- ザ・フォー・シーズンズ The Four Seasons -

映画「ジャージー・ボーイズ JERSEY BOYS」

<東海岸の青春>
 1960年代半ばカリフォルニアから登場したビーチ・ボーイズは、サーフィン・ブームに乗って一躍人気者になりました。しかし、当たり前のことですが、当時アメリカ全土でサーフィンがブームになっていたわけではありません。ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンもサーフィンなどまったくできなかったし、まして広大なアメリカ大陸の中で海があるのは、ほんのわずかな街だけにすぎません。そのため、ビーチ・ボーイズは、ホット・ロッドという改造車レースのブームにも便乗してヒットを飛ばしたりもしています。そして、同じ海沿いでも、アメリカの反対側、東海岸ではやはり状況はまったく違っていました。ニューヨークを中心とする東海岸の都会にビーチ・ボーイズはあまりに不釣り合いだったのです。
 そんなわけで、そこにはまた別のヒーローが存在しました。その代表的な存在がザ・フォー・シーズンズだったというわけです。彼らは60年代都会派アメリカン・ポップスにおける最高の人気グループであるだけでなく70年代後半まで第一線で活躍を続けた正統派アメリカン・ポップス最後の白人コーラス・グループということができるでしょう。(彼らに匹敵する白人コーラス・グループにビージーズがいますが、彼らはオーストラリア出身のイギリスのグループです)

<イタリア系アーティスト>
 フォー・シーズンズの看板スターであり法的な所有者でもあるリード・ヴォーカリストのフランキー・ヴァリが、プロの歌手としてニューヨークで契約書にサインしたのは、1953年のことでした。
 彼は東海岸に数多く住む典型的なイタリア系移民の子でした。「ゴッド・ファーザー」をはじめとするイタリア系社会を描いた多くの映画にあるように、貧しいイタリア系移民の多くは、金と地位を得るために犯罪に手を染め、「ファミリー」の一員になるものが多かったようです。それ以外では、当時イタリア系の少年たちは、ボクシングの世界チャンピオンにも憧れていましたが、フランキーはロッキー・マルシアノやプリモ・カルネラのような肉体派でもありませんでした。(この当時は、ボクシングの世界チャンピオンへの道は黒人にとっては、まだまだ困難だったため白人たちの中でもハングリーさで他の移民たちを一歩リードしていたイタリア系の移民たちは、チャンピオンに最も近かったようです。もちろん、あの映画の「イタリアの種馬」ことロッキー・バルボアもイタリア系です)彼にとって、歌手になることは、「かたぎ」の人間として世に出るために選ぶことのできる数少ない道のひとつだったのです。

<歌手への道>
 こうして、彼はトニー・ベネットフランク・シナトラに憧れ、貧しい生活から抜け出すために歌手を志します。しかし、確かに彼の声は素晴らしかったのですが、それだけで歌手として成功できるほど、ニューヨークの音楽界は甘くはありませんでした。無名のままの下積み歌手生活は、10年近く続き、いつの間にか彼は27歳になっていました。さすがに彼は歌手としての道をあきらめかけ、ヘアー・ドレッサーへの転職を考え始めます。

<フォー・シーズンズ誕生>
 そんなせっぱ詰まった状況の中、フランキーはボブ・ゴーディオ、トミー・デヴィート、ニック・マッシとともに結成したグループ、フォー・ラヴァーズをフォー・シーズンズと改め、黒人音楽の名門レーベル、ヴィージェイから再デビューを飾ることになりました。(フォー・シーズンズという名前は、ニュージャージー州にあったボーリング場の名前からとられたということです)
 そしてこの時、彼らを担当することになったのが、プロデューサーのボブ・クリューとアレンジャーのチャーリー・カレロでした。二人は、それまでニューヨークのライターたちが生み出してきた数々のヒット曲を研究し、そのエッセンスをフォー・シーズンズのデビュー曲にそそぎ込みます。そうして生まれたのが、彼らの代表曲「シェリー Sherry」(1962年)でした。この曲は、いきなり全米ナンバー1ヒットとなり、これをきっかけに彼らは一気にスター街道を突っ走り始めます。

<驚異的なヒット曲の数々>
 彼らは文句なしにアメリカを代表するヒット・メーカーになりました。
"Sherry"に続いて、同年"Big Girls Don't Cry"、翌年"Walk Like A Men"と3曲連続全米ナンバー1を獲得。その後も"Candy Girl"(1963年3位)、"Dawn"(1964年3位)、"Ronnie"(1964年6位)、"Let's Hang On"(1965年3位)、"Working My Way Back To You"(1966年9位)、"I've Got You Under My Skin"(1966年9位)、"Tell It To The Rain"(1966年10位)、"C'mon Marianne"(1967年9位)そして、しばしの沈黙の後、1975年、ディスコ・ブームのまっただ中に、"Who Loves You"(3位)と"December,1963"(1位)という大ヒット曲を放って復活を果たします。
 1960年代後半、ビートルズをはじめとするイギリスのビート・バンドたちが大活躍した時期、それらのバンドを迎え撃つことができたのは、ビーチ・ボーイズとシュープリームスだけだとよく言われますが、もうひとつこのフォー・シーズンズも忘れてはいけないのです。

