1998 FIFA World Cup

<一次リーグ>
<Aグループ>
ブラジル ノルウェー モロッコ スコットランド

 チームとしての動きができないブラジルだったが、前回優勝のメンバーを中心にスコットランド、モロッコに連勝。いち早く一次リーグ突破を決めました。
 モロッコはスコットランドに大勝(3−0)、ノルウェーとも引き分けたことで一次リーグ突破に大手をかけました。ところが、最終戦でノルウェーがブラジルにまさかの逆転勝ち!ギリギリでノルウェーがモロッコを上回り2位となりました。
 ブラジルは高さのチームに弱いことを露呈し、決勝リーグに不安を残すことになりました。

<Bグループ>
イタリア チリ オーストリア カメルーン

 イタリアが余裕で勝ちあがった。日本でも活躍したエムボマを擁する「不屈のライオン」カメルーンは実力を発揮できず。
 サラスとサモラーノ、二人の優れたフォワードをもつチリがイタリアと引き分ける善戦をみせるなど、実力を発揮。2位で決勝リーグへと進んだ。

<Cグループ>
フランス デンマーク 南アフリカ サウジアラビア

 地元フランスは得点力不足の不安があったものの格下相手に確実に点をとり、早々と決勝進出を決めた。
 デンマークも南アフリカと引き分けたものの、このグループの中では力の差があり、2位で決勝リーグを決めた。「アパルトヘイト」が廃止された南アフリカは実力的にはアフリカのトップだが、海外で活躍する選手が少ないこともあり、ワールドカップの場では力の差がありすぎました。

<Dグループ>
ナイジェリア パラグアイ スペイン ブルガリア

 「死のグループ」といわれたのが、このグループ。前回大会で大活躍したブルガリアは、ストイチコフらベテランが実力的に峠を越えていたこともあり一勝もできませんでした。モリエンテス、ラウール、ナダルらを擁する「無敵艦隊」スペインは、毎回高い評価を受けていながら優勝を逃し続けてきましたが、それでもベスト8には残ってきましたが、今回はまさかの一次リーグ敗退となりました。この屈辱をバネにその後スペインは育成システムの大幅な改革を行い、21世紀に入って黄金時代を迎えることになります。
 身体能力的には世界最高といわれるナイジェリアは、ねばり強い守りのサッカーを展開するパラグアイに敗れるものの、一次リーグを1位で突破。大量点こそとれないものの3試合で1失点だったパラグアイは、その実力、組織力を早くも発揮して2位で決勝リーグに進出します。

<Eグループ>
オランダ メキシコ ベルギー 韓国

 デブール兄弟、ダーヴィッツ、コクー、ベルカンプ、ファンデルサールらを擁する優勝候補オランダは格下の韓国には大勝するもののベルギー、メキシコに苦戦。それでも余裕の1位通過。実力の高さをみせた。
 ブランコ、エルナンデスらの攻撃力と大人気の小型ゴールキーパー、カンポスの守備力でオランダと互角に渡り合ったメキシコが2位で通過。
 韓国は同じレベルのチーム、ベルギーと引き分けただけで一次リーグ敗退。しかし、対戦相手のレベルからは仕方ない結果ではあった。

<Fグループ>
ドイツ ユーゴスラビア イラン アメリカ

 ドイツ、ユーゴの2強が順当に1位、2位で決勝リーグへ進んだ。
 イランは、一次リーグで敗退するものの「イラン戦争」いらい因縁の対決となったアメリカとの試合では2−1で勝利。敗れたアメリカは、毎回地味ながら一次リーグを突破していたが今回は1ポイントもあげられず敗退。
 ユーゴは、ストイコビッチ、ミヤトビッチ、ミノシェビッチなど豪華なメンバーがそろい2位通過とはいえ優勝候補の実力をみせての決勝リーグ進出。
 ドイツは、クリンスマン、マテウス、らのベテランだのみのチームといわれながら、大会が始まると予想以上に好調。相変わらずの勝負強さを発揮した。

