カンブリア紀大爆発の謎に迫る新学説

「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」

- アンドリュー・パーカー Andrew Paker -

<進化論における謎>
 ダーウィンらによって提案され、常識となった「進化論」。それによると、地上のすべての生物は、太古の昔に誕生したごく単純な単細胞生物から始まり、様々な環境に合わせた進化によって誕生したと考えられます。単細胞から多細胞へ。さらには海から陸上へ。その変化は長い年月をかけてゆっくりと進んだと考えられます。今やその考え方に疑問の余地はないでしょう。
 ただし、進化論にも疑問点がないわけではありません。その中の代表的な存在が、「眼の誕生」に関するものです。実は、「進化論の父」であるダーウィン自身が著書「種の起源」(1859年)の中でこう記しています。

「比類のないしくみをあれほどたくさんそなえている眼が、自然淘汰によって形成されたと考えるのは、正直なところ、あまりに無理があるように思われる」

 「眼」は、「眼球」という「レンズ」や「光彩」という「しぼり」、それを映し出すスクリーンである「網膜」、そしてそれを具体的なイメージとして脳内で映像化させるための「高度な神経組織と脳」・・・
 これらすべての機能がそろって初めてシステムとして意味をもつ存在になるはずです。そこまで高度なシステムは生物の体内に他にないでしょう。しかし、それだけ高度なシステムがどうやって進化によって生まれたのでしょうか?その中間段階にあたる「眼」に存在価値はあったのでしょうか?中途半端に見える眼など、生物にとっては重荷でしかなかったはずです。それなのに、ゼロから「眼」のシステムが進化によって少しずつ完成に近ずくなどという上手い話がありうるのでしょうか?
 僕にとっても、この「眼の誕生問題」は昔から大きな疑問のひとつでした。

 もうひとつ科学界全体にとっての疑問として、「カンブリア紀の大爆発」はなぜ起きたのか?というものがあります。(これについてはこの後詳細に説明します)
「眼の誕生の謎」
「カンブリア紀大爆発」
 この二つの謎に同時に挑むことで、そこから「進化」の大きな謎を解いてみせた凄い本があります。ここではその名著をより分かりやすく解説してみようと思います。

<カンブリア紀の大爆発とは?>
 5億4300万年前から4億9000万年前という非常に古い地層から最初に化石が見つかったのは、イギリス、ウェールズのカンブリア山麓ででした。そのため、この時代のことは「カンブリア紀」と呼ばれることになりました。(これ以前を先カンブリア紀と呼びます)
 その後、このカンブリア紀に現在、地球上に存在する38の動物門すべてが一気に誕生したことが化石調査で明らかになりました。地質学的にはわずかな期間でありながら、そこまで大きな進化が進んだことから、その急激な変化を「カンブリア紀の大爆発」と呼ぶようになりました。そのことをより明らかにしたのは、カナダ南部ブリティッシュ・コロンビア州ヨーホー国立公園で発見されたバージェス頁岩の化石群でした。そこから発見された多彩な化石群は、現在ではもう存在しない種も含め驚くべき種類にのぼっていました。
 ところが、最近の研究によって、その「カンブリア紀の大爆発」以前先カンブリア時代(6億年から5億5千万年前ごろ)、すでに38の動物門が誕生していたらしいことがわかってきました。そのことがわかったのは、エディアカラ動物群と呼ばれる化石の発見がきっかけでした。1947年、オーストラリアの地質学者レジナルド・スプリッグが南オーストラリアのフリンダース山脈のエディアカラ丘陵で多細胞生物の化石を採集。そのエディアカラの化石群からは予想外に多彩な生物が見つかり、「先カンブリア紀」にすでにほとんどの動物門が誕生していたことがわかったのです。さらにこのバージェス頁岩の化石群とエディアカラの化石群を比べることで、「カンブリア紀の大爆発」の本当の意味が明らかになりました。
 では「カンブリア紀の大爆発」と呼ばれる生物相の大きな変化とは何だったのでしょうか?

