海から見たもうひとつの世界史


「海の歴史 Histoires De La Mer」

- ジャック・アタリ Jacqes Attali -
<海の歴史>
 「海の歴史」という書名にひかれて読んでみました。ある意味、大風呂敷なタイトルなのですが、タイトルに偽りがない内容でした。
 特に今まで知らなかった「海」についいての歴史が書かれていた部分は新鮮でした。
 様々な戦争の勝敗を分けたのは「海」を舞台にした戦闘だったことは、特に新鮮でした。第二次世界大戦の勝敗の分け目が、ダンケルクからの撤退作戦だったことは最近知りましたが、南北戦争までもが海での攻防によって勝敗が決まっていたとは知りませんでした。
 様々な時代に世界を支配していた国は、いずれも海を制した海洋大国だったこと。その国が海を制したのには、船に関する画期的な発明があったこともわかりました。
 「海」に関して、全ジャンル的に網羅したこの本を書いたのは、科学者でも歴史家でもない政治学者のジャック・アタリという人物。かつてミッテラン大統領が右腕として認めていた大物政治家でもありました。単なる海洋学の専門家では書けない内容です。

<イントロダクションより>
 海には、富と未来のすべてが凝縮されている。海を破壊し始めた人類は、海によって滅びるだろう。われわれは海を熟考しなければならない。だが、海が真剣に顧みられることはほとんどない。

 科学的な海、歴史的な海、食料庫としての海、自由を巡る冒険の場としての海、エネルギー貯蔵庫としての海、領土紛争の場としての海・・・海には様々な顔があります。そして、それぞれの分野に関しての海の専門書は、これまでも無数に書かれてきました。しかし、そうした内容すべてを網羅するような本はほとんど見たことがありません。
 政治の専門家からフランスの政界入りした後、文明論や近未来社会の予測を行ってきたジャック・アタリは、「ソ連の崩壊」や「世界的な金融危機」などを予測。さらにはアメリカ大統領選挙でトランプが勝利することも予想していたとのことで、まさに未来予測の専門家です。
 だからこそ、第10章以降の未来予測には説得力があります。
<遥か昔から・・・>
 紀元1000年頃、世界経済の中心といえる強国は、ヨーロッパでも中東でも中国でもない場所にありました。それは、現在のインドネシア、スマトラ島周辺を支配していたシューヴィジャヤ王国とその首都パレンバンでした。この事実は、西洋中心の歴史では長年無視されてきたことです。
 そもそも世界の歴史は、西洋中心に見た歴史に過ぎません。この本では、それを「海」から見るという試みを行っています。そのおかげで、今までの世界史とは異なる「世界史」になっているのです。

 世界史に残る巨大な文明を築き上げた大国は、いずれも「海」を支配する文明でもありました。
 13世紀、アジアの内陸部から登場したチンギス・ハンで有名なモンゴル族も例外ではありません。歴史を振り返ると、巨大化したモンゴル族の国「元」は、フビライの時代になると4200以上の軍艦を所有し、日本への侵攻作戦を行っています。この時は破れることになりましたが、決して彼らは単なる馬賊ではなかったのです。

 これ以後、海洋王国誕生の歴史は、船舶の歴史における革命的なイノベーションの歴史と結びつくことになります。その初期のものとして、オランダにおける「フリュート船」の登場があります。先ずはそこから始めます。
<海から見た世界史とイノベーション> 
<オランダとフリュート船
 1590年頃、オランダはアムステルダムの専用工場で輸送用の大型帆船(フリュート船)の大量生産を開始します。
 800人乗りで2000トンの巨大船の登場により、オランダはヨーロッパ全体が保有する船の運搬量の6倍もの貨物を運べることになりました。そのおかげで、ヨーロッパ全体の穀物、塩、木材の3/4、金属と繊維の半分をオランダ船が輸送することになります。オランダは「フリュート船」の発明により、戦わずして世界の海運業を独占することになったのです。
 1602年、オランダはオランダ東インド会社を設立し、本格的に貿易を独占するようになります。アジアとの貿易は、1609年に設立されたアムステルダム銀行が支援を行うようになり、国家レベルの事業として拡大して行くことになります。

