心の壁を立てた父親と家族の物語 


「フェンス Fences」

- デンゼル・ワシントン、オーガスト・ウィルソン -
<隠れた良品>
 主演がデンゼル・ワシントンで、彼の妻を演じたヴィオラ・デイヴィスがアカデミー助演女優賞を獲得した作品ですが、日本では未公開となった作品です。お蔵入りになった理由は、いくつも挙げられます。ハリウッドの白人人気スターが出ていないこと。日本人が苦手な舞台劇の映画化作品であること。当然ながら、アクション映画でもなく、ヒット曲が使われているわけでもなく、謎解きも殺人事件も起きない会話劇であること。テーマは、日本人には理解しにくい「人種差別問題」とその歴史であること。確かに、これは日本ではヒットしなかったでしょう。
 ただし、黒人音楽に興味があり、そのルーツをたどって1950年代の黒人文化に興味をもつようになった人なら、かなり興味深く見られるはずです。それと演劇に興味がある人なら、ピュリッツァー賞受賞作家でもあるオーガスト・ウィルソンの原作、脚本作品の映画化なので、間違いなく見る価値はあるはずです。

<会話劇の魅力>
 物語のほとんどはトロイが大切にし、フェンスを作り続ける裏庭で展開します。そこで、彼が長年の親友のボノや妻のローズを相手に語る「ホラ話」や綿花を作っていた小作農時代の父親の「苦労話」は、話芸として実に楽しめます。トロイの勢いのあるしゃべりに妻のローズとボノが合いの手を入れるタイミングも絶妙です。ここでは後のヒップホップにもつながる黒人ならではの黒人文化である話芸の魅力を愉しむことができます。
 特に彼が語る過去の苦労話は、主人公がなぜそこまで家庭内で絶対的な権力をもつようになったのか?白人だけでなく身内でさえ信じない人間になってしまったのか?それを理解させる重要な部分になっています。
 ほとんど1時間半にわたり、裏庭と家のキッチンで物語は進行し、音楽はほとんど使われていません。時代的には、50年代のR&Bナンバーがかかっていて不思議ないのですが、あえてそれは避けたのでしょう。ラジオからの歌よりも登場人物が口ずさむ鼻歌や通りから聞える子供たちの声の方が多く、それに庭の鳥たちのさえずりが加わっています。映画的な演出はあえて避けられているようです。
 ピアノと弦楽器からなる静かな音楽が逆に最後の最後に美しく響くのが印象的です。空から降りてくる「ヤコブの梯子」の美しさ・・・。

<映画的リアリズム演出>
 演劇と映画の違いはなんといっても、映画はリアリズムにこだわることができる表現手段だということです。そのため、この映画はその重要な舞台となる家とその裏庭の選択にこだわったようです。いかにリアルな背景で撮影するかが、この映画の重要なポイントだったのです。そして選ばれたのは、原作と同じピッツバーグ市内のヒル地区にある一軒家で、「裏庭」と「家」それに家が面したにぎやかな「ストリート(通り)」がそのまま借りられて、撮影に使用されました。
 演劇ではできない映画ならではのリアリズムがこの場所を得て可能になったのです。

<オーガスト・ウィルソン>
 この映画の原作となった戯曲の作者であり、その脚色を行ったオーガスト・ウィルソン August Willson は、1945年4月27日ピッツバーグに生まれています。ドイツ系移民の父親とアフリカ系アメリカ人の母親の間に生まれましたが、父親は早くに家を出てしまい、彼は母親によって育てられました。
 その後、母親は再婚し、その相手がこの映画の主人公「トロイ」のモデルになったようです。彼はフットボールの才能があり、奨学金をもらえるほどの優秀な選手だったものの、当時は差別が厳しかったために活躍することはできなかったようです。そんな体育会系でマッチョな父親と文学が好きなひ弱な青年との関係は、映画同様上手く行かなかったのでしょう。
 スポーツではなく文学の道を選んだ彼は、図書館に通って、ラルフ・エリクソン、リチャード・ライト、ラングストン・ヒューズら黒人作家たちの本を読み漁り、自らも詩を書き始めます。ところが、映画と同じように、16歳の時、彼は学校をやめて陸軍に入隊します。(やはり彼もまた家を出て父親の影響から逃れたかったのでしょうか?)
 陸軍除隊後は鉄鉱業関連の仕事につきますが、23歳の時、詩人で劇作家の友人ロブ・ペニーと劇団「ブラック・ホライズン」を立ち上げ、そこから劇作家としての活動が始まります。こうして生み出された彼の代表作である「ピッツバーグ・サイクル」は、1900年~1990年までを10年ごとに区切って、物語を描いた戯曲集です。その中の一つ1950年代末の部分が、今回映画化された「フェンス」でした。
 オーガスト・ウィルソンは、人種差別の問題について、人種ごとに生活の場を分けることで差別問題を解決しようという「分離派」の支持者でした。彼にとって、異なる人種が混ざり合って住むことで融和を進めることは可能とは思えなかったのでしょう。(ちなみにそうした考えの人は「融合派」と呼ばれていました)この映画のタイトルにもなった「フェンス」はまさにそんな彼の考え方が生んだ「心の壁」だったわけです。ただし、今こうした「分離派」の考え方を実現しようと思うと、「白人」と「黒人」だけではなく「イスラム系」や「ヒスパニック」などの場所も作らなければならないはず。そして、ちょうどこの年、大統領に就任したトランプが宣言していた「メキシコ国境の壁」を支持することにもなりかねません。事態は、より複雑化しており、「フェンス」に頼る世界は、今やもう実現不可能なことは明らかなのです。

