「禁断の書」の歴史とその映画化


- 「聖書」、「ボヴァリー夫人」、「1984年」、「ペンタゴン・ペーパーズ」、「ライ麦畑でつかまえて」・・・-
<禁断の書>
 音楽における「放送禁止歌」や映画における「上映禁止映画」のように、文学の世界には「出版禁止」や図書館などでの「閲覧制限」などの扱いを受けた「禁断の書」が存在します。もちろん、そうした国や教育委員会などによる「禁書」指定は、時代により、地域によって変化してきました。
 かつては猥褻とされた表現も、今では問題視されなかったり、国家への批判であるとされた内容も今では問題視されないものがほとんどです。それでもなお、「出版禁止」扱いを受ける作品が消えたわけではありません。21世紀に入っても多いのは、イスラム原理主義者による「宗教批判」への圧力や国家への反逆的内容をこめた作品への弾圧、それに個人のプライベートや政治に関する「週刊誌的」な暴露情報などでしょうか。
 ただし、こうした本に対する圧力よりも現代社会ではネット上に上げられる情報の方が危険視されているのも事実です。今や文学が社会に与える影響力はネットにかなわない時代になりました。
<禁断の書の変遷>
 ここでは、西欧文化圏を中心に編集された「百禁書」という本を参考に、そこに挙げられた本を年代順に並べてみました。そうやって並べ替えてみると、時代ごとに禁じられた理由が変化していることがわかります。17世紀までは明らかに宗教批判(キリスト教の旧体制に対するもの)が問題視された本が多く並んでいます。18世紀に入ると性的な不道徳に関する本が中心になっています。19世紀に入るとユダヤ人、黒人に対する差別を批判する本が対象になり出します。20世紀に入ると、猥褻表現、同性愛などセックスに関する本が問題視され出し、第二次世界大戦以降は、反体制文学が世界各地で誕生し、それが国家や宗教団体などによって抑え込まれる時代になりました。
 こうしてみると、それぞれの時代に人々が求める文学が登場し、それを権力が抑え込もうとする繰り返しが「禁断の書」の歴史であることがわかります。その歴史は、「サブカルチャーの歴史」であり「反体制思想」の歴史と考えることもできるのです。
 面白いのは、そうして「禁書」扱いされてきた本のほとんどが、今では文学史に残る名作として読まれていることです。時代のニーズに答え、権力に挑戦することで誕生した文学作品は、それだけのパワーを持っていたのでしょう。そのことは、それらの作品を書いた著者の名前を見ればわかる気がします。彼らのほとんどはけっして「一発屋」ではななく、「文豪」と呼ぶべき存在です。
 「禁断の文学史」は、文学による挑戦の歴史であり、文学の進化の歴史でもあるのです。だからこそ、ここに挙げた本の多くは、そうした文学史における記念碑として未だにその輝きを失わないのです。

<名作の映画化という挑戦>
 ここでは、そうした歴史的な文学作品を映画化するというこれまた挑戦的な試みにも着目。それぞれの作品の映画化作品についても調べてみました。映画製作者にとっては、広告宣伝のいらない作品が多いのですが、それを任された監督にとっては責任の重い仕事だと思います。それだけに映画化に失敗した場合もありますが、やはり原作が良いだけに名作と言える映画が多いと思います。

「自由は聖俗のいずれかにあるのではなく、出版の自由が保たれているところに存在する」
マシュー・ティンダル

「自分の頭で考える勇気を持て」
ヴォルテール
 「アルス・アマトリア」 オウィディウス  紀元1年 ローマ 
<誘惑テクニック指南書>
 異性を誘惑し、つなぎとめるための恋愛指南詩で、3部構成になっています。「不道徳でワイセツな内容である!」とされました。
 出版当時のローマ時代からして、その内容はワイセツであると批判されて、「アラビアンナイト」同様アメリカへの輸入が可能になったのは1930年以降のことでした。 
「聖書」  様々な著者     
<翻訳が許されなかった宗教書>
 聖書とは、様々な著者によって書かれた歴史書や手紙の複合体です。そのため、プロテスタント、ユダヤ教、カトリックや様々な宗派によって、重要視される部分は異なり時には否定すべき部分もあるわけです。さらに、その多くは他の言語に翻訳されているので、翻訳の仕方、翻訳者によっても、問題視される場合がありました。
「どちらも昼夜分かたず聖書を読んでいるのに、私が白と読むところにを、あなたは黒と読む」
ウィリアム・ブレイク
 意外なことに、ヨーロッパの中で英国では聖書の翻訳本がなく、ウィリアム・ティンダルは、ヘブライ語とギリシャ語の原典から英訳を行い英語版を制作しました。しかし、イギリスはそれを禁書としただけでなく、彼を逮捕。1536年に彼はティンダル訳聖書と共に火刑に処されてしまいます。
 1539年にはあのヘンリー8世は「大聖書」を制作。20世紀には社会主義国で聖書の排除が実施されています。今でも聖書の中身を変えようとする右派の動きは続いています。
 カトリック教会はプロテスタントが広まることを恐れたため、他の言語への翻訳を認めませんでした。まして、ヴァチカンに無許可で翻訳を行うことは死刑に与する行為だったのです。ティンダルはそこであえて英国を出て、ドイツで印刷を行いイギリスに持ち込もうとしました。6000部の英訳聖書は密輸品として広まったのです。彼は翻訳はあえて日常使用されている言葉を用いたことで読みやすく、1611年の「欽定訳聖書」の原型になったと言われます。
 42歳で処刑されたティンダルは、翻訳をすべて終えておらず、詩篇などは未訳のままでした。
映画「十戒」(1956年)(監)セシル・B・デミル(脚)イーニアス・マッケンジーほか(出)チャールトン・ヘストン、ユル・ブリンナー
映画「偉大な生涯の物語」(1965年)(監)(脚)ジョージ・スティーブンス(脚)ジェームズ・リー・バレット(出)マックス・フォン・シドー、チャールトン・ヘストン、キャロル・ベイカー
映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」(1973年)(監)(脚)ノーマン・ジェイソン(出)テッド・ニーリー、カール・アンダーソン、イヴォンヌ・エリマン
映画「奇跡の丘」(1964年)(監)(脚)ピエロ・パオロ・パゾリーニ(出)エンリケ・イラソキ、マルゲリータ・カルーソ、スザンナ・パゾリーニ
映画「パッション」(2004年)(監)(製)(脚)メル・ギブソン(出)ジョン・カヴィーゼル、マヤ・モルゲンステイン、モニカ・ベルッチ