<イギリスと時間の支配>
 18世紀中頃、イギリスでは農業の急速な発展がありました。そのおかげでイギリスは少ない労働力で国民を養うことが可能となり、それが工業と海運業の発展に結びつきます。その発展に対応して、ロンドン、リバプール、ブリストルなどの港が急速に発展。その港を基地として、アジアとの貿易も急激に発展し、イギリス東インド会社はインドからの高級品(綿織物、磁器、茶)の輸入を本格化させ、それをフランスなどに輸出することで莫大な利益をあげることになります。
 1761年には、クロノメーターがイギリスで発明され、グリニッヂ天文台の時計を基準とした世界標準時が定められます。これにより、イギリスは世界の運輸業における「時間」を支配することになったと言えます。この後、工業製品における産業革命も始まったイギリスは、これ以後、19世紀まで世界経済を支配することになります。

<アメリカの独立戦争と軍艦>
 1776年7月4日に独立宣言を行ったアメリカは、当時、海軍を保有していませんでした。そのため、イギリス海軍の攻撃に対抗できず、海からの攻撃により、ニューヨークやフィラデルフィアが次々に失ってしまいました。この時点では、アメリカの敗色は濃厚でした。
 しかし、その後、アメリカの独立を支持するフランス、スペイン、オランダの海軍がアメリカの応援に回り、アメリカ周辺の海上を封鎖。そのためにイギリス軍はアメリカに近づけず、上陸もできなくなりました。そのおかげで、アメリカは奪われていた街を少しづつ奪回して行くことになりました。
 アメリカの独立を可能にさせたのは、他国海軍の存在だったのでした。

<フランスの発明と失敗>
 この本の著者はフランス人なので、フランスについての記述は多いのですが、「海とフランス」には切っても切れない深いつながりが昔からあります。実は海に関する発明のほとんどがフランスで行われています。クストーが発明したアクアラングは有名ですが、フランスからは様々な海に関する発明が行われています。
 問題なのは、フランスの政治家や経済人は、それらの画期的な発明のもつ大きな価値に気づかず、そのほとんどが海外へと流失したり、他国にマネされてしまいました。18世紀から19世紀にかけて、世界の文化・政治・経済をリードしていたはずのフランスが、世界史において一度も海洋大国として頂点に立てなかったのは、その判断ミスにあったと著者は書いています。

<フランス生まれの蒸気機関
 蒸気機関のアイデアを最初に実用化したのはフランスの物理学者ドニ・パパンでした。1690年、彼は蒸気機関を使い外輪船をドイツで試作し、試運転も行いました。ところが、まだまだスピードが遅く未完成だったこともありフランス国内でこの大発明はまったく認められず、仕方なく彼はフランスを去り、ロンドンに渡り、そこで非業の死を迎えました。
 1712年、残された彼の設計図を参考にしたのが、英国人のトーマス・ニューコメンとジョン・クロウリーでした。二人はそのアイデアを応用し、鉱山用の排水ポンプを開発。さらに 1769年には、やはり英国人のジェームズ・ワットは、それを改良・完成させ蒸気機関を世界に普及させることになります。
 同じ年、フランスでは軍事技術者ニコラ=ジョゼフ・キュニョーが蒸気自動車を開発。パリでその試運転が行われましたが、時速4kmしかスピードが出なかったこともあり、またも政府からの支持を得られずに開発がストップしてしまいました。
 1776年には、フランスのエンジニア、クロード・ド・ジュフロワ・ダバンは足ひれ状の櫂を動かして前に進む蒸気船「水かき号」を製造するための会社を設立。結局、彼が作ったのは外輪を使用する蒸気船となりました。こちらはかなり進化した船でしたが、当時のフランスの指導者ルイ16世もまたこの開発計画に関心を示さなかったため、彼は破産に追い込まれてしまいます。
 1803年、フランス人ではなくアメリカ人のロバート・フルトンがセーヌ川で蒸気船の試走を行い再び脚光を浴びます。(わざわざフランスで行ったのは、それだけフランスには実用化に向けた経済力があったということです)
 ところが、ここでもまた当時のフランスの指導者ナポレオン・ボナパルトが、この船に関心を示さず、フルトンは故国アメリカへと帰国していしまいます。結局、フランスは世界の中心的存在でしたが、海への進出という考えを持たなかったため、その後、大きく時代から取り残されることになります。海軍の増強に失敗したナポレオンは、ヨーロッパ征服を逃し、最終的に失脚することになりました。
 さらに時代が進み、1943年、南フランスのトゥーロンでは、フランス軍からの出資を元に、ジャック=イヴ・クストーとエミール・ガニアンがアクアラングの開発に成功します。人間が海の中で自由に動き回ることを可能にした画期的な発明もまたフランス人によるものでした。さらに深海まで潜ることが可能な潜水艇の分野でもフランスは先を行くことになります。
 さらにいうとフリー・ダイビングの可能性を劇的に広げることに成功したジャック・マイヨールもまたフランス人です。

