アメリカを象徴する永遠の青春冒険文学


「ハックルベリー・フィンの冒けん Adventure of Huckleberry Fin」

- マーク・トウェイン Mark Twain 、柴田元幸 Motoyuki Shibata -

<究極の翻訳版>
 「トム・ソーヤーの冒険」、「ハックルベリー・フィンの冒険」、マーク・トウェインの名作はともに小学生の時に一気読みした覚えがあります。少年冒険小説の傑作として、忘れられない作品です。とはいえ、少年向けの冒険小説ということもあり、その後再読することはありませんでした。しかし、このサイトの中で20世紀の名作文学を振り返ると、後の作家に与えた影響やタイム・スリップ小説の元祖であることなど、何度も彼の名前が登場。もう一度、彼の作品を読み直そうと思い、図書館にあった「ハックルベリー・フィンの冒けん」を改めて読んでみました。
 この日本語版の翻訳者は、アメリカ文学翻訳界の大御所、柴田元幸さんです。さすがは柴田さん。彼はこの作品で、黒人奴隷独特のしゃべり方やハックの間違えている文法をそのまま日本語に翻訳するという離れ業を成し遂げています。そのうえ、文章だけでなくオリジナル版に添えられていたイラストをすべて載録するというこだわりまで実行しています。
 この本のタイトルが「ハックルベリー・フィンの冒けん」として「冒険」ではないのも、ハックの学力から「険」の字は無理だろうと考えての選択のようです。そこまでこだわっているとは!
 昔読んだ覚えがあるという方も、是非、子供の頃に戻ったつもりで、再読して欲しい作品です。

<語り口の妙>
 改めてこの作品を柴田さんの翻訳で読んで、物語の流れは昔読んだ子供向けと同じなようですが、その「語り口」はまったく新しくなっていることに驚かされました。先ずは、その書き出しからして斬新です。

 「トム・ソーヤーの冒けん」てゆう本をよんでない人はおれのこと知らないわけだけど、それはべつにかまわない。あれはマーク・トウェインさんてゆう人がつくった本で、まあだいたいはホントのことが書いてある。ところどころこちょうしたとこもあるけど、だいたいホントのことが書いてある。
 べつにそれくらいなんでもない。だれだってどこかで、一どや二どはウソつくものだから。
・・・・

 ここでハックは、この小説を完全に客観化。物語の外に実在する人物であるかのようにこの本について語り出します。これで読者は、物語の世界に一気に引き込まれることになります。この手法は、マーク・トウェインの後継者ともいえる20世紀の作家、サリンジャーに受け継がれています。

 こうして話を始めるとなると、君は最初に、僕がどこで生まれたとか、どんなみっともない子ども時代を送ったとか、僕が生まれる前に両親が何をしていたとか、その手のデヴィッド・カッパーフィールド的なしようもないあれこれを知りたがるかもしれない。でもはっきり言ってね、その手の話をする気になれないんだよ。そんなこと話したってあくびが出るばっかりだし、・・・・
キャッチャー・イン・ザ・ライ The Catcher in the Rye」(1945年)
(著)J・D・サリンジャー(訳)村上春樹

 訳者の柴田さんは、この本の読みどころは「何を書いているか」ではなく「どう書いているか」にあると指摘しています。そのことは、「ハックルベリー・フィンの冒険」から半世紀後にアメリカで書かれた永遠の名著「ライ麦畑でつかまえて」にも共通しています。両作品とも、書かれた時代の「時代性」がその語り口によって見事に表現されています。
 だからこそ、柴田さんはこの作品を永遠に残すため、その翻訳をまったく新しくしようと考えたのでしょう。そしてそれは村上春樹が「ライ麦畑でつかまえて」を翻訳し直し、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を生み出したのと共通しています。
 もちろん、この作品を柴田さんが子供の語り口でリアルに翻訳しているのは、この本を子供向けにしたかったからではありません。そのことは、本書の子供向けとは思えない内容からもわかるはずです。例えば、ハックと友人の黒人奴隷ジムが立ち寄った街で起きた殺人事件のくだり。

