「華氏911 Fahrenheit 911」 2004年

- マイケル・ムーア Michael Moore & Mr.Bush -

<映画「カプリコン1」>
 1977年に「カプリコン1」という映画がありました。人類初の火星着陸ロケットが発射直前に失敗。その失敗を知られないために急遽アメリカ政府は訓練用のセットを用いて、宇宙飛行士たちにニセの着陸シーンを演じさせるという巨大なイカサマ映画でした。(コメディーではなくシリアスなサスペンス映画です)
 当時、この映画を見た僕は、なるほど嘘もこれだけデカイと本物並みでわからないかもしれないなあと感心したものですが、実際そんなことがありうるとは少しも思いませんでした。今考えてみると、それは嘘がまだまだ小さいレベルだったからあり得ないように思えたのであって、国家ぐるみで作り上げたもっと巨大な嘘が真実と見分けがつかなくなろうとは到底思わなかったのです。(過去にも、ナチス・ドイツのプロパガンダ政策のように国民をまるごと洗脳する国家があったのですが・・・)

<アメリカという国家>
 今や僕もぐっと大人になりました。そんな僕がアメリカについて今考えているイメージはこうです。
「アメリカとは、巨大なホラ(Big Mouth)によって成り立つ裸の巨人である」
 これは精神的、経済的、宗教的、文化的に言える現実だと思います。音楽についても、アメリカン・ポップスから、アフリカ音楽、ラテン音楽をとったら何が残るでしょうか?スポーツも大リーグを筆頭に海外組なしでは成り立たなくなりつつあります。過去の栄光は別にして、今やアメリカは日に日に虚構の大国になるつつあるのです。
 マイケル・ムーアの仕事は、海外からはとっくに見えているこの事実を、なんとかアメリカ国民に認識してもらおうという終わりなき闘いとも言えるでしょう。

<打倒ブッシュはなるのか?>
 「ボーリング・フォー・コロンバイン」に続き、この作品もまた実に明解にアメリカという国家が仕組んだ巨大なホラ話をあぶりだしています。しかし、この作品の大ヒットはマイケルの天敵でもあるブッシュ政権を倒すことにつながるのでしょうか?
 フランスの巨匠ジャン・リュック・ゴダールは、この作品についてこう言ったそうです。
「ムーアが考えているほどブッシュはバカではない。このブッシュ攻撃は敵を利するだけだ」

 確かにこの映画の公開後、ブッシュの支持率が落ちた形跡はありません。それどころか、一時は完全にリードしていたはずのケリー候補はその後すっかり押され結局敗北をきっしたのです。
 この映画が話題になればなるほど、映画館に足を運ぶ観客は反ブッシュ派の人々ばかりということになり、ブッシュ派の結束をより強めることになってしまったようです。これは実に皮肉な現実です。さらに、この映画のほとんどのネタが公開前に知られてしまい新鮮味がなくなってしまったというのも皮肉な現実です。多くの人はこの映画を見る前に、すでに見た気になってしまい、今さら映画館に足を運ぶ必要性を感じなくなってしまったかもしれません。

<思考停止を解除できるか?>
 それ以上に問題なのは、例えこの映画をアメリカという国家が作り上げた巨大な大衆管理システムの存在を理解したとしても、それを自分のこととして認識できなければ何の意味もないということです。
 映画の中のブリットニー・スピアーズのように、すでに思考停止状態にされてしまった若者たちにとっては、どんなにわかりやすい情報も意味をなさないのです。かつての反体制世代の子供達は、いつの間にか簡単に思考停止するようにされてしまいました。(「キレル」とは、思考停止が生んだ反作用なのでしょう)
 子供たちが絵本を読むのをボーっと聞き続けるブッシュの間抜け面。あれこそ思考停止状態の良い見本です。やはり偉大なるアメリカ大統領は国民の象徴でもあるのでしょう。しかし、なぜそんなお間抜けに統治された国が世界のリーダーと言われ続けているのでしょうか?
 たぶんそれは、巨大なホラに支えられた国のシステムに今や世界経済全体が組み込まれてしまったからなのでしょう。アメリカを支えるホラ話を信じなければ、世界経済全体が崩壊してしまうのです。日本もその例外ではありません。嘘で固めた危険な経済状態はまるでミニ・アメリカです。これから4年間は、世界全体がミニ・アメリカと化すのかと思うと気が重くなります。