蒸気船の時代へ>
 1827年、フランスの技術者フレデリック・ソヴァージュが効率の良い船舶用スクリューの開発に成功。
 1830年、フランス海軍は外輪を用いた初の蒸気船の軍艦「スフィンクス号」(全長48m)を完成させます。
 1837年、外輪を補助的に用いた旅客帆船が大西洋を1か月弱で横断。大幅に時間の短縮に成功します。
 1838年、ブリティッシュ&アメリカン蒸気航海会社が蒸気機関のみを用いた客船「シリウス号」を完成させます。石炭を燃やして外輪を回すこの船は18日間で大西洋の横断に成功。しかし、その直後、ライバルのグレート・ウエスタン蒸気船会社が「グレート・ウエスタン号」を出航させ、大西洋を15日間で横断。この時点で、帆船の時代は完全に終わりを迎えたと言えます。

の時代へ>
 船の進化は、さらに進みます。
 1854年、クリミア戦争において、フランスとイギリスの軍艦がロシア海軍と黒海で衝突。この時、フランス、イギリスの軍艦はすべて装甲で船体を覆った鉄でできた新型船でロシア海軍を圧倒しました。この海戦以降、木造船の時代は完全に終りを迎えることになりました。「鎧の時代」が始まり、商船、軍艦から帆船、外輪船、木造船は消えていくことになります。

海底ケーブルの時代>
 1857年、アメリカの実業家サイラス・フィールドがアイルランドとニューファンドランド島を結ぶ大西洋に海底ケーブルを敷設。この時、当時世界最大だった「グレート・イースタン号」が作業に使用されました。その後、グレート・イースタン号は、フランスとカナダの間に4本、イエメンとボンベイ(インド)の間や香港まで(1871年)やシドニーまで(1872年)などを敷設しています。アメリカは、それ以後も、海底ケーブルの分野において圧倒的なシェアを保ち続けます。(1988年には560メガビットの初の光ファイバーを大西洋に敷設します)
 21世紀、太平洋を横断する13本のケーブルすべてはアメリカが保有しています。アメリカはモノよりも情報の輸送こそがこれからの時代を征すると判断したのかもしれません。

タンカーの登場>
 1850年代末、様々な分野で石油の使用が始まります。
 1857年、ハンガリーのブカレストの街灯が石油ランプとなり、世界中の街が石油ランプによって照らされる時代が始まります。
 1861年、世界初のタンカー「エリザベス・ワッツ号」がフィラデルフィアからロンドンへと石油を運び、アメリカからヨーロッパへの石油の輸出が本格化します。

南北戦争の分かれ目>
 1861年に始まった南北戦争を征するため、北軍を指揮するリンカーンは1862年に南軍の水域と領土を海から封鎖する決断を下します。開戦時、両軍ともに軍備はほとんどなかったものの、その作戦を実行するためには、ニューオーリンズやアラバマなど、5600キロメートルにわたる沿岸部を支配し、ミシシッピー川を抑えなければなりませんでした。
 そこでリンカーンは、フィラデルフィアをはじめとする造船所で、多数の戦艦を製造させました。南軍も戦艦をイギリスで製造させましたが、北軍を支持するフランスは南軍に軍艦を売ることを拒否します。北軍による海上封鎖により、南軍は様々な必需品を入手することが困難となり、インフレが発生、多くの銀行が破たんすることになりました。一般的な歴史では、南北戦争と言えば、「ゲティスバーグの戦い」など有名な戦闘がいくつもありますが、それよりも根本的な部分は補給を絶つという海を舞台とする戦略上の戦いが重要だったのかもしれません。
<潜水艦登場>
 この戦争で特筆すべきは、南軍が爆発物を搭載した魚雷艇と潜水艦「アリゲーター号」を開発していたことです。その後の戦争の歴史を変えることになる潜水艦という新兵器は、北軍による海上封鎖を逃れるために開発された兵器だったわけです。
 1869年、作家ジュール・ヴェルヌが発表した「海底二万里」に登場する「ノーチラス号」のモデルは、アメリカの南軍が開発したアリゲーター号だったようです。

