もう一人の私を探す旅へ |
<中国系アメリカ映画>
アメリカにおいてマイノリティーであった中国系の人々を描いた映画が一躍注目を浴びた歴史的な年は、ウェイン・ワン監督の「ジョイラック・クラブ」とアン・リー監督の「ウェディング・バンケット」がヒットした1993年でした。その年には、他にもホオ・シャオシェン監督の「戯夢人生」とチェン・カイコー監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」も世界的な話題となり、ジョン・ウーが初のハリウッド映画「ハード・ターゲット」を撮りアメリカ進出を果たしています。中国映画にとっては、まさに画期的な年だったといえます。その後も、ウェイン・ワンとアン・リー、ジョン・ウーはハリウッドで活躍を続けますが、その後ほとんど中国系アメリカ人の世界を描く作品を撮っていません。
それから四半世紀たった2018年、シンガポール出身の華僑や中国系アメリカ人たちが主人公のコメディ―映画「クレイジー・リッチ!」がアメリカで大ヒット。歴史的な快挙と言われ、さらに2019年には「フェアウェル」が大ヒットし、主演の中国系俳優オークワフィナが、ゴールデングローブ主演女優賞を獲得。これまた歴史的な快挙となりました。2018年には黒人俳優、スタッフによる「ブラック・パンサー」が大ヒットし、白人中心のハリウッド映画界に新たな時代の到来を告げていました。
ハリウッド映画の主役は、白人でなければならないという常識は今や過去のものになったと言えます。そのおかげで、これまでなかなか世に出ることのなかったタイプの映画や監督たちが、映画界の表舞台に出られるようになりました。これは映画界にとっては幸いなことと言えるでしょう。ここでは、そんな状況が生み出したとも言えそうな中国系アメリカ人女性監督の作品と台湾系移民の歴史をコンパクトにまとめた良作を2作品ご紹介させていただきます。
「ハーフ・オブ・イット」
中国系アメリカ人女性アリス・ウーの作品「ハーフ・オブ・イット」は、人についてのある神話から始まります。
人は、かつて完璧な存在として神様に作られました。その時は、顔が二つで手足が四本づつあったそうです。ところが、ある時、神様に逆らったために、人間は二つに分裂させられてしまい、それぞれ別々の人生を歩み出すことになりました。しかし、半分になった人は失われた半分の自分のことが忘れられませんでした。そのため、人は生涯をかけて失われたもう半分の自分を探しながら生きることになったというのです。
(注)このお話、SF映画「ユピテルとイオ 地球最後の少女」の中にも出てきます。プラトンの「饗宴」の中にあるそうです。
これが、この作品のタイトルの由来となったお話です。半分の自分とは、異性とは限らないでしょう。同年代とも限らないし、一人だけとも限らないし、人間ですらないかもしれません。犬とか、エイリアンとか、アニメのキャラクターとか?ただ言えることは、人生とはそんな「ハーフ・オブ・イット」と出会うための冒険なのだということです。
<あらすじ>
中国系アメリカ人のエリーは駅長として働く父親と共にカリフォルニアの田舎町で暮らす女子高生です。映画や小説が好きな地味なオタク系でなおかつ中国系であることからクラスでも浮いた存在でした。しかし、その文才を買われ、ある日、アメフト部の男子から好きなクラスメートへのラブレターの代筆を頼まれます。ところが、その相手の女性はエリーが密かに憧れている女の子でした。エリーは同性愛者であることを誰にも打ち明けられずにいました。
お金が必要だった彼女は代筆を始め、上手く彼女に気に入られることになりますが、次は手紙ではなくデートを手伝うことになります。なんとかデートを携帯を使って、成功に導いた彼女ですが、自分自身が好きな相手に心を打ち明けられず悩み始めます。高校を卒業し進学を前にしたエリーは、人生の選択と恋の悩みをどう解決するのでしょうか?