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 「タルムード」 著者不詳 200~500年頃  パレスチナ(メソポタミア) 
<弾圧されたユダヤ教の聖典>
 ユダヤ教の古代の学者たちがまとめた口伝律法と伝承の集大成です。ヘブライ語の法律書「ミシュナ」とアラム語の注釈「ゲマラ」から構成されています。
 1144年パリでカトリック教会により神への冒涜を理由に禁書となる。1244年教皇インノケンティウス4世がフランスのルイ9世にすべての「タルムード」を燃やすように命じた。ユダヤ教徒への弾圧はすでに始まっていたわけです。ユダヤ人は多額のカトリック教会への寄付を行うところで、その印刷を許されていたようです。
 「コーラン」  著者不詳  7世紀ごろ   アラビア 
<出版してはいけない宗教書>
 600年代の預言者ムハンマドが受けた啓示を文章化した古典アラビア語最古の作品。第2代カリフとなたウマルが収集、第3代のウスマーンが中心となって「コーラン」として完成させたとされます。信者にとって大切なのは信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼の「五行」です。
 イスラム教徒にとって「コーラン」は、神の言葉そのものが書かれた「正直正銘の聖典」であり、永遠の真理が記された書であるとともに、文学作品の頂点でもある。
 1530年ヴェネツィアでアラビア語のコーランが出版されるが、教皇によって焚書を命じられています。ラテン語版「コーラン」もスペインの異端審問所で禁書とされています。 基本的にコーランはアラビア語のものだけが正統なので、他の言語のコーランは違反です。現在でも多くのアラブ諸国でコーランは宗教指導者が読み、信者は口述で覚えるものとされ、印刷はされていません。コーランは読む本ではなく、暗唱する本なのです。 
「ポポル・グフ」  著者不詳  1000~1550年  グアテマラ 
<キリスト教以外の宗教への弾圧>
  アメリカ先住民の残した重要で価値の高い伝承をまとめた貴重なマヤ・キチェー族の聖典。
 1523年、エルナン・コルテスが派遣したスペインの征服者たちはマヤ族の書物すべてを燃やしました。sかし、1550年代にキチェー族の末裔たちがその伝承を復活させアルファベットに書き換えて蘇らせました。
 「迷える者への手引き」 モーゼス・マイモニデス  1197年  エジプト 
<ユダヤ教の改革派の書>
 中世のユダヤ人哲学者によるユダヤ律法をまとめた書「ミシュナー・トーラー」のこと。1197年にアラビア語で書かれました。ユダヤ教や古典科学、哲学の専門家のために書かれています。しかし、ユダヤ教とアリストテレスの哲学を一致させようとした試みでもあったため、ユダヤ教の正統派から批判されました。フランスでは、ユダヤ教指導者がカトリック教会に焚書を求めるという事態にもなったようです。(表立って自分たちで焚書にせず、多数派で権力を持つカトリックにやらせたわけです)
「カンタベリー物語」   ジェフリー・チョーサー 1387~1400年  イギリス 
<下品な言葉使いが問題視された物語集>
 14世紀に書かれた物語集で大半が韻文形式になっています。カンタベリー大聖堂を目指して旅をする29人の巡礼者が「陣羽織亭」という宿屋で同宿し、暇つぶしにそれぞれがとっておきのお話を披露して行きます。それぞれ4つの話をし、最も良い話を店主が選び、豪華な食事をごちそうすることになっていました。 
 巡礼者たちはイギリス(14世紀)の様々な階級に属していて、そのおかげで様々な階層、様々なタイプのお話が語られることになりました。(騎士、地主、女子修道院長、粉屋、料理人、ヨーマン・・・)そのため、話題の中には、売春や近親相姦、姦通などもあり、それが批判の対象となり、1908年アメリカで出版された際は、24編中17話で大幅に修正されることになりました。内容的に共産主義的である部分も指摘されましたが、主な問題は下品な言葉の使用に関する部分だったようです。
映画「カンタベリー物語」(1971年)(監)(脚)ピエロ・パオロ・パゾリーニ(出)ニネット・ダヴォリ、マイケル・バルフォア 
「デカメロン」 ジョヴァンニ・ボッカチオ  14世紀 イタリア 
<猥褻文学と指定された物語集>
 疫病を逃れ避難してきた10人の若い男女が気晴らしに様々なテーマの話を語り合い、一日に一話×10人で100話が話さ、それを記録した書です。しかし、一般的なイメージとは異なり「エロティック」な内容のものは8話だけでした。
 しかし、1559年にはローマ教皇パウロ4世がこの書を猥褻と認定し、禁書に指定しました。その後、内容を部分的に変えるなどした修正版が出版されます。それでも禁書リストからはずされることはなかったのですが、大衆的な人気は高まり、世界中に広がって行くことになりました。
映画「デカメロン」(1970年)(監)(脚)ピエロ・パオロ・パゾリーニ(出)フランコ・チッティ、ニネット・ダヴォリ 
16世紀
「95か条の提題」   マルティン・ルター 1517年  スイス 
<宗教批判(キリスト教)>
 世界・時代を変えた重要な出版物です。ドイツの修道士マルティン・ルターがローマ・カトリックの教皇や聖職者たちにあてて書いた批判の書。特に世の罪を神に許してもらうなら免罪符を買えばよい!という「免罪符」ビジネスを徹底的に批判。ルターのこの姿勢は宗教的な共感だけではなく、ヴァチカンの政治的干渉に怒っていたドイツ国家主義者たちの共感を得ることになりました。そのため、宗教界内部の分裂は、そのまま国家間の分裂をもたらすことになり、それがプロテスタントの国とカトリックの国にヨーロッパを分けることになったわけです。これはある意味プロテスタントの聖書ともいえる書となりました。当然、カトリックの国ではルターの著作は禁書扱いとなりました。
 この著作は、1930年に禁書目録からはずされました。
「君主論」  ニッコロ・マキャベリ  1532年  イタリア 
<ファシズム的政治の書>
 ロレンツォ・デ・メディチに捧げられた政治の書。15世紀イタリアの政治的動乱のさなかに生まれました。恐怖によって民衆を抑え込むことこそ、有効な支配の仕方というのが主な主張。この作品は16世紀にプロテスタントが登場して以降、ローマカトリック教会が反キリスト教的であると批判し、禁書としました。
 独裁者たちにとっては、名著として読まれたようで、ムッソリーニやカストロなどの人物がこの本を愛読書としていたことが知られています。 
