身も蓋もない時代「平成」よさらば!


対談集「平成史」より

- 佐藤優 Masaru Satou、片山桂秀 Morihide Katayama -
<「平成」という時代>
 「平成」とは、1989年1月8日から2019年4月30日までのおよそ30年の期間のこと。
 日本ではバブルのピークからその崩壊が最初の10年で「失われた10年」とも呼ばれました。
 2001年にはアメリカで「同時多発テロ事件」以降、世界情勢はイスラム・テロに怯える時代に突入。
 日本はその間もじりじりと経済は下り坂を降り続け、小泉政権のグローバル化と安倍政権の経済対策により、貧富の格差が広がり続けました。
 日本では、阪神・淡路大震災や東日本大震災を筆頭に様々な災害に襲われる時代でもありました。
 暗い話題が多い中、スポーツはその救いついて多くの話題を提供してくれましたが、その頂点になるはずの東京オリンピックの前に平成は終りを迎えることになりました。
 「平成」を振り返る時、そこには何か大きな特徴があるような気がしていました。それが何か?
 日本を代表する二人の論客による「平成史」という本があります。ここではその本の中から「平成」について語られた部分を選んでみました。
 先ずは佐藤優による「平成」を生きて後の反省についてから始めます。この本は、「ポップの世紀」の年表の「平成」部分の参考資料にさせてもらいました。
 こうしてまとめてみると、「平成」とは無駄だと思われてきた中間部を取り除き風通しを良くしたことで、大切な多くことを失った時代だったようです。

<佐藤>
 逆に言えば、平成はもっとも恵まれた時代だったともいえるのではないですか。昭和の遺産が残り、戦争も知らない。過去の遺産を食い潰して、無意識に未来にツケを残した。我々には道徳的、倫理的に弾劾されなかれば問題がたくさんあるということですね。・・・
 恵まれてはいたが、幸福感はない。幸福感は乏しいが、恵まれてはいた。平成とは不思議な30年間だったとはいえますね。そして平成を生きた私たちが大変なツケを次の世代に背負わせてしまった。私たちはそれを自覚しなければなりません。

<片山>
 要するに、平成という元号を最初に聞いてこれからの日本をイメージしようとしたとき、私は何だかやる気がでなかったのです。「平らかにしてゆくように頑張りましょう」ではなく「平らかに成りましたからもういいですよ」というニュアンスを強く受け取ったのです。何かが始まったというよりも、何かが終わった。もう済んだ。そんな奇妙な感覚でした。
(「大正」も同じように「大いに正しくなりましたからもういいですよ」という時代だったのでしょう)

<「平成」とは中抜きの時代>
 「昭和」が「本音と建て前」がしっかりと存在する時代だったのに対し、「平成」はその二つを両立させずにその中間部を取り去って行く時代でした。そのおかげで、無駄な話し合いが減り、何事も早くスムーズに進むことになりましたが、そのための弊害も噴出することになりました。
 製造者と販売者の間に存在した中間卸のような存在は、あらゆる分野に存在しましたが、そのすべてが否定されることになったのです。無駄を省くことに抵抗する者は時代に逆行する存在として否定されることになりました。「平成」は、様々な分野で中間部がどんどん失われて行く時代だったわけです。

<民主主義を守る政治的中間団体>
<佐藤>
 モンテスキューは「法の精神」で民主主義を担当する存在が、教会やギルドなどの国家と個人の間に位置し、個々を束ねる中間団体だと語っています。民主主義を担保するのは三権分立ではなく、中間団体だ、と唱えた。
 しかし、法の支配を徹底した結果、曖昧な存在や中間団体が排除され、法に語られない掟の領域や慣習の世界を認めない窮屈な社会になってしまった。
<片山>
 曖昧な多元的なものを数多く機能させる社会からそうでない社会へ。平成の社会史の根幹の流れで、管理しやすく、されやすくなるかわりに、はかれない有機的強さというか、どこか潰れてもまた別の根っこが出てくるみたいな強靭さは、社会からどんどん消えていった印象があります。
・・・

<中間的存在としての社会主義的政策>
<片山>
 そのドイツ・モデルが資本主義国に広く一般化したのは第二次世界大戦前後からでしょう。日本も含めた多くの資本主義国が国民年金や国民保険を政策の柱にして福祉国家化の道を歩んだ。その選択に誘導されていったのは、内因もですが外因が大きい。共産主義や社会主義の脅威があったからでしょう。
 ストレートに言えば、ソ連の脅威ですね。東西冷戦に耐えるには西側は福祉国家化し、東側も西に負けない成長のために資本主義的な仕掛けを取り込まざるを得ない。冷戦を保ち絶対の対立を持続するためにお互いがお互いの、いわゆる「いいとこどり」をしようと似てくる。
<佐藤>
 しかし、もはや社会主義、共産主義は脅威ではない。
(相手がイスラム諸国ならばもう福祉国家である必要はないわけです・・・)

<会社主義という中間的存在>
<佐藤>
 会社人間 - つまり失われてしまった会社主義は、実は日本型の社会主義だといえるかもしれない。その代わりに台頭したのが、新自由主義です。受験競争、評価主義、そして新自由主義のひずみはあちこちに出ています。

