「エルミタージュ幻想」

- アレクサンダー・ソクーロフ とエルミタージュ美術館 -

<巨大な動く絵画>
 ロシアの監督アレクサンドル・ソクーロフの映画「エルミタージュ幻想」を見ました。(本当は映画館で見たいところでしたが、テレビで)
 もともとこの作品は、ロシアと日本、ドイツの合作で、NHKがハイビジョン作品としてテレビで放映しようと作られたのですが、カンヌ映画祭でも公開され、映画として非常に高い評価を得て一躍有名になりました。2012年にBSで再放送されたので、僕は録画してじっくりと見させていただきました。
 僕も、このサイトのために20世紀のロシアの歴史についてはそれなりに勉強したつもりですが、19世紀以前となるとさっぱり。それでも十分に楽しめたのは、この映画自体が一本の巨大な動く絵画としてたっぷりと観客を堪能させてくれるからです。
 登場人物たちの美しい衣装とその美しい身のこなしだけでも鑑賞に値します。エルミタージュ美術館として様々な美術作品の名作が並ぶ、その施設は作品だけでなくその建物や庭、そこで働くスタッフや空気までもが巨大な作品の一部となっているようです。東京都内のちゃちな美術館とは比べものになりません。しかし、それだけなら「美術館探訪」的なテレビ番組で十分かもしれません。
 この作品の本当の凄さは、そのエルミタージュ美術館を一時間半かけて巡るうちに観客が時間の壁を越えて歴史の旅をしていることです。カメラの目となった観客である我々は、かつてそこで行われた舞踏会の出席者とともに館内に潜入し、舞踏会が終わるまでという限られた時間の間、そこを見学。そこでロシアの女帝エカテリーナや悲劇の皇女アナスタシアらと出会ったり、現代に戻って美術館を訪れる観光客と遭遇します。
 ここで重要なのは、この作品があえてそのすべてをワンカットという究極の撮影技法で画面におさめていることです。こうして完成した1時間半の映像は、瞬きをする間に行われた100年を越えるロシアの歴史であり、絵画の歴史の旅でもあります。考えてみると、こうした歴史のつながりはごくごく当たり前のことですが、普段、人は革命前のロシアと現在のエルミタージュ美術館がつながっているとは考えにくいものです。そのことを改めて実感させ、ロシアの歴史の厚みを一遍の動く絵画に収めるというこの映画のアイデアとそれを実現した演出力に感動です。(このアイデアは、アメリカの巨匠マーティン・スコセッシとソクローフ監督との会話の中から生まれたとか・・・アメリカにおける長回し大好き監督のスコセッシなら考えそうなアイデアかもしれません!)

<脅威のカメラワーク>
 特に印象深いのは、映画のラスト近く舞踏会から人々が去ってゆくシーンです。カメラが歩くスピードで引いてゆくと、カメラを通した人々の流れが再びもとにもどるのですが、その動きの実にスムーズで美しいことか。これこそバレーの伝統からくものかもしれません。何百人もの出演者が誰一人失敗することなく、それぞれの動きを完璧にこなすのは、かなり大変な準備を必要としたはずです。ロシアが誇るバレーの美しさは、白鳥が水面下で必死に足を動かすように見えない部分で必死に闘っているからこそ生み出しうるものといいます。この映画には、そうした失敗の許されないバレーや体操競技などと共通する影の努力がかなりあるように思えます。(この映画には、900人の俳優が出演しているそうです)
 そう考えると、この映画のもう一人の主人公は、我々観客の目となって動き回ってくれるカメラを操るカメラマンかもしれません。1時間半にわたり、重いステディーカメラを一人で動かし続けたというカメラマン、テルマン・ビュットナー、彼の才能と体力なしにこの映画は成り立たなかったでしょう。ついでに言うと、この映画におけるもうひとりの主人公がカメラの目なら、その口となってナレーションを担当しているのは、この映画の監督ソクーロフ自身です。