 それは5億4300万年前から5億3800万年前に起きました。当時生きていたすべての動物門が、身体を覆う硬い殻を突如として獲得したのです。(海綿動物、有櫛動物、刺胞動物は例外)それと同時に、軟体性の蠕虫という原型から、個々の動物門に特徴的な複雑な形状(「表現型」ともいう)への変化が、地史的なタイムスケジュールからすると「またたくま」(500万年)に起こったことなのです。

<カンブリア紀の大爆発はなぜ起きたのか?>
 では、カンブリア紀になぜ動物たちの間に突如多彩な表現型の生物たちが現れたのか?
 それには「進化」に「最適な環境」やきっかけが必要だったはずです。
 では、その「最適な環境」もしくはきっかけとは何だったのでしょうか?そこにはいくつかの説があります。
(1)「酸素濃度の急激な増加」、「二酸化炭素濃度の減少」
 これにより、生物がより大きなエネルギーを利用できるようになり、それがより広い地域に対応するための進化のエネルギーになったのではないか?
(2)「利用可能なリンの量が増えた」
 地表から溶け出したリン酸カルシウムにより、生物の骨格の発達し、それにより進化が可能になったのではないか?
(3)「大陸棚面積の増大」
 浅い海である大陸棚が広がることで光合成が可能な地域が増え、それが植物プランクトンを増やし、生物全体の絶対量や行動範囲を拡大させ、それが進化にはずみをつけた。

 しかし、これらの説はどれも仮説であり、定説と言えるようなものは今まで存在していませんでした。この科学界における最大の疑問のひとつに大いなる解答を出して見せたのが、ここでご紹介するアンドリュー・パーカーの「眼の誕生」です。

 彼の導き出した解答は、生物が「眼」を持ったことで、進化のスピードが急激にアップし、「カンブリア紀の大爆発」に結びついたというものです。これはまだ定説になったわけではなく、今後も多くの化石が発見されたり、その解析技術が進歩することでどうなるかはわかりません。しかし、その説は「目から鱗」の素晴らしいものであるのは間違いないと僕は思います。かつて、アインシュタインは「科学的な仮説は美しくなければならない」といいました。その点、このパーカーの説は実に明快で美しいものだと思います。
 というわけで、名著「眼の誕生」をご紹介させていただきます。

<眼の誕生の意味>
 改めて考えてみると、かつて生物は眼というものをもっていませんでした。その時代、世界は平和そのものだったのかもしれません。なぜなら、眼をもつ生物がいなければ、弱肉強食の世界にはほとんどなりえなかったでしょうから・・・。

 どうやら先カンブリア時代には、「スローな捕食」とでもいうべき様式が一般的だったようだ。しかし、先カンブリア時代には装甲をまとった動物がいなかったことから見て、この様式の捕食は、捕食への対抗手段をうながす強い淘汰圧にはならなかったようだ。身を護る硬組織を形成する刺激ではなかったのだ。

 しかし、ある日、「エデンの園」のような平和な世界に「眼」という強力な武器を持つ生物が登場します。どうやらそれは三葉虫の一種だったと思われますが、彼らの登場によって、世界はどう変わったのでしょうか?
<三葉虫>
 三葉虫はカンブリア紀の大爆発と共に全盛期をむかえ、5億4300万年前から2億8000万年前まで繁栄を続けた生物種で、現在4000種類ほど確認されています。すべての節足動物(昆虫など)は三葉虫から進化したと考えられています。そして、その多くの種の中に眼を持つ種類が誕生したと考えられます。それも5億4400万年前から5億4300万年前までのわずかな期間に、その眼は一気に進化します。それら三葉虫の中でもファルロタスピス、ネオコゴボルディア、シズディスクスなどの捕食生物は、すでに眼を持っていたと考えられています。そして、その眼の拡大時期は、あのカンブリア紀の大爆発と一致していたと考えられるのです。しかし、そうした進化の流れはある日突然起きたことではなく、先カンブリア時代にその下地が生まれつつあったと考えられています。

 先カンブリア時代には、競争や捕食が主要な淘汰圧になることはなかったはずだが、足場を固めつつあったことはたしかである。先カンブリア時代のエディアカラ動物は、徐々に脳を発達させつつあった。環境中の刺激や新奇なものを感知し、その情報を処理する方法を発達させつつあった。また、噛み砕く能力を進化させている最中で、附属肢には徐々に硬組織の萌芽が現れつつあった。
・・・・・
 光感受性をもつ部位が、その精度を増し、しかも別個のユニットに分かれつつあったのだ。個々のユニットから出ている神経がその数を増し、それにつながる脳細胞の数も増えていった。それらの神経や脳細胞は、数を増すか、他の感覚に接続する配線や処理システムが借用されるかしていた。それと同時に、個々のユニットの覆いがふくらみ、集光力をもちはじめた。ある日、そうした変化がクライマックスに達し、複眼が形成された。
 映像あれ!かくして、動物界にまったく新しい感覚が導入された。・・・