<子供という中間的存在>
<片山>
 子供がいなければ、後世への意識が希薄になる。次代がどうでもよくなる。しかも少子化の原因はたまたま生まれないのではなく、産もうとしない意識にある。なぜ産もうとしないかというと、いまに対する意識ですよ。今、お金をいっぱい使って何とか豊かに暮らしたい。それで金食い虫になる子供を持ちたくない。人をそういう気にさせる性質の消費社会があるということです。

<議論という中間的行為>
<片山>
・・・ねじれ国会には、じっくり慎重に議論できるというメリットもある。決められない政治とは言いますが、言葉を変えれば「熟議」「熟慮」とも言えます。互いの意見を出し合えば、妥協点も見出せるでしょう。
 しかし、政治家やメディアは「決められない政治」はダメなんだというネガティブ・キャンペーンを行うでしょう。日本が55年体制でそれなりに安定していた時代には、法案だって一度の国会で通し切ろうという発想ではなかった。
・・・・・
(すぐ決められる政治が有効なのは、戦争や大災害などの非常時であって、それ以外の時には「熟慮」こそ必要だと思います)

<議会という中間的存在>
<片山>
 民主主義の理想は、国民全員が政治に参加すること。だとすれば、議員の数は多ければ多い方がいい。少ない方がいいという考えは危険です。
<佐藤>
 そう考えていくと日本は、議会制民主主義からダウ棟梁が絶対的な権力を持つ独裁的な民主主義に向かっている。独裁的民主主義を別の言い方にすると行政権の優位と言えます。議論の経過に耐えられないから立法府である国会での議論をショートカットして、行政府である内閣府ですべてを決めてしまう。

<議論なき国家間対立>
<片山>
 じっくり議論して安定した社会を継続していくのが、成熟した民主主義社会です。平和な時代なら議論を尽くして様々な選択を試せたのでしょうが、世界中でテロがひんぱんに起きている上、日本では原発事故が発生し、北朝鮮も核ミサイルを手放そうとしない。
 立場の異なる国家同士、あるいは政党同士が話し合って利害を集約させていく。そのモデルにリアリティがなくなってしまって、歴史の歯車は逆方向に回り始めた。

<ローカルルールという中間的存在>
<片山>
 ローカルルールの消滅という文脈では
2016年12月のSMAP解散騒動を思い出しますね。ジャニーズ事務所も相撲部屋や山口組と同じで掟が支配する組織だったわけでしょう。しかし山口組もジャニーズ事務所も相撲部屋も平成に入ってから驚くべき平準化圧力に曝されて、掟の支配が及ばなくなっている。
<佐藤>
 そう考えていくと、平成とは様々な団体や組織が持っていた掟やローカルルールが適用されずに、文化た消失していく時代だったと総括できますね。

<マルクス主義の死>
<片山>
 大学でマルクス主義を教えなくなったもう20年以上が過ぎました。「死んだ思想」と呼ぶ人もいるそうですが、マルクスを知らなければ社会の根本が分らず、その場で状況判断するしかなくなる。・・・・・
<佐藤>
 アカデミズムの世界では経済学の系統が断たれて、社会もアトム化している。この状況は反知性主義と非常に親和性が高い。
<片山>
 アトム化した社会では、誰がどう行動するか読めない。中間団体が票をまとめられないから、何かをきっかけに歴史的圧勝と歴史的惨敗が繰り返される。不祥事やスキャンダルがストレートに選挙の結果にあらわれる。


<永遠の今を愛する日本人>
 日本人はやはり大破壊を前提として生きているのでしょう。いくら丈夫に造っても壊れるのが当たり前。瓦礫の中からやり直すのも織り込み済み。それじゃみんな困るはずなんだけど、なんとなく受け入れてしまう。
<佐藤>
 ゴジラにも通じる思想ですね。あれだけ破壊される映画が許されるという。
<片山>
 そう思います。原爆、空襲、大地震、大津波、そして文化的象徴としてのゴジラ。日本人はカタストロフ(破局・大変革)とともに生きてきた。日本文化は破壊と再生と切り離せない。
<佐藤>
 日本では必ずしもカタストロフのあとに新たなフェーズに入るわけではない。カタストロフ後も日常は続いていく。いわば「紅白歌合戦」から「ゆく年くる年」に移るというイメージでしょうか。
<片山>
 あるいは循環していくという感じではないですか。蘇りと破壊が延々と繰り返されていく。・・・・
<佐藤>
 日本人は「永遠の今」が大好きですからね。
<片山>
 それが、今の瞬間支持率ばかりを気にするときの政権の姿勢につながっているのかもしれません。

<失敗しない安倍内閣>
<片山>
 逆説的にいえば、ある程度の思想性と一貫性があって結果に対する評価も容易な経済政策に取り組んでも現今の資本主義の状況では失敗率が高く、責任を取ると明言していたらたちまち政権は終わってしまう。そこで安倍政権ははなから一貫性を放棄している。それが長期政権に結びついているのではないでしょうか。


「平成史」 2019年
(著)佐藤優 Masaru Satou、片山桂秀 Morihide Katayama
小学館文庫

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