20世紀末に起きた音楽革命の真実


「誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち How Music Got Free」
The Ene of an Industry,the Turn of the Century,and the Patient Zero of Pracy

- スティーブン・ウィット Stephen Witt -
<世界はより狭く>
 科学の進歩によって、世界は20世紀以降急激に狭くなりました。それは単に移動手段の進歩によるのではなく、テレビや電話などの発展とインターネットの登場によってなされた情報伝達スピードの進化によるものです。世界中の誰とでも、安く簡単に瞬時に情報のやり取りができるようになったのは、つい最近のことです。
 でも誰がそこまでの進化の発明者なのか?インターネットについては、ティム・バーナーズ=リーという人物の存在がカギとなっていたことが明らかになっています。その後、インターネットを利用して、さらなるコミュニケーション・ツールが登場し、世界を変えてきました。このサイトも、そうしたサービスのおかげで誕生したので他人事ではありません。そんなネットを利用したサービスの中でもこのサイトとかかわりが深いのは、「音楽」のインターネット配信です。
 レコードからCDの時代に青春時代をすごしてきた僕にとって、音楽のインターネット配信は予想はできましたがここまで早く普及したことは驚きでした。と言っても、音楽業界に関わる人々にとってもこの変化は驚きだったようで、ほとんどの人にとって受け入れ難いものだったようです。ニール・ヤングのように最後の最後まで音楽のネット配信に反対するアーティストがいたのも当然でしょう。月に10ドル払えば、聞き放題になる楽曲リストの中に自分の曲がすべて収められているのに納得できないのは当然だと思います。それだけではありません。20世紀中、レコードやCDを制作・販売することで巨大な企業に発展した音楽関連企業にとっても、現在の状況は予想外だったはず。CDの売り上げが急激に減少したことで、大手CD販売店が消えるなど思いもしなかったでしょう。
 ではなぜ、世界中の音楽関連企業がこうした状況を受け入れたのでしょうか?
 その直接的なきっかけとなったのは、どうやらmp3の誕生とそれを用いた音楽データの無料配信サービスの登場のようです。
 わずか10年ほどの間に音楽業界を激変させてしまった違法な音楽配信システムは、誰がどうやって生み出したのか?
 その変化に対し、音楽業界はどう対抗したのか?
 今まで明らかにされてこなかったこの事件の裏側を3つの視点から描き出した実に面白いノンフィクションをご紹介します。

<3つの視点>
 この作品は3つのパートから構成されています。
(1)1990年代の音楽業界をリードしていたレコード会社トップたちの違法なデジタル配信に対する対応と当時の音楽界の状況(ダグ・モリス Doug Morris)
(2)画期的な音楽配信ソフトmp3の開発とそれを世界基準にするまでの苦労の歴史(カール・ハインツ・ブランデンブルグ Karl Heinz Brandenburg)
(3)ネット上で違法配信するための音楽ソフトを製造現場から持ち出した実行犯の驚きの手口とそれを公開するために生まれた組織の誕生と崩壊(デル・グローバー Dell Glover)

<レコード業界のトップ>
 ここで描かれている1990年代はアメリカのポップチャートをヒップ・ホップ・ミュージックが席巻していた時代であり、その勢いが世界中に広がりつつあった時代でした。ドクター・ドレ、2パック、50セント、エミネムなどのスターが活躍したその時代、音楽業界のトップにはヒップホップの大スターのほとんどと契約していたユニヴァーサル・ミュージックがいました。そして、そのユニヴァーサルに黄金時代をもたらしたのがやり手の営業マン、ダグ・モリスという経営者でした。このパートが面白いのは、ヒップホップという当時最も危険だった音楽(ギャングスタ・ラップ)が社会から排斥される中、白人エグゼクティブの経営者がいかにして成功に導いたのか?痛快な成功物語とはいえないものの、業界の裏話としては実に面白い内容です。
 彼は持ち前の「ヒット曲を見分ける耳」によって、優れたアーティストと次々に契約し、海の者とも山の者ともわからなかったヒップホップ・ミュージックから巨額の利益を生み出すことに成功します。ここで描かれるCDの違法配信などにより売り上げが急減し、ついには業界全体の売り上げが半分にまで落ち込む中、見事に生き残ってみせます。ここでは、ヒップ・ホップ・ミュージックの歴史も描かれていて、黒人音楽ファンにもうれしい内容になっています。
 ただし、CD売り上げが半減した原因は、本当に音楽の違法ダウン・ロードによるものなのか?そのあたりは、謎のままです。
 一つ言えるのは、CDの売り上げは半減していても、音楽を聴くための大衆の支出は減っていないという事実です。具体的には、音楽ソフト購入のための支出は減ったものの、ライブ・チケットやグッズの購入費は逆に増えているのです。そう考えると、人々は音楽を所有するよりも、生の音を体験する喜びにお金を支出するようになったわけなので、それはそれで正しいことのようにも思えます。
 CDが売れない分、ミュージシャンたちはライブに力を注ぐようになり、それが観客増に結び付いたともいえます。(卵が先か鶏が先かの話になるかもしれませんが・・・)