<アリス・ウー>
中国系アメリカ人で同性愛の主人公というキャラクターのモデルになっているのは、この映画の監督で脚本も書いているアリス・ウー本人です。
アリス・ウー Alice Wu は、1970年4月21日カリフォルニア州南部のサンホセで生まれ、その後、ロスアトラスという街に引っ越しています。この作品の主人公と同じように成績優秀だった彼女は、16歳の時、マサチューセッツ大学に進学し、故郷を離れています。その後彼女はニューヨークのスタンフォード大学でコンピューター・サイエンスを学び、1992年に卒業して西海岸に戻り、シアトルのマイクロソフト社でソフトウェア・エンジニアとして働き始めました。その頃から映画の脚本を書き始め、ワシントン大学で脚本について学び、本格的に映画の仕事に関わろうとニューヨークに戻りました。
2004年、「Saving Face」で映画監督デビュー。その作品では、大人になったエリー的な同性愛者の中国系アメリカ人を描き、高い評価を得ています。しかし、この後、彼女は映画を発表していません。その空白はなぜだったのか?16年の年月を経て彼女が新作を発表できたのは、前述の映画界における環境変化が影響しているのかもしれません。そしてネットフリックスのように自由な映画作りを可能にする映画会社の登場も幸したのかもしれません。
<映画内映画の名作>
作品中、主人公が映画好きの父親と一緒に見る映画や手紙の参考にする文学作品も映画ファンに楽しいオマケです。
「カサブランカ Casablanca」(1942年)は、ハンフリー・ボガート&イングリッド・バーグマン主演の言わずと知れた映画史に残る名作。
「ベルリン天使の詩 Wings of Desire」(1987年)は、ヴィム・ベンダースの代表作であり、ハリウッドでリメイクもされた名作。
「フィラデルフィア物語 The Philadelphia Story」(1940年)は、キャサリン・ヘップバーンとケイリー・グラント主演のロマンチック・コメディの名作。
「街の灯 City Lights」(1931年)は、チャップリン主演のロマンチック・コメディであり代表作。
「ヒズ・ガール・フライデー His Girl Friday」(1940年)は、ケイリー・グラントとロザリンド・ラッセル主演によるスクリューボール・コメディの名作。
それとエリーの父親を演じているコリン・チューは、「マトリックス」シリーズに登場する神様?オラクルの側近セラフを演じていました!
小説「日の名残り」(カズオ・イシグロ)も出てきます。
<ラブ・コメから最上級の旅立ちのドラマへ>
この作品、前半は手紙を用いた「シラノ・ド・ベルジュラック」的なラブ・コメディとして楽しませてくれますが、主人公が同性愛者であることからお話は予想困難な展開となります。さらに彼女は自分に正直に生きるためには、街を出る必要があると気づき、州外の大学への進学を決断します。こうして、ラブ・コメから旅立ちのドラマへと急転。映画内映画に登場していた別れのシーンが、ここで再現され見事に回収されます。注意してみて下さいね。
僕が最も好きなのは、エリーが乗車した列車の中で、乗客たちの顔を見回すシーンです。彼女が目にした見知らぬ人々の様々な表情からは、彼女がこれから体験するであろう様々な人生の出来事が予見されます。誰もが人生のおいて何度も体験してきたであろう旅立ちの期待と不安の瞬間が愛おしく思い出されました。一瞬の奇跡を見事にとらえた素敵なシーンです。そうです。人生において、面白いのはこれからなのです!
「ハーフ・オブ・イット/面白いのはこれから Half of It」 2020年
(監)(製)(脚)アリス・ウー
(製)アンソニー・ブレグマン、M・ブレア・ブレアード(製総)エリカ・マトリン、グレゴリー・ズック
(撮)グレタ・ゾズラ(編)イアン・ブラム、リー・パーシー(音)アントン・サンコー
(出)リーア・ルイス、ダニエル・ディーマー、アレクシス・レミール、コリン・チョウ、エンリケ・ムルシアーノ、キャサリン・カーティン
曲名 演奏 作曲 コメント 「緑の風のアニー」
Annie's SongAmy Carrigan ジョン・デンバー
John Denverジョン・デンバー1974年の大ヒ:ット曲
カントリー界のスーパースター
妻への愛を歌ったが後に離婚・・・美しいけど残念な曲「ラ・マルセイエーズ
La Marseillaise」ワーナーブラザース
スタジオ・オーケストラClude Josep Rouget 映画「カサブランカ」より
フランス国歌「The Carny」 ニック・ケイヴ&
ザ・バッドシーズ
Nick Cave &
The Bad SeedsNick Cave オーストラリア出身のロックバンド
1986年のアルバム
「Your Funeral...My Trial」収録「Check Me Out」 Photronique Gregory A.Ogan
