- エロール・ガーナー Erroll Garner -

<再評価された天才ピアニスト>
 エロール・ガーナーは、数多いジャズ・ピアニストの中でも、けっして知名度、評価ともに高いアーティストとはいえないでしょう。それは、彼がジャズ・ピアノの歴史において、どの系譜にも属さない独特の位置にいたからであり、ポピュラーよりのピアニストと見られていたからでしょう。日本では特にその傾向が強く、残念ながら未だにその知名度は低いままです。それでも、彼の存在はその死後になって再評価されてきました。ジャズ・ピアニストの中でも、最高峰のテクニックをもつ男、そして、ジャズ史に残るスタンダード「ミスティ」の生みの親でもあるエロール・ガーナーとはどんなアーティストだったのか?その生い立ちから、みてみたいと思います。

<天才少年誕生>
 エロール・ガーナー Erroll Garner は、1921年6月15日ペンシルバニア州の「鉄の街」ピッツバーグで生まれました。父、兄、妹がみなジャズ・ピアニストだったという家に生まれた彼を父親はバイオリニストにしたかったようですが、家族のピアノを聞きながら育った彼は3歳の頃にはピアノに向かっていたといいます。両親も、ピアノを本格的に学ばせようと家庭教師をつけます。ところが、彼は生まれた時から、音楽に関して特殊な能力をもっていました。それは耳で聞いただけで、すぐにその音楽を憶えてしまう能力です。そのため、彼は楽譜というものを不要と感じ、音楽に関する勉強をしようとしませんでした。こうした能力を持っていたからこそ、彼は楽譜が読めないピアニストであると同時に作曲家ともなったのでした。
 彼は青春時代を地元のピッツバーグで過ごした後、1944年ジャズの本場ニューヨークへと向かいます。すでにジャズ・ピアニストとしての実力をつけていた彼は、すぐに活躍を開始。チャーリー・パーカーらとの共演も経験した後、彼はジャズの名門クラブ「スリー・デューシーズ」でアート・テイタムの後任ピアニストとして働き始めました。

<独自のピアノ・テクニック>
 アート・テイタムといえば、ジャズ・ピアノがまだバンドの一部ではなくソロ演奏のための楽器として活躍していた時代から活躍を続けたピアニストです。元々ピアノは右手と左手を使うことで、メロディーだけでなくリズムも生み出せる楽器として用いられ、置かれた店のジューク・ボックスとしての役目を果たしていました。そのため、現在のようにバンドの一部としてではなく、「ワンマンバンド」として演奏するテクニックを求められていたわけです。そうした世代の最後に位置するのがアート・テイタムで、彼はその影響を受けた最後の世代ともいえるピアニストとなりました。彼は、そのため、3人以上のメンバーでの演奏を好みませんでした。
 元々左利きだった彼は、見よう見まねでテクニックを学んだだけに、左手と右手を同じように使うことができるテクニックを持っていました。そのため、右手でメロディーを奏でながら左手でリズムを刻んでいたかと思うと、それを瞬時に入れ替えたり、リズムをわざとずらしたりすることが可能でした。当時は、ストライド・ピアノからスウィング・ピアノへと移り変わる時代でしたが、彼はそうした時代の流れと異なる道を歩んでいました。
 ストライド・ピアノの特徴は、左手が「ウンチャウンチャ」とベース音と和音を交互に弾くというものですが、彼の場合はそうではなく常に左手で和音を弾いたり、右手と左手をずらしてドライブ感を生み出すことを得意としていました。特に、左手をジャストのタイミングからわざと裏へと遅れさせる「ビハインド・ザ・ビート」と呼ばれる手法は彼の得意技のひとつでした。

<エンターテイメント・ピアニスト>
 彼は難しいテクニックを用いても、常に笑顔を失わず、まるでそれを簡単に演奏しているかのうように見せていました。そうした彼のキャラクターは、エンターテナーとして多くのファンを獲得することになりますが、その反面、ジャズ・ミュージシャンとしての評価はいまひとつでした。ファッツ・ウォーラーやルイ・アームストロングが、ジャズ界への貢献の高さのわりに正当に評価されてこなかったのも、やはり彼らがエンターテナーとして活躍することでジャズ・ミュージシャンとしては評価されなくなったことが最大の理由でした。
 彼はエンターテナーとして、スタンダード・ナンバーを中心に演奏。さらに1970年代になると、ジャズ以外のジャンルであるポップスやロックのヒット曲をレパートリーに加えるようになるだけに、なおさらジャズのコアなファンからは無視されるようになりました。そのため、彼の並外れたテクニックに対する正当な評価もおろそかになります。結局、彼に対する再評価は、その死後、1977年以降のことになります。