「キリスト教の回復」  ミカエル・セルヴェトゥス 1552年  フランス 
<宗教批判(キリスト教)>
 スペイン出身の神学者、医学者である著者はキリストは、歴史上の人物であった神ではないと考えます。そこで彼は三位一体を否定することになります。カトリック、プロテスト両方から否定され、禁書となり、逮捕を逃れるため、彼は地下へ潜ります。
 1553年10月27日、彼は著書とともに火刑に処された。なんと現在する初版本はたった3冊だったとか。プロテスタントのカルヴァンによって、彼は逮捕、処刑となったが、これは初の死刑となり、問題視もされました。 
「随想録」  ミシェル・ド・モンテーニュ  1580年  フランス 
<宗教批判(キリスト教)>
 著者は「随筆」という文学形式の創始者と言われます。この作品は、様々な出来事や体験、旅行などを「エッセイ」として描きつつ自らの客観的な視点から物事を見るので、宗教についての疑問、批判ととらえられる部分もあり、そこが問題視されたようです。モンテーニュは真面目なカトリック信者でしたが、信仰と理性は分けるべきものという認識をもつ「新人類」だったようです。
「無限、宇宙および諸世界について」  ジョルダーノ・ブルーノ  1584年  フランス 
<キリスト教的宇宙観否定の書>
 太陽中心説、宇宙の無限性について書かれた科学書。しかし、その内容は従来のアリストテレスによる宇宙論を否定するもので、キリスト教の宇宙観をも否定していました。
 1577年、ナポリの異端審問所がブルーノに対する審査を開始。1592年に逃亡していた彼は逮捕され裁判にかけられます。そこで彼は教会の教えに従うと宣言しますが、自らの考えを捨てることはこばみました。1593年、ローマに引き渡された彼は7年間にわたり投獄され、再審問を受けます。しかし、そこでも彼は自説を撤回せず、1600年2月17日火刑に処されます。
 1603年、彼の著作はすべて禁書目録に掲載されることになりました。(1966年に目録が廃止するまで)
17世紀
「二大世界体系のついての対話」 ガルレオ・ガリレイ  1632年  イタリア 
<宗教に批判された科学書>
 プトレマイオスの天動説に対し、地動説(太陽中心説)を発表したことで、中世の宇宙観を一変させました。1616年に教皇パウル6世により、出版も教えることも禁じられました。ガリレオは「天文対話」の序文にヴァチカンの神学者が書いたこの説は単なる論理的考察にすぎないという文章を載せた。しかし、ヴァチカンはそれを認めず、彼を逮捕。1634年「天文対話」はガリレオの他の作品と共に禁書となる。
「迫害についての血まみれの教義」  ロジャー・ウィリアムズ 1644年 イギリス 
<反体制的政教分離の書>
  マサチューセッツ湾植民地の建設者による信仰の自由についての書。イギリスではカトリックとプロテスタントの分裂だけでなく、さらなる新宗派が生まれるようになっていて、彼はそうした自由な展開を認めるべきであると提言しています。
「直接手を下すにしろ、あるいは世俗の国王や統治者の権力を介するにしろ、異なる意見や、反対意見を持つ者を迫害するような教会が、真のキリスト者であるはずがない」
 こうして教会と国家の関係に一石を投じ、「政教分離」を主張したことで、この書物は問題視されることになりました。
 1644年、イギリス議会は彼の著作すべてを公開焚書処分にしました。しかし、すでに彼はマサチューセッツからロードアイランドへと追放されていて、そこで政治指導者としての活躍を始めていました。そこで彼の主張はゆっくりと広まることになり、アメリカにおける政教分離の考え方の基本となります。1936年マサチューセッツ州は彼の罪を取り消しています。
「アレオパジティカ」  ジョン・ミルトン 1644年 イギリス 
<反検閲文学>
 この本を書いた趣旨について、著者のジョン・ミルトンはこう書いています。
 『アレオパジティカ』を書いたのは、出版物への規制をなくすことが目的である。何が本当で何が嘘か、また出版するべきか否かという判断を、教養も寛容さもない一握りの人間にゆだねてはならない。彼らは視点や意見を含む作品を一切認めようとはしない。

 この社会で人間らしい美徳を形成するためには、悪徳を知り、見きわめる力が不可欠であり、真理を確立するためには誤りを見抜く力が欠かせない。そしてできるだけ安全に、より危険の少ない形で罪や虚偽の領域に分け入るには、あらゆる種類の論文を読み、すべての論拠に耳を傾けるしかない。そして、これこそが書物を分け隔てなく読むことで得られる効用なのである。

 イギリスにおける王制やキリスト教に対する批判的出版物への検閲が15世紀から行われるようになっていました。それに対し、ミルトンは検閲官の許可を受けずに、「アレオパレティカ」という反検閲の評論を発表した。当然、この作品は初版のみで絶版となり、1738年に再販された。この時、すでに英国では出版の自由が認められる時代になっていたということになります。 
18世紀
「モル・フランダース」  ダニエル・デフォー  1722年  イギリス 
<不道徳な女性の生き様に批判>
 この小説には長い副題があります。
「かの有名なモル・フランダース、ニューゲートで生を受け、子ども時代は別として、60余年の波乱に満ちた生涯のうち、12年を娼婦として過ごし、妻となること実に5回、盗人生活12年ののち、重罪犯としてヴァージニアで8年過ごしたが、ついに金持ちとなって誠実な余生を送り、悔悛者として世を去った女の幸運と不運について」
 金のために何度も結婚と離婚を繰り返して不道徳な女が主人公の物語です。文豪として有名なデフォーの作品ということもあり、批判されながらも大ヒットしました。しかし、1930年代まで、アメリカでは「モル・フランダース」と同じデフォーの「ロクサーナ」は輸入が認められませんでした。 
映画「モル・フランダース」(1996年)(監)(脚)ベン・デンシャム(出)ロビン・ライト、モーガン・フリーマン、ストッカード・チャニング 
「パメラ、または報われた貞操」  サミュエル・リチャードソン  1740年  イギリス 
<「魔性の女」が批判された小説>
 文字が書けない人が、手紙を書かなければならなくなった時、お手本にできるようにと企画された模範となる書簡文から生まれた小説。召使の女性がパメラが主人に誘惑され困っているという状況を手紙で伝えるというのが基本の物語です。結局、彼女は主人と結婚するのでハッピーエンドではあります。