<映画化の実現>
 1987年、「フェンス」は黒人演出家ロイド・リチャーズによって初めて上演されました。その時の主演俳優は、映画「ボクサー」でアカデミー主演男優賞にノミネートされた名優ジェームズ・アール・ジョーンズでした。(「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーの声の方が有名かもしれません)この作品は高い評価を受け、見事にピューリッツァー賞を受賞。その後、2005年にはローレンス・フィッシュバーン(映画「マトリックス」のモーフィアス!)とアンジェラ・バセットによっても上演されています。残念ながらこの年、オーガスト・ウィルソンはこの世を去っていますが、すでにこの時、彼は映画化に向けた脚色の作業を完成させていました。(2005年10月2日没)
 映画化に向けて製作者として動いていたデンゼル・ワシントンは、当初自分で監督するつもりはなかったようです。しかし、これまでにも監督経験のある彼は自ら演出することを決意。2010年には映画化を前にブロードウェイで自らが主演した公演を行い、それを成功させるとその上演メンバーで映画化を進めて行きました。

「フェンス Fences」 2016年
(監)(製)(出)デンゼル・ワシントン Denzel Washington
(製)スコット・ルーディン、トッド・ブラック
(原戯)(脚)オーガスト・ウィルソン
(撮)シャルロッテ・ブルース・クリステンセン
(PD)デヴィッド・グロップマン
(衣)シャレン・デイヴィス
(編)ヒューズ・ウィンボーン
(音)マーセロ・ザーヴォス
(出)デンゼル・ワシントン(トロイ・マクソン)映画のためでしょう。デンゼル・ワシントンは、見事に中年太りのおっさんに変身しています。
ヴィオラ・デイヴィス(ローズ)アカデミー助演女優賞受賞
ジョバン・アデボ(コーリー)、ラッセル・ホーンズビー(ライオン)、ミケルティ・ウィリアムソン(ゲイブ)、スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン(ボノ)、サナイヤ・シドニー(トロイの娘)
<あらすじ>
 1957年ペンシルバニア州ピッツバーグの黒人居住区に住むトロイ・マクソンは、元黒人プロ野球リーグの選手ですが、引退後、ゴミの収集の仕事をしていました。コツコツと真面目に働きながら、妻と二人の男の子を育てています。しかし、自分自身が長年にわたり人種差別によって苦労してきたこともあり、次男がフットボール選手として大学からスカウトされても、それを認めませんでした。それは、フットボール選手として活躍できるのはごくわずかで、黒人の次男は卒業後、仕事が自分のようにないかもしれない。そう考えていたからです。
 おまけに長男のライオンは、ミュージシャンを目指して30歳を過ぎても定職につかず、親に頼る生活を続けていました。こうして、彼は家族の中でも孤立しがちで、休日は裏庭に木製のフェンスを作る作業に没頭していました。「フェンス」は、彼にとって「心の壁」を表す存在だったともいえます。
「フェンスは人を近づけない用途もあるが、中に居る人々を守るという用途もある」
 トロイは、黒人として初めて収集トラックの運転手を任される努力家でもあったのですが、二人の子供たちにとって、彼は権力の象徴であり、人種差別が当たり前だった時代の象徴的存在になっていました。
 ところが、そんな父親が若い女性と不倫関係にあり、二人の間に子供ができたことが明らかになります。

<使用曲一覧>
「Jesus Be A Fence Around Me」  ヴィオラ・デイヴィス サム・クック Sam Cooke   
「審判 Judgement」  ミケル・ウィリアムソン  Sister Mary Nelson   
「Old Blue」  (1)デンゼル・ワシントン
(2)ジョバン・アデポ&サナイヤ・シドニー 
トラッド・ソング  青いワンちゃんの歌 
「Day by Day」  リトル・ジミー・スコット Little Jimmy Scott     
「You Don't Know What Love Is」  ダイナ・ワシントン Dinah Washington     
「Peace Be Still」  Reverend James Cleveland     
「I Will Wear A Crown」  Reverend James Cleveland     

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