小説「最後の授業」、映画「ハッカリの季節」

- フェリット・エドギュ Ferit Edgu -

<「ハッカリの季節」>
 小説「最後の授業」は、トルコ南東部に位置するハッカリ(県)という地域を舞台とした不思議かつちょっと難解な小説です。この作品を原作とした映画「ハッカリの季節」は1983年にベルリン映画祭において銀熊賞、国際評論家連盟賞を受賞し一躍有名になり日本でも翌年公開されたことで、日本でも出版されたことで多くの人のもとに届いたといえるでしょう。(僕は残念ながら映画は未見です!)
 小説のタイトルが「最後の授業」となっているように、映画版はトルコの秘境ともいえる地域の学校で働く若い教師の物語として描かれているようです。しかし、原作の方は単なる学園ものではなく、社会派小説であり、不思議なファンタジー小説であり、人生を生き抜くための教養小説でもある複雑かつ少々難解な作品です。このことについては、著者が本書の前書きにこう書いています。

「読者の皆さん。
 たった一日でもいいから、小さな船長をした経験がなければ、- あるいは、そのようなつもりになったり、そのような夢を見たことがなければ - ・・・
 気がついたら、砂浜ではなく、海から何キロも離れた山岳地帯(海抜2000メートル)にいたというような経験をしたことがなければ、
 あるいは、これと同じような怖い夢を見たことがなければ、この本を理解することは難しいでしょう。
 なぜなら、理解するためには思想が同じでなければならないからです。
 思想が同じということは、生活が同じであり、同じ知識を持ち、同じ経験をし、願望が同じであり、そして、同じようにどん底の状態にある、ということなのです。・・・・・」


 さらに著者は本書をこう紹介しています。

「ここに書いてあることは、ヒューマニズムに関するひとつの経験を要約したものです。進路を間違えたり、道に迷った旅人にいつか役立つことを願っています。・・・・・」

 もしかすると「最後の授業」とは、この作品に出てくるピルカス村の子供たちへの授業のことではなくこの本を読むであろう人々への授業のことかもしれません。その意味では、この本は読者に届いて初めて完成する作品といえます。ただし、この授業はちょっと難解なのでここでは読むために役立つ参考資料も提供できたらと思います。

<あらすじ>
 主人公の青年は、遭難したためか?何かの事件に巻き込まれたのか?記憶を失っており、その記憶を少しずつ思い出すように、自らが生きるために必要なことを思い出しながら、それを生徒たちに教えようとします。もしかすると彼は、自らの人格を「0」から見直す必要に迫られて、その記憶を失ったのかもしれません。

「・・・・・生きるには、お前が生きていくためには、人格というものが必要なのだ。これが私への最初の命令だった。生きるために、そして、ここから脱出するために、先ずしなければならないことはこれなのだ。
 そうだ、客観的な状況を知ることなんだ!これまで足りなかったのはこのことだったのだ。このことに気づくためにこのような事態になる必然性があったのだ。・・・・・」


 彼は学校などなかった山岳地帯にある秘境の村で学校を始めます。そして、最初の授業でこんなことを生徒に言っています。

「・・・・・書いたことは消してはいけないよ。間違っていても消してはいけないよ、先生もね、間違えたところを消さないようにしているんだ。これから先、いつか、自分の間違いが、自分の犯した間違いが分かるようにするためにね。その時がきたら直すためにね。・・・・・」

 なにげない言葉ですが、そこには深い意味がこめられているはずです。「間違い」とはいかなる「間違い」なのか?それは忘れてはいけない大切な間違いです。「政治的」「慣習的」「文化的」「宗教的」「言語的」「愛情的」「学術的」「歴史的」・・・・・様々な「間違い」が考えられます。そして、その「間違い」のひとつとして「クルド人問題」があるのかもしれません。

<クルド人問題>
 トルコという国は、イスラム圏の中で最も民主化、西欧化が進んでいるといえます。しかし、まだまだ国内には様々な古い因習が残されていて、イスラム教の教えとともに人種的、性別的、宗教的差別が存在しています。この小説が書かれたのは1977年のことで、なおかつ舞台が都会から遥かに離れた山岳地帯となれば、その体制の古さは当然でしょう。そして、さらに状況を複雑にしているのが「クルド人問題」です。
 作品中にはまったく名前がでてきませんが、学校のある村の住人は長きに渡ってトルコ国内で独立運動を繰り広げているクルド人のようです。クルド人とは、トルコとイラクの国境地帯に古くから住む遊牧民族。クルド語というまったくことなる言語を用いており、どの国に属することも拒否し続けています。トルコでは以前からクルド人の同化政策が進められていますが、それに対して過激派によるテロ事件も頻繁に起きていてトルコの東部、南部は常に軍隊が多く駐屯する緊張した状態が続いています。かつて1980年代に僕がトルコを旅した時も、トルコ南部の都市アダナの空港はまるで戦場のように兵士がびっしりと警備していて、驚かされました。
 「クルド人問題」を語ることは当時のトルコではタブーとされていました。そのために、ここではその名前は出てこないのでしょう。(中国におけるチベット問題のように、それは存在しない問題なのです)

<間違いは公表できるのか?>
 ここまで「間違い」について具体的な記述を避けてもなお、著者はこの本が世に出ることはないかもしれないと考えていたようです。
「この本が出版されるのかどうかも分からないのだ。本当は出版されない方がいいのかも知れない。
 そうではないだろうか?
 ありがたいことには、ほとんどの人は、書く時間も読む時間もないのだ。だから、仮に出版されたとしても、これらの文章はあなた方には伝わらないはずだ。しかし、それでも、あなた方に話す必要があると思ったのです。同じ国旗を掲げている二隻の船がすれちがう時には、たとえ遠く離れていても、互いに航海の安全を祈る合図をするのが海の習わしなのです。」


