1965年、輝ける栄光への行進の先に見えるのは?

「グローリー/明日への行進 Selma」

- マーチン・ルーサー・キング牧師、エヴァ・デュヴァネイ -

<偉大過ぎるキング牧師>
 世界史にその名を残す偉人で、本格的な伝記映画が作られていない数少ない人物。キング牧師はその中の一人でした。
 あまりに偉大な人物なため、うかつな描き方をするとアメリカ中からバッシングを受けるとになるから?
 まだ最近の人物なため遺族や関係者から映画化の了解が得られないから?
 有名な逸話が多すぎて一本の映画に収めるのは不可能だから?
 カリスマ的なキング牧師を演じられ、ルックスも似ている俳優がいなかった?
 題材が題材なだけに名作になるのは当然であり、高すぎるハードルに挑もうとする人はいなかったから?
 そんな偉大過ぎるキング牧師の本格的な伝記映画に最初に挑んだ監督が黒人だったはある意味必然だったかもしれません。でも、女性というのは予想外でした。
 その監督エヴァ・デュヴァネイは、この作品で高い評価を得て、2018年にはディズニーの大作ファンタジーの監督を任されることになりました。いきなり大物監督の仲間入りをしたと言えそうです。さて、そんな彼女がどうやってキング牧師を映画化したのか?
 正直言うと、あまり期待しないで見ました。たぶん人種差別が未だになくならないアメリカ社会へのプロテストとして、キング牧師を英雄扱いしたヒーロー映画になっているのだろう。そう、ひねくれた見方をしようとしていました。しかし、この作品けっして単なる英雄伝説映画ではありませんでした。

<セルマからモンゴメリーへ>
 監督がこの映画のために選んだキング牧師の題材は、有名な「ワシントン大行進」でもなく「ローザ・パークスとのバスボイコット運動」でもありませんでした。それらの歴史的に有名な事件によって、キング牧師が世界的な英雄となった後、彼が選んだ次なる活動、セルマからモンゴメリーまでのデモ行進が描かれています。したがって、彼のそれまでの英雄的行為を知らない人には、面白さは半減するかもしれません。(もしかすると、これ以前の出来事については権利上映画化が困難だったという可能性もありますが・・・どうやらキング牧師の演説についてはスティーブン・スピルバーグと映画会社が権利を抑えているらしいので・・・)
 しかし、この時期の彼の活動は、ある意味それまでの活動の集大成なだけでなく、彼自身の浮気の問題や運動の分裂危機などの問題も抱えていました。それだけに、人間マーティン・ルーサー・キングを描くには適していたとも言えます。
 もしかすると、もっと単純に「ワシントン大行進」を背景にして、「聖人」としてキング牧師を描いていれば、もっと話題になり、もっとヒットする映画になっていたかもしれません。一昔前の巨匠たち、例えば、リチャード・アッテンボローやデヴィッド・リーンならそんな映画を撮り、アカデミー作品賞を獲得したかもしれません。でもこの映画の監督は、そうはしませんでした。
 もしかすると、そのおかげでこの作品は、100年後も歴史の断面を正確に描いた作品として見られているかもしれません。今や歴史的な事件や人物を描く映画は、「わざとらしい感動」を排除するのが当たり前になっています。単なる英雄伝説はもう過去の存在なのですから。最近作られた歴史的事件を描いた映画、例えば「硫黄島からの手紙」や「アメリカン・スナイパー」などのクリント・イーストウッド作品や「ダンケルク」、「スポットライト 世紀のスクープ」、「デトロイト」、「グッド・シェパード」、「ゼロ・ダーク・サーティ」などは、まさにそうした歴史を限りなく現実に即して抑制した視点から描いた代表的な映画と言えます。

<なぜ「セルマ」だったのか?>
 アフリカ系市民が、自分たちの権利を生かすために自由に投票できるようにするには、どうしたら良いのか?
 公民権法が成立しても、それを実質的に骨抜きにしようとする政治家がいる限り、この目標は実現しなかったでしょう。
 そこでキング牧師らの活動家たちが考えたのは、公民権法の成立に最も反発し、選挙人登録すら行わせようとしない差別主義者の土地「アラバマ州」と悪名高いジョージ・ウォレスをターゲットにすることでした。それまでの活動で彼らは様々な教訓を学んできましたが、その中に「正義が自分たちにあることを際立たせるには、敵の愚かさを際立たせれば良い」がありました。
 テレビや新聞などのマスコミが、自由に積極的に報道を行っていたアメリカでは、自分たちの正義を画面や紙面の中で表現するため、敵を選ぶ必要があるということです。(フェイク・ニュースが当たり前になった現代アメリカとは当時は違ったのです!)非暴力の活動に、同じように非暴力で抵抗してくる権力と闘うことは、自分たちの正義を際立たせるには難しいとこを学んでいた彼らは、あえて最も暴力的かつ最も保守的なアラバマ州を敵にまわすことで一気に形勢を逆転できると考えたのです。