 しかし、パメラは実は主人を手玉にとっていて、彼をだまして結婚に持ち込んだのではないか?そうした裏側を批判され禁書にされたようです。「HOW TO 逆玉」の本。
 「ファニー・ヒル、または一娼婦の手記」 ジョン・クレランド  1748年  イギリス 
<セックス描写は問題外とされた小説>
 著者がロンドンの債務者刑務所に入っていたときに書かれた小説です。身寄りをなくした15歳の少女がロンドンの街に出て、売春宿で暮らすことになり、そこで見聞きしたり体験した性行為やトラブルが描かれています。それだけにセックス描写は多彩でリアルです。そのために、1749年に著者は「臣民を堕落させた罪」により投獄されます。
 アメリカでは1821年にピーター・ホルムズが完全版を出版したために、猥褻な小説を出版した罪で有罪になりました。その裁判において、裁判官はこう述べました。
「当該書籍はあまりに好色、邪悪、猥褻であるため、同書は本法廷においても問題ありと言わざるを得ず、それに関する記録を残すことも不適切であると判断する」
 この当時は、出版どころか裁判にかけることすら許されなかったようです。 
映画「ファニー・ヒル」(1968年)(監)(脚)マック・アールベルイ(出)ディアナ・チャール、ハンス・エルンバック 
「カンディード」  ヴォルテール  1759年  スイス 
<セックス描写が問題視された青春文学>
 ヴォルテールは、問題となることを恐れたのか、その名を出さずにこの本を出版しています。 
 青年カンディードの冒険を描いた青春文学ですが、性的に自由奔放な生活をする主人公の生き方が、不道徳であるとされ、1806年ローマ教皇によって禁書に指定されました。
「若きウェルテルの悩み」  ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ  1774年  ドイツ 
<反体制青春文学のだヒット作>
 ゲーテの処女作となった小説。この小説はありのままの感情を賛美し、古い世代の合理主義や道徳主義に反抗する若者の信条を表現した。ゲーテは、同世代の若者の代弁者となった。この小説は、「感情の時代」の精神を壮大に描き、後に告白文学と呼ばれるスタイルで最初に大成功を収めた作品となりました。
 「ウェルテル」ブームがヨーロッパ中に広がり、関連グッズや本、劇も大ヒットし、ついには同じように自殺する者まで現れました。そのため、若者に悪い影響を与える悪書であるとして、この本は禁書となります。反体制青春文学として批判された最初の小説かもしれません。「ライ麦畑でつかまえて」の先駆作!
映画「ゲーテの恋~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」」(2010年)(監)フィリップ・シュテルツェル(出)アレクサンダー・フェーリング(ただし、ゲーテを主人公にしたお話です) 
「フランクリン自伝」 ベンジャミン・フランクリン  1791年  フランス 
<偉人の女好きは、この人も>
 アメリカの歴史を代表する偉人ベンジャミン・フランクリンが息子のために書いた自伝です。この自伝は著者自身が売春婦との関係や不倫などの過去の誤ちを正直に書いていたため、アメリカの文学作品の中でも最も削除された箇所が多い作品になったと言われます。彼の伝記は昔、僕も読みましたが、それはもちろん子供向けのものでした。彼は性格的に嘘がつけないタイプだったらしく、それが馬鹿正直な自伝を生み出すことになったのでしょう。
 彼は他にも「愛人を選ぶ際の若者への忠告」なんていう猥褻で不道徳な本も書いていて、女性問題にはこだわりの多い人物だったようです。昔から、「偉大な人物は女好き」というのは有名ですが、彼もまたその典型的な人物だっとようです。
「人間の権利」  トマス・ペイン  1791年  アメリカ 
<政府批判(君主制)>
 フランス革命によって誕生した共和制、民主主義の時代を解説。君主制が残る英国の体制に批判的であるとして、批判されることになり、1791年にはイギリス議会で政府を誹謗しているという判断がなされます。そのため、初版の出版社は撤退。別の出版社が第二部を発行し、社長が逮捕されます。しかし、その間にも、この本は200万部を売り上げる大ベストセラーとなりました。アメリカでも彼は批判されますが、アメリカの民主主義は彼の主張どおりです。
「たんなる理性の限界内の宗教」 イマニュエル・カント 1793年  プロイセン
<反宗教的禁書>
 理性によって判断すれば、神の存在は肯定も否定もできない、というのがカントの考え方。彼はけっして著作の中でキリスト教への批判も神の存在への疑問を書いていないものの、プロテスタント、カトリック両方から禁書扱いを受けることになりました。「理性第一主義にとって、神の存在は論じる意味もない」そういうふうに宗教者からは見られたのでしょう。王から直接認められる存在だったため、処罰の対象とはならなかったものの、嫌われていたのは明らかでした。
「理性の時代」  トマス・ペイン  1794~1795年  フランス 
<反宗教・反権力の書>
 イギリス系アメリカ人の政治評論家、作家、革命家による哲学論文。合理主義の思想に基づいてキリスト教を批判。アメリカの独立運動に参加した彼は、1776年1月に政治パンフレット「コモンセンス」を出版。イギリスに帰国後、1791年に「人間の権利」を出版し、フランス革命を擁護し、イギリスにおける身分制、不平等を批判。扇動罪で訴えられてパリに逃亡。フランス革命に参加します。しかし、ロベスピエール率いるジャコバン派に逮捕され、アメリカ大使ジェームズ・モンローの救出されました。この時期に出版されたのが「理性の時代」で、その中で彼は宗教を政治に利用する聖職者たちを批判しました。
 彼はベンジャミン・フランクリン、トマス・ジェファーソン、ヴォルテール、ルソーらと同じ理神論者でした。理神論とは、科学的な合理主義を宗教に反映させる科学と宗教、政治のバランスをとる考え方。しかし、彼の「理性の時代」は「無神論者のバイブル」という批判を受けました。
「およそ人間に影響を及ぼす専制のなかで、最も悪質なのは宗教における専制である。ほかの専制は、現在生きる世界だけの存在だが、宗教における専制は墓も乗りこえ、死後も我々を追いかけてくる」
 唯一の正しい神学は、「科学世界のすべてを包み込む自然の哲学」だとペインは主張しました。
「私の精神こそが私の教会である」
「キリスト教と呼ばれる代物ほど、神をないがしろにし、人間のためにならず、理性に逆らい、矛盾を抱えたものはない」