スエズ運河
 元々スエズ運河は、エジプトにおけるイギリスの影響力を弱めるためにフランスがアイデアを出したプロジェクトでした。フランス人フェルディナン・ド・レセップスが設立したスエズ運河会社はナポレオン3世の支援を受けてスエズ運河を完成させました。これにより、イギリスの船をスエズ運河から締め出し、アジアへの航路を独占しようとしたわけです。
 ところが、開通から6年後、イギリスはフランスのすきをついて、エジプト政府が保有するスエズ運河会社の株を大量に購入してしまいます。株主としての力をもったことでイギリスは、最終的にフランスの影響力を弱めて、世界中の国の船が自由に通ることができるようにしました。
パナマ運河
 1903年、セオドア・ルーズベルトは、コロンビア領だったパナマ運河をアメリカの管理下に置くため、パナマをコロンビアから独立させてしまいます。表向きは独立ですが、実質的にはアメリカがパナマの独立運動を仕掛けたのでした。そのおかげで成立した新政府は、1000万ドルと年25万ドルの賃料を受けとることでアメリカに運河の管理権を渡してしまいます。こうして、アメリカは太平洋と大西洋を結ぶ、唯一のルートを確保したわけです。

日露戦争
 日露戦争の際、ロシア海軍のバルチック艦隊は、日本海の艦隊と合流するため、バルト海から日本へとはるばる向かいました。ところが、スエズ運河の航行をイギリス軍によって拒否されたため、艦隊は南アフリカのケープタウンを8ヶ月かかって回ることになり、戦闘に大きく遅れることになりました。この時の戦闘参加への遅れが日露戦争の勝敗を分けることになったと言われます。
 さらに同年1905年、黒海に面するオデッサの港に停泊していた戦艦ポチョムキンにおいて、兵士たちによる反乱が発生。この事件をきっかけにロシア革命が始まることになりました。日露戦争の勝敗だけでなく、ロシア革命もまた海から始まったわけです。

第二次世界大戦
 1940年代前半、ドイツ軍はスウェーデンから軍事的に重要な鉄鋼を輸入するため、北海で連合国海軍と衝突し敗北。そのため、海を経由した資源の確保が困難になってしまいます。そこでヒトラーは独ソ不可侵条約を破棄してソ連に侵攻する道を選択することになります。ソ連経由でアジア、中東の石油などの資源を輸入するには、それしかなかったのです。しかし、その作戦実行のためには、それまで激戦を繰り広げていたヨーロッパ戦線や北アフリカ戦線から多くの兵士と軍備を移動させる必要がありました。その後、その移動によって手薄になった北アフリカ戦線は、パットン将軍らの活躍もあって、連合軍が勝利することになり、フランスの海岸線(ノルマンディー)への上陸も許すことになるのでした。このアフリカ戦線での敗北は、ドイツ軍から中東産の石油を奪うことになります。
 実は、ドイツの敗北は、この戦争が始まって間もなく1940年5月のダンケルク撤退作戦において決していたとも言われます。この時の戦闘はフランス軍が敗北して終わったのですが、その際、ダンケルクの港から33万人の兵士を救出することに成功。(英国の軍艦だけでなく民間の輸送船や漁船、個人のヨットまでもが作戦に参加)
 この時に救出された兵士たちが、その後、フランスへの上陸作戦などで大きな活躍をし連合軍を勝利に導くことになったのです。
 さらに同じ時期、アルジェリアでフランス海軍の船がイギリス軍との戦闘によって沈没し、フランス南部トゥーロンなどの港ではフランス海軍の船の多くが自軍の兵士らによって自沈します。これはドイツ軍に奪われることで、その船がドイツ海軍の船として利用されることを防ぐための苦渋の作戦でした。しかし、それによりドイツ海軍は軍備の増強に失敗。ヨーロッパ周辺の制海権は、その後連合軍のものになります。(最後まで海の底で粘り強く戦った潜水艦Uボートも、暗号解読機「エニグマ」の回収などによって、連合軍によって追いつめられて行くことになりました)
 太平洋では、日本軍とアメリカ軍が衝突し、当初は日本軍の真珠湾攻撃によって日本軍有利で始まるものの、物量に物を言わせるアメリカ軍は、ミッドウェイ海戦での勝利から反転攻勢に出て、一気に日本軍を沖縄にまで押し戻します。やはり勝敗を分けたのは海での戦闘であり、原子爆弾は終戦を早めただけで、すでに海の上で勝敗は決していたのでした。ちなみに、連合軍と日本の終戦協定の調印式が行われたのも海の上でした!

