「フランケンシュタイン Frankenstein : or,The Modern Prometheus」

- メアリー・シェリー Mary Wolostonecroft Shelly -

<SFというジャンルの原点>
 SF(サイエンス・フィクション)というジャンルは、今や小説だけでなく漫画や映画、ゲームの世界においてなくてはならない存在です。SFの要素をもたない子供向けアニメやヒーロー戦隊ものはほとんどないと言えるでしょう。「クレヨンしんちゃん」や「ルパン3世」、それに「名探偵コナン」のようなSFとは関係ないはずのアニメでも、劇場版などにおいてはSF的要素を取り入れている作品があります。映画版でいつもと違う豪華さを見せるには、SF的な舞台設定が最適だからです。
 では、そんなSFというジャンルはいつごろ生まれたのでしょうか?SF(サイエンス・フィクション)を「科学理論や科学技術に基づいて作られた物語」というふうに考えると、その歴史はおのずと見えてきます。そして、その原点にある文学として、メアリー・シェリーが1818年に発表した小説「フランケンシュタイン」があげられるのです。
 ここでは先ず、SFの歴史をその原点にまでたどることから始め、「フランケンシュタイン」の誕生とその再評価を行いたいと思います。

科学の歴史
 魔法でも魔術でも錬金術でもない「近代科学」と呼びうる学問が歴史に登場したのは、ニュートンの活躍が始まった17世紀ごろといえるでしょう。ただし、ニュートンもまた錬金術師の一人だったと見ることは可能です。彼ですらまだまだやっていたことの多くは現代の科学からすると非科学的と思えるものだったからです。さらに同じ時期にイタリアで活躍していたガリレオ・ガリレイも教会からの圧力には勝てず、自説を聖書に合わせて改めざるをえませんでした。科学は宗教の前ではまだまだ異端の宗教の一つにすぎなかったのです。
 18世紀に入ると、科学の発展は紡績機の発明(1738年)や蒸気機関の発明(1765年)を導くことになり、その実利的な価値は先進国にとって見逃せないものとなりました。科学は、機械工学の基礎理論として宗教を越えた価値を生み出す存在、まさに「錬金術」となったのです。その後、科学は単なる技術革新の道具から、より哲学的な存在として社会や文化、芸術にまで影響を与える学問を生み出すようになります。そして18世紀末には、ダーウィンの進化論の基礎となったマルサスの「人口論」(1798年)が発表され、「進化(evolution)」という言葉もダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィンによって生み出されていました。さらに1780年にはガルヴァーニが生体内に電気が流れていることを発見、さらに1800年にはボルタが電池を発明するなど、生物にとっての「進化と電気」の存在が明らかにされることで「フランケンシュタイン」の創作に必要な基礎理論は彼女の生まれつつありました。

<メアリー・シェリー>
 しかし、なぜ空想科学小説の原点を科学者でもなく、ましてそうした研究とは縁遠いはずだった女性が書いたのでしょうか?そのうえ、その小説を書き上げた時、彼女はまだ19歳だったのです!
 メアリー・シェリー Mary Wolostonecroft Shelly は、1797年8月イギリスに生まれています。彼女を生んだ母親はその時に命を失ってしまい彼女は母親を知らずに育ちました。その後彼女は、17歳の時、妻帯者だった詩人シェリーと恋に落ち、ヨーロッパ大陸へ駆け落ちします。そして、彼女はそこでシェリーの子となる長男ウィリアムを出産。その後、スイスのレマン湖畔に住むようになったシェリーは、そこで「フランケンシュタイン」の着想を得ます。そのきっかけは、彼女が見た悪夢にありました。ある時、長雨により家に閉じ込められていたシェリー夫妻とその友人たちは、バイロンの提案により、それぞれが怖い話を考えて発表することになりました。そこで彼女は自分が見た悪夢の話をしたところ、彼らがそれを面白がり、是非それを小説にするように薦めました。こうして「フランケンシュタイン」の物語の執筆が始まることになりました。ちなみに、この時バイロンの専属医ジョン・ポリドリが話したものも小説となり、「吸血鬼」として発表され「ドラキュラ」ものの原点となっています。(このエピソードをもとに当時の様子を再現した映画があります。名匠ケン・ラッセルの監督作品「ゴシック」です)
 しかし、当初彼女が書いた物語は悪夢をもとにした恐怖小説であり、ごく短いものだったようです。たぶんそのまま発表されていたら、現在「フランケンシュタイン」は文学の歴史には残っていなかったかもしれません。夫のパーシーは彼女の書いた一稿目を読み、もっと物語を広げるように進言。そこに普段から彼らの間で話し合われていた「科学」についての話題を盛り込むというアイデアが生まれたようです。こうして、ガルヴァーニが発見し、ボルタによって実用化されつつあった最新テクノロジーの「電気」とマルサスが説いていた人類の進化についての考え方、それらを盛り込んだそれまでにない新しい物語が誕生することになったのです。(ちなみに、この頃、ダーウィンはまだ高校生で「進化論」の発表はまだ先のことでした)