<名曲「ミスティ」誕生>
 ジャズ史に残る名曲「ミスティ」は、彼が飛行機で移動中にメロディが浮かんだといわれています。譜面が書けない彼は、飛行機を降りるとあわててピアノに向かい、記憶していた曲を演奏してテープに録音したそうです。初演は、1954年に自らのトリオによるものでした。しかし、その後1959年に、歌手のジョニー・マティス Johnny Mathisが、ジョニー・バークがつけた歌詞を使って録音。それが大ヒットとなり、その後、数え切れないアーティストたちがカバーすることで、ジャズ界を代表するスタンダード・ナンバーとなりました。この曲については、アメリカの映画界を代表する巨匠クリント・イーストウッドの面白い逸話があります。
 チャーリー・パーカーの伝記映画「バード」を撮り、自らジャズ・ピアニストとしてセミプロ級の実力があるイーストウッドの監督デビュー作「恐怖のメロディ」(1971年)の原題は、「Play Misty for Me(ミスティを聞かせて)」といいます。
 それは、イーストウッド演じる人気DJのもとに毎週「ミスティ」をかけてとリクエストしてくるファンの女性が、愛する彼に強引に迫り、ついには命を危険に陥れるというサイコ・ミステリー作品でした。この映画には、キャノンボール・アダレイやジョー・ザヴィヌルなどのジャズ・ミュージシャンたちがライブシーンに登場していて、ジャズ・ファンにはうれしい作品になっています。彼はよほど「ミスティ」が好きだったらしく、その後も、大切な場面でこの曲を使っています。それは、ジャズ好きが高じて、彼が後にレコード会社を設立した時のことです。彼は自らジャズ・レーベル「マルパソ・レコード」を設立した1996年に開催したカーネギーホールでのレーベル設立記念コンサートで、ケニー・バロンとバリー・ハリスのピアノ・デュオにオープニング曲として「ミスティ」を演奏させているのです。いかにイーストウッドが「ミスティ」を愛していたかがわかります。

「Cocktail Time」 1947年(ダイアル)
 ベースにレッド・カレンダー Red Callender、ドラムスにハロルド・ドッグ・ウェスト Harold Dog Westを加えたピアノ・トリオでの録音とピアノ・ソロの演奏両方を聴けるアルバムです。彼のソロ演奏がいかに優れたものだったのかを知るのに最適のアルバムでもあります。

「Concert by the Sea」 1955年(コロンビア)
 エディ・カルホーン Eddie Calhounのベース、デンジル・ベストDenzil Bestのドラムからなるピアノ・トリオでのライブ録音。彼の最高傑作と言われる代表作です。「Autumn Leaves」、「April in Paris」など、スタンダード・ナンバーが並び、彼のエンターテナーぶりが楽しめる傑作です。
 ちなみに、このライブが録音されアメリカ西海岸のカーメル市といえば、後にクリント・イーストウッドが市長になることで一躍有名になった街です。

「Feeling is Believing」 1970年(MPS)
 メンバーは、ジョージ・デュビビエ George Duvivierのベースとチャーリー・パーシプ Charlie Persipのドラムス。ビートルズの「イエスタデイ」やバート・バカラックの「The Look of Love」(セルジオ・メンデス)、ブラッド、スウェット&ティアーズの代表曲「スピニング・ホイール」など、時代を感じさせるポップな曲が並んでいます。

<ライブ・イン・’63&’64>
 ライブ作品「ライブ・イン・’63&’64」には、前半に1963年ベルギーでのライブ、後半には1964年スウェーデンでのライブが収められています。メンバーには、どちらもベースにエディ・カルホーン、ドラムがケリー・マーティンKelly Martinninを迎えています。演奏している曲は、おなじみのスタンダード・ナンバー「Fly Me to the Moon」やボサ・ノヴァの名曲「One Note Samba」などに加え、彼の十八番「ミスティ」とオリジナル曲「Mambo Erroll」など、楽しめる曲ばかりです。
 演奏中は、彼独特のうなり声も聞こえますが、それ以上にカメラが彼の手をすっかりと撮っているのにご注目下さい。右手と左手が自由自在に動き、突然役目を入れ替えたりする動きをじっくりと見ることができます。
 ワン&オンリーのピアノ魔術師の貴重な映像をお楽しみ下さい!

<参考資料>
「ジャズ・ピアノ入門」
2000年 ジャズ批評編集部・編
ジャズ批評社
「ジャズ-ベスト・レコード・コレクション-」
油井正一(著)
1986年 新潮文庫
1900年から1985年までのジャズ名盤集
「クリント・イーストウッド」
(アメリカ映画史を再生する男)
中条省平著
2007年 ちくま文庫

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