アメリカの苦悩最前線を描いたテレビ・シリーズ

「ER 緊急救命室」

- マイケル・クライトン John Michael Crichton-

<最高のテレビ・ドラマ>
 今まで見たテレビ・ドラマで最も好きな作品はどれか?そうきかれたら、まよわず「ER」と答えます。(たぶんうちの奥さんもです)第1シーズンから第15シーズンの最終回まで、すべての回を欠かさず我が家では見ていました。(第1シーズンだけは途中から見たので後追いでレンタルで見ましたが・・・)うちの奥さんが昔、慶応病院の手術室に勤務してたことがあるので、解説付きで見られたので、専門用語も楽しむことができました。
 このドラマ最大の魅力は、それまでのテレビや映画にはなかった臨場感とリアリティーにあります。この番組のために購入された廃院となっていた病院は、このドラマの主役と言ってもよい存在でした。さらにそこにステディー・カムを持ち込むことで生み出された流れるような映像により、視聴者はまるでカウンティ―総合病院のスタッフになったかのようにドラマに感情移入することができました。その究極の形として、生放送で作られた回がありましたが、その時の緊張感はドラマ全体に保たれていた気がします。(その回の放送の際、NHKでは声優陣が生で吹き替えを行うという挑戦を行いました。そうした緊張感は、今の日本のテレビ・ドラマに欠けている部分だと思います)

<究極の集団ドラマ>
 このドラマは、ある意味病院全体を一人の複雑な人格をもつ人間として描いているともいえますが、複数の主人公による究極の集団ドラマとして最高峰にあるといえます。僕としては、そうした集団ドラマの代表作「マッシュ」との関係を思わずにはいられません。「マッシュ」は、アメリカのテレビ・ドラマにおける最大視聴率番組として歴史的作品ですが、日本では一部しか放送されていない幻の作品でもあります。もともと集団ドラマの完成形を作り上げた映画界の巨匠ロバート・アルトマンの出世作「M★A★S★H」のテレビ・ドラマ化作品でしたが、映画のブラックな要素に反戦ドラマとしての政治性も合わせもつ素晴らしいドラマでした。(1970年代に放送していた当時は欠かさず見ていました)改めて、「マッシュ」と「ER」を比較すると、その共通性に気づかされます。
 「マッシュ」はアメリカにとっての平和で豊かな黄金時代、唯一戦場となっていた朝鮮戦争を舞台にしていました。それに対し、「ER」は不況だけでなく様々な問題を抱えてしまったアメリカにおける救急医療の現場を戦場として描き出していました。もちろん、「マッシュ」は陸軍野戦病院が舞台なので、両方とも医療ドラマとして見ることもできますが、どちらも毎回主人公が変わる集団ドラマの傑作でもありました。そんな中、「マッシュ」の主役の一人だった映画俳優でもあるアラン・アルダは、「ER」(第6シーズン)に認知症の医師の役で出演しています。それは「マッシュ」へのオマージュともえいるシーズンでした。