 権力者にとってキリスト教は最も利用しやすい宗教でもある。という考え方は、西欧各国で宗教界、政界から批判され、出版者や関わった従業員、家族まで逮捕され投獄されました。しかし、貧しい階層の人々にとって、この本は広く受け入れられることになりました。(無料もしくは安い価格で世に広まることになりました)理神論、無神論を世に広めたジョン・レノンに匹敵する存在といえるかもしれません。
19世紀
 「赤と黒」  スタンダール(マリー・アンリ・ベール) 1831年  フランス 
<宗教的な禁書>
「ああ、キリスト教の神に出くわしたらおしまいだ。この神は横暴で、それゆえ頭のなかは復讐の念で満ちている。聖書に出てくるのも、恐ろしい罰のことばかりだ。私は一度として神を好きになったことなどなかった。神を心から愛する者がいようなど、到底信じることはできなかった。・・・」
 スタンダール自身、自分の作品は50年たたなければ理解されないだろうと語っていた。
 1864年ヴァチカンの禁書目録入りし、1966年にその目録が廃止になるまでリストに入り続けていました。 
映画「赤と黒」(1954年)(監)クロード・オータン=ララ(出)ジェラール・フィリップ、ダニエル・ダリュー 
「オリヴァー・トゥイスト」  チャールズ・ディケンズ  1838年  イギリス 
<人種差別(ユダヤ人)>
 ロンドンの街で孤児の少年が泥棒たちの仲間入りをし、大人になって行く人間ドラマです。
 イギリス文学を代表する作家の代表作のどこが批判されたのか?それは、ユダヤ人を犯罪者、悪人として描き、人種差別的であるからでした。1867年にはディケンズ自身が数百か所を訂正しています。当時は、「ベニスの商人」のシャイロックをその象徴とするようにユダヤ人は悪人として描くのが普通だったのです。
映画「オリヴァ・ツイスト」(1947年)(監)デヴィッド・リーン(出)アレック・ギネス、ロバート・ニュートン
映画「オリバー!」(1968年)(監)キャロル・リード(出)マーク・レスター、オリバー・リード
映画「オリバー・ツイスト」(2005年)(監)ロマン・ポランスキー(出)バーニー・クラーク、ベン・キングスレー 
 「共産党宣言」 カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス  1848年  イギリス 
<左翼の聖書>
 本国ドイツだけでなく、当初は世界中で批判の対象となった書です。ただし、1945年以降、共産圏においては聖書的書物となります。 
「緋文字」  ナサニエル・ホーソン  1850年  アメリカ 
<アメリカ文学を代表する不倫小説>
 独立したばかりのアメリカを舞台にした不倫小説です。夫と離れて暮らす女性が若い医師との間に子供をつくり、そのために街の人々からはずかしめを受けます。しかし、彼女は不倫相手の名を明かすことなく一人娘を育て、いつしか街の人々からの尊敬の対象になって行くという物語です。
 発表当初から高い評価を受け、ベストセラーともなり今ではアメリカを代表する文学作品のひとつになっています。ただし、問題は主人公の女性が不倫により子供をもうけたことを罪とは思わず、力強く生き、夫の方がそれを恨んで復讐を実行するダメな人間として描かれているということでした。
 今ではこの小説の倫理観を否定する人はほとんどいないでしょうが、1980年代まではアメリカで何度となくPTAなどが学校でこの本を扱うことに抗議を申し入れていたようです。 
映画「緋文字」(1934年)(監)ロバート・G・ビニョーラ(出)コリン・ムーア、ハーディ・オルブライト
映画「緋文字」(1972年)(監)ヴィム・ヴェンダース(出)センタ・バーガー、ハンス・クリスチャン・ブレヒ 
「アンクル・トムの小屋」  ハリエット・ビーチャー・ストウ  1852年  アメリカ 
<人種差別(アフリカン・アメリカ)>
 著者のストウは政治的に奴隷制の撤廃を進めようとしたのではなく、心理面で奴隷制の間違いに気づかせることを目的としてこの小説を書いたようです。そのために彼女が求めたのは、国民全員がキリスト教の信者として正しい行いをすることにあると考えていました。みなが神を信じ、神の前には誰もが平等であると認識すれば奴隷制はなくなるはず、と考えていたようです。
 当然、この作品は南部ですぐに禁書となりますが、そのおかげで話題となり南北戦争開戦前に300万部が発行されていました。意外なのは、この本が示した「平等」の概念の拡がりを恐れたロシアでも皇帝ニコライ1世が禁書の指示を出しています。それだけ、この本の影響力はあったということです。
 ただし、この作品の中のトムがあまりにも真面目で寛容であるため、白人に対しまったく反抗しないことが、後に黒人たちから批判の対象となります。白人に従順な黒人は、「アンクル・トム」と称されることになります。現在では、アフリカ系アメリカ人にとってこの本は、人種差別を助長する本とされています。時代によって、その評価が変わるのはこうした社会問題を扱った作品の宿命ともいえます。
映画「アンクル・トム」(1965年((監)ゲツァ・フォン・ラドヴァニ(出) :ジョン・キッツミラー、ミレーヌ・ドモンジョ、ハーバート・ロム 
「草の葉」  ウォルト・ホイットマン  1855年  アメリカ 
<言葉使いの下品な詩集!?>
 アメリカ文学、アメリカ文化を代表する詩として様々な映画、文学 に登場する詩集がまさかの禁書扱い!?
 正直、僕は読んだことがないのですが、出版後37年してやっと修正版が世に出た危険な書物だったのです。それも内容があまりにも下品だからというものだっとようです。リアリズム文学は、いつの時代でも禁書扱いされる危険があるのかもしれません。

ぼくにとっては性交も死も卑しいものではない。
肉体も肉欲もいいものだと思う。
見ること、聞くこと、感じることが奇跡であり、
ぼくのあらゆる部分も断片もそれぞれが奇跡。

・・・・・

 出版当初は、フィラデルフィア図書館組合以外、アメリカの図書館全てが購入を拒否。実質的な禁書扱いとされていました。
 1892年に著者が自らの死が近いと感じ、一部の詩を削除した修正版を発行。それでもなお、この作品は猥褻であるとして批判され続けています。にもかかわらず、この作品がアメリカを代表する文学作品と呼ばれるようになったのは、この詩集が大衆の心をつかんでいたからです。
 「自由詩の父」と呼ばれる彼の詩は、大衆のために大衆の言葉で書かれたからこそ受け入れられたのです!
