たとき、言葉にできないほどの悲嘆のさなかにあるのに、赦しの言葉で応じてくれるとは予想もつかなかったでしょう。それは彼の想像を越えていたのです。・・・・・
 人種間の関係が一夜にして変貌することは思えませんし、そう期待するべきではありません。こういうことが起こったときにはいつも、人種についてもっと対話が必要だと言う人が出てくるものです。人種について我々はたくさん話し合っています。近道はありません。対話はこれ以上必要ありません。銃の安全のための基準をいくつかもうければ悲劇は防げると思っていてはいけないのです。それでは防げない。・・・・・
 しかし我々が居心地のよい沈黙に戻ってしまったら、それはピンクニ―師が戦ってきたすべてのことに対する裏切りになります。弔辞が述べられ、テレビカメラが去り、通常の生活に戻ったとき、我々は今も社会に偏見が巣食っているという居心地の悪い真実から目をそらしがちです。象徴的なジェスチャーばかりで満足し、その後さらに永続的な変化を求めるための困難は働きかけを行わなかったら、我々はまた道に迷ってしまうでしょう。


 そして、この後大統領は突然アカペラでアメリカ第二の国家とも言われる「アメージング・グレース」を歌い出し、聴衆もすぐに彼との合唱を始めることになりました。


<死刑宣告>
 事件の裁判も当然アメリカ中の注目を集めることになりました。もし、白人の犯人にかつてのような無罪判決が出るなどという事態になれば、当然暴動が起きたでしょう。しかし、そうはさすがにならず、犯人には有罪となります。
 事件の裁判が行われた後、被告への刑の宣告が行われました。その際、判事はマーティン・ルーサー・キング牧師がかつて引用した19世紀に奴隷制廃止を唱えた聖職者の言葉を紹介しました。
「悪のない世界への道のりは長いが、それは正義のほうに向かってカーブしている。そして正義がなされるだろう」
「ルーフさん、起立してください。被告は自身の犯罪の報いを命で払うことになりました」

 こうして、被害者家族の許しの言葉があったももの、犯人には死刑が宣告されました。

<南軍旗掲揚と撤去問題>
 事件が起きたチャールストンのあるサウスカロライナ州は未だに人種差別が根強い土地です。その象徴と言えるのが、州議会の前に掲揚されている南軍の旗です。奴隷制を守るために戦った軍隊の旗を未だに掲げていることが、人種差別を今でも容認していると思われても当然です。そのため、インド系移民の州知事は、以前から議会から南軍旗を撤去しようとしていましたが、保守派の議員の圧力により失敗に終わっていました。しかし、事件の後、ついに世論も味方に付き、議会が動くことになりました。

 白人の州議会議員で、第二次世界大戦の帰還兵であるジョン・アマサ・メイが旗を設置しようという運動をまず展開して、翌年にドームのてっぺんに永久に立てておこうと主張した。「ミスタ―連合軍」として知られるメイは南軍の制服を着て州議会にやってきて、南北戦争百周年の大規模な行事を監督する委員会の長をつとめた。
 その後、何度もこの南軍旗の掲揚については反対意見が出されたが毎回その意見は拒否されていた。
 しかし、この事件の後、サウスカロライナのヘイリー州知事は、その南軍旗の撤去を議会に提案します。
「私の希望は我々を隔てるシンボルを撤去することです。そうすれば我々の州を調和の州として前進させ、今は天国にいる九人のすばらしい魂を讃えることができるのです」


 結局、知事のこの言葉を聞いた州議会は旗の撤去を決定。州議会から人種差別の象徴でもある南軍旗は撤去されました。その撤去の瞬間を約一万人の人々が目撃しますが、それだけのために9人の命が失われたとすれば、それはそれで悲しいことでした。そしてこの南軍の旗の問題はトランプ大統領誕生後、再び注目を集めることになります。


「それでもあなたを『赦す』と言う Grace Will Lead Us Home」 2019年
(著)ジェニファー・ベリー・ホーズ Jennifer Berry Howes
(訳)仁木めぐみ
亜紀書房

ブラック・ライブズ・マター   トップページヘ