<ERを貫く思想>
 「ER」の凄さは、ロングラン・シリーズになっても当初のトーン&マナー(世界観)を変えず、そのクオリティーを保ち続けたことにあります。製作者のジョン・ウェルズと原作者でもあるマイケル・クライトン(当初はスティーブン・スピルバーグも参加)のこだわりがその思想を支え続けていたようです。
 原作者のマイケル・クライトン John Michael Crichton は、もともと医学部出身の作家でマサチューセッツの総合病院のERに勤務していた経験がありました。その時の経験をもとに1970年代前半には「ER」の構想を立て、脚本を書き上げていたといいます。その後、「アンドロメダ病原菌」(1971年)の映画化や「ウエストワールド」(1973年)、「コーマ」(1978年)などの作品が次々にヒットし、売れっ子の作家、脚本家、監督となり、彼が温めていた「ER」には映画化、テレビ化のオファーは常にあったようです。しかし、自らの体験から生まれた思い入れ深い作品なだけに、彼は安易なドラマ化を認めませんでした。そんな中、スティーブン・スピルバーグが映画化を申し入れ、ついにスピルバーグならばと映画化の準備に入ります。ところが、同じ頃、スピルバーグの「ジュラシック・パーク」(これもまたマイケル・クライトンの原作!)が大ヒットし、その後、彼は続編の製作も行うことになります。こうして再び、「ER」の映像化は宙に浮いてしまいました。
 そこに登場したのがアンブリン・テレビジョンからのテレビ・ドラマ化オファーでした。テレビ局はクライトンの意図を理解し、その映像化に強い意欲をみせ、脚本家兼製作者としてジョン・ウェルズが参加して、いよいよドラマ化が動き出します。さらに映画化に意欲をみせていたスピルバーグも製作者として加わることで、番組への期待も高まりました。結局ウェルズとクライトンのコンビは、第15シーズンの最後まで、クライトンがこの世を去るまで関わり続けることになります。(第1シーズンが1994年スタートで、第15シーズンは2009年に終了しました)
  このドラマが描いたのは、当初は救急救命医療の問題でしたが、シリーズ化とともに毎シーズンごとに時代の流れと社会問題を取り込むことで新たな展開を見せ続けました。
「人種差別」、「家庭内暴力」、「麻薬問題」、「不法移民」、「エイズ」、「9・11」、「海外派兵」、「アフリカにおける内戦」、「セルビア紛争」、「末期医療と安楽死」、「遺伝子治療」、「中絶問題」、「性同一傷害」、「障害者福祉」、「ホームレス」、「宗教対立」、「男女差別」・・・
 時代の変化を移しながらERはより深く現実のアメリカを反映することで「重く暗いドラマ」になってゆきました。たぶんそのために視聴率は当初より、かなり落ちて行ったはずです。しかし、クライトンの思いは常に貫かれ、トーン&マナーを変えることはありませんでした。

