呪われた映画の美しき映像

「天国の門 Heavens Gate」

- マイケル・チミノ、ヴィルモス・スィグモンド -

<呪われた映画>
 2005年、「呪われた映画」と呼ばれてきた「天国の門」がデジタル・リマスター完全版(3時39分)として再公開されました。初公開が1981年ですから、そこから24年かけて実現した再公開版は、初公開版が2時間29分だったことを考えると、1時間以上のカットされていたフィルムが追加されたことになります。
 1980年11月18日にニューヨークで行われたプレミア上映の際、この映画は評論家たちによって酷評を受け、その後予定されていたロスでのプレミアはキャンセルとなり、大幅なカットを行って短期間のみ上映された後、すぐに公開が終わってしまいました。4400万ドルという巨費を投じたこの映画はわずか150万ドルの興行収入しか上げられす、その巨額の赤字は長くギネスブックに載ることになりました。ついには、この映画を製作したユナイテッド・アーティスツは経営が困難となり、翌年売却されMGMと合併することになりました。そしてこの後、監督のマイケル・チミノは映画こそ何本か撮ってはいるものの、その栄光が復活することなくそのキャリアを終えたかのような状況になりました。まさに「呪われた映画」です。
 しかし、ここに来て少しずつ「天国の門」への再評価の声は高まりつつあり、その声に答えるかたちで、このロングバージョンの完全版が公開されることになったのでしょう。ただし、当初、監督のマイケル・チミノが公開するために用意した初回編集版は5時間30分に及んでいたといいます。
 僕はこの映画を当時見ましたが、もちろんそれは2時間29分の短縮版で、正直何が何だかわからなかった印象しか残っていません。
 なぜ、そこまでの大作を作ることが出来たのか?どこで道を踏み誤って「呪われた作品」の仲間入りを果たすことになったのか?
 先ずは、この映画の撮影が行われた1980年にもどって、映画の製作現場から振り返ります。

<伝説的なセットにて>
 前作「ディア・ハンター」でアカデミー作品賞、監督賞を受賞したマイケル・チミノは、当時ハリウッドで最も期待される監督でした。ユナイテッド・アーティスツは、そんな彼が自ら脚本を書き下ろした「天国の門」に1100万ドルという予算で撮影開始のOKを出しました。しかし、撮影が始まる前から、すでにこの作品が予算をはるかにオーバーするだろうことは予測されていたようです。
 特に多くの予算をかけることになったのは、ジョンソン郡の州都バッファロー?の街を再現した巨大なセットです。映像を見ると、街のメインストリートを再現したビル群のスケールも凄いのですが、それらの建造物の煙突からはき出されるものすごい量の煙に驚かされます。ジョンソン郡のあるワイオミング州は北国なので冬の都市部は実際に空が見えなくなるぐらいの状態になっていたのでしょう。リアリズムにこだわったこの異様な風景は、後にも先にも見たことのないまるでSF映画のような景色です。ところが、そこまでこだわった巨大セットですが、出来上がってみると道幅が狭くて馬車が通れないことがわかり、急きょ大幅改修が行われました。この時点ですでに予算のオーバーは間違いありませんでした。
 この「煙」にかすむ映像は「街」だけでなく建造物の中でも再現されています。こうした本物の「煙」によるリアルかつ美しい映像を生み出したのは、「未知との遭遇」(1977年)でアカデミー撮影賞を受賞しているヴィルモス・スィグモンドです。ロバート・アルトマン監督の「ギャンブラー」(1971年)での雪景色の西部劇やジョン・ブアマン監督の大自然の中でのアクション映画「脱出」(1972年)など、屋外で行う自然光を用いた撮影を得意とする彼にとって、この作品は最大限に力を発揮できる現場だったといえます。
 映画のオープニングで展開されたハーバード大学の卒業記念舞踏会における野外でのダンス・シーンもまた映画史に残るものです。しかし、そうした大掛かりなセットよりも、広大な荒野と美しい湖、そして雪に飾られた山々を背景にした場面の数々の美しさは、ほとんど「天国」を思わせます。
 19世紀アメリカにおける「大衆の生活」と「大自然」を「動く絵画」のように切り取った数々の美しい映像だけでも、この映画には見る価値があると思います。これだけのスケールの大きな作品をCGを用いずに作ることは、もう永遠に不可能だと思うと、それだけでぐっときてしまいます。