<Gグループ>
ルーマニア イングランド コロンビア チュニジア

 ハジ、モルドバン、ペトレスク、ポペスクを擁するルーマニアは、この大会の大穴的存在として大活躍。イングランドを破り全員が髪の毛を金髪に染めて大きな話題になりました。同じ東欧系のクロアチアに決勝リーグで敗れたものの(0−1)Gグループを1位で突破したことは、今大会最大の驚きのひとつでした。
 イングランドは弱冠18歳のオーウェンが最年少ゴールを決めて一躍イングランドのフォワードの位置を獲得。この大会でブレイクしたニューヒーローの一人になりました。
 バルデラマ、リンコンを擁するコロンビアは、かつての勢いを失っており、一次リーグ敗退。

<Hグループ>
アルゼンチン クロアチア ジャマイカ 日本

 優勝候補の一角アルゼンチンは、サネッティ、シメオネ、オルテガ、ベロン、バティスティュータなど黄金世代のメンバーが実力を発揮し、文句なしの3連勝で1位通過。
 日本はアルゼンチンに対し、0−1と善戦。クロアチア戦では引き分け以上が必要となったが、0−1で再び敗戦。内容的には悪くはないものの、クロアチアがその後、今大会の3位になることを考えれば、つきが無かったのかもしれません。ただし、この2試合で力を使い果たした日本は、最終戦格下であるはずのジャマイカ相手に1−2で敗戦。結局1ポイントもあげられずに大会を終えました。
 1試合なら集中することで強敵相手に互角に渡り合えるものの、それをワールドカップ期間中ずっと維持するためには、選手層の厚み、体力、経験すべてにおいて不足しているものが見えた大会となりました。

<ベスト16>
<イタリアvsノルウェー>
 大型フォワードのヴィエリの1点を守りきりイタリアが(1−0)で勝利。高さで上回るノルウェーもイタリアのカテナチオ・サッカーの頑丈な鍵を開けることはできませんでした。
<ブラジルvsチリ>
 ロナウド、サンパイオがそれぞれ2点づつを入れてブラジルが(4−1)で大勝。一次リーグでは不安視されていたブラジルの攻撃陣は、試合とともにまとまりを見せ始め、ついに本領を発揮し始めました。

<フランスvsパラグアイ>
 フランスは、ゴールキーパーのチラベルトを中心にしっかりと守るパラグアイ相手に点が取れず、延長戦でやっと1点を取って逃げ切った。フォワードの得点力不足をディフェンスが補い、かろうじて勝つ展開が続いていました。

<デンマークvsナイジェリア>
 メラー、ラウドルップ兄弟らの活躍でデンマークはナイジェリアを(4−1)で圧倒。アフリカ最強のナイジェリアは爆発力はあるもののあきらめも早く、予想外の大敗となった。逆に前評判はそれほどでもなかったデンマークはここに来て評価が急上昇。

<ドイツvsメキシコ>
 大穴的存在となりつつあったメキシコは、この試合でもドイツを圧倒し、1−0でリードしたまま後半へ。しかし、やはりゲルマン魂は健在で、75分にクリンスマン、86分にビアホフが得点し、逆転でドイツが勝利しました。メンバーが変わっても、やはりドイツはドイツでした。

<クロアチアvsルーマニア>
 「台風の目」的存在となった東欧の2チームがここで激突。この大会の得点王となるシュケルがとった1点を守りきり、クロアチアが(1−0)で勝利。イングランド戦での勝利も含め、ルーマニアの健闘はこの大会を大いに盛り上げました。

<オランダvsユーゴスラビア>
 この大会屈指の名勝負は、この大会全体を通じてもベスト・プレイヤーの一人だったダーヴィッツが90分に決めた決勝点によりオランダが(2−1)で勝利。ヨーロッパ・サッカーの中でも攻撃的で多彩なプレーをみせる2チームの試合にはサッカー・ファンにとって忘れられない試合となりました。

<アルゼンチンvsイングランド>
 シメオネの挑発にベッカムがのせられてしまい、暴力をふるったため一発退場。この後、ベッカムはこの汚名をはらすために苦労することになります。勝つためなら何でもやるアルゼンチンらしい作戦にフェアプレー精神の国イングランドは敗れ去った。とはいえ、この大会のヒーロー、バティステュータとオーウェンがともに点を取り、(2−2)でPK戦にもつれ込んだこの試合もまた名勝負となりました。PK戦となれば、これまた試合巧者のアルゼンチンのものでした。