「・・・ぼうとってのはほんとに見さげたやつらだよ。軍たいだってそうだ。あれもただのぼうとさ、みんな生まれつきのゆうきでたたかってるだけだ。だけど一人まえの男が先とうにいないぼうとなんて、見さげるねうちさえありゃしない。いいか、おまえらはさっさと、シッポまいてうちにかえって穴にもぐりこむのがそうおうなんだよ。もしほんとうにリンチやるんだったら、暗くなってからやることだ、それが南部のやりかたなんだ。そうして南部のやつらは、来るときにふくめんをつけて、一人まえの男をつれてくる。さあ、かえれ - 半人まえもいっしょにつれてかえれ
(街中で酔払いの男を射殺したシャーバーンが自分を私刑にしようとやって来た村人たちからなる暴徒に対して、どなりつけた言葉)

 この作品の時代設定は、1830年代なのでアメリカにはまだ奴隷制が残っていました、著者は、北部の人間は弱虫だと言った後、南部人それもKKKらしき人々について書いています。もちろん彼は奴隷制度を否定する立場をとっていましたが、ここでは自分の意見を主張せず、集団の中に埋没する人間のことを批判しています。
 ただし、そんな指導者になるべき人間がよりにもよって差別主義者のトランプのような男になろうとは・・・マーク・トウェインも今のアメリカを見てさぞや驚くことでしょう。
 ちなみに彼は「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー」(1889年)で当時の現代人が6世紀のイギリスにタイム・スリップするというタイム・トラベルものの元祖といえる小説を書いていますが、さすがの彼も未来までは予見できなかったかもしれません。

 かつてヘミングウェイは、この小説の後半にトム・ソーヤーが登場してから始まるラストのドタバタ・コメディー的展開を不要だと言ったようですが、・・・そこがこの小説の最も面白い部分だと僕は思います。・・・どこが面白いのかというと・・・
 お話の中で、脱獄を前にトムから次々と意味のない余計な準備をさせられた黒人奴隷のジムは、うんざりしてしまいます。トムは脱獄のドラマを盛り上げようとわざと計画を難しくしようとしていたのです。どう考えてもおかしなトムの作戦に、ジムはついに反抗し始めます。そんなジムに対し、トムはこう言って説得します。

・・・おまえはれきしに名をのこすぜっこうのチャンスをかかえているんだぞ、なのにおまえときたらありがたみがぜんぜんわからないんだ、おまえはタカラのもちぐされだよ、とどやしつけた。・・・
 トムはその後、脱獄を前にわざわざその予告をしておこうと言い出します。ジムには当然その意味がわかりません。

「だけどトム、なんだってわざわざなにかが起きるぞなんてけいこくする?そんなのむこうがかってに見つけりゃいいじゃねえか - それってむこうのシゴトだろう」
 それに対し、トムはこう説明します。
「うん、わかってる、だけどここの連中あてにならないからさ。はじめっからずっとそうだろ、なにもかもおれたちにまかせっきりでさ。とことん信じやすくて、ぜえんぜんなにもかんがえなくて、なにも見ちゃいない。だからこっちから知らせてやらないと、おれたちのジャマするやつだれもいなくてさ、こっちはさんざん苦労したのに、この逃亡、まるっきりもりあがらずにおわっちまう - なんにも見るべきとこなし、なんのドラマもなしですんじまう」

 トムはここで自らを、新たに書かれる架空の小説の中のドラマの作者であると考えています。そして彼は、自分は作者としてドラマを盛り上げなければならないと使命感に燃えています。だからこそ、彼はそのことを自分以外の登場人物たちにも同じように考えてくれているものと思い込んでいます。思えば、そうした主人公のドラマチックさへのこだわりは、かつて、つかこうへいが「熱海殺人事件」や「蒲田行進曲」などの作品で描いた熱すぎる主人公たちと同じです。

