- フリートウッド・マック Fleetwood Mac -

<訂正>2003年12月7日

<トラブル・バンド・ナンバー1>
 ロックの歴史において、彼らほど頻繁にメンバー・チェンジを繰り返したバンドは珍しいでしょう。その上彼らはメンバー・チェンジによって、その音楽性も大きく変わっており、それでもなおバンドとしての活動を20年にわたって継続させました。そして、その歴史の中で異なるスタイル、異なるメンバーによって、2度にわたってバンドとしての頂点を究めたというのもまた珍しいことです。1度目は、まさに60年代的な正統派ブリティッシュ・ブルース・ロック・バンドとして、そして2度目は、ある意味70年代的なアダルト・オリエンテッド・ロック・バンドとしてでした。
 特に後半のピーク時における彼らの人気は、同時期のスーパー・スター、イーグルスに匹敵するほどで、大ヒットしたアルバム「噂」は全世界で1700万枚以上を売上げ、70年代を代表する作品となりました。こうした彼らの歴史は、ある意味1960年代から1980年代までのロックの変遷の歴史を象徴しているとも言えます。

<フリートウッドとマック>
 リズム・セクションは、バンドの要と言われますが、フリートウッド・マックの場合は文字通りバンドそのものと言えます。ドラマーのミック・フリートウッド(1942年6月24日ロンドン生まれ)とベーシストのジョン・マクビー(1945年11月26日ロンドン生まれ)、この二人の名前がそのままこのバンドの名前となっているのです。そして、この二人を中心として数多くのミュージシャンたちが出入りを繰り返したのがバンドの歴史ということになるわけです。

<ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズ>
 二人はかつてブリティッシュ・ブルース・ロックの元祖とも言われるバンド、ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズのメンバーでした。このバンドは、エリック・クラプトンミック・テイラージャック・ブルースなど、そうそうたるミュージシャンたちを世に送り出したロック史における伝説的な存在です。このバンドに彼らは在籍していたわけですが、どうやら二人ともひどいアルコール中毒だったらしいく、ジョン・メイオールは、実質的には二人を首にしたと言われています。

<フリートウッド・マック結成>
 そこで二人は、もう一人のメンバー、ギタリストのピーター・グリーン(1946年10月29日)とともに新しいバンド、フリートウッド・マックを結成しました。(さらにもうひとりのギタリストとして、ジェレミー・スペンサーを加えています)
 1968年3月デビュー・アルバム「フリートウッド・マック」を発表。このアルバムは、ブルース・ロックのブームに乗って全英チャートの4位にまで達するヒットとなりました。

<狂気のギタリスト、ピーター・グリーン>訂正2003年12月7日
 ブルース・ブレイカーズでは、エリック・クラプトンの後釜を務めただけあって、ピーター・グリーンのブルージーなギターは、独特の味わいをもち、後にサンタナによって大ヒットすることになる「ブラック・マジック・ウーマン」などの名曲を生み出しました。
 1968年のアルバム「ミスター・ワンダフル」、1969年の「ゼン・プレイ・オン」など、彼らの正統派ブルース・ロック・バンドとして、しっかりとした地位を築きました。ところが、そのピーター・グリーンが麻薬の常用がきっかけでしだいに精神のバランスを崩し初め、いつしか自らを救世主キリストの再来だと言うようになり、ついには狂気の世界に旅立ってしまいました。(その後、彼は社会から完全にドロップ・アウトし、浮浪者として一生を終えたといいます)
<訂正>ピーター・グリーンは、なんとその後見事に復帰していました!
 つい最近2003年にも、自らが率いるスプリング・グループとともに行ったライブをアルバムとして発表しています。彼の人生こそ、映画になりそうなほどドラマに満ちているかもしれません。
 ピーター・グリーン・ファンの方、大変失礼いたしました。


<呪われたバンド>
 ピーターのように麻薬がきっかけで精神をおかしくしてしまった例はこの頃非常に多かったようです。(ピンク・フロイドのシド・バレット、ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンなど)しかし、このバンドでは、事件はこれだけでは済みませんでした。この後バンドの音づくりの中心になっていたギタリストのスペンサーもまたしだいに精神を病み始めたのです。ついにはカルト教団に入ってしまい、バンドを離れてしまいます。おまけに、この後バンドに加わったダニー・カーワンもまたソロになった後、精神病院に入ってしまうのです。
 60年代ロックの黄金時代は、「カルトと麻薬の黄金時代」でもあったのかもしれません。

<ボブ&クリスティン登場>
 必然的にバンドは新しい顔を必要とすることになり、ボブ・ウェルチがギタリスト兼ヴォーカリストとして参加。さらにセッション・ミュージシャンとして参加していたクリスティン・パーフェクトがジョンと結婚、正式メンバーとなり彼女のヴォーカルもバンドの新しい顔となりました。アルバム「枯れ木」は、この頃発表されたアルバムです。その後も、彼らは1973年に「ペンギン」「神秘の扉」、1974年に「クリスタルの謎」とアルバムを発表してゆきますが、今ひとつの状況が続き、ボブ・ウェルチが脱退することでバンドは完全に行き詰まってしまいました。