<登場人物たちへのオマージュ>
<ドクターたち>
マーク・グリーン」(アンソニー・エドワーズ)
 間違いなくシリーズ最大の山場は、あなたの死でした。テレビの前でまるで親族の死のように送らせていただきました。あなたのハワイでの最後の日々は、シカゴでの喧噪の日々を忘れさせ天国への入り口となったのでしょう。僕はあなたにすっかり感情移入していたので、あなたが死んでから見た「ER」はまるで天国から残された人々を見つめている気分でした。
ダグラス・ロス」(ジョージ・クルーニー)
 アンソニーの死に対して、あなたは俳優としての活躍によって、ごく自然にドラマから消えたといえます。「ER」卒業生の中でも最も成功したのがあなたでした。俳優として卒業後は、監督、製作者としても活躍を続けていますが、それぞれの作品の質は高く、その反体制的な姿勢には「ER」の意思を感じます。
ジョン・カーター」(ノア・ワイリー)
 グリーン先生亡き後、ドラマの主役となったあなたは、まるで悩めるアメリカの姿を映し出しているようでした。あなたの成長とともに、あなたの苦悩と共にドラマは変化し続けました。ドラマの終了はあなたが生きるべき道を歩み始めたことの証明だったのかもしれません。その後、政界進出してアメリカを変える存在になってもいいのではないでしょうか?
ピーター・ベントン」(エリック・ラ・サル)
 アメリカにおいてアフロ・アメリカンがエリートとして生きるための苦悩を体現したあなたは、それまでのドラマとは異なる新たな黒人像となりました。あなたもまたそうした苦悩から逃れることができ、無事卒業できて良かったと思います。シリーズの中ではアフロ・アメリカンの若者たちは悩める存在だったので、あなたの存在感はドラマに安定感を与えてくれました。
キャロル・ハサウェイ」(ジュリアナ・マルグリース)
 家族の問題を抱えながらも、優秀な能力と強い正義感をもつあなたはダグラス・ロスを追いかけて行ったのですが、正直心配です。うちの奥さんは元々看護師だったので、あなたに感情移入していたと思うのですが、・・・あなたにはなんとしても幸福になってほしいと思います。
スーザン・ルイス」(シェリー・ストリングフィールド)
 僕はあなたの大ファンでした。グリーン先生がなぜあなたと結婚しなかったのか?今でも残念です。考えてみると、強い女性が多かったシリーズの中であなたは貴重な可愛げのある女の子だった気がします。あなたが復活した時は本当にうれしかった。
ケリー・ウィーヴァー」(ローラ・イネス)
 演出家として多くの作品を監督したあなたは、その後テレビの演出家として活躍。障害者問題、同性愛の問題、そして中間管理職の苦悩を体現したあなたの演技は忘れられません。あなたがみせた「優しさ」、「いやらしさ」、「強さ」そして「弱さ」は実に人間的でした。
ジェニー・ブレ」(グロリア・ルーベン)
 夫からエイズを感染させられたあなたは、シリーズ中もっとも薄幸の女性だったかもしれません。あなたが見せた儚げな笑顔は忘れられません。もっとも心優しい女性だったあなたものまた幸せになる権利があると思います。
レイ・シェパード」(ロン・エルダード)
 ロックバンドとの掛け持ちという軽い立ち位置の存在から、事故で両足を失うというもっとも衝撃的な悲劇を背負うことになったあなたは、まったく異なる人生を歩みましたが、そのポジティブさは常に変わらなかったのかもしれません。悲劇から立ち直ったあなたはきっと多くの障害者に勇気を与えたことでしょう。
アビー・ロックハート」(モーラ・ティアニー)
 看護師から医師へとステップアップしたあなたは、まさに努力の女性でした。夫からの暴力や貧困の中から立ち上がったあなたの生き様は、多くの女性たちに勇気を与えたはずです。
グレゴリー・プラット」(メキー・ファイファー)
 アフロ・アメリカンとしてピーターの弟子として、一人前となった後継者。彼のデビュー作はスパイク・リーの「クロッカーズ」。
ニーラ・ラスゴートラ」(バーミンダ・ナーグラ)
 「ベッカムで恋して」(2002年)でデビュー。このシリーズでもぴか一のカワイ子ちゃんキャラだったあなたはインド系俳優として、今後も活躍してほしいと思います。あなたを娘のように心配していたファンは多かったと思います。
エリザベス・コーデイ」(アレックス・キングストン)
 グリーン先生の最後を看取っただけでなく、先妻の子供との関係にも苦労したあなたの苦悩は深かったはずです。まだまだ若かったので、もう一度誰かとやり直してほしいと思います。
ロバート”ロケット”ロマノ」(ポール・マクレーン)
 「ロボコップ」の一作目で伝説的な殺され方をしたあなたもこのドラマでは演出も担当。「ロケット・ロマノ」のキャラクターは、悪役ながら憎めない素敵な存在として忘れられません。
ルカ・コバッチュ」(ゴラン・ヴィシュニック)
 「セルビア紛争」をドラマにもたらしたあなたは戦争の悲劇をもっとも深く体現した存在でした。シリーズ中あなたはもっとも影のある存在だったと思います。あなたにも幸福が訪れますように・・・。
アーチー・モリス」(スコット・グライムス)
 ユダヤ系キャラで、真面目か不真面目かつかみどころのない存在は暗くなりがちだったシリーズ中盤を救ってくれました。ご苦労様でした。
ドナルド・アンスポー」(ジョン・アイルウォード)
 いやらしい上司役として登場するも、いつの間にか部下を助ける心優しいおじさんとなったあなたの顔は、なんだか仏様のように変化してしまった気がします。
デヴィッド・モーゲンスタイン」(ウィリアム・H・メイシー)
 「ジュラシック・パーク3」に出演したのは、「ER」でスピルバーグとの関係ができたから?「ファーゴ」でも活躍してもう大物俳優の仲間入り。
ジン・メイ・チュン」(ミンナ・ウェン)
 中国系を代表する医師として活躍。ニーラが登場する前のカワイ子ちゃん役でしたが、途中で復活登場。大人になっていました。
マイケル・ガラント」(シャリフ・アトキンス)
 中東紛争での悲劇を背負わされたのが、彼のようなアフロ・アフリカンだったというのも現実的にその事実に即したものといえます。プラットの弟子はあまりに悲劇的な退場となりました。
トニー・ゲイツ」(ジョン・ステイモス)
 ジョージ・クルーニーの後継者的存在として登場した二枚目のもてキャラ。
マギー・ドイル」(ジョージャン・フォックス)
キャサリン・バンフィールド」(アンジェラ・バセット)
ドゥベンコ」(リーランド・オーサー)

<看護師&スタッフ>
ジェリー」(エイブラハム・ベンルービ)
フランク」(トロイ・エヴァンス)
マリク・マクグラス」(ディザー・D)
リディア・ライト」(エレン・クロフォード)
チュニー・マーケイズ」(ローラ・セロン)
ヘレエ・アダムス」(イヴェット・フリーマン)
 ERにおける「肝っ玉母さん」的存在だった看護師。糖尿病になったらしく途中で激やせしました。