 過去の名作や自分の作品をパロディー化してしまう著者マーク・トウェインの心の広さ、おおらかさこそ、アメリカ大陸が生み出した新大陸的娯楽文学作品最大の魅力なのかもしれません。それは、子供の心を持ったまま大人になってしまった人々の冒険物語として文学の歴史に刻まれただけでなく、アメリカ文化の象徴として今もなお影響を与えつづけています。そして、この冒険物語は後に誕生する数多くのアメリカ文学やロード・ムーヴィーの原点となるのです。
 「オン・ザ・ロード」のサルとディーン・モリアーティ、「明日に向かって撃て」のブッチとサンダンスキッド、「テルマ&ルイーズ」のテルマとルイーズ、「サンダーボルト」のサンダーボルトとライトフット、「イージー・ライダー」のキャプテン・アメリカとビリー・・・

<マーク・トウェインの生い立ち>
1835年11月30日 後にマーク・トウェインと名乗ることになるサミュエル・ラングホーン・クレメンズがミズーリ州で誕生します。
1839年 彼は一家と共にミズーリ州ハンニバルの街に住み始めます。本書のセントピーターズバーグの街のモデルはハンニバルの街のこと。
1847年 父親が急にこの世を去り、仕方なく彼は学校をやめ働き始めることになります。
1851年 兄が発行していた新聞に記事を発表し始めます。さらに各地を旅しながらルポルタージュを発表。彼のリアリズムタッチの描写力はこの頃養われたのでしょう。
1859年 蒸気船水先案内人の免許を取得。彼が川を舞台に生き生きとした物語を生みさせたのは、実際に彼が川での船による実地体験がもとになっているのです。
1861年 奴隷制の撤廃の是非を巡り南北戦争が勃発。
1863年 彼のペンネーム「マーク・トウェイン」の使用が始まります。その意味は「水深二尋(約3.66m)」のことです。(船舶用語!)
1865年 出世作となった中編小説「ジム・スマイリーの跳び蛙」がニューヨークの新聞に掲載され、彼の名が全国区となります。
1869年 ヨーロッパ旅行記をまとめた「赤毛布外遊記 The Innocents Abroad」がベストセラーとなります。
1870年 東部出身のお嬢様オリヴィア・ラングドンと結婚。
1876年 「トム・ソーヤーの冒険」出版、「ハックルベリー・フィンの冒けん」執筆開始
1882年 ミシシッピー流域の旅に出る。
1883年 「ミシシッピ川の暮らし」出版。
1885年 「ハックルベリー・フィンの冒けん」出版。
1891年 コネチカット州ハートフォードの豪邸を売り、ヨーロッパへと移住。
1894年 自らが社主だった出版社が倒産。ペイジ植字機開発に失敗し多額の借金を抱えることになる。
1895年 借金返済のため、世界一周講演旅行に出発し、一時は死亡説が流れる。
1900年 借金を完済し、米国に帰国。
1906年 口述筆記により「自伝」の執筆を始める。(完成できず、三巻本の大著として出版されたのは2015年になります)
1910年4月21日 74歳にて死去


「ハックルベリー・フィンの冒けん Adventure of Huckleberry Fin」 1885年
(著)マーク・トウェイン Mark Twain
(訳)柴田元幸
研究社
<あらすじ>
 トムとの冒険でお宝をゲットしたハックは、おばさんに預けられて、幸せに暮らしていましたが、飲んだくれの父親が現れて、彼の財産を奪おうとします。平和でのどかな生活に嫌気がさしていたハックは、父親に殺されたように見せかけ、黒人奴隷のジムと共に筏に乗って川を下る旅に出ます。
 川下りの冒険で彼らは様々な経験をしますが、ジムが逃亡奴隷であることがバレて捕まると事態は冒険どころではなくなります。なんとかしてジムを脱獄させようと頭を悩ませていると、そこで偶然、トムと再会します。こうして、トムとハックのコンビが復活し、ジムの脱獄作戦を開始しますが・・・。

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