「グッドシェパード Goodshepherd」 2006年

- ロバート・デ・ニーロ Robert De Niro -

<「ゴッドファーザー」>
 この映画を見終わって最初に思ったこと。それはこの映画が「ゴッドファーザー」とそっくりだということです。お国のためと思って働き始めたCIAの仕事により、家族も友人も失い成功と引き換えに得たものは孤独だけだった、というのがこの映画の主なストーリーですが、これはまさに「ゴッドファーザー」のそれといっしょです。そのうえ、時代的にも「ゴッドファーザー」、「ゴッドファーザー・パート2」と同じ時期に当たっており、キューバ革命の部分はかなりストーリーがシンクロしています。そのキューバへの上陸作戦に手を貸した反カストロ派のマフィアのボス、サム・ジャンガーナはかつてこう言っていたそうです。
「マフィアとCIAはコインの裏と表だ」
やはりそうでした。この映画は自由と民主主義の国アメリカの裏側を描いたもうひとつの「ゴッドファーザー」だったのです。
 ただし、アル・パシーノが演じたマフィアのボス、マイケル・コルレオーネとマット・デイモンが演じたエドワード・ウィルソンには本質的な違いがあります。マイケルはマフィアのボスとして組織のトップに立つリーダーですが、エドワードはあくまで公務員であり、グッドシェパード(良き羊飼い)にすぎないということです。そして、この違いが映画全体の地味さ、暗さ、虚しさを生み出しているように思います。そのため、この映画は「ゴッドファーザー」から華麗なファッションや豪華なパーティーなど、「華」の部分やド派手な打ち合いなどのアクション・シーンを取り去ってしまった地味な作品にならざるをえませんでした。もちろん、ピッグス湾上陸作戦などは、お金をかければそれなりにスリリングな戦闘シーンになったかもしれません。しかし、それをあえてしなかったのは、監督のデニーロがこの映画をよくあるスパイ・アクション、戦争アクション作品にしたくなかったからなのでしょう。
 とはいえ、この映画はこの時点でアカデミー賞などの映画賞からは遠い作品になってしまったのかもしれません。当初、この作品を監督する予定だったフランシス・フォード・コッポラが降りてしまったのは、彼の中にそんな思いがあったのかもしれません。
 それでは、この映画は地味すぎて面白くないのか?というとけっしてそんなことはありません。この映画には、「ゴッドファーザー」にはないスリリングなスパイ映画としての面白さと冷戦時代の裏側を描いた歴史映画としての面白さ、二つの要素があります。ただし、史実の説明が非常に少ないので、この時代のアメリカについての知識がないと楽しめない可能性もあるので要注意です。そんな方は、このページを読んでいただいてもう一度DVDを見て下さい。きっと楽しめると思います。

<CIAという組織>
 先ずは、この映画の主役といってもいいCIAという巨大な組織についての基礎知識を少々。
 CIAとはアメリカ中央情報局(Central Intelligence Agency)のこと。またの名を「カンパニー」「エージェンシー」とも言います。なぜ「ザ・カンパニー」ではないのか?
「それはあなたが神(God)にTheをつけないのと同じ理由です」
 とは、この映画の中の台詞ですが、よその国々からはCIAはこうも言われています。「第二のアメリカ政府」もしくは「見えない政府」。さらに厳しい名前としては「クーデター・メーカー」という呼び方もあります。
 その創設は1947年。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツとの情報戦ために組織された諜報活動や戦略構築の専門組織OSS(Office of Strategic Service)を引き継ぐかたちで国家安全保障法の成立に基づいて立ち上げられました。その組織は議会からも軍隊からも独立しており、ホワイト・ハウス直轄という極めて独立性の高い存在です。
 本部はバージニア州のラングレーで、その立ち上げ以降、8年間トップを勤めた長官のアレン・ダレスの手腕によってどんどんその勢力を強めてゆきました。第二次世界大戦終結後には、彼はナチス・ドイツの秘密警察幹部ら数千名をアメリカに亡命させCIAのメンバーに加えたとも言われています。
 CIAはアメリカの政治動向を左右するシンクタンク外交問題評議会(CFR)との関係が深いことでも知られており、そのためにアメリカ政府の意向よりもアメリカ経済界トップの意向に沿った動きをとる傾向にあるといわれます。元々独立性の高い組織であるがゆえに甘い汁がいくらでも吸える環境にあったことから、組織内部はしだいに腐敗してゆきます。そう考えると、CIA全体が政治的目的意識よりも、経済的な利権争いのために動くよう変質してゆくのは当然の結果だったともいえます。こうして、CIAは内部では腐敗しながらも、その力を増しながら成長を続けてゆきました。
 ところが、そんなCIAの黄金時代は意外なところから崩れ始めます。1980年代、ロシアの崩壊が冷戦の集結をもたらします。この時、最も大きな痛手をこうむったのは、アメリカの組織CIAでした。冷戦の終結による世界平和はCIAの存在意義を奪うことでもあったからです。ベトナム戦争の後遺症もあり経済不況にあえぐアメリカ政府は、すぐにCIAの予算の大幅削減を実施します。こうしてCIAの黄金時代は終わりを迎えることになりました。
 9・11同時多発テロ事件の際、数々の情報がありながら、それを生かせなかったのも、CIAにかつてのような情報収集能力、分析能力が失われたからだとも言われています。ただし、CIAの場合、単純にそういえるかどうかという疑問もあります。それはCIAの過去の履歴からも明らかなように、彼らは自ら事件を起こすことをその常套手段としてきたからです。同時多発テロ事件の場合にも数々の疑わしい点があります。本当に事件を起こしたのはアルカイーダによる単独犯行なのか?元々彼らを育てたといわれるCIAの関係者は関わっていなかったのか?疑わしい点はいくらでもあります。

