アメリカ・ナンバー1ロックバンドの秘密


「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」

- グレイトフル・デッド Grateful Dead -
<禁断の経営学>
 このサイトではあらゆるジャンルにおける歴史的事件や人物を取り上げていますが、経営学に関する人物や著書はほぼ取り上げていません。正直、興味がないからです。経営学、いや経済学の発展は人類を幸福にしたのか?と考えると危機を生み出しているようにしか思えないからかもしれません。ノーベル賞に経済学賞があることに未だに?です。
 とはいえ先日偶然、経済関連の図書コーナーでまさかのグレイトフル・デッドの名前を見つけ驚きました。タイトルは「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」。
 やれやれ、サイケデリック・ムーブメントが生んだアメリカ最大のヒッピー・バンドを経営に利用しようなんて!さすがはスティーブ・ジョブズを生んだ国。でもあの世のジェリー・ガルシアに呪われるぞ!と思いつつ、読んでみることにしました。何事も食わず嫌い、知らず嫌いはいけませんから。
 確かに音楽界において彼らが行った斬新なビジネスは有名で、アメリカ一観客動員の多いロックバンドとして長年君臨してきました。「デッド・ヘッズ」と呼ばれる熱狂的なファンの中には、オバマやクリントンなどアメリカ大統領など多くの有名人もいます。そして、その人気の陰には、それを支える仕掛けがあったことも有名です。
 改めて彼らの音楽ビジネスの秘密を知ることは彼らの音楽の本質に迫ることにもなりそうです。というわけで、日本では今ひとつ知名度が低いけれどウエストコースト・ロックが生んだ偉大なロック・バンド、グレイトフル・デッドの音楽ビジネスについて学ぼうと思います。

そもそもグレイトフル・デッドとは何ぞや?と言う方は、まずそこからどうぞ!
<グレイトフル・デッドとは?その歴史>

<デッド・ビジネスの原点>
 彼らの先駆的で独特の音楽ビジネス・スタイルは、1970年代初めの活動開始当初から始まっていました。
 1971年10月にグレイトフル・デッドが発表したライブ・アルバム「スカル・アンド・ローゼス」に記された下記の文章からすべては始まりました。
「デッド・フリークよ団結せよ
 君は誰なんだ?どこにいるんだ?
 そして元気でいるか?
 住所と氏名を送ってくれたら、バンドの情報をいつも通知してあげるよ。
 Deadheads ,P.D.Box.1065.San Rafael California 94901」

 上記の宛先に登録すると、バンドのツアー日程、バンド・ファミリーの近況などの情報が年に数回、会報として送られてきました。
 まだアナログ的な手法だったとはいえ、ここからバンドとファンとの間の情報交換が始まることになりました。
 この後、6カ月で彼らのファン名簿の登録数は1万257人に達し、5年後にはアメリカ国内だけで6万3147人にまで増えていました。こうして情報交換システムの発案、担当は、1968年にアルバム制作のコーディネーターとして雇われたスコット・ブラウンでした。彼は会員登録にも力を入れ、それが彼ら独自の音楽ビジネスを生み出す重要なベースとなります。
 ここから始まったファンとの手紙などによるやり取りについては、きっちりと保管されていて、それは今カリフォルニア大学サンタクララ校にあるグレイトフル・デッド・アーカイブにしっかりと保管されているそうです。
 例えば、1974年のアルバム「フロム・ザ・マーズ・ホテル」発売時の会報にはこう記されていました。
「このアルバムは、きっと気に入ってくれるだろう。もしすごく気に入ったら、ラジオ局に電話をかけたり、レコード店に感想を伝えたりしてくれないか。どんな形でもいいから助けてくれるとうれしい」
 もちろんファンの多くがこの以来に答えることになり、彼らの人気は増していったわけです。

<チケットの直接販売>
 インターネットが登場する前までは、音楽業界のライブのチケット販売は、ほとんどがライブを開催する業者かチケット販売業者に委託されていました。そんな中、グレイトフル・デッドは当初から自分たちのコンサートのチケットを自分たちで直接販売する方法をとっていました。この方法により、彼らは自分たちの熱烈なファンたちに優先的にチケットを売ることも可能になりました。もちろんインターネットの登場は、彼らにとってさらにビジネスを有利にさせました。彼らは様々な技術を先駆的に取り入れることで音楽ビジネスの先端を走り続けました。