<激変の発端となった発明>
 音楽業界を根本的に変えることになったmp3の発明は、ドイツの集積回路研究所で働く一人のドイツ人研究者によるものでした。彼は録音された音響データを、より早くデジタル回線を使って送信するための研究を行っていました。それが音楽のデジタルデータを圧縮(容量的に小さくすること)するための専用ソフト(mp3)の発明につながったわけです。

 CDに収められる限界は74分(カラヤンの意向によって「ベートーベンの第九」から決められたとか)ですが、その曲をそのままの状態でデジタル送信するのでは時間がかかりすぎる。そこで彼らは音楽データを12分の1にまで小さくすることに挑みました。
 例えば、同時に異なる楽器が鳴らす音が同じ音程ならその音は一つの音にまとめられるはず。繰り返しのリズムや繰り返しのメロディも、それをパターンとしてデータ化すればデータを単純化できる。こうした、様々な変換を録音された生の音楽データに繰り返し行うことで、12分の1の圧縮が可能になりました。
 もちろん、そうした変換作業は、人間の耳がどこまでその結果を生音(原音)と同一に感じられるかどうかにもよります。それは実際に人間の耳によってしか判定はできないため、多くの人間による試聴実験が行われました。単に優秀なプログラムによって生み出された技術があればできたソフトではないのです。そのためには多額の開発費用がつぎ込まれています。その開発は、技術大国ドイツが国家ぐるみで行ったプロジェクトの一つでした。しかし、当初、mp3は技術的には最高水準にありながら、同時期に開発されていたソフトに勝てずにいました。先に広く普及してしまったソフトに追いつくことは非常に困難なことでした。
 どうやってその遅れを取り戻すのか?

<ソフト持ち出し犯と配信グループたち>
 上記3つの中で特に面白いのは、(3)の実行犯たちの部分です。
 驚いたことに、違法配信を行ったグループは、お金が目的ではなく、有名になりたかったわけでもなかったといいいます。
 (彼らは、ネット上でお互いの名前すら明かさずに協力関係を築いていたといいます)
 さらに凄いのは、音楽ソフト持ち出しの中心はポリグラム最大の工場で働く一人のごく普通の黒人従業員で、ほとんどが彼によるものだったという事実です。その人物が、新作CD発売の2週間以上前に製造された初回盤を持ち出し、それをグループのメンバーたちがいち早くアップロードしていたのです。
 普通の労働者ではあっても、コンピューター・オタクだったデル・グローバーは、ネット上で後のアノニマスのメンバーのような仲間たちと出会うことで金が目的ではなく音楽情報の解放という目的をもって、CDの持ち出しを行うようになってゆきました。
 mp3の発明の意義は、ヨーロッパ文明にとっての活版印刷機のようなものでした。活版印刷機の登場によって、聖書は大量に製本可能になり、一般大衆にまだ普及したことで、それまで教会関係者だけが独占していたイエス・キリストの言葉はヨーロッパ中に解放されることになりました。そこから宗教改革が始まることになり、ヨーロッパは根本から大きく変わることになりました。
 それと同じことが、起きつつあるのかもしれません。

 こうして3方向からmp3による革命を描くことで、1990年代のネット上の革命がより立体的に浮かび上がらされることになりました。この作品は映画化も進んでいるようです。監督は、デヴィッド・フィンチャー?

「誰が音楽をタダにした?巨大産業をぶっ潰した男たち How Music Got Free」 2015年
The Ene of an Industry,the Turn of the Century,and the Patient Zero of Pracy
(著)スティーブン・ウィット Stephen Witt
(訳)関美和
早川書房
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