<CIAが関与した事件>
 ここで現時点で明らかになっているCIAが関与した事件について、書き出してみたいと思います。
(1)ヴェトナム戦争におけるアメリカ軍の参戦、北爆のきっかけとなった1964年のトンキン湾事件がCIAによるでっちあげだったことはすでに明らかに事実となっています。当時の国防長官ロバート・マクナマラは海軍による間違った情報がきっかけであったことを認めています。それをCIAが上手く利用したということなのでしょう。
(2)チリのアジェンデ政権転覆クーデターは、南米における社会主義政権の誕生を阻止するためにCIAの全面的バック・アップによって行われたものでした。この事件についてはフランスの映画人が作り上げたドキュメンタリー・タッチの大作「サンチャゴに雨が降る」(1975年)に詳細に描かれています。
(3)イタリアの元首相モロ氏を誘拐・殺害(1978年)した極左テロ組織「赤い旅団」へもCIAは資金提供をしていました。
(4)韓国の諜報組織KCIAの部長、金載圭による朴大統領暗殺事件。このKCIAという組織はまさにCIAの下部組織であり、そのアジア版として作られたものです。
(5)フィリピンの最大野党指導者のベニグノ・アキノ暗殺事件。この黒幕も右派の政権を守るために動いたCIAだったといわれています。
(6)9・11同時多発テロ事件を起こしたとされるイスラム過激派組織アルカイーダへの資金提供と軍事面の育成を行ったのはCIAです。
(7)アフガニスタンのイスラム過激派組織ムジャヒディーンへの資金提供と軍事面の育成もまたCIA。
(8)イラクのイスラム原理主義で過激な行動をとるバース党への資金提供もまたCIA。
(9)これは昔から言われている説ですが、CIAによるアメリカ国内での麻薬バラマキ説というのがあります。1960年代、黒人、ヒスパニックなど有色人種による人種差別撤廃運動の盛り上がりを抑えるために、CIAが麻薬を黒人居住区やヒスパニックの居住区でバラマキ、一気に麻薬中毒患者を増やすことで運動の崩壊、民族意識の低下を図ったといわれることです。それが本当だったとすれば、作戦は見事に成功したといえるでしょう。ただし、今や麻薬は黒人居住区だけでなく白人中産階級にまで広がりをみせ、アメリカ全体を蝕み崩壊させつつありますが・・・。
(10)そして、もうひとつ最大の疑惑は、ジョン・F・ケネディ暗殺事件への関与でしょう。この映画でも描かれているピッグス湾上陸作戦の失敗に激怒したジョン・F・ケネディはCIAへの不信感をつのらせ、解体を支持したといいます。当然、CIA内部ではそれを阻止しようという動きが起きました。そして同じ頃、かつてケネディの選挙戦において裏の集票作業を仕切ったといわれるマフィアのボス、サム・ジャンガーナもまたマフィア撲滅宣言をしたケネディ家に対して強い恨みを抱くようになっていました。どちらもケネディが生きていては困り、なおかつピッグス湾事件だけでなく国内で起きた政治的な暗殺事件などで協力関係にあった両者が手を組むことは当然ありえる事です。こうして、ケネディ暗殺事件の黒幕として、CIAとマフィアというアメリカの裏社会を代表する二つの組織の名が挙がることなったのです。
 先日、「グッドシェパード」の続編が製作されるという発表がありました。たぶん続編では、ケネディ暗殺事件が描かれることになるのではないでしょうか?というよりも、もしかすると「グッドシェパード」という映画は元々この事件を描くために企画されたのではないのでしょうか?そんな気がしてきました。パート1は、その序章に過ぎなかったのかもしれません。