「ボヴァリー夫人」  ギュスターヴ・フローベール  1857年  フランス 
<元祖不倫小説であり歴史的な傑作小説>
 医者ボヴァリーの妻エンマが平穏な生活に不満をもち、社交界や舞踏会にあてがわれて、不倫や贅沢品を買いあさる買い物中毒となり、ついには自殺に追い込まれる物語。
 そのまま現代社会に通じる不倫小説の原点と言われる歴史的な小説であり、フローベールの代表作。セックス描写よりも、内容のリアルさ、不道徳な展開が批判されましたが、結局は出版されベスト・セラーとなりました。
映画「ボヴァリー夫人」(1949年)(監)ヴィンセント・ミネリ(出)ジェニファー・ジョーンズ、ジェームス・メイスン
映画「ボヴァリー夫人」(1989年)(監)アレクサンドル・ソクーロフ(出)セシル・ゼルヴダキ、ロベルト・バープ
映画「ボヴァリー夫人」(1991年)(監)クロード・シャブロル(出)イザベル・ユペール、ジャン=フランソワ・バルメ
映画「ボヴァリー夫人」(2014年)(監)ソフィー・バルテス(出)ミア・ワシコウスカ、リス・エヴァンス 
「種の起源」 チャールズ・ダーウィン 1859年  イギリス 
<反宗教的科学書>
 1831年~36年にチャールズ・ダーウィンはビーグル号による航海中、生命進化のインスピレーションを得て執筆を開始。しかし、あまりに新しすぎ危険な内容のため、彼は22年後にやっと発表します。(ライバルの登場により、あわてて発表)
 当時キリスト教社会では、人類や生物の誕生は、聖書の中の「創世記」のとうりに進んだと考えられていました。ダーウィンの書は、それを真っ向から否定していたのですから、これは世が世なら死刑になっていたはずです。当然、この本はキリスト教会全体から批判を受けることになりました。
 1925年には、アメリカ、テネシー州で学校で進化論を教えることが禁じられています。今でもアメリカの田舎やカトリックの国々では「種の起源」は禁書扱いになっています。
「アラビアンナイトまたは千夜一夜物語」  (訳)リチャード・バートン  1881年  イギリス 
<これはセックス描写の玉手箱や!>
 「船乗りシンドバッド」「アラジンと魔法のランプ」「アリババと40人の盗賊たち」などからなるファンタジー小説集です。
 この作品を翻訳したバートンは、性的な場面もアラビア人が英語で書くように」訳し、男色、獣姦、女装、肛門性交、近親相姦、それに性行為としての割礼といった題材が華麗な文体で訳されています。そのうえ、バートンは166ページにわたる「最終評論」を付けていて、そこには訳者が世界各地を旅した実体験から、男色や異常性行為のあれこれを国ごとに分析、紹介し、評価が書かれていました。これが本の1/4を占めていたといいます。「あんたも好きねえ」 
 イギリスでは1857年に性的表現があからさまな印刷物を発売禁止にするワイセツ出版物取締法が成立。バートンはこの本を異文化理解を研究する男性だけが読む本として出版したと主張します。彼はイギリスではなくインドで印刷を行い、それをイギリスに持ち込む方法をとりましたが、すぐに国内への持ち込みを禁止されてしまいます。この本のアメリカへの輸入(完全版)が可能になったのは1930年のことです。
映画「アラビアンナイト」(1942年)(監)ジョン・ロウリンズ(出)マリア・モンテス・ジョン・ホール
映画「アラビアンナイト」(1974年)(監)ピエロ・パオロ・パゾリーニ(出)ニネット・ダヴォリ、フランコ・チッティ 
「カーマ・スートラ」  ヴァーツヤーヤナ(訳)リチャード・バートン 1883年 スイス 
<究極のセックスガイド・ブック>
 紀元前300年頃に書かれたサンスクリット文学の古典でヒンドゥー教の性愛経典の書です。「アラビアンナイト」同様、この本も一部の研究者のための本として高価な200ドルの値をつけ、インドのベナレスで出版されました。この本は、ワイセツ本として確信犯的に儲けようと出版されたこともあり、厳しい取り締まり対象となりました。
映画「ヴァーツヤーヤナのカーマ・スートラ」(1968年)(監)コビ・ジェイガー(出)ヤイ・クマール、バーシス・カンバッタ
「ハックルベリー・フィンの冒険」  マーク・トウェイン  1884年  イギリス 
<少年文学の名作がなぜ?>
 「トム・ソーヤーの冒険」の続編。少年向けの名作小説がなぜ問題になった?