<ライブの録音許可>
 グレイトフル・デッドは、早くからライブ会場での演奏の録音を許していました。そもそも彼らはライブを行い観客を楽しませることがバンドの目的であり、スタジオ録音アルバムを売ることは重要視していなかったので、録音されたテープが出回ることでアルバムが売れなくなる心配をしていなかったのです。
 しかし、「テーパー」と呼ばれる録音機材を使用するファンは、彼らの人気が増すにつれて数が増え、長く伸ばしたマイクが他の観客たちの邪魔になってきました。そこで彼らは1984年からコンサート会場のミキシング・コンソールの後ろにテーパー専用のスペースを設けることにしました。
 テーパーたちには、事前にテーパー用のチケットを販売。録音行為をオーケーとし、販売さえしなければ、そのテープの交換やコピーもオーケーとしました。これでは、さすがにバンドのアルバムが売れなくなるのではないかと思わせます。ところがテープでの録音は音質に限界があり、本当にデッドが好きなファンなら音質の良い公式アルバムが買いたくなるのは当然でした。そのうえテープが数多く出回れば、彼らの存在はどんどん知名度を増すことにもなりました。さらに、テーパーたちの録音により、グレイトフル・デッドの総てのライブは録音され、記録されることにもなりました。これらの録音はその後、アーカイブ化されることになっています。そもそも彼らは毎回ライブでは異なる曲を異なる編曲で演奏するジャム・バンドなので、同じ曲を同じ順番で同じように演奏することはありません。当然、ライブの出来に当たりはずれもありますが、当たった時の感動はなんとか手に入れたいはずです。
 最近では、彼らはそうしたテーパーたちの行為の先を行き、自分たちでライブ中に録音作業を行い、さらにCDに焼き、ライブ終了直後にその日のライブ音源を発売してしまうということまで実現しています。リストバンドに20ドル払うと、ライブ終了後にその日のライブを録音した3枚組のCDがリストバンドと交換でもらえる仕掛けになっているそうです!
 もちろんそれぞれのライブ会場で撮影された写真をもとに、それぞれのライブの写真集も販売されていて、自分が参加したライブの写真集をファンはネットで購入することも可能になっています。いたれりつくせりです。

<デッド・ビジネスの本質>
 ネットによってファンとつながった現在の音楽ビジネスにおいては、どの情報をオープンにして提供するかが重要で、その判断により将来の成功と失敗が決まる。そう著者は書いていて、グレイトフル・デッドは常にそこで成功してきたからこそ成功したというわけです。
 でもマリファナでぶっ飛びながら仲間と音楽を楽しんできた彼らが、音楽ビジネスの未来を予知しながら経営戦略をねっていたとは僕には思えません。あのジェリー・ガルシアとスティーブ・ジョブズでは、あまりに違いすぎます!
 単に失うものがないからこそ、ダメもとで挑戦する中で生み出された結果が吉と出ただけだと思うのですが・・・
 それともスタッフの中にスティーブ・ジョブズなみの天才がいたのか?それこそが最大の謎です。

<地球の未来へ>
 グレイトフル・デッドは、ビジネス的な成功を収めても、それでロケットに乗ろうとか月面に立ちたいとかは一切考えていませんでした。それは地球環境の破壊にしかつながらないと彼らは考えていたはずです。だからこそ、彼らは1983年に非営利の慈善組織「レックス基金」を設立し、環境問題、社会問題に早くから取り組んでいます。その目標は具体的です。

 健全な環境を確保し、芸術における個性を促進し、必要不可欠な社会福祉を支援。
 我々よりも恵まれていない人々を援助し、先住民の権利を保護し、彼らの文化を存続を確実にし、強いコミュニティを築き上げる。
 そして、全世界の子供と大人の啓蒙を目指す。

 そうした目標のもと、彼らは環境問題、母子家庭への支援、無名音楽支援など様々な分野への支援を行ってきました。そうした行動にこそ、彼らのビジネス・スタイルの重要性が見えてくるはずですが、そこについての説明はこの本にはほとんど書かれていません。
 そこがこの本の限界なのでしょう。


「グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ」 Marketing Lesson from The Grateful Dead 2011年
(著)デヴィッド・ミーアマン・スコット David Meerman Scott、ブライアン・ハリガン Brian Hallligan
(訳)渡辺由佳里
(解説・監修)糸井重里
日経BP社

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