<ジョンソン郡戦争>
 この映画の背景になった「ジョンソン郡戦争」とはどんな事件だったのか?
 この事件が起きたのは、19世紀の終わり1892年のこと。南北戦争の後、アメリカ政府は西部開拓のスピードアップを図るため、リンカーンが主導となってホームステッド法を制定。この法律により、農民たちは未開拓地に5年間住んで開拓を行うとその土地を無償で所有できることになりました。19世紀末、東欧からやって来た多くの移民たちが、この法律を利用して農地を獲得するため、まだ未開地が多かった北西部に押し寄せていました。
 しかし、この移民たちの流入は、ワイオミング州に先に住みつき牧畜業を営んでいた人々にとっては迷惑な話でした。合法的とはいえ、それまで自由に牛たちが利用できていた土地が、次々に農地となり、失われるのを黙って見ていなければならなかったのです。そのうえ、貧しい農民たちの中には近くの牧場から食べるために牛を盗む者も多かったようです。
 そこで大手の牧畜業者たちは、自警団を組織。テキサスから雇い入れたならず者たちを中心に50人からなる暗殺者集団を組織し、移住者たちの抹殺を計画します。史実では、映画と同様初めにネートにあたる人物一人が殺されるという事件が起きています。そのまま行くと、ジョンソン郡を舞台にした戦争が始まるところでしたが、連絡を受けた政府が軍隊を派遣し介入を行うことでギリギリで戦闘にならずにすみました。
 この事件の背景には、資本家である大手牧畜業者と農民たちとの階級闘争の面と東欧から来た英語をしゃべることができない移民たちに対する人種差別という二つ理由がありました。それは「自由の国」として移民を受け入れていたアメリカの裏の顔でもありました。
 東欧系移民の血を引くマイケル・チミノは前作「ディア・ハンター」に続き、再び自らのルーツである東欧系移民の悲劇を描いたわけです。ただし、この映画では実際とは異なり、多くの犠牲者が出たことになっていて、そこが多くの評論家たちから批判される原因ともなりました。アメリカ史の暗部を描くこと自体がタブー視される中、それを悪い方に捻じ曲げるとは何事だ!ということです。
 さらに悪かったのは、「時代」です。この映画が撮影されていた1980年から1981年にかけて、イランでアメリカ大使館占拠事件が起き、その後アメリカは急激に保守化。1981年1月にはロナルド・レーガンが大統領に就任。「強いアメリカ」の時代が始まりつつありました。この映画は、こうした時代の逆風をもろに受けることになったのです。

<いつもの物語>
 この映画の評価が低かった原因のもう一つとして、物語の基本が前作「ディア・ハンター」と同じだったせいもあります。幸福な青春時代を送った若者たちが、その後予期せぬ困難な状況に追い込まれ、そこで運命に翻弄される。そこに男二人の友情と一人の女性との三角関係を持ち込めば、ほぼ「ディア・ハンター」と同じです。
 ある意味、陳腐ともいえる物語の繰り返しが批判されたのは当然かもしれません。ただし、それでもなお、この作品は魅力的です。実のところ、多くの優れた監督たちは、ほとんどの映画で同じテーマを繰り返し描いているものです。(ウディ・アレンも、フェリーニも、しつこいほどに同じようなテーマを映画化しているといえます)
 それと、物語が「ディア・ハンター」と似ているのはいいとしても、「ディア・ハンター」の主役がロバート・デニーロだったのに比べ、この映画の主役のクリス・クリストファーソンはあまりに役不足でした。相手役のクリストファー・ウェーケンが相変わらず良かっただけに、デニーロの不在が惜しかった。

<自由主義>
  今回、初めてロングバージョンを見てみましたが、非常に現在のアメリカと似た部分があることに気づかされました。アメリカの開拓史において、その先頭に立って先住民を駆逐したのはカスター将軍らが率いた騎兵隊でした。しかし、19世紀の終わりの時点、この映画で戦闘を行ったのは、牧畜業者が雇ったならず者の傭兵たちでした。「自由の国」アメリカでは、民間の軍隊も誕生していたわけです。
 そして、21世紀の今、イラクなどではアメリカ軍が兵力を縮小、そのため軍隊だけでなく民間の警備会社や運送会社が戦場で活躍していることが知られています。今後、ロボットも民間企業が開発し、軍からの委託を受けて戦場で活躍することになるでしょう。自由主義社会における戦争は、こうして民間業者へと移行されてゆくのです。この映画は、そうした自由主義社会の未来を予見する作品だったようにも思えます。
 こうした傾向は今や世界中に広まりつつあり、集団的自衛権の容認に動いた日本においても、近い将来自衛隊の人手不足から民間警備会社への委託が始まるかもしれません。

