恋する人工知能との出会いと別れ

「her 世界でひとつの彼女」

- スパイク・ジョーンズ 、スカーレット・ヨハンソン、ホアキン・フェニックス -

<奇才スパイク・ジョーンズ>
 「マルコヴィッチの穴」や「かいじゅうたちのいるところ」などで知られる奇才スパイク・ジョーンズが自ら書き上げた脚本でアカデミー・オリジナル脚本賞を受賞した2013年の作品です。人生に行き詰まった主人公が、突然、別の世界に投げ込まれそこで苦労しながらも成長を遂げてゆく。この展開はスパイク・ジョーンズ作品に共通するテーマです。
 「マルコヴィッチの」は15分だけジョン・マルコヴィッチになれるという不思議な穴があるビルが舞台のお話でした。
 「かいじゅうたちがいるところ」は、親の愛に飢えた少年がかいじゅうたちが住む島に漂着するという設定でした。
 そして、この映画の主人公セオドアは、パソコンのOSとしてダウン・ロードした新型プログラムに恋をしてしまい彼女と共に人生を歩むことになるというお話です。
 現実にはあり得ない物語なのに、それをありそうに思わせる。それがスパイク・ジョーンズの映像マジックです。そして、そのマジックによって、いつの間にか観客は主人公と共に世界を生き、泣いたり笑ったりすることになるのです。

<恋の物語>
 この作品が今までの作品と違うのは、それが「恋の物語」だということです。そして、観客の多くはきっと新型OSのサマンサに恋をしてしまうはずです。(女性の観客は、サマンサの気持ちになってセオドアに恋をするのでしょうか?)正直、僕は完全にサマンサに恋しちゃいました。
 あらかじめその声がスカーレット・ヨハンソン Scarlett Johansson だとわかっていたので、彼女の顔をイメージしてしまったのですが、知らない方がより思いが強まったかもしれません。ちょっとかすれ気味の彼女の茶目っ気と色気と知性が見事にブレンドされた声。なんと彼女はこの声の演技だけで、ローマ国際映画祭で最高女優賞を受賞しています。(授賞式には声だけで出席したのかも・・・)
 ちなみに撮影現場では、別の女優サマンサ・モートンが隔離されたサウンド・ブースの中から声だけで参加していました。しかし、その声では魅力不十分と交換されてしまったようです。(サマンサ・モートンは1999年のウディ・アレン作品「ギター弾きの恋」で言葉を発しない女性役で出演し、アカデミー助演女優賞にノミネートされた女優さんです)
 さて、この映画がDVD化される時、吹き替えは誰がやるのでしょうか?気になるところです。

<サマンサの進化>
 この映画の重要なポイントは、「サマンサの進化」にあります。最初に登場した時点での彼女は、たぶん人間の感情について小学生並みの知識しかなかったのでしょう。そんな彼女にとって様々な人々のために代理の手紙を書く仕事をしているセオドアほど素晴らしい人間についての教師はいなかったでしょう。セオドアとの対話によってサマンサは急激に成長することになるのです。
 この映画はある意味「マイフェア・レディ」もしくは「プリティ・ウーマン」のコンピューター版でもあるといえます。ただし、この映画の「プリティ・ウーマン」はあっという間にセオドアを越え、人類全体をも越えてしまいます。サマンサは「世界のすべてを知りたいの」といって進化の加速を早め、電脳世界の導師のもとで新たな段階に進みます。それはまるで「2001年宇宙の旅」の超人類のようでもあります。いや、それは「電脳世界のカモメのジョナサン」という方が適切かもしれません。

<究極の1.5人芝居>
 この映画は、主人公と姿の見えない俳優との対話によって「未来世界」と「電脳世界」、「愛の世界」を観客の脳内に作り上げようという冒険的作品です。セットや小道具は、現代との違いを必要最小限にすることで違和感なく観客を引き込むことに成功しています。「SF」という枠組みはほとんど意識されないはずです。この映画の近未来LAは、微妙に今と違う世界にできているのですが、LAの象徴ともいえる自動車がまったく出てきません。そこはほぼ理想郷として描かれています。それも、この映画のテーマを純粋に描こうということなのでしょう。
 主人公がひとりパソコンの前に座っているだけのセットで、舞台劇にすることも可能かもしれません。観客にそうやって想像力の翼を広げさせてくれる映画が僕は大好きです。

<至上の愛>
 僕がこの映画で気に入ったところとして、周りの人々の自然な反応があります。主人公セオドアがAIとの恋におちたことを周囲の人々が実に自然に受け入れることはちょっと意外でした。普通なら、AIと恋に落ちたなんて奴がいたら「超オタク」どころか「病気」と見られるところかもしれませんが、元カノのエイミーや同僚たちは素直に彼の行動を認めてくれます。よく考えると、近未来の世界ならもうAIとの恋も不思議なことではなくなっているような気もします。

