ブラジルが生んだハリウッドの巨匠

「2人のローマ教皇 The Two Popes」
「シティ・オブ・ゴッド City of God」

- フェルナンド・メイレレス Fernando Meirelles -
<フェルナンド・メイレレス>
 フェルナンド・メイレレス Fernando Meirellesは、1955年11月9日ブラジル、サンパウロ生まれの映画監督です。元々はサンパウロ大学で建築学を学んでいたのですが、映画製作の道に憧れ、テレビ局に就職。そこで映像制作の仕事に関わった後、映画を撮る仕事に専念。
 2002年の長編メジャー作品「シティ・オブ・ゴッド」が世界的なヒットとなり、アカデミー監督賞にまでノミネートされ一躍大物監督の仲間入りを果たします。その後、ハリウッドに招かれた彼は、SF映画「ブラインドネス」、サスペンス映画「ナイロビの蜂」などを撮った後、2016年のリオ・オリンピックでは開会式の演出を担当。ブラジルを代表する存在となりました。
 2019年バチカン市国を舞台に「2人のローマ教皇」を撮り、再び世界の注目を集めることになりました。


「2人のローマ教皇 The Two Popes」 2019年 
(監)フェルナンド・メイレレス Fernando Meirelles
(製)ダン・リヒ、ジョナサン・アイリヒ他
(製総)マーク・バオフ
(脚)アンソニー・マクカーテン
(撮)セザール・シャローン
(PD)マイク・テイルデスリー
(音)ブライス・デスナー
(出)ジョナサン・プライス、アンソニー・ホプキンス、フアン・ミヌヒン 
<あらすじ>
 カトリックの聖職者による性的虐待事件が公となり、ローマ・カトリック教会のトップに立つローマ教皇ベネディクト16世は世界的な批判の矢面に立たされていました。それまで保守的な立場をとる教皇は、大きな改革をせずにいましたが、いよいよ動く必要に迫られていました。
 ちょうどその頃、アルゼンチンの枢機卿フランシスコは、教皇に辞表を提出しようとバチカンに向かっていました。彼は改革派を代表する存在なので、その辞職を認めることは教皇が改革を認めないというメッセージと見られかねませんでした。そのため、教皇は彼の辞職を認めようとしませんでした。それでも二人はお互いの胸の内を明かし始め、少しずつ信頼関係が築かれ始め、教皇の心は大きく変化し始めます。
 二人の登場人物の対話がほとんど映画のすべてなので、主役二人の演技と台詞が命の映画ですが、見事に成功しています。脚本の良さは高い評価を受けて良いはずです。
「神の存在は時代と共に変化するべきと私は考えます」
 そう主張する主人公の考え方にたぶん日本人の多くは抵抗なく賛同できるはず。そこはキリスト教徒である必要はありません。
<ローマ教皇>
 日本における天皇と同じようにローマ・カトリックの世界では「ローマ教皇」という位は一度選ばれると死ぬまで続ける必要がありました。それだけカトリックの世界で「ローマ教皇」が象徴的で重要な役割だということです。ところが、その暗黙の掟を700年ぶりに破った掟破りの教皇が現れました。それがこの映画の主人公ベネディクト16世です。なぜ彼はその掟を破ってまで自分の役割を降りたのか?この作品は、その理由と実現までの過程を事実の基づいて映像化したものです。
 でも宗教界の裏話を明かしちゃってよいものでしょうか?カトリックに原理主義過激派はいないのかもしれませんが、この映画の企画が実現したこと自体がカトリック宗教界における大きな変化を証明しているのでしょう。そもそもこの作品はネットフリックスでの公開なので映画館では上映されないので、抗議デモを行うこともできないのですが・・・。(逆にカトリックの信者さんたちがこの作品を機に世界規模でネットフリックスを観始めたら、それは大変な効果です!)
 映画「スポットライト 世紀のスクープ」に象徴されるようにカトリックの古くて陰湿な体質が悪いイメージを作ってしまった21世紀の今、この作品はそのイメージをプラスに転換する大きなチャンスなのは確かです。
<フランシスコ教皇>
 「ロック・スター」とも呼ばれるフランシスコ教皇の存在無くしてこの作品はあり得ません。
 軍事独裁政権によって支配されていた1970年代のアルゼンチンでカトリック教会の指導者として働いていた彼は、暴力的な政府と民主化を求める宗教界、市民との板挟みになり苦しんでいました。しかし、彼が所属するイエズス会(カトリックの一宗派)を存続するためには暴力的な軍事政権に妥協し従うしかない。そう考えた彼は多くの同胞を見殺しにせざるを得ませんでした。そのため民主化されたアルゼンチンで彼は批判の矢面に立つことになり、彼は罪を背負ってその後の人生を生きることになります。
 ドイツ出身のベネディクト16世もまたナチス・ドイツ時代を生きた宗教指導者として「ナチの残党」と批判されてきた経緯がありました。厳格すぎる典型的なドイツ人とサッカーとタンゴが好きな典型的なラテン気質のアルゼンチン人である二人はまったく異なる宗教観をもつにも関わらず二人には、本質的な部分で理解し合えことが明らかにされます。しかし、そのことをお互いな認識するためには心を明かすだけの対話が必要でした。それがこの映画が描く最も重要な部分です。
<対話>
 心の中をお互いが明かすことは誰にとっても困難なことです。そのことは宗教者でなくても理解できるでしょう。それでもカトリックの世界には「告解」という秘儀があります。そして、その告解の相手としてローマ教皇ほどの存在はいません。お互いが胸の内を明かし合うことで、信頼関係が生まれ、歴史的な改革が始まることになりました。
 宗教的、民族的、経済的な対立が深まる21世紀の今、対話こそ最も必要なことかもしれません。さらに必要と思われるのは、貧富の差が拡大する一方の現代社会で宗教的な清貧の思想をもう一度見直すべきだということです。
 映画「修道士は沈黙する」では、ヨーロッパ主要8カ国による経済会議に参加した修道士がその倫理観により会議の流れを大きく変えることになりました。映画「神々と男たち」では、イスラムの人々と共存していたカトリックの修道士がテロリストに誘拐され殺害されるまでの過程を描いていましたが、彼らの勇気ある行動には感動させられました。
 もしかすると、今再び世界は神の救いを求め始めているのかもしれません。2019年に来日したフランシスコ教皇の人気と盛り上がりは記憶に新しいところです。グレタ・トゥーンベリさんと教皇二人がコンビを組めば世界最強の年の差コンビとして世界を変え得る気がします。
<使用されている曲>
 この作品では、音楽も映画のアクセントとして重要な役割を果たしています。