<弱肉強食の世界へ>
 しかし、そうなると世界は一気に「弱肉強食」の世界へと変わらざるをえなくなったはずです。そこにはまだ人間は存在せず、当然「愛」も「同情」も「共感」もなかったのですから・・・。眼の誕生は、「エデンの園」の終焉でもありました。蛇から与えられた知恵により、アダムとイブが自分たちが裸であることに気づいたように、生物たちもまた身を守るための装いを自分たちが何も持っていないことに気が付いたのです。

 眼が開けば動物の大きさも、形も、色もわかる。さらに、その行動も見てとれるので、逃げ足はどれくらい速いか、捕まえられるかどうかの判断もできる。動物のそのような特性は、カンブリア紀のはじめ、眼をそなえた最初の積極果敢な捕食者が地上に導入されたとたんに重要性を帯びるようになった。そしてこの時点から、すべての動物が光に、つまり視覚に適応しなくてはならなくなった。

 考えてみると、「光」ほど「平等」な存在はありません。これほどすべての生命に平等にふりそそぎ、刺激を支え情報を伝え、エネルギーをもたらす存在はないのです。

 しかしながら、レーダーもソナーも電場も、日光とは違い、地球上ではまれな存在である。光と同じく、何らかの措置を講じないかぎり、相手はその刺激を避けられないという点で効果的ではあるが、それ以前に、動物が自らその刺激を発生させる必要がある。刺激をつくりだすというのは、これまた大仕事である。・・・

 したがって、動物は自分を照らす日光を受容するしかない。つまり、日光に適応するしかないのだ。その際の選択肢は二つ。自分の存在を隠ぺいするか、逆に自己主張して存在を目立たせるか。どちらの進化の道を選ぶかは、五分五分である。

<生き残りのための作戦「擬態」
 すべての生物は生きるために様々な方法で「光」を利用することになります。その最大の利用法として「擬態」があります。

 形態的適応として、「色」「形」「素材感」を真似る手法があり、行動的適応としては「動き方」「身体の向きや姿勢」を真似る手法があります。その手法は、その生物が捕食する側か捕食される側かによっても違ってきます。捕食する側も「待ち伏せ作戦」をとるのか「追いかけ作戦」をとるのかによっても違ってくるでしょう。
「環境中にさらされている構造色には、必ずや機能がある」のですから。
<擬態の例>
 フラミンゴは、食物としてある種の甲殻類を食べることで体内にカロチノイド色素を取り込み、体の色をピンク色にしています。(食べ物が変わればあのきれいなピンクにはならないのです)
 コウイカやカメレオンは、身体の表面に色素胞を持ち、それを場所によって変化させることでカムフラージュしています。(これが最も高度な変身方法でしょうか)
 青い光しか届かない水深200mの世界だと魚たちはい種類が増えます。それは赤なら光を反射することで見えにくくなるからです。
 魚の体表にある鱗は、薄膜が何層にもなっていて、それぞれがを反射。それらが重ね合わされることで銀色の光となって輝くようになります。そのため、捕食者が魚の泳ぐ姿を下から見ると、太陽の光と魚の輝きは同じに見えることになるのです。

 しかし、生物の色の利用法としては「擬態」という「カムフラージュ」の方法だけではなく、逆に背景とまったく異なる色を身に着けることで、自分を目立たせる生物もいます。それは、交尾の相手に自らの存在を知らせるためだったり、自分が食べても美味しくないと教えるためだったり、毒を持っていると警告するあめだったりします。これもまた重要な生き残り作戦です。
 「色」をまとうのではなく、鎧(甲羅)で覆ったり、防御するために身体を丸めたり、土にもぐったり、風に揺れる枝の真似をしたり、別の種の動物に似せたり、様々な方法で生物は「目くらまし」をする作戦もあります。それもまた、「眼」をもつ敵に対して生き残って行くために必要な戦法として有効でした。

 こうした「擬態」や「装甲化」などの方法を進化によって身につけることは、実はそれほど大変なことではありません。本当に時間を要するのは、体内の骨格や内臓などの構造を変えることです。これらの構造は多数の遺伝子の支配を受けていて、そう簡単には突然変異が起きないようになっているからです。(「眼」もそんなシステムのひとつだったはずです)
 その点、カンブリア紀の生物は長い年月をかけて、三葉虫だけでなく動物の祖先となる脊椎動物などをすでに登場させていたので、あとはそれぞれが独自の生き残り方法を見出すだけだったともいえる段階に入っていたと考えられます。

