ビートルズ最後の日々を目撃する奇跡の映像

ドキュメンタリー「ザ・ビートルズ : GET BACK」

- ザ・ビートルズ、ピーター・ジャクソン -
「GET BACK」 Part 1
<プロジェクト・スタート>

 1968年シングル盤の「ヘイ・ジュード」をスタジオ・ライブとして録音したビートルズは、2年ぶりに行った観客を前にした演奏に満足。二度とライブは行わないとした考えを改め、テレビ中継を行う小規模なライブの検討に入ります。ただどうせやるなら、今までとは場所、違う曲を演奏しなければ意味がないと考えます。そこで彼らは観客を入れることも可能な巨大スタジオをトッテナムに借り、そこでライブに向けた新曲の準備を始めます。そこにはカメラ・クルーも入り、ドキュメンタリー映画としての撮影も開始。その監督をマイケル・リンゼイ=ホッグに任せます。
 撮影開始当初、4人は演奏も会話も実にスムーズで、解散が噂されているようには見えません。ライブ会場をどこにするかをスタッフと話し合ったり、久々のバンド演奏を楽しむ姿は、仲睦まじい雰囲気です。しかし、撮影が始まって数日後、ライブの日が決まっていることから、ポール・マッカートニーが新曲の準備が遅れていることに苛立ち始めます。そして、そのイライラはジョージに向かいます。その部分はなんとも痛々しいのですが、パート1最大の見どころと言えるでしょう。
 「僕は演奏しながらじゃないとダメなんだ」というジョージに対し、ポールはダラダラと演奏しながらじゃダメだ、と言い彼の演奏にダメ出しをします。ポールとの仲が取りざたされていたジョンまでもが、そんなポールの言葉を否定せず、ジョージはどんどん孤立。ついにはスタジオから「俺はビートルズを辞める」と言って去ってしまいます。
 思えば、最初からオノ・ヨーコを同伴し、ベタベタくっつきっぱなしのジョン。その後、結婚し生涯を共にすることになるリンダ・イーストマンを連れてきたポール。リンゴも彼女を連れてきていましたが、ジョージはハレ・クリシュナの仲間がいるだけで、孤立状態にありました。ギタリストとして、ソングライターとしての彼の実力は、その後、明らかになりますが、ビートルズの中での彼はバンドの足を引っ張る役にされていたのです。いかに彼が宗教者としての人格を持っていたとしても、そりゃ切れるでしょう。
 こうしてパート1は、彼を主役として終わります。

<これまでにないドキュメンタリー>
 この作品は、ドキュメンタリー映画にも関わらず、過去の出来事を記録したフィルムを見ているようには思えません。それは今まさに自分がその場にいて、その歴史的出来事に立ち会っている気分にさせてくれるのです。それはなぜか?
 デジタル・リミックスされた画像のきれいさもあるでしょう。撮られている被写体がカメラの存在を忘れるほど、ごくごく自然に主人公たちの姿をカメラがとらえているせいもあるでしょう。そして、60時間以上あったという当時の撮影フィルムが上手く撮影されていて、それをビートルズ・マニアの監督ピーター・ジャクソンが見事に編集しています。
 彼はその映像を極力カットせず、時間の流れをスムーズに感じさせるよう上手くまとめています。そのおかげで、普通の記録映画では残されていないようなシーンも残されていて、それが逆にこの作品の魅力を生み出しています。

<貴重な見どころ>
 カットせずに残された映像から、この作品の魅力がいろいろと見えてきます。
 リハーサルの合間に演奏される彼らの過去の曲、好きなアーティストたちのカバー曲、ビートルズがこれから録音する曲やそれぞれがソロ活動で録音することになる曲の断片も聞くことができます。次々に曲が演奏されるので、注意深く聞く必要があります。
 それぞれのメンバーが連れてきた彼女や彼女の子供、それにスタッフたちの映像もまた注目に値します。
 不仲と言われていたリンダとオノ・ヨーコが親しげに話しをしているシーン。カメラマンのリンダが、ポールによって紹介され、彼女が自分のカメラで撮影をするシーン。バンドの演奏を横目に新聞を読み演奏に無関心に見えたヨーコが、演奏に合わせて叫んでいるシーン。彼女たちのファッションやお互いの関係性なども実に微妙で興味深いものがあります。
 録音エンジニアのグリン・ジョーンズ、ビートルズの音を作り上げていたジョージ・マーティン、なんとか映画に仕上げようと仕掛けを考える監督のリンゼイ=ホッグなど、個性的なスタッフたちもまたこの作品の重要な脇役です。