 やはりその原因は、「下品な言葉」の使用と「人種差別的表現」にありました。子供のハックが大人の黒人奴隷ジムと同じレベルの知性をもつ存在として描かれていることは、黒人への差別意識の表れであると指摘されたわけです。(この指摘をしたのは、黒人作家ラルフ・エリソンでした)
 そのため、黒人学生の感情を害するとして図書館の必修リストからはずされることもありました。さらにこの小説からは奴隷制度を否定する姿勢が見えないというのも、批判された原因でした。そして、そうした批判者の中心となっていたのは、中流クラスのアフリカ系アメリカ人だったようです。
映画「ハックルベリー・フィンの冒険」(1975年)(監)ロバート・トッテン(出)ロン・ハワード、ドニー・モスト 
「告白」  ジャン=ジャック・ルソー  1884年  スイス 
<性的描写と不倫で批判された自伝>
 ルソーの死後に発表された回想録です。18世紀フランスの政治や社会を描いているが、自らの性生活をも赤裸々に暴露してしまったため、問題視されることになりました。16年におよぶ愛人との生活を描いていることも不道徳であると批判されました。
「日陰者ジュード」  トマス・ハーディ  1895年  イギリス・アメリカ 
<セックス描写が問題視された小説>
 名声への欲望と野心に燃える男ジュードの短い人生を描いた小説です。セックス描写が過激であるとして、イングランドの主教が当時人気があった巡回図書館から撤去させました。ハーディはそうした問題に対し、修正を加えることを受け入れていたが、それでも禁書扱いは続きました。この後、彼は小説を書かなくなってしまいます。悪や不道徳をリアルに描けない「文学」に失望してしまったようです。
映画「日蔭のふたり」(1996年)(監)マイケル・ウィンターボトム(出)クリストファー・エクルストン、ケイト・ウィンスレット 
20世紀
1910年代
「ユリシーズ」  ジェームズ・ジョイス  1918年  イギリス 
<性的な描写が問題視された歴史的小説>
 この小説は、身体的、感覚的な喜びについてあからさまに記され、また不快感を催す描写があったり、性的な挿話が大胆な言葉づかいで描かれるために、批判の対象になりました。性器の名前も多用されています。
 アメリカ国内では、販売の前に税関で猥褻と判断され押収されました。それに対し、ランダムハウス社は裁判を起こし、ニューヨーク連邦裁判所で判決が下されます。そこで、ジョン・M・ウールジー判事は以下のように語りました。
 この小説には「常軌をはずれた率直さ」があるものの、「官能主義者のよこしまな色目を見出すことはできなかった。したがって、これはポルノグラフィーではないと判断する」
 裁判所は控訴に対しても同様の判定を下しました。「猥褻」と目される書物の有害性は、抜出した一部分ではなく全体が及ぼす結果で判断するべきだというのが、裁判所の基本姿勢となりました。この裁判以降、この判決により多くの小説が出版可能になりました。
映画「ユリシーズ」(1967年)(監)(脚)ジョセフ・ストリック(出)バーバラ・ジェフォード、ミオ・ローシャ 
1920年代
「恋する女たち」  D・H・ロレンス  1920年  アメリカ 
<同性愛の描写が問題視された小説>
 イギリスの小さな炭鉱町に暮らすアーシュラとドランのブラングウェン姉妹の人生と恋模様を描いた小説です。
 問題視されたのは、二人の性的描写よりも、アーシェラの恋人ルパートが男友だちのジェラルドと裸で取っ組み合いをする場面でした。それが同性愛を描いているとされたのです。
 そうした批判があったため、この小説は当初、予約者以外への販売が禁止されました。しかし、そうした販売手法が逆に注目を集め、裁判にまで発展することになりました。
映画「恋する女たち」(1969年)(監)(脚)ケン・ラッセル(出)オリバー・リード、アラン・ベイツ、グレンダ・ジャクソン 
「わが闘争」   アドルフ・ヒトラー 1925年  ドイツ 
<ファシズム文学>
 1933年のアメリカでの出版の際、すでにドイツでのナチス・ドイツのユダヤ人迫害の事実は明らかになりつつありました。そのため、この本の出版に対し多くの抗議が寄せられました。それに対し、翻訳者はこう記しています。
「教養に欠け、これといって明確な意見があるわけでもない。一度言うだけでは物足りないと感じる人物」が書いた本です。
 ただし、本国のドイツではこの本は聖書並みの扱いを受けつつありました。
 1942年「新国民教会」は国立ドイツ帝国教会についての計画を発表。すべての教会を国有化し、キリスト教の排除を計画。その指針の中にはこんな項目がありました。
(13)ドイツ帝国教会は、帝国全土および植民地における聖書の印刷と頒布を即刻中止することを要求する。宗教的内容を扱った日曜紙の発行もすべて禁止する。
(15)ドイツ帝国教会は、我らの総統が記した「わが闘争」を、古今における、最も重要な書物 - ドイツ国民を導く書物 - とする。この本には、ドイツ国民の生き方の規範となる、最も純粋な民族の道徳原則が含まれている。
 恐るべし、ヒトラー!
「アメリカの悲劇」  セオドア・ドライサー 1925年  アメリカ 
<セックス描写のリアリズム>
 1906年に起きたチェスター・ジレット事件をもとにした実録小説。上昇志向の青年が様々な職、様々な女性遍歴の後、妊娠させてしまった恋人を殺してしまい死刑になるまでの物語です。特に問題視されたのは売春宿におけるセックス・シーンの描写がリアルでワイセツ過ぎることでした。
 弁護側は一部分を取り上げてワイセツかどうかを判断するのではなく全体を読んでから判断するよう主張しますが、最後まで認められませんでした。出版人は有罪となり、300ドルの罰金の支払いを命じられました。ただし、同じ頃、ニューヨークのハーヴァード大学では国語の授業で使用されるなど、評価は分かれていました。
映画「アメリカの悲劇」(1931年)(監)ジョセフ・フォン・スタンバーグ(出)フィリップス・シドニー、シルビア・シドニー  
「チャタレー夫人の恋人」  D・H・ロレンス  1928年  イタリア 
<セックスと不倫が問題視された小説>
 貴族階級の夫人が、森の番人をしている下層階級の男と恋におち、ついには夫を捨てようとする不倫小説です。
 セックス描写がリアルであり不道徳な内容であるとして、世界各国で出版を禁じられることになりました。
「ロレンスの作品は、これまで店頭で販売されたいかなる小説よりも、セックスとそれにまつわる状況をきわめて詳細に記している。・・・」
チャールズ・レンバー(弁護士、1959年)
「…社会が発達してきたこの段階において、イギリスで書かれたこの優れた小説は、セックスとその関連事項を記述するうえで、社会全体が容認する限度を超えているとは言い難い」
フレデリック・V・P・ブライアン判事(連邦地裁)
 世界中でこの本が猥褻本として指定するべきかどうかの裁判が行われましたが、最終的には猥褻ではないという判断が下されることになります。