<ベスト8>
<ブラジルvsデンマーク>
 ガチンコの打ち合いとなったこの試合もまた大会を代表する名勝負でした。ブラジルの破壊力に対し、デンマークはブラジルが苦手とする高さで対抗。あわやというところまで追い込みました。ブラジルはフォワードではなく中盤のリバウドが2得点で(3−2)の勝利。

<フランスvsイタリア>
 イタリアのカテナチオ・サッカーの前に攻撃力不足のフランスはやはり苦戦。イタリアもまた得点力不足でともに1点も取れないままPK戦に突入。フランスが地元の熱い応援にも支えられて、かろうじて勝利を収めました。

<クロアチアvsドイツ>
 好調ルーマニアを破り勢いに乗るクロアチアは、これまた好調のメキシコを大逆転で破り勢いに乗っていたはずのドイツを(3−0)で撃破。シュケルはこの試合でも点を取り、好調を維持。常勝ドイツにとっては屈辱的な大破となりました。

<オランダvsアルゼンチン>
 悲願の優勝を目指すオランダが優勝候補のアルゼンチンを破り、準決勝進出を決めた。オランダの中心として活躍していた二人、ベルカンプとクライファートの2点での勝利。(2−1)この試合でもアルゼンチンはオランダのヌマンを退場に追い込み、優位に進めたがオルテガが逆に挑発に乗って退場させられてしまい万事休すとなった。

<ベスト4>
<ブラジルVSオランダ>
 事実上の決勝戦ともいわれた重要な試合は、両チームのエース、ロナウドとクライファートが点を取り(1−1)となり、そのままPK戦に突入しました。
 ノルウェー戦と同様、ブラジルは高さのあるオランダ相手に苦戦。ロナウドの得点を守るブラジルに対して、後半はオランダが攻め続ける展開となり、試合終了後、間近の86分にクライファートが決めて延長戦に突入。しかし、後半終始攻め続けていたオランダも延長戦に入るとその勢いを失い、連戦の疲労からどちらも決め手がなくなりPK戦へと突入。PK戦ではさすがに試合巧者のブラジルはシュートをはずさず、名ゴールキーパー、ファンデルサールを擁するオランダもここでギブアップとなりました。

<フランスvsクロアチア>
 フォワードの決定力不足を硬い守りと他のメンバーの得点でカバーそてきたフランスは、またしてもディフェンスのテュラムが2得点をあげることで勝利。(2−1)それまで公式戦で点を取っていなかったダークホース的存在が点を取るという流れは、早くもフランス優勝の予感を感じさせるものでした。
 クロアチアも決勝リーグに入って絶好調のシュケルがまた点を取るもののベスト4進出で十分という意識もあったのかもしれません。その点では、地元での優勝を求められているというモチベーションの高さの差もあったといえるでしょう。

<3位決定戦>
<クロアチアvsオランダ>
 優勝を目指していたオランダは、またも決勝を前に涙を飲んでしまい、モチベーションは低かった。それに対して、クロアチアは失うものはなくモチベーションの差はあったといえます。さらには、得点王がかかっていたシュケルはこの試合でも点を取って勝利を収め、見事得点王にも輝くことになりました。(2−1)
 ユーゴスラビアの分裂によって誕生したクロアチアは、初出場でありながら3位にまで登りつめるという快挙を成し遂げました。