<色とは?>
 ところでそもそも「色」とは何でしょう?実は色の本質は、ほとんどの人に理解されていません。色とは、実は「幻」に過ぎないのです。

 環境中には色など存在していない。実在しているのは、たまたまぶつかってきた各種の電磁波を屈折偏向させている物体だけなのだ。バラの花が赤い色を発しているわけでもないし、葉が緑の色を生み出しているわけでもない。

 このこと、ご存知でしたか?
 「色」とは、光受容細胞が感知した情報を脳が映像処理した「幻」であり、それぞれの生物にとって異なるものです。そもそも「絶対的な色」というものは、どこにも存在しないのです。「眼」とは、そう考えるとかなりいい加減なものなのかもしれません。どんな眼も不完全なものなわけですから。

<「眼」の誕生>
 ここで最初の疑問である「眼の誕生」にもどります。最初の「眼」とは、どんなものだったのでしょうか?
 それはたぶん「植物」が光に反応して向きを変えるように、単なる光に反応するセンサーの一種「光受容細胞」だったと考えられます。そして、その「光受容細胞」が精度を高めるためにより集積することで、より優秀な光感知システムができてゆきます。

 「眼」の出発点となったのは、光感受性のある皮膚の斑点でした。これが内側にへこみはじめ、さらにどんどん陥入して検知器を形成し、光の方向に対する感受性を増していったと考えられます。
 それが「眼杯」を誕生させました。そこで道は分かれます。眼杯はそこで袋小路に達し、別の道はオウムガイの窩眼へといたりました。そこでまた、今度はレンズを発達させる道へと分かれ、最終的には脊椎動物に典型的なカメラ眼へといたることになります。

 ・・・眼が誕生するのは、光受容細胞が本格化して「網膜」を形成したとき、すなわち、眼の内側が神経細胞の薄い膜で覆われたときである。網膜は、そこに投影された像ならば何でも正確に検知するため、何らかの装置をつけ足して、網膜上に鮮明な像を結ぶことが肝要である。・・・
 光の採り入れ口の数によって、眼は単眼と複眼の二種類に分類できる。


 この単眼には3種類があります。

(1)窩眼・・・・・・・光受容器(網膜)が凹状態になっているだけの最も原始的な眼
(2)反射眼・・・・・網膜の下に鏡となる部分があり、反射した光を集めて受容するようになっている眼
(3)カメラ眼・・・・球面レンズ(目玉)を持ち、そのレンズで光を集めて網膜に像を結ばせます。さらに進化した眼は球面レンズを筋肉によって変形させ、より正確な像を結ばせるようになります。

<脳の受け入れ準備OK!>
 こうして、眼のレンズ部分が少しずつ進化することは、ごく自然にありうることと考えられます。問題はそうやって得られた光の情報を脳に伝え、それを映像へと処理する高度なシステムの誕生です。そこには、視覚以外の感覚に対する脳の進化が不可欠だったと考えられます。それこそが、「眼の誕生」にとって完成への最後のステップでした。
 幸にして生物の脳は確実に進化し続けていたため、高度な視覚情報の受け入れ準備はできつつあったと考えられます。そうやって成長した脳の機能に、ある時、偶然視覚情報が流れ込み、それを混乱しながらも脳がなんとか処理してしまった時、原始的な「眼のシステム」が誕生したと考えられます。

 …実は、一種類の感覚が利用している神経は、二種類の感覚が利用するために「アップグレード」できるらしいのだ。聴覚と触覚で神経を共有できるならば、視覚と触覚でも可能かもしれない。だとすれば、眼に必要だった神経はまったくゼロから進化させる必要はなかったはずである。また、脳の側からも助け舟が出た可能性がある。脳の一部を触覚担当から視覚担当へと部署替えすることが可能らしいのだ。・・・これで私たちは、5億4400万年前の状況を再現できる。その時点で、カンブリア紀の三葉虫が出現する直前の祖先に感光性の斑点がはっきりと認められる。

 この情報処理システムさえできてしまえば、そこから先の進化は、それぞれの生物が独自に発展させることが可能になったはずです。こうして眼を有効に使い生きるための方法を編み出した者だけが現在まで生き残っているのです。そのために眼は様々なタイプへと進化することになります。