コンテナの登場>
 1949年、フルハーフ・トレーラー社という陸運会社のアメリカ人技術者キース・タントリンガーが、複合的なモノ(自動車、工作機械、電化製品、薬品など)を分解することなく詰め込むことができる大きな金属製の箱を考案しました。その「箱」(英語ではボックス、仏語ではコンテナ)は、同じ大きさに統一されていて、そのままブロックのように積み上げることが可能でした。したがって船底に積み重ねて運んだ後、それをそのままトラックの荷台に積み直せば、効率よく運ぶことが可能になるはずでした。ただし、箱の製造費は馬鹿にならず、すぐには普及はしませんでした。
 1954年、タントリンガーはマルコム・マクリーンと出会い、彼が買収したパン・アトランティック社でコンテナを本格的に使い始めます。1958年には、パン・アトランティック社が226個のコンテナを積載できるコンテナ専用船を建造。この船が実績を残したことからコンテナ船とコンテナの利用が急増することになります。さらにコンテナは、ベトナム戦争における米軍の物資輸送で大活躍することになります。アメリカからの行きは、兵器や軍事物資を運び、帰りには日本製の電化製品などを積むことでメイド・イン・ジャパンをアメリカに広めることになりました。
 1970年代以降、コンテナ船が海運における主流となり、運搬される荷物の量は急増することになります。1970年26億トン、2000年60億トン、2017年110億トン・・・ 

<海と自由> 
 「海」と聞いてあなたは何を想像されますか?
 多くの方は、「海」に「自由」を思い浮かべるかもしれません。ここで著者は「海」と「哲学」について書いています。
 「文学」、「映画」において、「海」は様々な「思想」や「感情」の象徴として描かれています。そして、そんな海についての考え方は、そのままその地域に住む人々の海に対する思いであり、それが国や地域の成り立ちと大きく関わっています。四方を海に囲まれた日本でも「海」のある県とない県では、県民性に明らかに違いがあるはずです。著者は、その違いが「自由」についての考え方の違いに大きく関わっていると指摘しています。

 定住民とは反対に、ノマドの職業でもある海の仕事には、リスク、イノベーション、大胆さが要求される。すなわち、実用主義と実力主義の世界である。そこには未来を見据える起業家精神が宿る。ある意味で、ノマディズムの究極の場が海なのである。・・・
 船乗りは、実力に基づく妥当な秩序でない限り序列を受け入れないが、チームワークは尊重する。


 海は生命を生み出した。生命誕生から5億年後、海は自身の創造物の一つに対し、自分は自由な存在だと考える手段を与えたのである。

…文明は熱意をもって海と向き合うほど活力を増す傾向があります。これまで巨大勢力になったのは、自国の沿岸に主要都市を構えた国家だけだったとも言えます。すなわち、メソポタミア、エジプト、ギリシャ、カルタゴ、ローマ、インドネシア、ベトナム、バルト、フラマン、イギリス、アメリカ、そして今日では、日本、中国、韓国の文明です。
 それ以外にも、シェリーヴィジャ王国やブリュージュ、ヴェネチア、ワントワープ、ジェノヴァ、アムステルダム、ロンドンなどの都市も海洋文明の中心地でした。

 勝者は皆、自由というイデオロギーを何らかの形で発展させ、個人の活躍を称賛した。たとえば、ヴェネチアもブリュージュも民主制ではないが、海と関りのある者たちは海上では自由だった。・・・

・・・海洋国家が長年にわたって独裁制であることはない。少なくとも、独裁国家の指導層が長期政権を築くことはない。逆に言えば、全体主義の国家が海洋国として発展することもない。
 だからこそ、過去そして現在の独裁者たちは、機会があっても海洋大国になることに躊躇するのだ。なぜなら、彼らは、彼らにとってもその代償はあまりにも大きいからだ。