<エヴァ・デュヴァネイ>
 この映画の監督エヴァ・デュヴァネイは、1972年8月24日カリフォルニア州ロングビーチ生まれなので、直接、公民権運動に関わったわけではありません。しかし、この作品の後も公民権運動に関する映画を撮っています。その作品ドキュメンタリー映画「13th - 憲法修正第13条」(2016年)は、その後のアメリカで人種差別問題はどこまで改善されたのか?を描いた作品のようです。
 そもそも「憲法第13条」というのは、かつてアメリカが奴隷制を認めていた時代の条項でした。しかし、それを修正することで奴隷だけでなく、犯罪者でない国民すべてが政府によって拘束・隷属されてはならないと改めたのが「憲法修正第13条」です。この修正条項は本当に有効に機能しているのか?そのことについて映画は、現在のアメリカ社会における刑務所における黒人比率の異常な高さを示しています。それは黒人たちが未だに貧しいから?それともそうなるように社会のシステムが構成されているから?ではその社会システムは誰が作り上げたのか?
 どうやら彼女は、この作品を撮った中でさらなる人種差別の問題に気づき、そこを描かなければならないと感じたようです。彼女は「グローリー」で描いた行進は、残念なことに「勝利の行進」とはならず、「明日への行進」として始まりながら、未だゴールの見えない行進となってしまいました。
 この後、彼女はディズニーのファンタジー大作の監督を任されているようですが、その意図はなんなのか?
 今後の彼女の作品にも注目したいと思います。

<キング牧師の演説>
 ここで映画のラストに行われるキング牧師の演説を書き出しました。正直言って、この演説が主演俳優によってもっと迫力満点に演じられていたらと少々残念でした。それだけキング牧師のカリスマ性を再現するのは難しいということなのですが・・・。
 なお、この時の実際の演説は著作権をドリームワークス、ワーナー、スティーブン・スピルバーグが持っていたために使用できず、以下の演説は監督自らが著作権侵害にならないよう書き直したのようです。(と言っても、ここに記しているのはその翻訳なので、内容的にはほぼほぼ一緒かもしれませんが・・・)
 ということは、スピルバーグは将来キング牧師の本格的な伝記映画を撮るつもりなのでしょう。早くそっちも実現してほしい!かなりの超大作になりそうです。(監督も白人だし、アカデミー作品賞をきっと獲れるのではないかと・・・ちょっと皮肉ですが期待も半分)

絶対にたどりつけないと言われた
力ずくでも行かせないと言われた
州都へ行くに値しないと言われた
だが今日 アメリカ人としてここにいる
ここに来た我々を追い返せる者などいない
この力強い行進は抗議と進歩の偉大なるデモとして後世に伝わるだろう
アラバマ州の州都に来ることが重要なのだ
座席を自由に選ぶ権利の闘いをした
学校を選ぶ権利の闘いも
今日は選挙権だけのための闘いではない
参加することが新たな行動を生み出す力となる
それは敵対心より力強いものだ
その力をしっかりつかみ熱意を体で表そう
それが光を放ち暗闇を照らすのだから
社会は我々をねじ曲げてきた
奴隷制から南部諸州の復帰
そして今の危機的状況まで
白人の権力者たちが社会を支配し
貧しい白人には黒人差別というウソを与えた
その白人たちは子供が腹をすかせて泣き出すと
同じウソでなだめるのだ
悪意のあるウソだ
”どんな境遇に生まれようと劣った黒人でなく白人であること”
”それだけでもマシなのだ”と
真実は違う
真実と自由へ前進しよう 止まることなく前進しよう
市民としての正当な扱いを要求しよう
悪意と闇を正義の光が照らすまで前進しよう
作り話や不満を言われようと
この運動を止めてはならない
この闇が我々の長所と可能性を摘み取るのだ
ジミー・リー・ジャクソン(警官に射殺された黒人青年)
ジェームズ・リーヴ(白人の暴漢に殺害された白人牧師)
罪なき4人の少女
若くして殺された人たち
この闇からいつ解放されるのか
今 答えよう 兄弟姉妹よ
悲嘆の涙が流れても
自由はすぐそこに 地に墜ちた真理がよみがえるのだ

いつ自由になるのか もうすぐだ
蒔いた種は必ず刈り取られる
いつ自由に?もうすぐだ
ウソは必ず暴かれる
いつ自由に?もうすぐだ
この目に浮かぶは降臨なさる主の栄光
蓄えられし怒りの葡萄 主は踏みつけん
迅速なる剣 宿命の稲妻を放つ
主の真理は進みゆく栄光あれ
神に栄光あれ! 神に栄光あれ!
主の真理 進撃せよ!

