大地を滅ぼす者たちに破滅を


「魂のゆくえ First Reformed」

- ポール・シュレイダー Paul Schrader -

<2016年という年>
「2016年アメリカの大統領選挙でドナルド・トランプが勝利。そこから世界は大きく変わり始めた」
 後の世界史の教科書には、こう書かれることになるでしょう。まさか、トランプが当選するとは?あの年、多くのアメリカ人だけでなく世界中の人々が驚き、衝撃を受けました。
 トランプが政権をとったことでアメリカの政治も大きく変わりましたが、その中でも重要なものが地球温暖化対策への対応です。それまでは、地球温暖化対策に対し、後ろ向きとはいえ協力する姿勢を示していたアメリカは、「地球温暖化」というのは世界的な「陰謀」であり、デッチ上げにすぎないと言いだしたのです。その結果、アメリカは地球温暖化対策のためのパリ議定書からの離脱を宣言。国内でも、民主党政権が進めた森林を守るための国定公園の拡大にストップをかけ、民間での森林伐採を広い範囲で可能にしてしまいました。そうした政治の動きに対し、環境保護を求める人々から批判の動きがありました。そんな状況下の2017年には映画界からも環境問題を強く訴える作品が発表されました。一作はダーレン・アロノフスキー監督の「マザー!」。そして、脚本家として有名なポール・シュレイダーが自ら監督をした「魂のゆくえ」です。

<ポール・シュレイダー>
 この映画の脚本家でもあり、監督を務めたポール・シュレイダー Paul Schrader は、歴史的名作「タクシー・ドライバー」(1976年)の脚本家として映画史にその名を刻む存在です。彼は1946年7月22日ミシガン州に生まれ、厳格なカルヴァン派クリスチャンの家庭で育てられました。少年時代には映画すら見せてもらえなかったぐらい世俗とはかけ離れた教育を受け、カルヴァン大学で哲学を学びました。しかし、その反動もあり、初めて映画を見て以降、その魅力にはまり、カリフォルニア大学LA校(UCLA)やアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)で映画について学ぶ道に入ります。
 大学卒業後、彼は映画評論家として執筆活動を始め、1972年には「聖なる映画 - 小津/ブレッソン/ドライヤー」を出版しました。当時から彼は小津安二郎の映画と三島由紀夫の文学に熱中していて、日本文化への憧れが強い作家としてその影響が見て取れることになります。デンマークの巨匠カール・テオ・ドライヤーの影響も大きく、キリスト教における「奇跡」について描いた名作「奇跡」(1955年)は、この作品のラストにおきる「奇跡」に大きな影響を与えています。
 その後、彼は1976年にマーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」の脚本を担当して以降、「レイジング・ブル」(1980年)、「最後の誘惑」(1988年)、「救命士」(1999年)の脚本も担当。スコセッシ監督とは盟友とも呼べる関係にありました。
 映画監督としては、1978年に「ブルー・カラー」でデビューし、リチャード・ギア主演の「アメリカン・ジゴロ」(1980年)、「キャット・ピープル」(1982年)、「Mishima」(1985年)などの作品を撮っています
 教会の牧師を主人公としたこの映画のアイデアは、「タクシー・ドライバー」(1976年)よりも前から温めていたもので、50年の時を経て実現しました。この映画の前年2016年には、かつて神父を目指していたこともあるマーティン・スコセッシが同じように長年温めていた企画である隠れキリシタンを題材とした映画「沈黙 サイレンス」を実現させているので、その影響があったのかもしれません。