Jackson Wise他フォトロニークはデジタル・ポップ・ユニット 「Bring On The Rain」 ハドソン・ムーア
Hudson MooreHudson Moore アルバム「ゲッタウェイ」収録
2016年「Talkin' It Easy
(Demo Take)」ルーエン・ブラザース
Ruen BrothersHenry Stansall
Rupert Stanallイングランドのケント州で結成されたロックバンド
スタンセル兄弟によるレトロ・カントリー・ロック「Half Way」 Brandi Eliss Joe Pernice 「If You Could Read My Mind」 ゴードン・ライトフット
Gordon LightfootGordon Lightfoot カナダを代表する大物シンガー・ソング・ライター
1970年のヒット曲「Ghost Town」 ブライアン・エドワーズ
Bryan EdwardsBryan Edwards
Jessica N. Murphyナッシュビルのカントリー系シンガーソングライター
2013年のシングル「Masquerade」 マイケル・フィオーレ
Michael FioreChris Ruiz Velasco 「Flame」 コントローラー
ControllerJonathan Bellinger 「Mabe I」 デス・ロクス
Des RocsKenneth R.Lewis
Brento Kokatalo
Daniel Roccoデス・ロクスことダニエル・ロッコ
NYのシンガー・ソング・ライター「愛ある別れ
If You Leave Me Now」Chicago Peter Cetera 1976年シカゴ初の全米1位
シカゴのAOR化の代表曲「Lonesome」 ルーエン・ブラザース
Ruen BrothersHenry Stansall
Rupert Stanall「Break The Rules」 Ruen Brothers Henry Stansall
Rupert Stanall
<おまけにもう一本>
「タイガーテイル ある家族の物語」
同じ在米アメリカの台湾人アラン・ヤン監督による作品です。香港における中国による一国二制度の実質的な骨抜き化は、台湾にも今後影響を与えるかもしれません。先ずは香港から多くの移民が台湾にやって来るでしょうし、そのままアメリカに移民する香港人も急増するでしょう。アメリカにおける中国系の影響力は今後どんどん増すはずですし、映画界においても中国系映画の勢いはこれから増し続けるでしょう。ということで、お薦めをもう一本ご紹介!
「タイガーテイル ある家族の記憶」 Tiger tail (2020年) (監)(製)アラン・ヤン
(製)キム・ロス、チャールズ・D・キング他(撮)ナイジェル・ブラック(編)マイケル・ブルック(音)ダニエル・ハワース
(出)ツィ・マー&リー・ホンチー、フィオナ・ヒュー&リ・クンジュン、クリスティン・コー、ジョアン・チェン&ユー・シンファン<あらすじ>
主人公の中国系アメリカ人ピンジュイは台湾の貧しい農村に生まれた外省人の子供で父親はいませんでした。(中国本土からの亡命者)工場で働く母親と共に働き出した彼は、アメリカに移民し成功することを夢に見ていました。しかし、貧しい彼にアメリカへの渡航費用などなく、恋人のユアンと夜な夜なダンスをする日々を過ごしていました。ところが、ある日、彼は工場の社長に呼ばれ、自分の娘と結婚するならアメリカへの渡航費用を出してやると言われます。アメリカへの夢を捨てきれないピンジュイは、恋人を捨て、社長の娘と結婚し、アメリカへと向かいます。こうして、彼と新妻とのアメリカでの再出発が始まります。そして、食料品店で働きながら、仕事を憶え、店を持つまでに成功し娘も授かりますが・・・かつての恋人のことが彼の心の中から消えていなかったのか、夫婦の間にはいつしか亀裂が・・・ハリウッドで活躍する脚本家アラン・ヤンの初監督作品です。彼はこの前にネットフリックスのドラマ・シリーズ「マスター・オブ・ゼロ」の脚本を書いています。その内容はイスラム系の移民が自分の家族の歴史を調べようとする物語でした。彼自身も台湾からの移民一家のもとに生まれた中国系アメリカ人2世です。この作品の主人公のモデルは彼の父親なのかもしれません。
この作品は、主人公の少年時代から始まり、初恋、別れ、移民、子育て、離婚、そして別れた恋人との再会までの50年に及ぶ家族の歴史を1時間半という尺に見事に凝縮なおかつ長い人生をノスタルジックに振り返る深い余韻を観客に与えることにも成功しています。
様々なエピソードを回想しながら、今を生きる主人公が別れた恋人ユアンの出会いと彼女からの助言によって変わって行く物語です。3時間越えの大作にしたり、シリーズ・ドラマにするのではなくきっちりと1時間半の映画にまとめるこの監督の手腕は、今後の可能性を感じさせます。期待大。