「地球の長い午後 Hothouse」
 
- ブライアン・オールディス Brian W. Aldiss -

<SF小説の原点とは>
 文学には、現実世界を正確に記述するために生まれた記録媒体としての役目があります。しかし、文学は現実を越えた出来事、夢や伝説をより多くの人々に知らせるという役目を果たしてきました。人は昔話を語り継ぐだけではなく書物として広めることで、見たこともない世界を頭の中に思い描き体験することができることを知りました。「聖書」はまさにその初期の傑作だったといえます。当初は伝説や実際に起きた事件などを文字によって書き残すだけでしたが、いつからか自ら「お話」を想像力によって作り上げる者が現れます。「作家」と呼ばれるそうした人々、恋愛物、歴史物、英雄物など、様々な物語を作り出し、それを本として販売した収益から生活の糧を得るようになってゆきました。読者は作家たちが生み出す想像力の産物に驚き、感動し、怒り、泣き、笑いながら、もうひとつの異なる人生を生きることで、ひと時だけでも現世の苦労を忘れることになります。
 読者は、様々な物語を求めましたが、中でも聞いたこともないような荒唐無稽なお話は昔から人気がありました。18世紀には、「ガリバー旅行記」(ジョンサン・スウィフト)、「ロビンソン・クルーソー」(D・デフォー)が大人気となりました。19世紀に入ると、「フランケンシュタイン」(メアリー・シェリー)「白鯨」(ハーマン・メルヴィル)「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)「海底二万里」(ジュール・ベルヌ)などの作品が大人気となりました。世紀末には、H・G・ウェルズが登場し、「タイムマシン」「宇宙戦争」「透明人間」「モロー博士の島」などの小説を発表し、SF小説(空想科学小説)という新たなジャンルを確立しました。

<SF黄金時代の証>
 このサイエンスフィクション(SF)小説の原点は、元祖人造人間の物語「フランケンシュタイン」(1818年)にあるとして、SFの歴史を一冊の本にまとめて発表した人物、それがこの小説の著者ブライアン・オールディスです。彼のその著書「十億年の宴 SF - その起源と発達」は、文学史において初めてSFの歴史を包括的にまとめた名著として今でも高く評価されています。
 意外なことに、その著書が1972年に発表されるまで、SFという文学ジャンルの歴史を扱った書籍はありませんでした。SFの黄金時代が、1950年代から1960年代といわれることを考えれば、ちょうど生まれるべき時だったのかもしれません。
 今でこそ、当時はSF小説の黄金時代と呼ばれていますが、その時期のSF小説は文学の世界において「B級文学」の域を出ていませんでした。その歴史を求める読者層がやった生まれたところだったのでしょう。1970年代に入り、アメリカでは大学での講座にSFに関するものが急激に増えており、やっと「文学」として評論の対象になりました。
 ちなみに、この後、発表されたSF小説の評論集として、僕が読んだ中のお奨めの書籍をあげると。
(1)「解放されたSF」ニューウェーブ作家たちを中心とする作家たちの講演録(ピーター・ニコルズ編集/東京創元社)
(2)「SF - その歴史とヴィジョン」SFの歴史を総合的にとらえた評論集(R・スコールズ&E・ラブキン共著/TBSブリタニカ)
(3)「SFに何ができるか」ニューウェーブを中心にした60年代SFの熱い時代を伝える評論集(ジュディス・メリル著/晶文社)

<評論家の作品>
 優れた評論家が優れた作品を残せるとは限りません。しかし、そのジャンルについて奥深くまで研究し深い愛情をもっている評論家がもし優れた「創造力」をもっていたとしたら、彼はきっと素晴らしいアーティストになりうるでしょう。
 例えば、ロック雑誌の記者でキンクスの追っかけでもあったクリッシー・ハインド。彼女を中心に生まれたバンド、ザ・プリテンダースは、パンクやニューウェーブのブームに流されることのない素晴らしいバンドになり、バンド解散後も彼女は活躍を続けています。
 映画評論家としてヒッチコック研究の第一人者としても有名だったフランソワ・トリュフォー。彼が監督になってから撮った映画は、どれも映画への愛情と豊富な知識が生かされた傑作ばかりです。特に「アメリカの夜」はそんな彼の集大成ともいえる作品ですので、是非ご覧下さい!
 そして、ブライアン・オールディスもまた深くSFを愛し、その研究に誰よりも熱中した人物でした。そんな彼の小説作品としての代表作が、この「地球の長い午後」です。