<解散の真実はどこに?>
 ビートルズの解散の原因について詳細に書かれた著作「ザ・ビートルズ解散の真実」によると、バンドが解散した最大の原因は、ポールとジョンの喧嘩ではなく、バンドがあまりに巨額の利益を生み出し、その処理のためにアップル・レコードという企業を作り、資産を管理・運営せざるを得なくなったせいだったと書かれています。バンドの活動に芸術の論理ではなく企業の論理が働くことになり、個々の利益の追求が解散という必然的な結論を生み出したというのです。
 しかし、この作品を見ると、それぞれのメンバーがそれぞれの個性を自由に表現するためには、ソロ活動しかなかったことは必然に思えてきます。その流れは、たとえブライアン・エプスタインが生きていたとしても止められなかったはずです。そんな中、ジョージの脱退宣言はもう止められないのではないか?誰もがそう思えるパート1のラストでした。

「GET BACK」 Part 2
<バンドの復活>

 3人のメンバーはジョージをバンドに復帰させるため、非公開での会議を開きます。そこでどんな会話がなされたのか?それは永遠に謎のままで終わりそうですが、とにかくジョージはバンドに戻ることになりました。
 結局、テレビ特番の計画は中止となり、ライブ録音に代わり、新作アルバムの制作が新たな目標となり、映画のための撮影は継続することになりました。観客を入れる必要がなくなったことで、アルバム録音のための新たなスタジオを準備する必要が生じ、アップルは自社ビル内に急遽スタジオを作ることになります。
 場所が移ったこと、居心地の良い空間になったせいか、ここからの録音は実にスムーズに行われます。しかし、目標にしていたライブが中止になったこともあり、曲作りは再び停滞し始めます。「Let It Be」どうにでもなれ!神のみぞ知る!と言った気分になっていたのかもしれません。しかし、神様はここで彼らに御子を使わしました。

<ビリー・プレストン登場!>
 かつてビートルズがドイツのハンブルグで修行していたシルバー・ビートルズ時代。同じくハンブルグの街にリトル・リチャードのバンクバンドのメンバーとして着ていたビリー・プレストン。彼がたまたまロンドンに着ていて、今やスーパースターになった昔の友人に挨拶に現れます。人懐っこい笑顔からビートルズのメンバーからも愛されてた彼は、ごく自然にバンドのリハーサルに参加。レイ・チャールズのバンドでキーボードを演奏する彼は、新しい音を求めていたビートルズにとって最高の贈り物となりました。
 その影響が音楽的なものだけではなかったことが、この作品の映像で確認できました。彼の笑顔によって、誰もが笑顔になり、それが演奏をもスムーズに進めさせることになったのです。映像の中には、常にむっつりとしていたオノ・ヨーコまでもが笑顔になっているシーンがあります。

<トラブルなき作業の記録>
 こうしてパート2は、新たな主役となったビリーの登場により、それまでの混沌としたドラマからトラブルのない作業の記録映像になります。映像の中で監督のリンゼイ=ホッグは、「このままでは映画にならない」とこぼし始める気持ちもわからないではありません。
 しかし、実はここからの録音風景こそがこの作品にとって最も貴重な部分なのです。「GET BACK」や「Let It Be」などの名曲がどうやって生まれ、完成していったのか?その過程をじっくりとこの作品で見ることができるのですから。20世紀音楽史における最も重要な瞬間の一つを我々は目撃できるのですから!
 とはいえ、当時の映画版監督の立場からは、そんな記録映画など撮るよりも、もっとドラマチックなビートルズのによる事件を撮りたかったはず。そこで彼は、再びライブの実現を提案。一時はロンドン市内の公園でのライブも提案されますが、それは不可能となり、ついに最終手段としてアップル本社ビルの屋上でのライブが提案されました。いよいよ伝説のルーフトップ・ライブの開催が決まります。

<新作アルバムのお蔵入り>
 この時に録音された曲は、アルバムとして発表される予定でしたが、その出来がそれまでのビートルズの作品のレベルを越えていないとしてお蔵入りになります。世に出たのは、シングルとして発売された「Get Back」と「Don't Let Me Down」の2曲だけでした。
 そして、ビートルズのメンバーがソロとしての活動をそれぞれ始め、解散が決定的となった頃、いよいよ4人による最後の録音が行われ、1969年秋アルバム「アビイ・ロード」として発売され、全世界で大ヒットすることになります。
 それでもビートルズ解散後、この作品に収められた録音は、1970年にビートルズのラスト・アルバム「Let It Be」として発売されることになりました。ところが、最終的にこのアルバムを仕上げたのはビートルズのメンバーではなくアップルから依頼を受けた当時売れっ子のプロデューサー、フィル・スペクターです。彼は収録曲の選定をやり直し、オリジナル録音をリミックス、さらには追加の音源まで使うことで新たな作品に仕上げています。
 例えば彼のアイデアにより、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」には壮大なオーケストレーションが加えられました。ポールがこの変更に激怒していたことは有名です。今回、改めてオリジナルのシンプルな録音を聞くと、その良さは理解できる気がします。オーケストラのバックがある方が、一般受けすることは確かだと思いますが・・・。
 確かに「Let It Be」「Get Back」「The Long and Winding Road」という強力な3曲を収録したアルバムですが、トータルなアルバムとしての魅力は、「アビイ・ロード」に負けているのかもしれません。
 必死でバンドとしての音楽を追求しながら生み出されたアルバム「Lett It Be」よりも、解散を受け入れてそれぞれのメンバーが特色を生かした曲を持ち寄ったコラージュ的な作品集「Abbey Road」の方が魅力的だったのは皮肉な結果ですが、それは必然だったのかもしれません。