 - 新世界昔話より -

 昔、昔、ある村に嘘をついてばかりいるカウボーイの少年がいました。彼は自分が何か失敗をすると、それをごまかすためにいつも嘘をついていました。
 ある日、彼が牛の番をさぼって居眠りをしていると、いつの間にか牛が一頭いなくなっていました。
「狼が来て牛が食べられてしまった!」彼はそう嘘をついてごまかしたのでした。
 みんなはその言葉に騙されたのですが、一人だけ彼の嘘を見破っている男がいました。それは行方不明になった牛を捕まえて食べてしまった張本人でした。
 当然彼はカウボーイの少年が言うことを信じているふりをしました。
「確かに狼がいた。俺もこの目で見たぞ!」
 すると、翌日また牛がいなくなってしまいました。
 実は、昨日の事件の成り行きに味をしめた犯人が、また同じように牛を盗み、今度は別の共犯者に横流しをしたのでした。
「確かに、俺も昨日狼を見たぞ!」
 こうして、村では狼を見たという人間が少しずつ増えて行きました。
 ところで、嘘つきの少年はというと、いつの間にか彼は牛泥棒から口止め料をもらうようになり、その金を元手に商売を始めました。
「さあ、狼が来たら大変だ!狼をやっつけるにはやっぱり銃だよ。それに狼用の罠があれば安心だ!」
 すぐに彼の商売は儲かり始めます。そのうえ、いつしかその村は狼で有名になり、狼を一目見ようとお客さんがやって来る観光地になってしまいました。村では「狼のぬいぐるみ」や「狼せんべい」など、「狼グッズ」の商売も大繁盛です。村はすっかり「狼村」として知られるようになってしまいました。
 さてそれから10年が過ぎました。今や大人になったあのカウボーイの少年は、その知名度と村への貢献度を活かし、村長選挙に立候補。見事当選を果たします。今や村の公園には、鉄砲で狼に狙いを定めた勇ましい姿の彼の銅像が建っています。
 しかし、観光開発が進んだ村の回りには、今や狼が住めるような土地がないのは明らかでした。少しずつ「狼村」ブームは忘れられようとしていました。しだいに村人たちは、村長の無能ぶりを批判し始めます。村長はもともと口だけの奴で、村長など務まるはずがないというのです。
 しかし、そんなある日村で、再び事件が起こりました。以前から、狼の存在を否定し続けていた村長批判派の男が行方不明になってしまったのです。翌日、すぐに村中にある噂が広がり始めました。
「昨日の夜、村に狼男が現れた」というのです。
 もちろん、その後すぐに村長の経営する店のショーウインドーには銀製の弾丸が並び、村は再び「狼男村」として脚光を浴びることになりました。
 めでたし、めでたし。

「・・・戦争が実際に起ころうと起こるまいと問題ではない。それに勝利の可能性がない以上、戦争が好転しようとするまいと問題ではないのだ。大切なのは戦争状態を存続させることだけである・・・」
ジョージ・オーウェル著「1984年」より

<君のそばに戦場はある>
 この映画でもうひとつ重要な点。それはこの映画の臨場感です。まるで戦場に紛れ込んだかのような感覚を覚えさせる音響と映像の組み合わせ、それは見る者に戦場は「君のすぐそばにあるのだ」そう思わせる説得力をもっています。もちろん、それは一瞬のことですが、これは映画館で見ることでのみ感じられることかもしれません。
 その点では、この映画は「記録映画」であると同時に「記憶映画」になることを目指しているのかもしれません。
 そうそう、言うまでもありませんが音楽は最高です。特にラストのニール・ヤング「Rockin' in the Free World」、そしてREMの「Shiny Happy People」が実に良い!見落とし勝ちですが、オリジナルの音楽もいい味を出していると思います。映像を時には盛り上げ、時には静かに後ろにひく、そのあたりの気配りが絶妙でした。