<「タクシー・ドライバー」の変奏曲>
 この作品は「タクシー・ドライバー」の変奏曲とも言える物語です。
 「タクシー・ドライバー」の主人公トラヴィスは、都会の雑踏の中で孤立を深め、その縮図とも言えるタクシーの運転手として働いていました。偶然出会った女性に恋をするものの、すぐに失恋してしまい、彼女が支持している政治家の暗殺を企てるも失敗。街で出会った少女を売春宿から救い出すため、そこで銃撃戦を展開することになります。彼はそこで奇跡的に生き延び、英雄に祭り上げられることになりました。
<「魂のゆくえ」あらすじ>
 この作品の主人公トラ―は、息子を戦場に向かわせて戦死させたことから妻に捨てられた孤独な男です。牧師の仕事も失っていましたが、小さな町の教会で牧師として働き始めていました。ある日、トラ―はうつ状態にある男性の相談を受けますが、その後、彼は自殺してしまいます。死者の家を訪ねたトラ―は、彼が環境問題に取り組むボランティアだったこと。もうすぐ生まれる自分の子供が、崩壊しつつある地球で生きることに、彼は耐えられなかったことを知ります。さらには、トラ―が働く教会の重要なスポンサー企業が、その地区で環境汚染の元凶となっていることも知ってしまいます。個人の利益を追求することを薦める教会の教えや企業による環境破壊を許す現在の状況が続けば、人類は滅亡してしまう。そう考えたトラ―は亡くなった男性が残した爆破装置を使い、その元凶である企業のトップを教会の建物ごと爆破する計画をし始めます。
 トラ―と心を通わす唯一の存在、自殺した男性の妻メアリーは、「タクシー・ドライバー」の娼館に閉じ込められていた少女アリスのような存在であり、彼が守るべき唯一の存在となります。だからこそ、ラストに起きる奇跡には彼女が関わってくるのです。

<北の教会にて>
 白と黒を中心に色分けされた衣装。雪が積もる教会周辺の風景と環境破壊によって地球の終わりのような状態の葬儀会場。汚染された人類滅亡後の世界ような風景は、不気味に美しい映像です。
 映画の舞台となったニューヨーク州北部は、アメリカの中でも最初の工業地帯として発展したものの、いち早く環境破壊が進んだ地域として有名です。当然、環境問題への意識が高い地域でもあることから、葬儀が環境問題へのアピールの場になるのもわかります。トラ―牧師は葬儀であえて聖書からこう引用します。

 死者が裁かれる時が来た
 あなたのしもべ、預言者、聖なる者に、
 あなたの名を恐れる者たちに報いを
 大地を滅ぼす者には破滅を与えよ

「ヨハネの黙示録」11章18節

 彼はさらに環境を保護する活動について日記にこう記してました。

 すべての保存活動は創造活動である。
 保存は新たな創造の礎に
 そうして人は創造に関与す。


 皮肉なことに、彼の教会を援助しているメガ・チャーチ「アバンダント・ライフ教会」支部の壁にはこう書かれていました。
「私が来たのは、命を豊かにさせるためである」
「ヨハネによる福音書」10章10節

 僕の家は祖母の代から北の大地に続く熱心なプロテスタントの家系なので、この映画に出てくる教会の雰囲気が懐かしく感じられます。「神」について問いかける映画は、興行的に厳しいこともあり、最近ではめったにありませんが、その価値が失われたとは思いません。
 「神など存在しない」ということは簡単です。しかし、カルト宗教による事件や原理的保守的な宗教によるテロや戦争が、増えているのも現実です。その原因は、多くの人が「宗教」について考える経験をしていないまま大人になってしまうからだと僕は思います。「神」について考えたこともないまま人生に行き詰まった時、もし誰かが「信じることで救われる場所」を提供してくれたとしたら、多くの人は簡単に引き込まれてしまうはずです。
 「神」の存在と地球環境の問題、両方を真正面から論じるこの作品に素直に拍手したいと思います。

「魂のゆくえ First Reformed」 2017年
(監)(脚)ポール・シュレイダー
(製)ジャック・バインダー、グレッグ・クラーク他
(製総)ブライアン・ベックマン、フィリップ・バーギン他
(撮)アレクサンダー・ダイナン
(PD)グレイス・ユン
(編)ベンジャミン・ロドリゲスJr
(音)ラストモード
(出)イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライド、セドリック・カイルズ、ヴィクトリア・ヒル、フィリップ・エッティンガー、マイケル・ガストン、ビル・ホーグ

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