<驚きのラスト・シーン>(ネタバレ注意)
 この映画はラストまでしっかりと見てください。まさかエルミタージュ美術館が「惑星ソラリス」の上にあったなんて・・・そうか監督のイメージが生んだものだったのか!ロシアが生んだ偉大な監督アンドレ・タルコフスキーに捧げたかのような衝撃的で幻想的なラストです。これはある意味、すべての謎を解き明かすラストでもあります。(タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」未見の方はこの機会に是非!)
 ロシアという国は国土もでかいですが、映画のスケールもでかい。スケールの大きさ、時間の流れのゆったりさ、人々の動きの美しさ、歴史の重さ・・・様々な意味でロシアらしさ満載の作品です。久しぶりに本格的な芸術作品を見たという気がします。

<エルミタージュ美術館>
 ロシアの西部レニングラード州の州都サンクトペテルブルグにある美術館です。かつてはペトログラード、レニングラードと呼ばれていたサンクトペテルブルグは、街全体が世界遺産に指定されている古都です。この美術館のスタートは、1764年にエカテリーナ2世がドイツから美術品を大量に購入。それを収めるためのコレクション・ルームを作ったのが始まりとされています。当時は、彼女の私的なコレクションであり非公開でしたが、1863年になり美術館として一般公開されることになりました。
 1917年に「ロシア革命」が起きると、エルミタージュを革命軍が占拠。そこに貴族たちから没収した美術品を集めるようになります。そして翌年からは美術館として再スタートするための美術品分類や展示のための作業が開始されます。この作業は戦争で中断した後、第二次世界大戦後にやっと完成し、公開が始まりました。
 巨大なこの美術館は4つの建物から構成されています。(小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ、エルミタージュ劇場、ロマノフ王朝時代の王宮だった冬官)
 収蔵品の中でも特に有名なものとしては、
レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖母ブノワ」、「ソッタの聖母」、ラファエロの「聖家族」、カラヴァッジョの「リュートを弾く若者」、エル・グレコの「使途ペテロとパウロ」、ベラスケスの「昼食」、ゴヤの「アントニオ・サラテの肖像」、ランブラントの「放蕩息子の帰還」、「ダナエ」、モネの「庭の女」、ルーベンスの「大地と水の統合」、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」、セザンヌの「ピアノを弾く少女」、「カーテンのある静物」、ゴッホの「アルルの女」、「夜の白い家」、ゴーギャンの「果実を持つ女」、ルソーの「虎のいる熱帯の嵐」

<アレクサンドル・ソクーロフ>
 1975年ブレジネフ政権下に26歳でモスクワ国際映画学校で卒業制作として「孤独な声」(公開は1978年)を撮る。しかし、内容が問題視され、就職が困難になりました。そんな彼を助けたのは、後に亡命してソ連を捨てることになる映画監督アンドレ・タルコフスキーでした。彼はソクーロフの才能を高く評価し、レニングラードのドキュメンタリー・スタジオで働けるようにしてくれました。そのため、彼の映画修行はドキュメンタリー映画からスタートすることになりました。(なるほどタルコフスキーへのオマージュがあって当然かもしれません!)
 1980年代に入り、フィクション作品を撮り始めると彼の名前はいっきに世界に広まることになりました。

「エルミタージュ幻想 Russian Ark」 2002年
(監)(脚)(ナレーション)アレクサンドル・ソクーロフ
(脚)アナトリー・キキーフォロフ
(製)アンドレイ・デリャービン
(美)エレーナ・ジューコワ、ナターリャ・コチュルギナ
(撮)テルマン・ビュットナー
(音)セルゲイ・イュチェンコ
(出)アレクサンドル・ソクーロフ(声のみ)
セルゲイ・ドレイデン(キュスティーヌ伯爵、フランス人外交官)
マリヤ・クズネツォーワ(エカテリーナ大帝)
マクシム・セルゲイエフ(ピョートル大帝)
ワレリー・ゲルギエフ(指揮)のマリーンスキ歌劇場管弦楽団

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