 ベネディクト16世のクラシック音楽、フランシス教皇の出身地であるアルゼンチンのご当地的な曲などが中心ですが、誰もが知るヒット曲も多くそれが映画をポップに見やすくしています。
 以下の一覧をご覧ください!
曲名 演奏者  作曲・作詞  コメント 
「ベサメ・ムーチョ
Besame Mucho」
  コンスエロ・ベラスケス
Consuelo Velazquez 
作者は15歳のメキシコの少女!
世界的なスタンダード・ナンバー
ビートルズもカバーしている
「Amplius Lava Me」  The Tallis Schoars  グレゴリオ・アレグリ
Gregorio Allegri
イタリアの作曲家による合唱曲「Allegris' Miserere」より
「神よ、汝を憐れみたまえ」 
「Ariwacumee」  Frente Cumbiero and
Mad Professor 
Toro Mario Galeano
Neil Jeseph Fraser 
フレンド・クンビエロはコロンビアのクンビア・バンド
マッド・プロフェッサーは英国のレゲエ系プロデューサー
「La Fiesta Termino Pinata」  Los Pibes del Penal  Adrian Pierro , Dalebe クンビアバンドの2018年同名アルバム・タイトル曲 
「ピアノ協奏曲23番イ長調」
Piano Coneeto No.23 In A Major K488
ボビー・マクファーリン
Bobby McFerrin
チック・コリア Chick Corea
W・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
モーツァルトによる代表的な古典派ピアノ協奏曲
ジャズ・ヴォーカルのボビー・マクファーリン
ジャズ・ピアニストのチック・コリアのカバー
「ダンシング・クイーン Dancing Queen」 Royal Philharmonic Orch.  Bjoern Ulvaneus
Benny Anderssen
Stig Anderson
スウェーデンを代表する人気バンドABBAの大ヒット曲
1976年全米ナンバー1
「月の光 Clain de Lune」    クロード・ドビュッシー
Claude Debussy 
フランスの20世紀初めを代表する作曲家
1890年発表の「ベルガマスク組曲」より
ドビュッシーの最もポピュラーな曲
「Tecleando」    カルロス・フィガーリ
Carlos Figari
カルロス・フィガーリがアルゼンチン・タンゴの作曲家
1952年アルゼンチンのアニバル・トロイロ楽団のヒット
「Cafe Dominguez」    アンヘル・ダゴスティーノ
Angel D'Agostino  
アルゼンチン・タンゴ黄金期のバンドリーダー、作曲家
多くのカバーがあるタンゴの名曲
「Tango Italiano」 コッキー・マジェッティ
Cocki Mazzetti
Gualtiero Malgoni
Bruno Pallesi
Luciano Beretta
コッキー・マジェッティはイタリア・ミラノのポップ歌手 
同じイタリアの歌手ミルバのヒットが有名
「Epistrophy」  セロニアス・モンク
Thelonious Monk
Thelonious Monk
Kenny Clarke
モダン・ジャズの偉大なピアニストの曲
ドラムのケニー・クラークとの共作で1941年発表 
「さらば恋人 Bella Ciao」  The Swingle Singers  Ben Parry ザ・スウィングル・シンガースは1962年フランスで結成
アカペラ・ヴォーカル・グループ
「Antiphone Blues」  Arne Domnerus & Gustaf Sjokvist Arne Domnerus  アルネ・ドムネロスはスウェーデンのジャズ・サックス奏者
1975年録音のアルバムより
「Cuando Tenga La Tierra」  メルセデス・ソーサ
Mercedes Sosa 
Angel Petrocelli
Daniel Toro 
アルゼンチン・フォルクローレの女性歌手
1973年発表 
「Nobody Knows The Trouble I've Seen」  Grant Green    1867年に発表された黒人霊歌 
グラント・グリーンはミズーリ州の黒人ジャズ・ギタリスト
「Minguito」  ディノ・サルーシ
Dino Saluzzi 
Dino Saluzzi ディノ・サルーシはアルゼンチンのバンドネオン奏者
1987年録音
「Rond De Ninos En La Montana」 Dino Saluzzi  Dino Saluzzi  
「Tango A Mi Padre」  Dino Saluzzi Dino Saluzzi   
「ピアノ協奏曲第20番ニ短調」
Prelude To Concerto For Piano & Orch.
No.20 In D Minor K466 
Bobby McFerrin
Chick Corea
Wolfgang Amadeus Mozart  ベートーベン、ブラームスらが愛した曲と言われます。
ソ連の独裁者スターリンはこの曲とK488が好きだった!
「ブラック・バード Blackbird」  The Swngla Singers  Paul McCartney
John Lennon 
ザ・ビートルズのアルバム「ザ・ビートルズ」収録
ポール・マッカートニーの単独曲で1968年発表
Andre Mehmari
「Por El Sol Y Por La Lluvia」  Dino Saluzzi   Dino Saluzzi   1983年発表アルバム「kultrum」 
「Sastanaqqam」  ティナリウェン
Tinariwen 
Abdallah A G. Alhousseyni マリ共和国だ活動するトゥアレグ族のバンド
2016年の同名アルバム収録 
「ベサメ・ムーチョ Besame Mucho」  レイ・コニフと彼のオーケストラ
Ray Conniff & his Orch.&Chorus 
Consuelo Velazquez  レイ・コニフ・シンガーズのバンド・マスター
1950年代から60年代に様々な曲のカバーで活躍 
「Siete De Abril」  ブライス・デスナー Andres Avelino Chazarreta アンドレス・チェザレッタはアルゼンチンの作曲家 

