- フェアグラウンド・アトラクション(エディー・リーダー)Fairground Attraction(Eddie Reader) -

<幻の移動遊園地>
 ヴォーカルがEddie Reader、ギタロン(メキシカン・アコースティック・ギター)がSimon Edwards、ギターがMark E. Nevin、ドラムがRoy Dodds、かつて、「フェアグラウンド・アトラクション(移動式遊園地の出し物)」という名のバンドがありました。わずか数年の活動期間ではありましたが、僕を含め多くのファンを持つ人気バンドでした。(日本にも来ています)
 爽やかで、楽しくて、お洒落で、そしてノスタルジックなトラッド風味のきいたストリート・サウンドを奏でる大人向けのバンドとして、彼らはデビューと同時に世界中にその名を知られました。しかし、デビュー作「ファースト・キッス」の日本版ライナーでピーター・バラカン氏が危惧していたように、彼らはまさにフェアグラウンド・アトラクション(移動式遊園地の出し物)のように、あっという間に音楽シーンから消えてしまいました。彼らは、スコットランドの緑豊かな草原を吹き抜ける爽やかな風のように、あっという間に通りすぎて行きました。

<ストリートからヒット・チャートへ>
 F.アトラクションは、ストリートでバスキング的(大道芸的)なライブを行っているところをスカウトされ、アルバム発表のチャンスを得たバンドです。ところが、彼らは、スカウトされることを目的としてストリート・ライブを行っていたわけではありませんでした。実際彼らは、当時すでにそれなりの実績があるミュージシャンたちで、ライブ活動はそんな彼らが始めた、ある意味自分たちが楽しむための活動だったようです。彼らのこの純粋に音楽を楽しもうとする姿勢こそ、あの素晴らしいデビュー・アルバムの重要な隠し味だったにちがいありません。

<エディー・リーダー>
 バンドの紅一点でもあったヴォーカルのエディー・リーダーは、アリソン・モイエユーリズミックスギャング・オブ・フォーウォーター・ボーイズなどのバック・ヴォーカルをつとめ、70年代から活動してきた実力派です。彼女は、エラフィッツ・ジェラルドビリー・ホリデイジュディー・ガーランドなど、アメリカの往年の歌手達に憧れながら、スコットランドで育ちました。その後、リンダ・ロンシュタットマリア・マルダーサンディー・デニーなどを聞くようになり、前述のアーティストたちのバックをつとめるようになったといいます。そう考えてみると、フェアグラウンド・アトラクションのノスタルジックでジャズっぽいフィーリングは、確かにエラ・フィッツジェラルドビリー・ホリデの影響が見られるし、ドラマチックで映像的なセンスは、ジュディー・ガーランドなどアメリカのミュージカルから来たもののようです。それにリンダ・ロンシュタットマリア・マルダーの持つメキシカン・カントリーの雰囲気とサンディー・デニーのトラッドの香りを振りかけ、そこにストリートならではのにぎやかさを持ち込めば、「移動式遊園地のアトラクション」の出来上がりなのです。

<1989年という年>
 彼らの登場した1989年という年は、ある意味ロック界における転換点とも言える年でした。この頃活躍を始めたアーティストは、トレーシー・チャップマンホットハウス・フラワーズシンニード・オコーナーk.d.ラングエンヤカウボーイ・ジャンキーズショーン・コルヴィンハッピー・マンデーズなど、アコースティックだったり、ソウルフルだったり、それぞれ個性は違うが、それ以前に活躍していたニューロマンティックやテクノ・ロック系のバンドたちとは、明らかに毛色の違うアーティストたちばかりでした。(ボブ・ディランが「オー・マーシー」を発表し、原点に帰ったと言われたのもこの年でした)彼らに共通するのは、「暖かな歌心を持つアコースティックな音を出すミュージシャンたち」というくくりでしょうか。さらにこの時期は、ワールド・ミュージックのブームがピークを迎えようとしており、ロックはそのパワーをいよいよ失いつつありました。そんな中から、再び原点に立ち返り「歌」そのものを重要視して活動を始めたのが、前述のアーティストたちだったような気がします。

<全英ナンバー1の反動>
 しかし、音楽を純粋に楽しんでいたからこそ生み出すことができた彼らのサウンドは、以外に継続することが難しかったのかもしれません。いきなりヒットチャートを上り詰め、スターの仲間入りをしてしまっては、もうストリートでのバスキングはできなくなったし、大きな会場でのコンサート・ツアーを余儀なくされるのは、当然のことでした。結局、彼らはバンド内の意見がバラバラになり、デビュー・アルバム一枚を残して、あっさりと解散してしまいました。考えてみると、彼らの演奏していた音楽は、ストリート・サウンドならではの純粋な喜びという、ある種はかなさを合わせ持っていたからこそ魅力的だったのかもしれません。だからこそCDにとらえられたその一瞬の輝きは、永遠となりうる美しさを持っていたのです。(実際。彼らのアルバムは、わずか3週間と2日で仕上げられたという。まさに一瞬の輝きではありませんか!)

<エディー・リーダーのその後>
 バンドの解散後、一時は音楽活動から完全に離れていたエディー・リーダーでしたが、両親の住むアイルランドのカトリック教会で賛美歌を聴いているとき、突然音楽のもつ魅力を思い出し、再び活動を開始したといいます。そして、1992年にソロ・デビュー・アルバム「エディー・リーダー」を発表し、その後も活躍を続けています。彼女の歌が相変わらず、鳥のさえずりのように自然な美しさと輝きに満ちていることは、言うまでもないでしょう。(2001年春にもアルバムを発表しています)
 それと、ギター担当のマーク・ネヴィンは、その後元ソフト・マシーンのケヴィン・エアーズのアルバム「スティル・ライフ・ウィズ・ギター」(1992年)に参加、いい味を出してくれています。

<締めのお言葉>
「小鳥の鳴き声は意図されたものだろうか。それは鳥の表現、鳥の精神の美しさの表現と言えるのか。…せれでは原始芸術は?私たち自身の生活の美しさは、生きていること自体の美しさにどの程度までかかわっているのだろうか」

ジョゼフ・キャンベル著「神話の力」より

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