 食べられる側の種が生きつづけるためには、捕食者の餌食にならないことが先決で、自分の食事は二の次となる。したがって、そういう種にとって理想的なのは、周囲にさえぎるものがなく、できるだけ奇襲を受けにくい場所だろう。つまり360度が見渡せる場所が理想的である。
・・・
 それに対して、捕食動物が生きつづけるためには、通常は食うことが最優先で、自分が食われることや競争相手の存在を危惧するのはその後の話である。生きている動物を食うには、狩りをしなければならない。狩りには、距離の見積もりが欠かせない。・・・したがって、視覚を主要な感覚とする捕食者にとって、頭部前面に位置する二つの眼が欠かせない。


<なぜカンブリア紀に眼が生まれたのか?>
 最後にもうひとつ疑問が残ります。
 なぜ、カンブリア紀(5億4400万年前から5億4300万年前のわずかの間)に眼が誕生することになったのか?という根本的な疑問です。
 何が「眼の誕生」の引き金となったのか?それにはいくつかの説があるようです。
 
 先ず基本的に考えられる説明は、地表面の日光量が急に増加し、世界が明るくなったことで「視覚」の効力も急上昇したからではないか、という説です。この説にはかなり説得力があります。しかし、ならばなぜ当時日光量が増えたのでしょうか?そこが問題になります。

(A)45億年前の太陽光は現在より25~30%弱く、それが現在までに少しずつ上昇したことはわかっていますが、この時期突然に増えたというデータはないようです。ただし、太陽光の増加が、ある時点で地表を覆っていた厚い霧を蒸発させることで、急に地表に届く太陽光を増加させた可能性はあります。
(B)太陽系が超新星の爆発による宇宙の塵などの中に入っていた時期があります。そこから抜け出した時期は、カンブリア紀だったのではないかという説。
(C)海水中のミネラル分などの成分が急に変化して、水中の透明度が増すことで、日光量が増えたという説。
(D)火山の爆発や地表温度の変化などにより、大気中の成分が変化したために、空気中の紫外線などが急激に透過するようになったのではないかという説。
(E)ある時期地球が厚い氷に覆われていた時期がありました。それが太陽光の増加と共に溶け始め、海中に光が届くようになったという説。「スノーボール理論」参照!

 残念ながら、この原因についてはまだ解明できていないようです。
 この本で発表された説は、実に説得力がありますが、まだ証明されたわけではありません。でも、こうした魅力的な学説を発表するのは、科学者にとって最高の喜びでしょう。

<目は植物から?>(2015年5月追記)NHKスペシャル「生命大躍進」より
 ロドプシン遺伝子という光に反応する遺伝子があります。それは元々植物が光合成をするために生み出したものだったようです。ところが、この遺伝子をある時、偶然海の中の動物、クラゲのような生物が体内に取り込みます。こうして光を感じることができる動物が誕生することになりました。これこそが生物界における決定的な革命の原因になったと考えられます。
 光と影の動きにより、アノマロカリスのような大型の捕食動物から逃れることができるようになったことで、ピカイアなど脊椎動物の先祖は急激に進化を遂げる事になります。彼らの目は、複眼からレンズ眼へと高度化。これによって動物の世界は脊椎動物が黄金時代を迎え、節足動物の天下を終わらせることになったのです。
 ただし、そうなったのには当初の原始的脊椎動物が1セットしかもっていなかった目を作るための遺伝子が、どこかの時点で4倍に増えたおかげだったようです。4倍に増えた遺伝子のおかげで進化のスピードもまた大幅に早まったと考えられるのです。
 4倍の遺伝子を持つ子供が生まれたのは、カンブリア紀の初めにピカイアなどの生物の突然変異体として、偶然2倍の遺伝子を持つ個体が誕生したことがきっかけだったと考えられます。この2倍の遺伝子を持つ個体が無事に生き延びただけでなく、その中の一匹が同じように偶然に生み出された2倍の遺伝子を持つ別の個体と出会ったことで、奇跡の生物ともいえる4倍の遺伝子を持つ個体を生み出すことになったと考えられます。

「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」
In the Blink of an Eye  The Cause of the Most Dramatic Event in the History of Life 2003年
(著)アンドリュー・パーカー Andrew Paker
(訳)渡辺政隆、今西康子
草思社

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