<偉大なる失敗作>
 P・W・グリフィスの「イントレランス」(1916年)、エリッヒ・フォン・シュトロハイムの「グリード」(1924年)、アベル・ガンスの「ナポレオン」(1927年)、オーソン・ウェルズの「偉大なるアンバーソン家の人々」(1942年)、ジャック・タチの「プレイタイム」(1967年)、フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」(1979年)
 上記の作品に共通するしているのは何か?
 それは、それぞれの監督たちがそれ以前の大成功の勢いにのって作り上げた伝説的な超大作だということです。例えば、アベル・ガンスの「ナポレオン」はスクリーンを3枚並べて上映する巨大な作品であると同時に12時間にも及ぶ長ーい作品でもありました。
 オーソン・ウェルズの「偉大なるアンバーソン家の人々」は、「市民ケーン」の大成功を受けて製作が始まりましたが、あまりの予算超過に映画会社が撮影をストップさせてしまったいわくつきの作品です。
 F・F・コッポラの「地獄の黙示録」の場合は台風によるセットの倒壊などのトラブルもあり、もう少しで映画が未完のまま終わるところでした。
 これら10年に1本の伝説的映画は、ある意味アカデミー作品賞受賞作よりも貴重な歴史的作品であり、それを撮れた監督は、全員が歴史に名を残す偉大な監督です。マイケル・チミノもまたこれらの監督たちの仲間入りしたのかもしれません。
 「天国の門」完全版は各地で上映会がけっこう行われているようです。この映画は映画館で見ることで「映画」ではなく「映像体験」として凄さを発揮できる作品だと思います。3時間半ならそう長くは感じないはずです。是非一度あなたも体験してみて下さい。

<あらすじ>
 裕福な家庭に育ち名門のハーバード大学を卒業したエイブリルは、卒業後、ワイオミング州ジョンソン郡の田舎町で保安官として働いていました。その地域には東欧からの移民たちが増え続けていて、無償で得た土地で細々と農業を営んでいました。しかし、貧しい土地のため、近くの牧場から牛を盗む者も多く、それに対し地元の牧畜業者は自警団を組織して対抗。ついにはテキサスからならず者を雇い移民たちの中心人物を暗殺し、ジョンソン郡から追い出そうと企てます。
 その情報を入手したエイブリルは標的となっている人々に逃げるよう説得しますが、多くの人々は逃げることを拒否します。エイブリルは恋人のエラに一緒に逃げようとしますが、娼館の主人である彼女もまた残る道を選び、もう一人の恋人ネートのもとに向かいます。しかし、そのころ暗殺者たちはネートの家を襲い、彼とそこにいた仲間たちを殺そうとしていました。いよいよ後にジョンソン郡戦争と呼ばれることになる戦いが始まろうとしていました。
 一度は逃げようとしたエイブリルも友人だったネートの死を知り、街の人々と共に戦う決意を固めます。

「天国の門 Heavens Gate」
 1981年
(監)(脚)マイケル・チミノ
(製)ジョアン・ケアリ
(撮)ヴィルモス・スィグモンド
(音)デヴィッド・マンスフィールド
(出)
クリス・クリストファーソン(フォーク歌手から転身した俳優、サム・ペキンパーの「ビリー・ザ・キッド」でも主演)
クリストファー・ウォーケン(ウディ・アレンの「アニー・ホール」にも出演、「ディア・ハンター」でアカデミー助演男優賞受賞で一躍大物俳優の仲間入り)
ジョン・ハート(「エイリアン」で登場し「エレファントマン」の主演俳優としてブレイク)
イザベル・ユペール(ゴダール作品の主演女優、この作品でアメリカに進出)
ジェフ・ブリッジス(2009年「クレイジー・ハート」で念願のアカデミー主演男優賞受賞)
サム・ウォーターストーン(「キリング・フィールド」でアカデミー主演男優賞候補、ウディ・アレン作品の常連の一人)
ジョセフ・コットン(オーソン・ウェルズの劇団から「市民ケーン」で映画デビュー、「第三の男」にも出演)
ブラッド・ダーリフ(「カッコーの巣の上で」でブレイクした俳優、「ロード・オブ・ザ・リング」では「蛇の舌」)
ウィレム・デフォー(「プラトゥーン」で一躍有名になった個性派俳優、「最後の誘惑」ではイエス・キリストを演じた)
ミッキー・ローク(「白いドレスの女」で注目されたイケメン俳優、長い低迷の後、2008年の「レスラー」で復活)
ジェフリー・ルイス(「デリンジャー」で有名俳優の仲間入り、クリント・イーストウッド作品の常連)
ポール・コスロ(「バニシング・ポイント」「ロリ・マドンナ戦争」など70年代アクション映画における小悪党俳優ナンバー5)
ロニー・ホーキンス(ホークスの名前だった「ザ・バンド」をかつて従えていたロック・ミュージシャン)

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