<僕たちに何が出来たのか?何が出来るのか?>
 イラクでの戦争を止められなかった今、僕たちにできることは、少なくともこの愚かな戦争のことを正確に記憶にとどめておくことぐらいでしょう。その意味でこそ、この映画も存在価値があるのです。この映画によってブッシュ政権が倒れることを期待する方が間違っているのです。ドキュメンタリー映画は、あくまで「記録」のための映画であって「プロパガンダ」のための映画ではないのですから。そんなわけで、ここにイラク戦争までの世界の記録を記しておこうと思います。こうなったことを忘れないために!
 ブッシュの再選によって、アメリカは21世紀前半の世界をリーダーする資格を失いました。このままだと、21世紀はアメリカという超大国が内部崩壊してゆく100年となるでしょう。もちろん、僕はどんな場合でも楽観的に考えます。どんな状況でも、遅すぎると言うことはないこ思います。失敗に気づいたとき、それを正すことさえできれば、それで自体は好転するはず、要はあきらめないことだけだと思っています。そのためには、過ちをできるだけ忘れないことです。



<2000年>
11月 7日 アメリカ大統領選挙・・・最終決戦地のフロリダ州は大接戦となる
11月26日 ブッシュ勝利宣言・・・しかし、集計に関する数々の疑惑が指摘され、ゴア側は裁判所に提訴する。
12月12日 連邦最高裁は手作業による再集計を認めず、ブッシュの当選が確定する。
<2001年>
 3月 2日 アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンがバーミヤンの遺跡をロケット砲により破壊する。
 4月26日 小泉純一郎首相に就任。支持率72%という異常な人気。(これ後、彼はいったい何か成し遂げたことがあるだろうか?)
 9月11日 アメリカで同時多発テロ事件発生
 9月15日 アメリカ政府、同時多発テロ事件の主犯をオサマ・ビン・ラディンと断定する。
 9月20日 米国政府、アフガンのタリバン政権に対し、ビン・ラディンと彼の組織アルカイーダの引き渡しを要求するが断られる。
10月 7日 アメリカ軍、ビン・ラディンが隠れているとされたタリバンの拠点へ空爆を開始する。
10月11日 アメリカで炭疽菌によるテロ事件発生
10月26日 アメリカで愛国者法が成立(個人のメール、銀行の取引記録などを調べる権利を対テロという目的のために認めるという法律)
11月 9日 海上自衛隊が米英軍の後方支援のためにインド洋に向けて出発。
11月13日 反タリバン勢力のひとつ北部同盟が首都カブールに続き、カンダハルを制圧する。
12月22日 アフガン暫定機構発足。ハミド・カルザイが議長に就任。
<2002年>
 1月29日 ブッシュ、一般教書演説で大量破壊兵器を開発しているとしてイラク、北朝鮮、中国を「悪の枢軸」として非難する。
11月27日 国連によるイラクへの大量破壊兵器査察が再開される。
11月29日 アフガンで継続されていた空爆により、結婚式場が爆破され多数の死傷者を出す。
<2003年>
 1月28日 ブッシュ、一般教書演説で「国連決議がなくてもテロ国家イラクを攻撃する」と宣言。
 2月 5日 パウエル国防長官、国連の安保理でイラクの大量破壊兵器隠蔽工作の証拠を提示する。
 2月 9日 フランス、ドイツ、ロシアが平和的解決を求める共同宣言を発表。対イラク戦への協力をフランス、ドイツは拒否。それに対し、ブッシュの側近、ラムズフェルドは、「ドイ             ツ、フランスは過去のヨーロッパである」と言い放つ。
        しかし、この頃世界中では反戦デモが数多く開催され、その規模はベトナム戦争を越える最大規模に達していた。
 3月 7日 米英スペインは、17日を期限に、軍事力行使容認案を国連に提出する。
 3月17日 48時間以内にフセイン大統領並びにその息子たちが出国しない場合は、武力行使を開始すると最後通告をテレビ演説から発する。
 3月19日 米英軍、バグダッドへの攻撃を開始
 4月 9日 バグダッドを制圧。わずか21日でフセイン政権は崩壊する。(ただし、崩壊したのはフセインの独裁政権であって、反米のイスラム思想ではなかった)
 5月 1日 ブッシュ、戦闘の終結宣言を発する
 6月 6日 日本で有事関連法が成立
 7月13日 イラク人による統治評議会発足。しかし、テロの続発により治安は悪化する。
 7月22日 モスルに潜伏していたフセインの息子ウダイとクサイを米軍が殺害
 7月26日 イラク復興支援特措法成立。自衛隊が米軍支援のため参加することになる。
10月16日 国連安保理、イラクへの多国籍軍派遣を認める採択を行う。
11月21日 アルカイダが「自衛隊の派遣により日本も攻撃対象となった」と声明を発表
11月29日 イラク北部ティクリートで日本人外交官が銃撃されて死亡
12月13日 ティクリート近郊に潜伏していたフセイン元大統領が拘束される。
<2004年>
 1月19日 日本の陸上自衛隊先遺隊がサマワに到着
 2月 6日 米国でイラク問題独立調査委員会設置
        ブッシュ大統領、イラクに大量破壊兵器がなかったことを初めて認める
 3月24日 クリントン、ブッシュ両政権でテロ対策の責任者だったリチャード・クラークがテロの脅威を大統領が無視していたことを批判する。
 4月 8日 イラクで3人の日本人ボランティアがイスラム過激派によって誘拐される。全員が自衛隊とは無関係だったこともあり、15日無事解放される。
 4月28日 米国CBSテレビがアグレイブ刑務所でのイラク人虐待写真を放映する。
 5月27日 バグダッドの南で日本人ジャーナリスト2名が殺害される。
 6月 1日 イラク暫定政権発足
 6月16日 米国の超党派で組織された同時多発テロ独立調査委員会がフセインとアルカイダの関係を否定
 6月24日 米国での世論調査で「イラク戦争は誤りだった」が初めて過半数を越える。
 6月30日 この時点で戦死したアメリカ兵は851人、イラク人の死亡者は1万人以上
 そして、
 11月3日 大統領選挙により、ブッシュが再選される。
 11月8日 反アメリカの拠点、ファルージャへの無差別総攻撃開始。