 沿岸国の勢力が独裁者の場合、海は自由を求める者たちが逃亡するための絶好の場でもあります。古代においても、逃亡奴隷は海を目指した歴史が残されています。(出エジプト記で、モーゼに率いられたヘブライ人たちが海を歩いて渡るシーンはその原点と言えそうですし、戦後のユダヤ人によるイスラエル建国の歴史も船から始まっています)

 出エジプト記だけでなく旧約聖書全体において、海は自由の身になり、世界に意味を付すために、越えるべき、背くべき、明確な意味をなさない暗喩である。ユングによると、海は理性が解き放たれる無意識の象徴だという。

 世界中の文化には、海と自由との関係が見出せます。移動と自由、変化と挑戦を愛する人なら誰もが海を賛美するはず。逆に、それらのことが嫌いなら、海を好きにはなれないのです。そのような人たちは、海をあらゆる危険が起きる場として見なさず、危機が起きても神に頼るくらいで、何の心構えもできていない。
 さまざまな文化のおとぎ話や言い伝えからも、そのことがわかるのです。

 あなたの海のイメージは? 
<海の未来> 
 最後に著者は、海の未来について書いています。そして、それはそのまま人類の未来にも通じています。

 近い将来、情報工学や宇宙開発などの経済が急成長し、われわれに大きな影響をおよぼすことがあっても、貿易、権力争い、影響力、イデオロギー、平和と戦争など、重要なことはこれまで以上に海を舞台として起きるだろう。
 デジタル化がさらに大きな役割を担うことがあっても、また、ビッグデータがインターネットという仮想の海を漂うことがあっても、海は、物資ならびに非物資の交換、そして経済、文化、地政学が影響を発揮するおもな場であり、人類の課題であり続ける。


 海が未来の鍵を握るにもかかわらず、驚くべきことに、デジタル経済の大手企業や大企業家は、海よりも宇宙に夢中になっている。人類の持続的あるいは儚い利益が将来も海で生じることに、彼らはまだ気づいていないのだ。われわれは海の経済を持続的で正しい活動にするために、人類の経済活動を根本的に見直さなければならない。さもないと、人類の経済活動は崩壊するだろう。

 超長期的には、3Dプリンターによって実際のモノの輸送に対する需要はさらに減るだろう。誰もが自宅が必要なモノを安くつくることができるようになるため、工業製品や部品の輸送量は大幅に減るはずだ。消費地に向けて輸送されるのは、3Dプリンターの印刷に必要な原材料だけになる。ロッテルダムの港は、3Dプリンターのような新たなテクノロジーが港の活動におよぼす影響を評価するため、港の研究センターに3Dプリンター研究室を設立した。
 したがって、超長期的にはコンテナの数と港の利用は減るかもしれない。 
<海から始まる危機>
 海は国と国を隔てる目に見えない国境がある場所でもあります。そのために、海は歴史上様々なトラブルを生み出す危険な場所でもあります。もしかすると、人類の歴史は海で起きた新たな世界大戦を持って終わりを迎える可能性もあります。「海」の平和失くして、人類の未来はないのかもしれません。