<スティービー&リンジー登場>
 この状況を救ったのは、後にマックのもう一つの核となることになるカップル、スティービー・ニックス(Vo)とリンジー・バッキンガム(Vo,Gui)の登場でした。彼らはデュエットでアルバムも出していましたが、こちらも泣かず飛ばずで、スティービーはこの頃ウェイトレスをしていたといいます。偶然出会ったフリートウッドとリンジーは、すぐに意気投合し二人でマックに参加することになりました。こうして生まれたのが、アルバム「ファンタスティック・マック Fantastic Mac」(1975年)です。
 このアルバムにおいて、フリートウッド・マックは突然、バンドとして歯車がかみ合いだします。リンジー、スティービー、クリスティーの3人のヴォーカルは、見事に絡み合い、独特のハーモニーを生み出し、そこから「オーヴァー・マイ・ヘッド」、「リアノン」、「セイ・ユー・ラブ・ミー」など次々とシングルがヒットし、アルバムもついにチャートのトップに立ったのです。
 そして、翌1977年彼らの最高傑作であり時代を代表するアルバム「噂 Rumours」が発表された。

<「噂」の真相>
 フリートウッド・マック最大のヒット作「噂」のことを、メンバーのリンジー・バッキンガムは、「ミュージカル・ソープ・オペラ」と呼んだそうです。なぜなら、このアルバムの録音時、バンドのメンバーは全員が愛の破局というトラブルのまっただ中にあったからです。それもメンバー内の二つのカップル、スティービーとリンジー、ジョン・マクビーとクリスティン・マクビーがそれぞれ長年の愛にピリオドをうち、ミック・フリートウッドもまたジョニー・ボイドとの結婚生活に幕をおろしたところでした。(ジョニー・ボイドと言えば、クラプトンジョージ・ハリソンとのドラマチックな愛で有名なパティー・ボイドの姉妹!です)
 もちろん、アルバムの内容自体も男と女の愛のトラブルを描いたものでした。アルバムの制作時、バンド内の緊張感は異常に高く、録音には12ヶ月という長い期間を必要としました。しかし、その緊張感こそが、あの作品に漂う独特のシュールでポップな雰囲気を生み出すもとになっていたのかもしれません。常にトラブルを抱え続けたフリートウッド・マックにとっても、これは究極の作品だったということなのです。

<トラブルは終わらない>
 「噂」の大ヒットは、バンドのメンバーにとってやっと訪れた春の到来でしたが、このバンドには「安定」という言葉は、やはり似合いませんでした。1979年に2枚組みの大作「牙 Tusk」を発表した頃には、バンドのメンバーはバンド仲間としての絆さえも失いつつあったのです。そして、この頃から各自のソロ活動が活発になってゆきます。
 ミック・フリートウッドは、1981年に「Visitor」を発表。スティービーも、アルバム「麗しのベラドンナ」(1981年)でソロ・デビューをかざり、クリスティンもシングル「恋のハート・ビート」をヒットさせ、バンドの中心的存在となりつつあったリンジーもまたアルバム「ロー・アンド・オーダー」を発表。いよいよ、メンバーはバラバラに活動を行うようになって行きました。

<「安定」から終わりへ>
 1987年フリートウッド・マックとしての久々のアルバム「タンゴ・イン・ザ・ナイト」が発表されたが、このアルバムのツアーにリンジーは結局参加せず、代わりに新しいメンバーが参加することになりました。
 この二人の新人、リック・ヴィトとビリー・バーネットの二人は、優秀なスタジオ・ミュージシャンだっただけでなく、バンドにとっては例外的なトラブルをおこさないまじめな優等生だったようです。しかし、このメンバーによって録音されたアルバム「ビハインド・ザ・マスク」(1990年)は、ほとんど話題になることもなく、結局クリスティーとスティービーはバンドを離れソロ活動に専念することを決意しました。
 皮肉なことに、トラブルのない安定したマックの誕生とともに、バンドはその歴史に幕をおろすことになったようです。

<魔性の歌姫>
 バンドを離れても、ソロ・ミュージシャンとして活躍を続けたスティービー・ニックスが、かなりのオカルト・マニアだというのをご存じでしょうか?彼女のコケティッシュで魅力的な衣装やパフォーマンスは、単なる見せかけだけではなかったようです。かつて、ピーター・グリーンが歌っていた「ブラック・マジック・ウーマン」とは、もしかすると彼女のことだったのかもしれません。
「愛とカルトとドラッグと酒」それにロックン・ロールを加えて生まれた「ファンタスティックなマックの世界」。そう思って聞くと、「噂」はまた不思議な魅力を放って聞こえてきませんか?

<締めのお言葉>
「この世ではスキャンダルは金です。特にアメリカでは黄金以上です」

映画「歴史は女で作られる」より(監)マックス・オフュルス(原)セシル・サン・ローラン(脚)マックス・オフュルス、アンネット・ワドマン、ジャック・ナタンソン

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