<時代を越えられた理由 Part1>
 フォー・シーズンズは、60年代初めに白人ドゥーワップ・グループとしてスタートしましたが、時代がロックの時代を経て、ディスコの時代に至っても、その人気を保つことができたのには、それなりの理由がありました。
 それは、フランキー・ヴァリ(本名フランク・カステルッシオ、1937年5月3日ニュージャージー州ニューアーク生まれ)という素晴らしい声をもつヴォーカリストと時代の変化に対応してキャッチーな曲を作り続けたメンバー兼作曲家のボブ・ゴーディオ(1936年6月19日ニューヨーク市ブロンクス生まれ)、それともう1人、後に喧嘩別れしてしまうプロデューサーのボブ・クリュー、この3人の才能の結集があったからこそ、彼らはドゥーワップという過去のスタイルで70年代まで生き延びることができたのです。
 例えば、彼らの大ヒット曲「シェリー」の場合、フランキーのパワフルなファルセット・ヴォイスとボブ・ゴーディオのポップなメロディー、それとボブ・クリューとアレンジャーのチャーリー・カレロ(後にローラ・ニーロのデビュー・アルバムをプロデュースする)が作り上げたリズミカルな手拍子によるアレンジ、この三つがそろったからこそ、未だにスタンダード・ナンバーとして、オリジナルのままでかけられ続けているのだ。(この曲のカバーは考えられないほど、完璧なアレンジです)

<時代を越えられた理由 Part2>
 彼らは時代の変化に対する見事な適応力を持っていました。
 先ず彼らは、白人でありながら、50年代の黒人音楽を代表するレーベル、ヴィージェイと契約、白人層だけでなく黒人層にまで支持されるグループとなりました。(「シェリー」は、ポップ・チャートだけでなく、R&Bチャートでもナンバー1に輝いています)
 その後彼らは、そのハーモニーを活かしたソフト・ロック系の音作りを目指したり、ビートルズの「サージェントペパーズ」に対抗するような凝ったアルバムも制作しています。そして、1972年には、モータウン傘下のモーウェストと契約、ノーザン・ソウルの王道を目指す時期もありました。
 それだけではありません。彼らは1966年フォーク・ロック・ブームの際には、ワンダー・フーという別名を用いて、ボブ・ディランの曲をカバー、"Don't Think Twice It's Alright"を全米チャートの12位にまで上げています。
 一歩間違うと、彼らはオールディーズ・ポップスのヴォーカル・グループとして懐メロ番組専門の存在になるところだったにも関わらず、見事にその危機を乗り越えたのです。

<時代を越えられた理由 Part3>
 フォー・シーズンズは、ちょっと変わったグループ形態をとっています。その所有者は、フランキーとボブ・ゴーディオの二人、ボブはすでに裏方に回っているので、フランキー以外のメンバーは、株式会社「フォー・シーズンズ」の社員ということになるのです。この会社システムの導入はバンドが陳腐化することを防ぐ役に立ったようです。(フランキー以外は常にフレッシュなメンバーを採用できるのです)

<ソロとしての活躍>
 その後、フランキーはソロとしても活動を開始し、未だにカバーされ続ける名曲"Can't Take My Eyes Off You"や"My Eyes Adored You"(1974年1位)などの大ヒットを放ち、1978年には映画「グリース Grease」のテーマで再びナンバー1に輝いています。

<イタリアン・ソウルのヒーロー>
 黒人映画監督、スパイク・リーの代表作「ドゥー・ザ・ライト・シング」(テーマ曲はもちろんパブリック・エネミー)を見ましたか?
 あの映画の中で主な舞台となったイタリア系店主(ダニー・アイエロ)が経営するピザ屋。その壁には、イタリア系ヒーローの写真が何枚も貼られていました。フランク・シナトラ、ロッキー・マルシアノ、トニー・ベネット、ソフィア・ローレン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロなどなど・・・その中には、たぶんフランキー・ヴァリの写真もあったと思うのですが・・・
 昔から、ニューヨークの下町の顔と言えば、黒人とイタリア系であり、二つの人種はライバルでもあり仲間でもあり、時にはあの映画のように敵き同志にもなりました。黒人たちに言わせれば、音痴なのかもしれないが、それでも彼らは白人たちの中では、最もソウルフルだったのかもしれません。フランキーやシナトラ、ペリー・コモ、ヘンリー・マンシーニ、ディーン・マーチン、ポール・アンカ以外にも、ヤング・ラスカルズというブルー・アイド・ソウルを代表するグループから、最近ではマドンナまでその系譜は続いています。
 だからこそ、1960年代に東海岸で青春時代を過ごした普通の白人たちにとって、黒人向けの本格的R&Bと大衆向けホワイト・ポップス(シナトラ、ペリー・コモ、ビング・クロスビーなど)の間に位置する活かしたサウンドとして、フォー・シーズンズは愛され続けたのでしょう。