 主人公は自分が村で生きて行くために必要なこととして、10の決め事を書き出します。
(1) 先ず現在の位置を正しく決定し、海図に記入すること。
(2) 自分が何であり、自分が何を有するか知ること。
(3) 幻想を抱かないで、現実を見ること。
(4) 孤独にならないこと。
(5) 他の地へ行かぬこと。
(6) 新しい言葉を学び、使うこと。
(7) この地方のことを学ぶこと。ここのことを知ること。ここの人達の言葉や、習慣や、作物や、動物や、狼や、武器や、死を知ること。
(8) 神が信じられなくなった人間を信じること。神を信じないのなら人間を信じること。
(9) どんなことがあっても、どんなところでも生きていなかればならない。
(10)不必要な質問はしないこと。

 厳しい大自然の中で生きるため、厳しい政治的、宗教的、規制の中で生きるため、厳しい社会的慣習の中で生きるために彼が選んだ10の決め事もまた実に普遍的な内容です。そのまま、現在の日本で生きる我々にも通用する教えといえそうです。

<詩の授業>
 こうして、様々な授業が行われる中には詩の授業もあります。

おーい、死よ
お前が人生の一部であることは認めるよ
しかし、終わりの方の一部だ

おーい、死よ
お前は私が愛した恐怖だ
それも最も恐ろしい恐怖だ

おーい、死よ
ベッドで彼を見つけておくれ
山でではなく
岩の後ろに隠れている時ではなく
国境地帯でではなく
それに、鏡で撃たれてではなく
        ・
        ・
おーい、死よ
お前がいなければ
生きることができないらしい
おーい、死よ
いなくなれ

おーい、死よ
お前も死ぬ

<最後の授業>
 こうした様々な授業の後、著者(主人公)はこう書いています。
「さあ、親愛なる読者殿、
 何をぐずぐずしているのですか、新しい年の始まりではなくても、
 ペンを取りなさい
 頭に浮かぶことでも
 思い出すことでも、
 夢で見たことでも、何でもいいから、とにかく書きなさい。・・・」

 こうして一年間教師として働いていた彼は、突然教師の任を解かれてしまいます。そして、「最後の授業」で彼は生徒たちに向かいこう話します。
「・・・・・しかしねえ、ここを去ることになったので君達に頼みたいことがあるんだ -
 先生が教えたことを全部忘れて欲しいんだ。地球は回っているよ、そうなんだけれどもね、ここでは、こんな山奥ではね、自転してないと思う方が正しいのかもしれないんだ。君達に社会科を教えたけどね、社会の本当のことは、君達自身が、ここで、ふたつの国境に挟まれたこの山岳地帯の村で、遠くの町へ行ったときに、兵役のときに、あるいは刑務所に入れられたときに勉強しなさい。忘れてはいけないよ、本に書いてあることや学校で学んだことが常に正しいとは限らないんだ。・・・・・
 先生には正しいと思えることでも、君達には正しいとは限らないんだ。先生には必要なことでも、君達にはそうとは限らないんだ。先生が君達に教えたことのほとんどがそうだったとしたら許して欲しいんだ。なぜかというとね、君達が知っているように、先生はよそから来たんだ。だから
雪が解け始めたので帰ることになったんだ。どこから来たのかよく分からないんだけれど、帰ることにね。君達はここに残るんだ。ここで生活するのは君達なんだ。・・・・・」

「・・・・・君達ねえ、人間というものはね、生まれて三ヶ月の赤ちゃんが原因不明の病気にかかっても死なないで生きることができるんだよ。ハンセン病やトラホームは運命でなるのではないんだ。
何事も運命ではないんだよ、君達。
これだけだよ。
先生が本当に言いたいことはこれだけなんだ。・・・・・」


<著者フェリット・エドギュ>
 この不思議な小説の作者フェリット・エドギュ Ferit Edgu は、1936年トルコのイスタンブールに生まれています。イスタンブール美術学校アカデミーの絵画科を中退した彼はフランスやドイツで美術史や哲学を学びますが、1967年、兵役につくためトルコに戻った彼は、この小説に登場するハッカリ県のピルカス村に教師として派遣されます。そこで彼は村でただ一人の教師としてクルド人の子供たちに勉強を教えることになりました。ただし、彼の役目は単に子供達に読み書きを教えるだけでなく、トルコ社会に帰属しようとしないクルド人を子供の時期からトルコ社会に順応させようという同化教育だったともいえます。
 しかし、彼はその村での教師生活で、それまで海外での生活で知らなかったトルコの現実を目にし、大きな衝撃を受けます。それはクルド人を代表とする異なる民族との対立だったり、女性や子供に対する差別、小作人に対する地主の支配体制、伝染病が蔓延しても何の援助もしない政治腐敗など様々でした。彼はこの体験によって、この小説の主人公と同じようにゼロから新たな人格を獲得し、作家としてのスタートを切ることになったのです。それはまさに彼にとっての「最後の授業」だったのです。

小説「最後の授業 Hakkari de bir mevsim」 1977年
(著)フェリット・エドギュ
(訳)木原興平
晶文社

映画「ハッカリの季節 A Season in Hakkari」 1983年公開(トルコ映画)
(監)エルデン・キラル
(脚)オナト・クトラル
(撮)ケナン・クトラル
(音)ティムル・セルスク
(出)ゲンジョ・エルカル、セリフ・セゼル

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