 「トンキン湾事件」、「フォークランド紛争」、「真珠湾攻撃」、「ノルマンディー上陸作戦」、「キューバ危機」・・・
 多くの世界的規模の戦争の危機は、「海」で起きた「事件」、「戦闘」から始まっています。そして、21世紀の現在もまた「海」には様々なトラブルの種があり、いつそこから新たな世界的危機が始まるかわかりません。危機が始まる可能性の高い場所は、いくつもあります。
「南沙諸島周辺の海域」(台湾、中国、フィリピン、ベトナム・・・)
「西沙諸島周辺の海域」(中国、ベトナム・・・)
「東シナ海(尖閣諸島)」(中国、日本、韓国、台湾、北朝鮮・・・)
「マラッカ海峡」(インドネシアのスマトラ島とマレー半島の間)
 毎年6万5000隻が通り、世界の海運量の20%近く。船が3隻沈むだけで、船の通行がストップする狭い海域です。
「ホルムズ海峡」(イランとアラブ首長国連邦の間)
 幅63キロの海峡に世界の石油貿易量の30%が通っています。
「北極海」
 今までは氷に閉ざされた海として、利用価値のない海域でしたが、地球温暖化により、近い将来アメリカ、ヨーロッパ、ロシアを結ぶ最短ルートとして重要な海域となる可能性があります。そのために将来この海域が紛争の火種になる可能性は高そうです。 
<海が関わる世界危機> 
(1)不足する飲料水
(2)枯渇が予測される海砂(建築用に必要)
(3)海に宿る生命の枯渇
(4)沿岸部に集中する人口(人口密集による問題)
(5)人類の活動によって堆積するゴミ
(6)二酸化炭素の排出による地球温暖化と海の酸性化
(7)地球温暖化により上昇する海面水位
(8)人口の移動(海面上昇、水不足による人口移動) 
<人類が生き延びるために重要な8つの指数> 
 8つのうち、(1)(5)(8)については、すでに危機的状況にあると言えます。
(1)大気中の二酸化炭素濃度
 海の二酸化炭素の吸収力を決定する数字。
(2)大気中のオゾン濃度
 海水の酸素濃度に左右され、海洋の酸性化に関与する数字。(生命の絶滅を招く可能性がある)
(3)海洋の酸性度
 海洋の熱に依存し、海洋の生命に影響をおよぼす。とくにサンゴ礁の成育や魚類の骨格の強度に多大な影響をおよぼす数字。
(4)農薬や生活排水が海洋に流れ込むことによる海水のリン酸塩濃度
 海洋の酸素欠乏と藻の異常増殖に関与する数字。(富栄養による赤潮)
(5)大気中と地中の窒素濃度
 工業と農業の活動に左右される数字。プランクトンの異常増殖を促し、海洋植物に必要な酸素の一部を枯渇させる。
(6)飲料水の利用可能度
 海洋のバランスと海洋から生じる水の循環と密接な関係がある数字。
(7)耕作地の利用可能度
 おもに都市化、淡水の利用可能度、気候、降水量と関係がある数字。
(8)生物多様性の維持
 生物多様性に関し、海は特に重要であり、脆弱だ。今日、海の生物多様性は漁業や海洋のゴミによって脅かされている。 
<海から期待できること> 
 生命の故郷である「海」は、未だに人類の希望が眠る場所でもあります。「海」を守ることは人類が生き延びるための最後の希望と考えるべきなのかもしれません。

(1)海には、人類が呼吸し、飲み、食べ、モノを交換するために必要なすべてが揃っている。
(2)海には、鉱物やエネルギーなどのあらゆる資源が手つかずの状態で眠っている。
(3)海の経済価値はすでに推定24兆ドルであり、海が毎年生み出すモノとサービスの総額は推定2兆5000億ドルだ。
(4)数世紀にわたってではないにしても、少なくとも今後数十年、海はモノとデータの輸送のおもな場である。
(5)海は今後もイノベーションや創造性が生み出される場であり、とくに医薬品や食糧に関する画期的な製品が海から登場するはずだ。
(6)最後に、海は、自由に生き、自然の豊かさに感嘆し、そしてそれを探求し、自分たちは一体何者かを理解するための最良の場である。

 最後に、人類の未来はきわめて貴重な海洋資源を慎重かつ謙虚に共同管理するという、われわれの能力にかかっている。われわれは束の間の庭師のような存在でしかないのだ。そして地球は、宇宙という荒波を漂う船のようなものなのだ。

「海は自然の宝庫だ。地球は海によって始まったと言えよう。ならば地球は、海によって終わりを迎えるのかもしれない」
ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」より

<僕の願い>
 海洋資源の減少はは今や明らかです。地球温暖化、真水の不足、異常気象もまた明らかで、このまま行くと人類の歴史は「海」から終焉を迎える可能性は十分にあるでしょう。そこまで明らかなのに、なぜ本気で手を打たないのか?宇宙開発よりも、海洋の研究と環境改善が急務のはず。
 海が大好きな僕としても、久しぶりに「海」について考えさせられました。
 いかんせん、海のことを本気で守ろうという気になるには、海を知り、海を楽しみ、海を恐れ、なおかつ海を愛する人にならないと難しい。単にお勉強で海について知った気になっても、海に飛び込み、海の中で遊んだことのない人は、どこまで海を愛しているのか?
 でも、海の環境が悪化する現在の状況が続くと、海で遊んだ経験がないのが当たり前の世になりそうです。そうなったら、もう海を守ることはできないでしょう。そうなる前に、もう一度海の魅力について、知ってもらう努力が必要だと思います。