<呪われた作品>
 イギリスに帰国後、シェリーの本妻が自殺したために二人は正式に結婚することができました。そして、1818年1月、完成に一年半かけた小説「フランケンシュタイン」が出版されます。初めは小さな出版社からの発売でしたが、話題となったこともあり、夫パーシーが序文を書き加えて再発されました。その後、彼女は2度改訂を行い、1931年度版が最終稿となって今に至ることになります。すべては上手くいっていました。
 ところが、この作品の成功にも関わらず、その後、彼女には次々と不幸が襲い掛かることになります。それはまるで、死んだ本妻に呪いをかけられたかのようでした。(いや、彼女が作品の中で殺したフランケンシュタインとその怪物の呪いだったのかもしれませんが・・・)
 1818年、本書出版後、長女クレアラがこの世を去り、翌年1819年には長男ウィリアムが死亡。1822年にはなんと夫のパーシーまでもが、ヨットの事故でこの世を去ってしまったのです。「科学」がこの後次々に開いてゆくことになる「パンドラの箱」が生み出す悲劇の最初の犠牲者が、もしかするとメアリー・シェリーだったのかもしれません。

<怪物としての人間を描く>
 この小説の中で、フランケンシュタインが生み出した怪物は見た目の醜さとは逆に純粋で善良な心をもつ存在として描かれています。そして人間はそんな彼の心を理解できない愚かな存在として描かれています。「人間は科学技術の発展を有効に使いこなせず、それを暴走させてしまうだろう」という実に今日的な問題を、この小説はいち早く取上げていたわけです。そこからは、原子爆弾、原子力発電事故、地球温暖化問題、公害問題、細菌兵器、遺伝子研究・・・様々な問題が見えてきます。こうした科学に対する先見性こそが、この小説を「SFの原点」と言わせることになります。そんなこの小説のテーマについてヴィクターが語る象徴的な言葉があります。

「さようなら、ウォルトン!平穏な幸福を求めて、野心を避けたまえ。たとえそれが、科学と発見の世界で名を挙げたいという、一見罪のない野心であってもだ。とはいえ、なぜ、わたしがこんなことを言う?わたしはそうした望みのために身を滅ぼしたが、ほかのだれかなら成功するかもしれないのに」
「フランケンシュタイン」より

 科学者としてのヴィクターは自らの過ちは認めましたが、もしそれが上手くゆくならば・・・必ずまた誰かが挑むだろうし、それは科学者としての使命なのではないか?この気持ちはたぶん世界中の科学者に共通するサガかもしれません。危険を覚悟しつつも、その結果は知りたい・・・「好奇心」こそが科学がここまで発展してきた最大の理由であり、モチベーションの正体だと思います。僕自身、理学部物理科で学んだだけにそんな科学者の気持ちは良くわかります。

