「フォッグ・オブ・ウォー Fog of War」
マクナマラ元国防長官に学ぶ11の教訓

2003年

- ロバート・マクナマラ Robert MacNamara、エロール・モリス Errol Morris -

<一人芝居のような映画>
 出演者はたった一人。インタビュアーも画面に登場しない、まるで一人芝居を見るような感覚のドキュメンタリー映画です。しかし、動きの少ないインタビュー映像の間に挟まれたニュース映像や写真の数々は、実にテンポが良く、画面から目を離すことができない展開になっていて、さすがはアカデミー賞受賞作という感じです。
 そして、その背景に流れる不気味な音楽は巨匠フィリップ・グラスの作品です。これがまた実に雰囲気を出しています。
 映画の構造も11の教訓を一つずつ学ぶという、「政治戦略術」の授業のような形式になっていますが、けっして一方的に学ばされるというわけではなく、それなりにこちらもつっこみを入れたくなる部分も多く、納得させられたり、驚かされたり、ブーイングをしたくなったりと、あきさせられない作品になっています。

<マクナマラ元国防長官>
 マクナマラ元国防長官とは、いったいいかなる人物なのでしょうか?名前からして、アイルランド系のようですが、同じアイルランド系の大統領ケネディが彼を国防長官に選んだというのは、そうした同朋意識が働いたからなのでしょう。そして、確かに彼はその期待に応える存在となりました。
 子供の頃から成績優秀で常にエリート・コースを歩み、大学では特に統計学を専門としましたが、哲学に常に興味をもっていて「数字の専門家」でありながら、そこに常に自らの求める理想を持ち込むことを忘れない人物だったと言われています。
 第二次世界大戦には3年間、統計学の専門家として参加。軍の作戦における効率化を進め、それにより東京大空襲における第1爆撃隊の航続時間を30%向上させるなどの功績を挙げました。終戦後、9人の仲間と共に新し経営手法を用いたコンサルタント会社を設立。かつての勢いを失い崩壊しかかっていたフォード社に招かれると、得意の統計管理の手法とデータ収拾に基づく先を見越した新車開発の両輪を駆使して、フォード社を立ち直らせました。この活躍ぶりで、彼はあっという間に社長に昇進します。ところが社長としてその手腕をふるう間もなく、彼はフォード社を離れることになります。それは、当時アメリカの大統領に当選したばかりのケネディから国防長官就任の以来を受けたからでした。(政治には素人だったケネディにマクナマラを推薦したのは、経済学者のジョン・K・ガルブレイスでした)そして、彼はアメリカの国家予算の10%を使う男として、ケネディ、ジョンソン二代に渡る大統領のもとで活躍することになるのです。

<文民統制の確立>
 彼が国防長官に就任するまで、その地位はいつも軍の出身者によってしめられていました。彼はその流れを変え、文民統制を確立。それはペンタゴン革命とも呼ばれました。ただし、それが本当に良いことだったのかについては、大きな疑問もあります。
 軍隊出身者であるアイゼンハワーは自分は軍人だったおかげで軍の暴走を理解し、防ぐことができたが、それ以外の人間ではそれが困難になるだろうと、自らの引退の際に予言していました。そして、この時アイゼンハワー抱いていた不安は、確かに現実のものとなります。21世紀初頭のアメリカの体制は、まさに巨大な軍産複合体によって牛耳られる体制となってしまったのです。その中心となったのが、彼であり、彼と共に軍隊を仕切る役割を担うことになったランド研究所でした。残念ながら、文民統制は、いつの間にか軍への文民協力体制へと方向が変えられていたのです。それは、ある意味アメリカ式新民主主義体制の確立でした。
 さすがは世界に民主主義を伝道する国です!

<ベトナム戦争>
 ケネディー大統領のもとで国防長官をつとめる間、彼はベトナム戦争に深く関わることになりますが、ケネディー同様ベトナム戦争の失敗をいち早く認識。二人は撤退の方向性を打ち出します。しかし、残念なことに、それはケネディの暗殺によって実現せずに終わってしまいました。そして、政権は副大統領のジョンソンへと移行し、そこでもまた、彼は国防長官の任を与えられます。
 ところが、新大統領のジョンソンはベトナム戦争の継続を主張、彼の撤退するべきという意見は、完全に無視されてしまいます。。こうしてついに、彼は国防長官の地位を捨てることを決意、ホワイトハウスを去りました。(ケネディ暗殺の裏にジョンソンの存在があったという説が未だにあります。その疑惑はこうした方向性の違いよるものです)
 その後彼は13年間世界銀行で世界各地の貧困や健康問題の改善に挑み、武力を用いずに世界平和を実現する方法を模索し続けました。
 そんな彼が激動の人生の中から学んだ11の教訓とは?それをここで簡単に学んでみたいと思います。(ただし、映画では、この教訓を得るきっかけとなった事件について、ニュース映像や写真などで詳しく説明がなされますので、是非そちらもご覧下さい)