<決勝戦>
<フランスvsブラジル>
 苦戦しながらも試合後とのラッキーボーイの登場や試合会場の移動の少なさなど地元有利の試合日程などのアドバンテージを生かしてきたフランスには、すべての点で風が吹いていたといえます。そして、決勝ではこの勢いがついに司令塔ジダンを爆発させ、彼の2点を生み出すことになりました。さらにこの試合では、ブラジルのエース、ロナウドが怪我により全力でのプレーができないというハンデも背負っていました。こうした、様々な条件もあり、ブラジルは今大会で初めて零封されるという屈辱を味わうことになりました。(3−0)連戦の疲労もあり、ワールドカップの決勝は以外に名勝負が少なく、今大会もまた一方的な試合になってしまいました。
 この夜、パリの街には百万人を越える人々が繰り出し、フランスの優勝を祝い大騒ぎになりました。実は、大会が始まる前、フランス国民のワールドカップへの関心の薄さは世界的な話題になるほどでした。そうでなくても個人主義が重視されるフランスでは、自転車やラグビーの人気も高く、他のヨーロッパ諸国ほどサッカー人気は高くないといわれます。それだけにワールドカップの期間中、その喧騒を逃れていち早くバカンスに出かける人も多かったといいます。しかし、優勝という結果は、フランス国民の意識をも大きく変えることになりました。その日のパリ市内の人手は、かつてフランスがナチスドイツの占領から開放された日以来の数だったといわれます。
 もうひとつ忘れてはいけないのは、フランスはそれまでの6つの優勝国以外では久しぶりに誕生した新しい国だということです。1966年にイングランドが地元開催で優勝して以来、30年以上新しい優勝国は誕生せず、常連国以外の決勝進出もオランダしかなたっかっただけに、フランスの優勝は他の出場国にとっても、勇気を与えるものだったといえます。(ちなみに、過去の優勝国とは、ドイツ、ブラジル、イングランド、イタリア、ウルグアイ、アルゼンチンです)

<追記>(2014年8月)金子達仁(著)「漂泊」より
 フランス・ワールドカップで痛感したこと。
「歓喜に浸りすぎたチームは必ずや敗れる」
 日本はジョホールバルの奇跡に酔った。ノルウェーはブラジル戦の逆転劇に酔った。クロアチアは宿敵ドイツを倒したことに酔い、そして、マリオ・ザガロは24年前の復讐がなったことに酔った。(オランダ戦での勝利)
 彼らはすべて、次の試合に敗れた。
 どれほど劇的な勝利であっても、ワールドカップ決勝以外のすべて国際Aマッチは、黄金のカップを手中に収めるための過程であり手段にすぎない。にもかかわらず、あまりにも劇的な勝利は、道のり半ばにあるチームに祝杯をあげさせ、まだ先にあるゴールへの欲求をボヤけさせてしまう。

 フランスでの日本代表は、2002年につながる何かを手にしただろうか。
 日本サッカー協会は、ワールドカップに参加するだけで、なんらかの収穫を得ることができると考えていたフシがある。勝てなくても、3試合指揮を執れば岡田監督は名監督に成長し、選手たちは世界と戦えるようになるとタカをくくっていたフシがある。・・・
 彼らは、岡田監督の経験不足を知りながら、経験を積ませるためのテストマッチを組もうとはしなかった。結果、岡田監督は必要な臨機応変な対応能力を身につけることができず、日本は先制されると何もできないチームとしてフランス・ワールドカップを戦わなければならなかった。
 私は、協会の長たる人物の解任を要求する。「強化委員長」を名乗りながら、効果的な強化を図ろうとしなかったグループの抜本的な見直しを要求する。

<追記>(2015年4月)
 この大会で初優勝したフランス・チームは、多くの移民により多様化した代表チームの成功例として世界中から高い評価を受けることになりました。(ジダンはマルセイユ生まれのアルジェリア系、ジョルカエフはアルメニアとポーランドからの移民の子、カランブーは仏領ニューカレドニア出身、デサイーはガーナ生まれの移民)
 ところが、この時期フランスでは移民規制法が改正され、移民たちの流入は抑制され始めていました。多民族文化の融合はすでに危機を迎えつつあったわけです。そして、サルコジ内相の登場により事態はさらに悪化。フランス・サッカーの黄金時代は、経済的な不況と共に完全に終わりを迎えることになります。
(参考)陣野俊史(著)「サッカーと人種差別」

<参考>
「1998年ワールドカップサッカー フランス大会」
 1998年
激闘ワールドカップ’98- フランスから見とおす2002年 -
(著)後藤健生
「漂泊 V」 2001年
(著)金子達仁

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