「ブラインドネス Blindness」 2008年 
(監)フェルナンド・メイレレス
(製)ニヴ・フィッチマン、酒井園子、アンドレア・バラタ・ヒベイロ
(原)ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」
(脚)ドン・マッケラー
(撮)セザール・シャローン
(PD)トゥレ・ペヤク
(音)マルコ・アントニオ・ギマランイス
(出)ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ、アリシー・ブラガ、伊勢谷友介、木村佳乃、ドン・マッケラー、ダニー・グローヴァー、ガエル・ガルシア・ベルナル
<あらすじ>
 ある日、運転中の日本人男性が突然視力を失います。病院で診察を受けますが、原因はわかりません。翌日、診察した眼科医もまた失明。周囲で次々に失明者が発生し、何かの感染症であるとわかり、政府は感染者を隔離し始めます。眼科医の妻は視力を失っていなかったのですが、収容先での夫のことが心配になり、自分もまた視力を失ったと申告して一緒に収容されます。
 隔離病棟の中は、まったくの治外法権状態になっていて、一人の若者が独裁体制を築いていました。その支配に不満を持つ人々が反乱を起こしたため、病棟で火災が発生。眼科医の妻は夫とその仲間たちと共に隔離病棟から脱出します。ところが、彼らを閉じ込めていたはずの軍隊の姿はそこにいなくなっていました。いったい街はどうなってしまったのか。
 ノーベル文学賞受賞作家ジョゼ・サラマーゴによるSF小説「白い闇」の映画化。国際色豊かな俳優陣だけでも楽しめる作品ですが、内容はかなりシビアで救いのないお話。コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を思わせる展開。距離的には短いけれど、時間的にも精神的にも遥かに長く感じるロード・ムービーでもありました。そんな世界終末の映像に怖くなりましたが、一応救いはあるので安心してご覧ください。
 それにしても目が見えない人々が体験する世界をどう描くか?難しかったと思います。逆に言えば、特殊効果不要の世界終末SFですけど・・・ 