ケム・リカス」(タンディ・ニュートン)
 カーターの妻となったあなたは、ER外のキャラクターとしてもっとも重要な役だったと思います。「クラッシュ」など、映画界でもブレイクしたあなたは若かりし頃の「シャンドライの恋」でも素敵でした。アフロ・アメリカン女優の美しいさを体現したあなたもきっとこのドラマの魂を受け継いでくれるとこと思います。大女優への道を歩んでください。

(ゲスト・スター)
サリー・フィールド、パイパー・ローリー、テリー・ガー、スーザン・サランドン、ダコタ・ファニング、ルーシー・リュー、バレリー・ペリン、ショーン・ヤング
エド・ローター、レッド・バトンズ、クリス・サランドン、ジム・ベルーシ、ジェームス・ウッズ、スイテイシー・キーチ、ハル・ホルブルック、アーネスト・ボーグナイン、イーライ・ウォラック、ピーター・フォンダ
ダニー・グローヴァー、ルイス・ゴセットJr、カール・ウェザース
ローランド・モリーナ、ドン・チードル、シャイア・ラブーフ、レイ・リオッタ、アーマンド・アサンテ、ザック・エフロン、ユアン・マクレガー、フォレスト・ウィテカー

(演出)
クリストファー・チュラック、リチャード・ソープ、フェリックス・エンリオケス・アルカラ、ジョン・ウェルズ、アンソニー・エドワーズ、ジョナサン・カプラン、ローラ・イネス、ポール・マクレーン、クウェンティン・タランティーノ、ミミレダー、エリック・ラ・サル
 出演者たちに数多く演出の機会を与えたのもこのドラマの特徴でした。そうすることで、このドラマはさらに多様な視線をもつドラマとなりました。といってもなお、「トーン&マナー」は一貫していました。

(音楽)
 このシリーズのテーマ曲も忘れられません。作曲者は、今やハリウッドを代表する映画音楽の作曲家として売れっ子のジェームズ・ニュートン・ハワードです。
<ジェームス・ニュートン・ハワード>
 ジェームズ・ニュートン・ハワード James Newton Howard は、21世紀に入って、ハリウッド業界内で最も実力を評価されている作曲家の一人です。彼が生まれたのは、1951年6月9日、ロサンゼルス。南カリフォルニア大学でピアノを専攻した後、1970年代から80年代にかけて、キーボード、ピアノ奏者として活動。エルトン・ジョンのツアーにバッキング・メンバーとして参加したり、キーボード奏者として、カーリー・サイモン、ダイアナ・ロス、リンゴ・スター、メリサ・マンチェスター、TOTOなどのアルバム録音に参加しています。そうしたスタジオ・ミュージシャンとしての活動の中から、映画音楽の録音にも参加し、少しづつ作曲や編曲の依頼を受けるようになります。作曲家としてのデビュー作は、1985年の映画「マッド・オフィス」です。インタビューによると、彼は尊敬する作曲家として、ジェリー・ゴールドスミスの名前を挙げています。決して音楽を表に出すことのない裏方に徹した曲作りは、彼が参加した作品のクオリティーの高さを支えているはずです。 
<代表的な作品>
「マッド・オフィス」「ワイルド・キャッツ」(1985年)、「800万の死にざま」(1986年)、「プロミストランド」(1987年)、「サイゴン」(1988年)、「メジャー・リーグ」(1989年)、「プリティ・ウーマン」(1990年)、「サウスキャロライナ」「愛の選択」(1991年)、「逃亡者」「デーヴ」「生きてこそ」(1993年)、「ワイアットアープ」(1994年)、「ER第1シーズン」TV(1994年)
「ウォーター・ワールド」「アウトブレイク」(1995年)、「シックス・センス」(1999年)、「アンブレイカブル」「ダイナソー」(2000年)、「コラテラル」(2004年)、「キング・コング」(2005年)、「ダークナイト」(2008年)、「ソルト」「ツーリスト」(2010年)、「幸せの教室」(2011年)、「スノーホワイト」「ボーン・レガシー」「ハンガー・ゲーム」(2012年)、「パークランド ケネディ暗殺、四日間の真実」(2013年)、「マレフィセント」「ナイトクローラー」(2014年)、「ハンガー・ゲームFINAL」(2015年)、「スノー・ホワイト/氷の王国」「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」(2016年)、「デトロイト」(2017年) 

20世紀海外テレビ・ドラマへ   トップページへ