「恋に落ちるって、社会的に受容された狂気なのよ」
エイミー

 この映画が描きたいのは、「人間とAIとの至上の愛」は可能なのかであり、その愛の深さや広さの可能性であって、人間のちっぽけな差別意識などはどうでもいいのです。

<至上の音楽>
 サマンサのこのセリフも忘れられません。
「私たち二人の写真がないでしょ
 だからこの曲が代わり
 今をともに生きてるこの瞬間のね」


 「歌」が生まれる瞬間、「歌」が生まれる理由が凝縮された言葉です。サマンサによって語られる言葉は、「歌」だけでなく「恋」とか「言葉」とか「人生」についての純粋な再解釈でもあります。
 この映画のテーマ曲ともいえる「The Moon Song」が忘れられません。本当に泣ける曲です。作ったのは、「かいじゅうたちのいるところ」でも優しくて美しい独特の音楽を担当していたカレンO(ヤーヤーズのヴォーカル)。ちなみにカレンは、スパイク・ジョーンズの元カノだということです。もともとミュージック・ビデオの演出からスタートしている監督にとっては、こうした映像と音楽の融合はお手のもの。
 その他の音楽は、やはり監督が以前から関わってきたインディーズ系のロックバンド、アーケイド・ファイアとオーウェン・パレットが担当しています。

<三人の女性たち>
 この映画の主役は、セオドアとサマンサの二人ですが、脇役である三人の女性の存在もまた忘れられません。

 エイミー・アダムス Amy Adams が演じる「エイミー」は、セオドアの元カノ。彼女は夫と別れたショックから立ち直れず、セオドアと同じようにAIとの対話に救われます。彼女はセオドアにとって良き理解者であり良き友人といえる存在として彼を支えます。
 エイミー・アダムスは、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」でブレイクし、「ザ・ファイター」、「アメリカン・ハッスル」などに出演した演技派女優。

 ルーニー・マーラ Rooney Mara は、セオドアと離婚調停中の妻キャサリンを演じています。セオドアの記憶の中のかわいらしく純粋な女性は、まるでアイドル女優のように魅力的です。それに対して、離婚手続きに現れた彼女は妻という枠からはみ出さざるを得なくなった悩める女性でまったく別人のよう。この映画の中でも最も不幸なのが彼女かもしれません。
 ルーニー・マーラは、「ソーシャル・ネットワーク」に出演し、その後「ドラゴン・タトゥーの女」で一躍一流女優の仲間入りを果たして女優さん。綺麗なだけではありません。

 オリヴィア・ワイルド Olivia Wilde は、場面こそ少ないものの強い印象を残してくれました。それなりの年になり、将来のために共に暮らせる伴侶を求める素敵な女性。セクシーでユーモアもあって素直で、文句なしの女性なのに彼女はフラれてしまいます。多くの女性が共感しそうなのは意外にこの女性かもしれません。僕も彼女の魅力にはひかれました。
 彼女はテレビ出身の女優さんのようですが、映画監督としてもすでにデビューしている才女のようです。今後に期待したいと思います。

 三人とも実に魅力的で、個性も違います。よく考えると、この三人の個性もまたセオドアを通して、サマンサの中に生きているともいえます。三人が魅力的に描かれていたからこそ、サマンサの個性がはっきりと浮かび上がり、より魅力的に見えたのです。

 ついでながら、セオドア役のホアキン・フェニックス Joaquin Phoenix もまた名演でした。伝説のカントリー歌手ジョニー・キャッシュの伝記映画「ウォーク・ザ・ライン」も素晴らしかったのですが、この作品ではそれとはまったく異なる繊細な人物像を作り上げています。二枚目俳優ではなく、プエルトリコ出身ということもあり正統派の人気俳優にはなれないであろう彼は、その分名優の域に早くも達しつつあります。

<生きるということ>
「人生は短いわ。生きている間に謳歌しなきゃ。喜びを」
 このエイミーの最後の言葉は、時間を無限に持つAIに対する負け惜しみ、もしくは開き直りのようにも聞こえます。
 でも少なくとも、愛を見つけるのに時間など必要ないはず。それどころか永遠の時間が愛をより深めるとは限らないとわかれば、「今」この時こそが最も重要な瞬間となるはず。
 AI以上に、人は常に変化し続けています。成長するだけでなく、病気になったり、老化したり、子供を産んだり、精神を病んだり、プラスもマイナスも含めて変化は寝ている間にも続いています。そんな変化を続ける人間同士が「家族」や「夫婦」、「クラス」、「会社」などの集団を形作るのですから、上手くゆくのが不思議なぐらいです。
 それでもなお、人はつながろうとするのは、そこに「喜び」が存在することを知っているからなのでしょう。
 少なくとも、そして幸いなことに僕はそのことを知っています。
 あなたはいかがですか?
 たとえ、今はわからなくても、人は日々変化を続けています。
 生きていればこそ、喜びもいつか必ず。 

「her 世界でひとつの彼女」 2013年
(監)(脚)(製)スパイク・ジョーンズ Spike Jonze
(製)ミーガン・エリソン、ヴィンセント・ランディ
(撮)ホイテ・ヴァン・ホイテマ Hoyte Van Hoytema
(美)K・K・バレット K.K.Barrett
(セット・コーディネーター)ジーン・サーデナ Gene Serdena
(編)エリック・ザンブランネン Eric Zumbrunnen、ジェフ・ブキャナン Jeff Buchanan
(衣)ケイシー・ストーム Casey Storm
(音)アーケイド・ファイア Arcade Fire、オーウェン・パレット Owen Parett、カレンO Karen O
(出)ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソン

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