(1)敵の身になって考えよ Emphathize with your enemy
 この教訓はかの有名な「キューバ危機」の際、クレムリンと直接やりとりをすることでお互いの立場を理解。(直通の電話によってケネディとブレジネフはぶっちゃけた話しをしたらしい)なんとか武力衝突を回避したことから得られたものです。この時、アメリカは海上封鎖を行い、キューバに核ミサイルが持ち込まれることを阻止。ギリギリの所で危険を回避してことは有名な話しです。映画化もされたこの事件は、20世紀最大の事件のひとつと言えるでしょう。
 しかし、その後1990年代になって、彼がキューバを訪問した際、実は核ミサイルはすでにキューバに持ち込まれていて、いつでも発射できる準備ができていたという事実を知らされたそうです。なんとその時、カストロは核ミサイルの発射をロシアに進言しており、いつ発射されてもおかしくない状況だったというのです。事態は歴史に記録されているよりも、遥かに危機的な状況だったようです。
 そう考えると、この教訓の重みはまさに地球一個分の値打ちがあると言えそうです。
(2)理性には頼れない Rationally Will not save us
 核ミサイルのボタンを前にして、理性に頼れるかどうか?21世紀に入り、その危険性は当時の比ではないはずです。
(3)自己を越えた何かのために There's something beyond one's self
 哲学も熱心に学んだという彼にとって、政治も戦争も自らの目指す高い目標へ向かう手段であったようです。このことが、彼の存在を他の政治家とはひと味違うものにしている最大の理由かもしれません。
(4)効率を最大限に高めよ Maximize efficiency
 彼は戦争に統計管理の手法を持ち込むことで、戦場における無駄な死、無駄な攻撃を劇的に減らすことに成功しました。
 彼は第二次世界大戦中、爆撃機による攻撃の際、それ以前よりも高い位置から落とすよう進言しました。これにより対空砲火による被害はいっきに減ったそうです。しかし、その分爆弾はどこに落ちるかわからなくなるわけですから、落とされる方は無差別爆撃されるのに近づくとも言えます。確かに戦争を勝利に導くためには有効なのでしょうが、・・・。
(5)戦争にも目的と手段の”釣り合い”が重要だ Proportionality should be a guide line in war
 太平洋戦争において日本への爆撃を指揮したルメイ将軍は、たとえ対空砲火で友軍が撃ち落とされようとも、街を焼き尽くすために、あえて低空で焼夷弾攻撃をするよう命じました。
 そのため、日本の都市のほとんどが焼け野原にされ、さらには原爆が使用されることになりました。そうしたルメイ将軍のやり方を彼は許せないと考えていました。戦争に勝つことが目的なら、ルメイのやり方は間違いだったということです。(こうした日本に対するやり方は、一方では戦後に予想されていた冷戦の相手であるソ連への見せしめという部分もあったとも考えられます)
(6)データを集めよ Get the data
 彼はフォードに入社するとアンケート調査などを用いて、今アメリカでどんな車が求められているのか、今後どんな車が必要になるのか、その情報収集に全力をつくしました。それが新車開発に多いに役立ったわけです。
(7)目に見えた事実が正しいとは限らない Belief and seeing are both often wrong
 北ベトナムに対しアメリカ軍が攻撃をしかけるきっかけとなったトンキン湾事件。それは攻撃を受けたとしたアメリカ海軍の艦船からの誤った情報がきっかけでした。
(8)理由づけを再検証せよ Be prepared to reexamine your reasoning
 常に自らの行動の理由を再検証し、それが誤りとわかったら行動を改めるべきである。これはまさにベトナム戦争に対する反省ですが、アメリカによるイラク介入もまたベトナム戦争と同じ様相を呈しています。この教訓はどうやらまったくいかされていないようです。
(9)人は善をなさんとして悪をなす In order to do good, you may have to engage in evil
 これこそ、アメリカが昔から懲りずにやり続けていることです。
(10)”決して”とは決して言うな Never say never
 マスコミに対しては「答えたい質問にだけ答えろ」とのこと。どうやら、この教訓に関しては多くの政治家に受け入れられているようです。
(11)人間の本質は変えられない You can't change human nature
 「人間の本質は変えられない」だからこそ、戦争をいかにして小規模かつ極地的なものにするかが重要なのだ。これが彼が85歳にして到達した最重要の教訓なのかもしれません。
 彼はテロ対策に苦しむアメリカの現状について、こう語っています。
「西洋社会やアメリカ合衆国に対する世界中のテロリスト対策を効果的にするには、 ”共感 ”という感覚を養わなければならない。共感は”同情”ではなく”理解”を意味している」
 確かにこの言葉には説得力があります。残念ながら、ジョン・レノンの「イマジン」のようにはいかないのかもしれません。そのために最も必要なこと、それは「教育」だと僕は思っています。

「フォッグ・オブ・ウォー Fog of War マクナマラ元国防長官に学ぶ11の教訓
 eleven lessons from the life of roberts mcnamara」
 2003年
(監)(製)エロール・モリス Errol Morris
(製)   ジェリー・ビルソン・アールバーグ Julie Bilson Ahlberg
      マイケル・ウィリアムス Michael Williams
(製作総)ジョン・ケイメン Jon Kamen,ジャック・レクナー Jack Lechner,ロバート・メイ Robert May
      フランク・シャーマ Frank Scherma,ジョン・スロス John Sloss
(撮影)  ロバート・チャペル Robert Chapell,ピーター・ドナヒュー Peter Donahue
(音楽)  フィリップ・グラス Philip Glass
(出演)  ロバート・マクナマラ Robert McNamara

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