<歩く植物があってもいいじゃないか!>
 この小説の凄い所、それはずばり読者の想像力の限界に迫る驚異の世界が描かれていることです。この本を読み出すとすぐに読者は混乱してしまうかもしれません。なぜなら、そこに書かれている言葉から、その小説の中の世界を思い浮かべることが非常に難しいからです。
 そこに登場する生き物の姿は、現在の地球上に生きている生物とはあまりにかけ離れています。そのため、翻訳者もその表現に苦しんだようで、名前のつけ方でそれを少しでも表現しようとしていますが、それもなかなか伝わりません。そのため、読者は頭の中でそれぞれの生き物のイメージを作り上げるのが難しく、思うように読み進むことができないのです。今までたくさんの小説を読んできましたが、ここまで想像力を必要とされる作品はなかったかもしれません。読者に努力を求める小説は、エンターテイメントとしていかがなものか?という意見もあるかもしれませんが、だからこそこの小説は今まで読者が見たことも読んだこともなかった世界を体験することができたのです。
 空飛ぶ植物を思い描けと言われても・・・なかなか難しいもの。植物なのに羽毛はあるのか?植物だというなら間接はどうなっているのか?方向や障害物を判断する目はあるのか?それともレーダー(電波による探知機)もしくはソナー(音波探知機)のようなものがあるのか?いちいち悩んで、なかなか先に進めませんでした。
 歩く植物なんてありなの?しかし、虫を瞬時に捕らえることのできる食虫植物がいるなら歩く植物もありえるか?歩いて自分の種を運ぶ植物がいても不思議ではないかもしれません。かつて、人類が夢みてきたあり得ないこと、飛行機やテレビ、テレビ電話だって、わずか100年ほどの間に実現してしまったのですから。それに比べて、植物たちに与えられた進化のための時間は何億年もあるのですから。

<植物たちの驚きの世界>
 植物たちは何も理由なしに異常に進化したというわけではありません。ある時代から地球が自転を停止してしまったのです。それにより、地球は昼と夜、二つの世界に分けられます。そして、日差しを浴び続けることになった世界は熱帯雨林のように植物たちが繁殖するようになり、紫外線の攻撃により多くの生物が遺伝的に絶滅に追い込まれます。特に哺乳類は皮膚を守れないので、早くから危機に追い込まれ、人類は細々と木の陰で生き延びることになります。人類というウィルスがその勢力を失った地球ではいったいどんな生き物が活躍していたのか?ちょっとだけご紹介します。
「ベンガルボダイジュ」
 一本の木でありながら地上のほとんどにその枝と幹を伸ばしている地球上最大の生物。彼らこそ、地上最強の生物であり、その支配者です。
「ツナワタリ」
 多くの植物が地上付近でその支配権を争う中、いち早くその勢力範囲をはるか上空へと広げ、空高くへと蜘蛛の糸状の枝?によって広がっていった空中植物。なんと彼らは自転の停止によって地球上空に固定された月にまで到達してしまいます!
「アミガザダケ」
 知能をほとんどもたない生物に寄生することで、その生物の知能となりついには、その生物を操ることで生き残ってきた生命コンピューターのようなキノコ。このアミガザダケの一つが偶然、人間(主人公)に寄生することで人類の過去の歴史が明らかになります。
「アシタカ」
 あたたかな土地で花を咲かせ種を作るため、巨大な茎を動かして移動し、海さえも渡る巨大な植物。主人公たちはこの植物に乗って、はるかな土地へと向かいます。
「百万の眼の生き物?」
 近づいてくる生物に幻覚を見せ、彼らを操ることで食べてしまったり、別の場所へと移動させたり、森の選定人のような存在?

 次から次とに登場する不思議な生物の数々は細かく説明されているわけではないので、読者はそれを頭の中で想像もしくは創造しなければなりませんが、それが楽しくなったらこの小説は最高に楽しめるはずです。考えてみると、この小説の映画化は今なら可能かもしれません。かなり残虐なシーンも多くエロチックに見えるシーンも多いのですが、それをクリアーできれば、「ジュラシック・パーク」以上に迫力のある壮大なスケールの場面が展開するはずです。ラストも驚くような展開になるし、感動もあってヒット間違いなし!
 「地球の長い午後」というタイトルは、アメリカ版のタイトルに基づいてつけられたようですが、もうそろそろこの小説の長い眠りが覚めてもよいのではないかと思うのですが?あなたも是非、驚異の植物ワンダーランドをお訪ね下さい。

<あらすじ>
 はるかな未来、植物によって支配される土地となった地球。そこで人類はかつての勢いを失い、細々と植物の陰で生き延びていました。空飛ぶ植物、歩く植物、木や岩に擬態して生き物をまるごと包み込んで消化する植物。ウサギのように飛び跳ねて移動する植物。その中で人類は生き延びるのが精一杯でした。彼らにとって、最後の救いは人生の終わりになると、空へと登ってゆく植物「ツナワタリ」の鞘に乗って遥か天上への旅に出ることでした。しかし、その天上とは実は月のことで、そこにはすでに生物が生きて行ける環境が生み出されつつありました。そんな人類の中の一人に、ある日思考能力をもつキノコの一種アミガサダケが寄生します。人間の脳を探ることで過去の地球の歴史と多くの失われていた知識を獲得した人間とアミガサダケは一緒に冒険に出かけ、途中で出会った仲間とともに地球の裏側にある夜の部分にまで行きます。そして、そこで彼らは地球の更なる過去の歴史までを知るイルカ型生物と出会い、彼から地球の未来について驚くべき予言を聞かされます。

「地球の長い午後 Hothouse」 1961年(1962年)
(著)ブライアン・オールディス Brian W. Aldiss
(訳)伊藤典夫
ハヤカワ文庫

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