「GROLY」
(作)(演)ジョン・レジェンド&コモン John Legend & Common 
いつの日か 主の栄光が訪れるとき その輝きは我らのものとなる
そしてまさにその日 闘いは勝利に終わる
それは確かなこと間違いない
栄光あれ 神に栄光あれ

衝突を招く口論も武器もなく
神の栄光が必ずや来る
誰もが伝説となり 我らに抗う過ちも祝福される
運動こそ我らの鼓動 自由こそ我らの信条
成されるべき正義は いまだ我ら届かず
若者の魂が我らに宿り 怠惰な心は反抗心をいだく
バスでの座り込み ミズーリ州へ無抵抗の行進
女も男も立ち上がる 下がれと言われようと
どんなに銃で脅されても
牧師が示す山頂を目指すだけ

いつの日か 主の栄光が訪れるとき その輝きは我らのものとなる
そしてまさにその日 闘いは勝利に終わる
栄光あれ 神に栄光あれ
闘いはいまだに続いている 勝利はまだ見えぬ
ゴールを目指し闘おう
すべてが成されたとき 大きな声で叫ぼう 神に栄光あれと
天に呼びかけよう 神に栄光あれと

セルマに向かう老若男女 イバラを戴くキリストも 灯火を手に歩き通した
振り返らず何百キロも 暗い道を抜け英雄となる
正義を求める大衆こそ力
敵を前に堂々たる王(キング)は 黒人排斥法に立ち向かう
非暴力こそが最大の武器
我らが歌は内なる叫び キリストの来臨を夢見て
今こそ歴史の過ちを正そう
誰も一人では闘えない 先人の知恵と若者の力を合わせ 勝利の物語を書こう
神の道に光は輝いている

いつの日か 主の栄光が訪れるとき その輝きは我らのものとなる
闘いが終わるとき すべての言葉が実現したとき
天に呼びかけよう 神に栄光あれと 

曲名  アーティスト  発表年・作曲者など 
「朝日のあたる家」
House of the Rising Sun
デュアン・エディ Duane Eddy ロカビリー歌手ですがギターリストとして「ギター」をロックの主役に押し上げたアーティストとも言われます
フォーク・ブルースの代表曲で作者は不明で多くのアーティストがカバー
1964年のアニマルズのヴァージョンは3週連続全米1位、もちろん内田裕也も歌っています! 
「Easy Street」  サラ・ボーン Sarah Vaughan アラン・ランキン・ジョーンズ Alan Rankin Jones による1941年の曲
働かなくても暮らせる安楽な人生を歌った曲
「Why(Am I Treated So Sad)」  ザ・ステイプル・シンガーズ
The Staple Singers
1940年代ローバック・ステイプルズがシカゴで子供たちと共に結成したゴスペル・コーラス・グループ
1960年代以降はソウル・コーラス・グループとして活動するようになりました
ザ・バンドのラスト・コンサートにも出演した大御所
「Ole Man Troble」  オーティス・レディング
Otis Redding 
スタックスを代表する「ソウルの神様」
1965年のアルバム「オーティス・ブルー」収録の代表曲のひとつ
戦争の親玉
Masters of War
オデッタ Odetta ボブ・ディランBob Dylanの代表曲でもある名曲
1963年のアルバム「フリー・ホイーリン・ボブ・ディラン」収録
「Keep On Pushing」  インプレッションズ
The Impressions
1964年発表の同名アルバムからのシングル
作者は、当時インプレッションズのメンバーだったカーティス・メイフィールド
「Time blings about a chance」  ザ・ソウル・スターラーズ
The Soul Stirrers 
ザ・ソウル・スターラーズは1920年代から60年代にかけて活躍した本格的なゴスペル・コーラス・グループ
サム・クックが在籍していたことが有名、他にもジョニー・テイラー、ルー・ロウルズも在籍した名門
「I Got The New World In My View」  Sister Gerfield Morgan  黒人女性ゴスペル・シンガーだとは思いますが・・・
「Contemporary Focus」 マッコイ・タイナー
McCoy Tyner
1964年発表のアルバム「McCoy Tyner」収録
1960年にピアニストとしてジョン・コルトレーンのバンドに参加して活動を開始したジャズ界の大御所
「Yesterday Was Hard On Act of us」  Fink(Fin Greenall)  英国のシンガー、ソングライターが発表した2011年のアルバム「Perfect Darkness」からのシングル
「Glory」 ジョン・レジェンド&コモン
John Legend & Common
(曲)ジョン・レジェンド、Lonnie Lynn,Che Smith
この映画のためのオリジナル曲で、アカデミー歌曲賞受賞で全米49位のヒット
「This Little Light of Mine/
Freedom Now Chant/
Come by Here」
(Medley) 
Workers in Selma  トラディショナル・ソングのメドレー
エンドタイトルの背景で歌われています 

「グローリー/明日への行進 Selma」 2014年
(監)(脚)(製)エヴァ・デュヴァネイ
(脚)ポール・ウェブ
(製)クリスチャン・コルソン、オプラ・ウィンフリーほか
(製総)ブラッド・ピット、キャメロン・マクラッケン、ニック・バウアーほか
(撮)ブラッドフォード・ヤング
(PD)マーク・フリードバーグ
(音)ジェイソン・モラン
(出)デヴィッド・オイェロウォ(キング牧師)、トム・ウィルキンソン(ジョンソン大統領)
カーメン・イジョゴ(キング夫人)、ジョバンニ・リビシ、キューバ・グッデンJr、ティム・ロス、オプラ・ウィンフリー、コモン、マーティン・シーン、アレッサンドロ・ニヴォラ

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