<スカル&ボーンズ>
 もうひとつこの映画で気になるのは、謎の秘密結社スカル&ボーンズ(Skull and Bones)です。この秘密結社はアメリカのイエール大学の学生及びそのOBによって組織されています。元々ハーバード大学が「学問の最高峰」といわれるのに対し、イエール大学は「国家権力の中枢」といわれています。それだけにスカル&ボーンズの会員はアメリカの政界で数多く活躍しています。なかでも特に有名なのがブッシュ一族です。2004年に大統領の座を争ったジョン・ケリーとジョージ・ブッシュは、共にS&Bの出身ということで話題になりました。それにしても、なぜスカル&ボーンズ(骸骨と骨)なのでしょうか?伝説のによると、第一次世界大戦中にS&Bのメンバー6人がアメリカ政府に最後まで反抗した先住民族アパッチ族のリーダー、ジェロニモの遺骨を盗み出して、S&B本部に納めたといわれています。そして、その6人の中の1人がジョージ・ブッシュの祖父プレスコット・ブッシュだったといいます。
 S&Bのマークといえば、海賊の紋章としても有名ですが、この組織は本当に盗人の集団から始まったようです。(そう考えると、インディ・ジョーンズも似たような宝泥棒に思えます・・・)それにしても、盗人たちによる子供のお遊びのような組織によって自由と民主主義の国アメリカの政策決定がなされているとは、・・・なんというトホホなことか。
 この映画の中では、非常に重々しくS&Bの儀式が描かれていますが、冷静に見ると本当はかなり笑える集団です。オシッコはかけるは、恥ずかしい話の聞かせ合い(自慢?)はするは、・・・お前ら中学生か?って感じです。(今時の中学生はもっと大人ですが・・・)実は、こうした見方をすると、この映画で主人公が真面目にやっているスパイ活動のすべてもまた笑えるほど馬鹿げていることに気づかされます。
 スパイをスパイするスパイ、結局誰が見方なのかはもう誰にもわかりません。映画の最後には自分の身内にスパイがいたということがわかるという始末です。実は、彼の仕事はまったく役に立っていなかっただけでなく、かえって逆効果だったことが証明されたわけです。どんなに優れた計画を立てても、それが敵側に漏れていては何の意味もありません。それなら、最初から諜報活動などしない方が、良かったのです。そうなると、CIAの存在自体に疑問がもたれてきます。実は、CIAとKGBには常に連絡をとれるパイプがあり、時には協力し合うこともあり、お互いにその存在意義を支え合う関係でもあったのですから。最近では、アメリカの軍需産業を牛耳っているといわれるネオコンの幹部たちはCIAをまったく信用しなくなったとも言われていますが、それも当然でしょう。

<CIAの凋落>
 もしかすると、こうしてCIAの内幕や歴史を描けるようになったこと自体、CIAの凋落を象徴しているのかもしれません。そして、それはアメリカという20世紀最強の資本主義国家の落日をも示しているのかもしれません。「ローマ帝国の滅亡」について数多くの研究がなされているように、「アメリカ帝国の衰退」についても、最近は数多く発表されつつあります。民主党のオバマ支持者として、アメリカの改革に積極的なロバート・デ・ニーロにとって、こうしたアメリカの裏側の歴史を明らかにすることは重要な使命であり、かつて理想の民主主義国家として輝いていたアメリカを復興させるためにも必要なことと考えているかもしれません。
 1993年に「ブロンクス物語/愛につつまれた街」を撮って以来、13年ぶりに監督したということは、監督ロバート・デ・ニーロにとっては、重要な意味をもつ作品だったということです。それとも、もうそろそろ彼は監督中心に活動を移行しようと考えているのでしょうか?どちらにしても、これだけの作品を撮れるのですから、映画界にとっては彼にもっと作品を撮ってほしいのではないでしょうか。彼の演技が見られないのは寂しいですが、そちらについては、ダニエル・デイ・ルイスにどんどん映画に出てもらうことで是非補ってもらいたいと思うのですが・・・。

「グッドシェパード Goodshepherd」 2006年公開
(監)(製)ロバート・デ・ニーロ
(製)ジェームス・G・ロビンソン、ジェーン・ローゼンタール
(製総)フランシス・フォード・コッポラ、デヴィッド・ロビンソン、ガイ・マケルウェイン、クリス・ブリガム、ハワード・カプラン
(脚)エリック・ロス
(撮)ロバート・リチャードソン
(編)タリク・アンウォー
(音)ブルース・フォウラー、マーセロ・ザーヴォス
(出)マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、アレック・ボールドウィン、ロバート・デ・ニーロ、ジョン・タトゥーロ、ケア・デュリア、ウィリアム・ハート、ティモシー・ハットン、オレグ・ステファン(ユリシーズ)、ジョー・ペシ

<あらすじ>
 1961年4月17日、キューバ革命によって共産主義国に変わったキューバのカストロ政権を倒すため、亡命キューバ人を中心とする部隊がキューバのピッグス湾に上陸しました。ところが、この作戦はアメリカのCIAから情報がもれていたため大失敗となります。いったい誰が情報を漏らしたのか?この作戦を指揮したエドワード・ウィルソン(マット・デイモン)は、自分にかけられた疑いを晴らすため、彼の元に送られてきた一本のテープを手がかりにその解明を急ぎます。そこには、どうやら情報をもらした人物とそれを聞き出した人物が映っているようでしたが、映像、音声ともに不明確で、その絞込みは困難を極めました。
(映画では、この謎解きの合間にエドワードがCIAのメンバーになった経緯と彼が関わった第二次世界大戦中の諜報作戦の内幕、その後の冷戦下に行われたKGBとの情報戦争が描かれ、その犠牲となって彼の家族が崩壊してゆく様子も描かれます)

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