<参考>
 「海」がテーマだったり、舞台となっている作品を書き出してみました。これらの作品を見たり、読んだりすれば、海の「楽しさ」「怖さ」「広さ」「不思議さ」「自由さ」を知ることができるはずです。
<海を舞台にした小説と映画>
アトランティス」(ドキュメンタリー映画、監督リュック・ベッソン)
「アビス」(監督ジェームス・キャメロン)
「移民」(監督チャールズ・チャップリン
「海に働く人々」(ヴィクトル・ユゴー)
海へのオデッセイ ジャック・クストー物語」(監督ジェローム・サル)
「海底二万里」(原作ジュール・ヴェルヌ、監督リチャード・フライシャー)
「オーシャンズ」(ドキュメンタリー映画、監督ジャック・クルーゾ)
「オール・イズ・ロスト 最後の手紙」(監督J・C・チャンダー、主演はロバート・レッドフォード)
蟹工船」(原作小林多喜二、監督山村聰とリメイクでSABU作品あり)
「キャプテン・フィリップス」(監督ポール・グリーングラス、「マースク・アラバマ号」事件より)
苦海浄土」(石牟礼道子)
グラン・ブルー」(監督・脚本リュック・ベッソン、モデルはジャック・マイヨール)
「ケイン号の反乱」(原作ハーマン・ウォーク、監督エドワード・ドミトリク)
「ジョーズ」(原作ピーター・ベンチリー、監督スティーヴン・スピルバーグ)
ソラリスの陽のもとに」(原作スタニスワフ・レム、映画「惑星ソラリス」アンドレイ・タルコフスキー版とスティーブン・ソダ―バーグ版)
「タイタニック」(監・脚ジェームス・キャメロン)
「太陽がいっぱい」(原作パトリシア・ハイスミス、監督ルネ・クレマン)
沈黙の世界」(ドキュメンタリー映画、監督はジャック=イヴ・クストー、ルイ・マル)
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」(エドガー・アラン・ポー)
パイレーツ・ロック」(監督・脚本リチャード・カーティス)
蠅の王」(ウィリアム・ゴールディング)
白鯨」(原作ハーマン・メルヴィル、監督ジョン・ヒューストン、ロン・ハワードなど)
「パピヨン」(原作アンリ・シャリエール、監督フランクリン・J・シャフナー、リメイク版監督マイケル・ノア―)
冒険者たち」(原作ジョゼ・ジョバニ、監督ロベール・アンリコ)
「マスター&コマンダー」(原作パトリック・オブライアン、監督ピーター・ウィアー)
「老人と海」(原作アーネスト・ヘミングウェイ、監督ジョン・スタージェス)
ロード・ジム」(原作ジョセフ・コンラッド、監督リチャード・ブルックス)
「ロビンソン・クルーソー」(ダニエル・デフォー)

「海の歴史 Histoires De La Mer」 2017年
(著)ジャック・アタリ Jacqes Attali
(訳)林昌宏
プレジデント社
<目次>
第1章「宇宙、水、生命」
 宇宙の誕生から地球の誕生と生命誕生までの歴史
第2章「水と大陸 : 海綿動物から人類へ」
 生命の多細胞化から人類誕生までの歴史
第3章「人類は海へと旅立つ」
 人類が海を渡って世界各地に広がり、文明を築き、その衝突となる戦争が起きるまでの歴史
第4章「櫂と帆で海を制覇」
 海洋王国による覇権争いの歴史
第5章「石炭と石油をめぐる海の支配」
 船の進化と海洋戦争の歴史
第6章「コンテナによる船舶のグローバリゼーション」
 コンテナの登場による運輸革命
第7章「今日の漁業」
 漁業資源の現在と枯渇の危機について
第8章「自由というイデオロギーの源泉としての海」
 自由を求める人々と「海」との関りの歴史と現在
第9章「近い将来 : 海の経済」
 海を舞台とした経済の今後
第10章「将来 : 海の地政学」
 海の領有権争いの今後
第11章「未来 : 海は死ぬのか?」
 様々な海をめぐる危機(水不足、海洋生物の枯渇、ゴミ問題・・・)
第12章「海を救え」
 個人、メディア、企業、国家、国際社会がなすべきこと
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