「GET BACK」 Part 3
<最後のライブに向けて>
 屋上でライブを行うことを決めた彼らは新曲の録音を続けます。しかし、「GET BACK」1曲を仕上げるために何度も録音を繰り返すなどしたために、14曲の新曲を仕上げることは到底不可能でした。プロデューサーのジョージ・マーティンが彼らに、1曲に時間をかけ過ぎると、その曲に飽きてしまうぞ。そう忠告した通りになっていました。このままでは屋上で演奏する曲が全然足りない。
 ポールはライブの実行にまたも反対し始めます。ジョージも後ろ向きになり始めます。幸いリンゴとジョンはやる気だったため、なんとか4人のライブは実現に向かいます。

<ノーカット版屋上ライブ>
 いよいよ屋上ライブ当日です。
 屋上に5台、迎えのビルに1台、路上に3台、そしてアップルの受付に隠しカメラが1台。全部で10台のカメラにより、撮影が始まります。
 演奏を始めた当初、メンバーは寒そうで、面倒くさそうにしていますが、しだいに乗ってきているのがわかります。
 意外なのは、ビートルズの演奏が始まっても、それほど路上は混乱しないことです。さすがは英国におけるビジネスの中心地セビルロウ(背広の由来と言われます)だけあって、道行く人のほとんどは背広を着た紳士とOLさんたち。ヒッピーっぽいファッションの若者も見当たりません。そのせいでしょう。ファンの歓声は聞こえず、逆に近隣住人からの苦情の方が多かったのかもしれません。そして、その苦情を受けたロンドン市警の登場となります。

<巡査さんの登場>
 パート3の主人公とも言える人物レイ・ダッグ巡査の登場です。ロンドン市警独特の変な帽子をかぶった二人の巡査はアップルの本社ビルを訪れます。多数の苦情がきているから演奏をやめるように告げに来たものの、受付嬢に止められて一階で待たされる二人。見るからに新米っぽい彼らでは埒があかないのは明らかでした。それでも治安妨害であるから担当者に会わせろという二人は、屋上へと向かいますが、そこでも適当にあしらわれて、演奏は止められません。結局、巡査部長がやって来て、やっと演奏がストップすることになりました。
 思えば、1960年代末のロンドンは、今と違いまだまだのどかだったのかもしれません。

<最後のライブ>
 まさかこの演奏が4人がそろって観衆を前に演奏をする最後の機会になるとは、メンバーも、スタッフも、路上の観衆も思ってはいなかったでしょう。
 こうしてノーカットでこの日の演奏を見てみると、コンサートとしてのクオリティは低いと言わざるを得ません。単に屋上で公開リハーサルをやっただけとしか言えない内容でした。
 しかし、8時間に及ぶこのドキュメンタリーを通して見てくると、世界を変えたロックバンドの最後の日々を記録した映画のフィナーレとして、十分に意味があるパフォーマンスであることに納得させられます。ドラマチックなエンディングではなくても、そこに至るまでの長く曲がりくねった道を共に歩んできた最後に4人が行った協同作業はフィナーレにふさわしいものでした。
 この後、彼らは「アビイ・ロード」を渡たり、そこから4人別々の道を歩み出すことになります。
 歴史的な時間を目撃する夢のような時間をありがとうございました。

「GET BACK」 2021年
(監)(製)ピーター・ジャクソン Peter Jackson
(製)ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、オリビア・ハリソン、ヨーコ・オノ・レノン
(編)ジャベス・オルセン
(音監)ジレス・マーティン
(出)ジョン・レノン、ポール・マッカトニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スター、ビリー・プレストン、ジョージ・マーティン、グリン・ジョーンズ、レイ・ダッグ巡査他
(1969年版)
(監)マイケル・リンゼイ=ホッグ
(製)ニール・アスピネール
(撮)アンソニー・B・リッチモンド
(音P)ジョージ・マーティン
(録音エンジニア)グリン・ジョーンズ

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