 この小説は科学を通して「人間とは何か?」に迫った最初の作品とも言えます。そして、それこそが真のSFと呼びうる最大の特徴でもあります。

「SFにとって、作家の真の研究対象は人間である。人間、そして人間がなし、考え、夢見るすべてのこと、そして人間が作り上げるすべてのこと、そして人間が知るであろうすべてのこと・・・」
レジナルド・ブレットナー「現代のSF」より

 SF界の奇才、フィリップ・K・ディックは生涯「真実は何か?」「人間は何か?」「神とは何か?」を追求し続けた作家でした。彼に先立つこと150年、「フランケンシュタイン」は「人間とは何か?」「創造主とは何か?」というテーマにいち早く挑んだ先駆作だったのです。

「SF作家は、たんなる可能性ではなく、突拍子もない可能性を見つける。たんなる『もし・・・だったら』でなく、『おお、神様、もし万一・・・だったら』だ。」
フィリップ・K・ディック

「SFとは、物質と科学が一枚の貨幣の裏表であることを示す物語である」
ピーター・レッドグレーブ

<あらすじ>
 自然科学を研究する若者ヴィクター・フランケンシュタインは、故郷のジュネーブを出てインゴルシュタットの大学で最新の科学について学び、人間を創造する計画に着手します。科学の発展は危険ではあっても人類をさらに進化させる可能性を秘めていると感じていたヴィクターは死体を用い、それに電気エネルギーを注ぎ込むことで、ついに人造人間を完成させます。しかし、彼は自らが生み出した怪物の醜さに恐怖を憶え、その場から逃げ出してしまいました。こうして一人残された人造人間は知性と強靭な肉体をもつ超人として人生を歩み始めます。ところが、独りっきりで生きることに耐えられなくなった彼は産みの親であるヴィクターのもとを訪れ、妻となる女性を作るように頼みます。妻さえ作ってくれれば、二度と現れないと言われたヴィクターはもう一人の人造人間を作り上げます。しかし、二人の間に子供がもし生まれたら、そこから呪われた種族が世界に広がってゆくことにもなりかねない。そう考えた彼は、彼女を自らの手で殺してしまいます。
 自分が裏切られたことを知った彼は、復讐のためにヴィクターの家族や友人たちを殺し始めます。いよいよ追い詰められたヴィクターは自らの創造物を自らの手で殺すため、彼と北の果てへと向かい極寒の北極の氷原で対決することになります。

「フランケンシュタイン Frankenstein : or,The Modern Prometheus」 1818年
(著)メアリー・シェリー Mary Wolostonecroft Shelly
(訳)臼田昭
国書刊行会

<関連映画>
「ゴシック Gothic」 1986年
(監)ケン・ラッセル
(脚)ステファン・フォルク
(撮)マイク・サウソン
(音)トーマス・ドルビー
(出)ガブリエル・バーン、ジュリアン・サンズ、ナターシャ・リチャードソン
 小説「フランケンシュタイン」のもとになった悪夢の夜とその物語を生んだメアリー・シェリーと友人たちの一夜の物語。

「ミツバチのささやき EL ESPIRITU DE LA COLMENA SPIRIT OF THE BEEHIVE 」 1973年
(監)(脚)ヴィクトル・エリセ
(脚)アンヘル・フェルナンデス=サントス
(撮)ルイス・クアドラド
(音)ルイス・デ・パブロ
(出)アネ・トレント、イザベル・テリュルア、フェルナンド・フェルナン・ゴメス
 スペイン内戦を舞台に兵士を救った少女と彼女の前に現れた幻想の「フランケンシュタイン」の物語。巨匠ヴィクトル・エリセの出世作であり代表作。河瀬直美の呼びかけで製作された3分11秒の短編映画をつないだ映画「3・11」に参加したヴィクトル・エリセはあえてこの映画に主演したアナ・トレントを主演に福島の人々にメッセージを寄せました。「フランケンシュタイン」の物語は未だに人類に有効なメッセージを発し続けているのです。

20世紀文学大全集へ   20世紀空想科学史へ   トップページへ