「ナイロビの蜂 The Constant Gardener」 2005年 
(監)フェルナンド・メイレレス
(製)サイモン・チャニング・ウィリアムズ
(原)ジョン・ル・カレ
(脚)ジェフリー・ケイン
(撮)セザール・シャローン
(PD)マーク・ティルデスリー
(音)アルベルト・イグレシアス
(出)レイフ・ファインズ、レイチェル・ワイズ、ユベール・クンデ、ビル・ナイ、ピート・ポスルスウェイト、ダニー・ヒューストン
 ジョン・ル・カレ原作のサスペンス小説の映画化。
 この作品でアクション映画のお飾り的存在だったレイチェル・ワイズの魅力が全開。彼女にアカデミー助演女優賞をもたらしました。 

「シティ・オブ・ゴッド City of God」 2002年
(監)フェルナンド・メイレレス(共同監)カティア・ルンド
(製)アンドレア・バラタ・ヒベイロ、マウリシオ・アンドラーデ・ラモス
(原)パウロ・リンス
(脚)ブラウリオ・マントヴァーニ
(撮)セザール・シャローン
(音)アントニオ・ピント、エド・コルテス
(出)アレクサンドル・ロドリゲス、レアンドロ・フィルミーノ・ダ・オラ、セウ・ジョルジ、アリシ―・ブラガ、ドグラス・シルヴァ
フェルナンド・メイレレスの世界デビュー作であり、世界に衝撃を与えたバイオレンス映画の傑作
1970年ブラジル・リオの貧民街「神の街」で起きた少年ギャング団の対立抗争を描いたブラジル版「仁義なき戦い」
同じリオの貧民街を舞台にした映画「黒いオルフェ」の音楽で有名になったサンバ界の大御所カルトーラの音楽がここでもオマージュを捧げるように使用されています。
とはいえ、21世紀の映画だけあって、映像のセンス、編集のセンスが新しい!フェルナンド・メイレレス監督の出世作。
残虐な映画をそう見せない演出が、青春映画の傑作にしています。思えば、「仁義なき戦い」も青春映画でした。
リオの裏の顔「神の街」を描いてメジャーとなった監督が、ブラジルの表の顔「リオ・オリンピック」の開会式を演出。それもまたブラジル的・・・。
曲名  演奏 コメント 
「Alvovada」  カルトーラ Cartola 映画「黒いオルフェ」で世界的に知られることになったサンバ界の大御所 
「Azul Da Cor Do Mar」 Tim Maia  ブラジルにおけるソウル・ファンクの大御所として活躍したアーティスト
「Dance Across The Floor」  Jimmy So Horne アメリカ・フロリダ出身のファンク・ミュージシャン
「Get Up I Feel Like Being Like(Sex Machine)」  ジェームス・ブラウン James Brown  ファンクの帝王はブラジルでも大人気
「Hold Back The Water」 Backman Turner Overdlive  1970年代大人気だったアメリカのロックバンド
「Hot Pants Road」 JB's  ジェームス・ブラウンに鍛えられた究極のファンクバンド
「Kung Fu Fighting」 カール・ダグラス Carl Douglas 「燃えよドラゴン」の大ヒットとディスコ・ブームから生まれた一発屋
「Magrelinha」 Luiz Melodia  ブラジルのシンガーによるヒット曲(1973年)
「Metamorfose Ambulahte」 Raul Seixas  ブラジルの人気シンガー
「Na Rua , Na Chuva ,Na Fazenda」 イルドン Hyldon  ブラジリアン・ソウルの人気アーティスト
「Nem Vem Que Nao Tem」 Wilson Simonal  1970年代に活躍したブラジルのアーティスト
「O Caminho Do Bem」 Tim Moria   
「Preciso Me Encontrar」 カルトーラ Cartola  
「So Very Hard To Go」 タワー・オブ・パワー Tower of Power  JB’sに匹敵する1970年代を代表するハイテク・ファンク・バンド

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