<追記>2012年4月
 ここで、作家、エッセイスト橋本治氏のマイケル・ムーアについての言葉を記しておきます。
「マイケル・ムーアの映画には、『なんで僕の国はこんなになっちゃんたんだ』という、彼個人のアメリカに対する悲しみが一貫していると思う。『華氏911』もそうだった。これは、『イラク戦争をやっているアメリカ人にとって、イラク戦争はなにか?』という映画で、改めて、『アメリカ人はイラクへ戦争しに行っている国の国民なんだな』と思った。そういう意味では、『アメリカ国内的な映画』で、主題は『アメリカ』だから、『イラク』は関係がない。この映画に不満な人は、そこが不満なんじゃないかと思った。」
(アメリカ政府を批判し続けているマイケル・ムーアもまた典型的なアメリカ人なのです)

「華氏911 Fahrenheit 911」 2004年公開
(監)(製)(脚) マイケル・ムーア Michael Moore
(製)ジム・チャルネッキ Jim Czarnecki、キャスリーン・グリン Kathleen Glynn
(製作総指揮) ハーヴェイ・ワインスタイン Harvey Weinstein、ボブ・ワインスタイン Bob Weinstein、アグネス・メントル Agnes Mentore
(編集)カート・イングファー Kurt Engfehr、クリストファー・スワード Christopher Seward、T・ウッディ・リッチマン T.Woody Richman
(撮影)マイク・デジャレ Mike Desjarlais
(録音)フランシスコ・ラトーレ Francisco Latorre
(音楽)ジェフ・ギブス Jeff Gibbs

20世紀映画劇場へ   トップページヘ