<締めのお言葉>
「ディゴ!ワップ!、ギネア!(イタリア人の蔑称)ニンニク臭い息吐いて、音痴のくせに自分の歌にうっとりしてるオー・ソレミオ野郎!」

映画「ドゥー・ザ・ライト・シング」より、スパイク・リー演じる黒人青年のセリフ

<追記>2015年7月
映画「ジャージー・ボーイズ JERSEY BOYS」 2014年
(監)(製)クリント・イーストウッド(映画の中、テレビ画面の中に出演!)
(製)グレアム・キング、ロバート・ロレンツ
(製総)フランキー・ヴァリ、ボブ・ゴーディオ、ティム・ムーア、ティム・ヘディントン、ジェームズ・パッカー、ブレット・ラトナー
(脚)マーシャル・ブリックマン、リック・エリス(ミュージカル版の脚本コンビ)
(撮)リック・エリス
(作詞)ボブ・クリュー
(作曲)ボブ・ゴーディオ
(出)ジョン・ロイド・ヤング、エリック・バーゲン(ボブ・ゴーディオ)、マイケル・ロメンダ(ニック)、ヴィンセント・ピアッツア(トミー)
クリストファー・ウォーケン(あの名優がが、元ダンサーだったとは!)
マイク・ドイル(ボブ・クリュー)、レネ・マリーノ、エリカ・ピッチニーニ
ジョーイ・ルッソ(ジョー・ペシ、まさか彼がこんなところに出て来るとは!さすがは「リアル・グッドフェローズ」です。彼がいなければフォーシーズンズは無名のままだったなんて驚きです)

 2005年に初演されたミュージカルをクリント・イーストウッドが映画化。それぞれの場面で、出演者がカメラ目線でナレーションを加えているのは、きっとミュージカルでもそんな演出があるからだと思います。思うに、舞台では暗転して、ナレーターだけにスポットライトが当たるのではないでしょうか?
 日本では少ないであろうフォーシーズンズのファンなら文句なしに楽しめますが、「シェリー」と「君の瞳に恋してる」しか知らないという人だって充分楽しめます。その証拠に、「GLEE]好きの2000年生まれの我が家の次男も喜んで見ていました。
 「硫黄島からの手紙」のような悲惨な戦争もの、「インビクタス」のようなスポーツ根性もの、「バード」のようなシリアスな音楽もの、「許されざる者」のような西部劇、「ブロンコ・ビリー」のようなコメディーもの、「スペース・カウボーイ」のようなSF映画、「ミスティック・リバー」のような重い犯罪もの・・・・・ハリウッド映画が作る映画なら、あらゆるタイプの映画を撮れるのがクリント・イーストウッド!それをミュージカル映画というジャンルでも証明してくれました。脱帽です!そして、この作品は、重い映画が多いイーストウッドの最近作の中で、久しぶりに楽しめる映画に仕上がっています。音楽ファンとしてのイーストウッドの才能が久しぶりに発揮された映画だともいえます。
 オープニングかエンディングに使われる曲は、きっと「December 1963 (Oh What a Night)」だと思っていたのですが、見事に当たりました!1960年生まれの僕としては、この曲と「Who Loves You」の2曲だけが同時代的に聴いていて大好きな曲だっただけにうれしかった!
 「Sherry」、「Big Girls Don't Cry」、「Walk Like a Man」と3曲続くナンバー1ヒット、「Dawn (Go Away)」、「Stay」(ジャクソン・ブラウンもライブ盤でカバーしていた名曲)、「Opus 17 (Don't You Worry 'bout Me)」、「Bye Bye Baby (Baby Goodbye)」、「Rag Doll」、そして、70年代の二つの大ヒット曲「Who Loves You」と「December 1963 (Oh What a Night)」と次々に登場するヒット曲の数々は、まさにベストヒット・メドレーで大満足。あの名曲「君の瞳に恋してる Can't Take My Eyes off You」の誕生秘話にも泣かされます。
 それにしても、俳優たちの歌が上手いのには脱帽です。ハリウッドで活躍するにはこの程度の歌と踊りは常識なんでしょうか。主演のジョン・ロイド・ヤングはブロードウェイのミュージカル版でも主役を務めていただけに、半端じゃなく上手い!
 グランド・フィナーレの出演者全員による歌と踊りによるエンディングは最高です!これは監督の発案だったようですが、ミュージカルのエンディングのようで実に素敵です。あの名優クリストファー・ウォーケンのダンスも見られます!(彼はもともとダンサー出身だったとのことです。どうりでいい味のダンスです)
 

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