映画「チャタレイ夫人の恋人」(1955年)(監)(脚)マルク・アレグレ(出)レオ・ゲン、ダニエル・ダリュー
映画「チャタレイ夫人の恋人」(1982年)(監)(脚)ジュスト・ジャカン(出)シルビア・クリステル、シェーン・ブライアント
映画「チャタレイ夫人の恋人」(1995年)(監)(脚)ケン・ラッセル(出)ジョエリー・リチャードソン、ショーン・ビーン
映画「レディ・チャタレイ」(2006年)(監)(脚)パスカル・フェラン(出)マリナ・ハンズ、ジャン=ルイ・クロック 
西部戦線異状なし  エーリッヒ・マリア・レマルク  1928年  ドイツ 
<反戦文学>
 それまで存在しなかった「反戦のメッセージ」をこめた小説は、第一次世界大戦からだったといえます。しかし、本国のドイツでは1930年に発禁となり、有名なナチスによる焚書運動ではすべてのレマルク作品が対象となりました。それでも彼は1930年に続編の「帰還の道」を発表。1932年にはアメリカに亡命していますが、移民先のアメリカでも一部修正がなされました。
「もはや僕たちは、断頭台の上でなすすべもなく待っているわけにいかなかった。破壊し、殺さなくてはならない。自分たちを救うため。自分たちを救い、そして復讐するために、・・・僕たちは猫のように身を縮めて走った。押し寄せるこの波動に圧倒され、僕たちのなかにどう猛さが満ちてきた。僕たちは暴漢となり、殺人者となり、神のみぞ知る悪魔へと姿を変えた。・・・」
映画「西部戦線異状なし」(1930年)(監)ルイス・マイルストン(出)リュー・エアーズ、ウィリアム・ベイクウェル、ラッセル・グリーソン 
1930年代
「サンクチュアリ」  ウィリアム・フォークナー 1931年  アメリカ 
<セックス描写を批判された小説>
 17歳の女子大生テンプル・ドレイクが彼氏とのデートの後、密造酒を飲みに行った先で殺人事件に巻き込まれ、レイプされた上に売春宿に入れられてしまいます。その後、そこから救い出された彼女は、自分が巻き込まれた事件を表ざたにしないため、無実の知人を犯人と偽り、その人物を死なせてしまい、自分はパリへと旅立ってゆきます。
 レイプ、覗き趣味、売春などが描かれていることで、この本はアメリカ各地で禁書扱いされることになりました。
 1950年にフォークナーはノーベル文学賞を受賞しますが、著者自身は自著の中のセックス描写は売るために書いたと告白。それがさらに彼へのバッシングを招くことにもなりました。
映画「サンクチュアリ」(1961年)(監)トニー・リチャードソン(出)リー・レミック、イヴ・モンタン、オデッタ、ブラッドフォード・デイルマン 
「すばらしい新世界」  オルダス・ハックスリー  1932年  イギリス 
<ディストピア小説の歴史的名作なのに?>
 ハックスリーが「ユートピア」と名付けた「完璧な」世界で、科学、セックス、麻薬が人間の理性や感性にとってかわるというディストピア小説です。多くのSFが描く「完璧な世界」は管理された全体主義的な存在です。苦痛や不幸への薬として副作用のない「ソーマ」が用いられています。
「これを読んだ子どもたちは、自分は社会に対して無力だと感じて絶望し、大勢に順応して麻薬やセックスに溺れる生活を送るだろう」
 この本を批判する人はこうした考えを持っていたようです。(直接的なセックス描写はありません)
 SFの歴史に残るディストピア小説のひとつがそうとられるとは・・・それを言っては、ディストピア小説はすべて否定されることになりますよね。 
映画化はなし(テレビ・ドラマ化はあるようです)
「サマラの約束」  ジョン・オハラ  1934年  アメリカ 
<不道徳な生き様が問題視>
 禁酒法時代の架空の街ギブズウィルの社交クラブを舞台に3日間が描かれています。登場人物は金、名誉、セックスにしか興味がないため、当然、内容は不道徳で下品なものになりました。主人公ジュリアン・イングリッシュが社会的、道徳的に崩壊して行く過程が描かれています。ストーリー中には、売春などの性的描写以外にもユダヤ人差別も描かれています。
 1940年代に入り、この本は猥褻で反道徳的として様々な規制を受けることになり、それは1950年代後半まで続きました。
「北回帰線」  ヘンリー・ミラー  1934年(1961年) フランス(アメリカ)
「南回帰線」  ヘンリー・ミラー 1939年(1962年) フランス(アメリカ)
<セックス描写が問題視された小説>
 1930年代はじめフランスで快楽を追求するアメリカ人の生活を描いた自伝的な小説です。著者ミラーのパリでの生活が中心で実在の人物も数多く登場します。文章の中には、「4文字言葉」も頻繁に使用され、リアルなセックス描写も出てきますが、単なるポルノ文学でないことは明らかでした。
「アメリカのすべての通りは、ひっくるめてばかでかい汚水だめを作っていると思う。それは精神の汚水だめで、何もかもがそこに吸い込まれ流れでて、永遠になくならない糞に混じる・・・トロンボーンの太い管のなかにはアメリカの魂があって、安住しきった心をぶっとぱなす」
 フランスでの出版後、アメリカでは出版不可が続き、出版可能になって以後も検閲の対象となり続けました。1964年連邦最高裁でやっと出版社側が勝訴。
「何らかの思想を唱導する手法で、または文学的、科学的、芸術的価値を持つか、その他の形で社会的な重要性を持つ手法でセックスを扱った素材は、必ずしも猥褻と見なすことはできず、憲法による保護を拒否されるものではない」
映画「ヘンリー・ミラーの北回帰線」(1970年)(監)(脚)ジョセフ・ストリック(出)リップ・トーン、ジェームズ・キャラハン 
「二十日鼠と人間」  ジョン・スタインベック  1937年  アメリカ 
<反体制文学への批判強まる>
 移動労働者二人組の苦労の旅を描いた小説です。
 意外なことに、1990年代に公立学校の多くで禁書扱いになりました。その直接の理由は、二人組の下品な言葉使いにあるようですが、実際はアメリカの社会制度における大きな欠陥を鋭く指摘しているからとも言われます。(アメリカにおける貧富の差の拡大が、再び広がってきたことに対する反発がありました。
 こうして様々な学校で教科書として使用されることに反対する運動が強まりましたが、どれも生徒や教師、PTAの支持を受けて、却下されています。 
映画「廿日鼠と人間」(1939年)(監)ジョン・スタインベック(出)ロン・チェイニーJr、バージェス・メレディス
映画「二十日鼠と人間」(1992年)(監)ゲイリー・シニーズ(出)ジョン・マルコヴィッチ、ゲイリー・シニーズ 
「怒りの葡萄」  ジョン・スタインベック  1939年  アメリカ 
<左翼的文学>
 ブルース・スプリンスグスティーンの「トム・ジョード」の歌、ヘンリー・フォンダ主演の映画でも有名な20世紀を代表する文学作品です。しかし、出版された当初は、アメリカ各地で禁書扱いされることになりました。その理由は、女性の描き方が下品で言葉使いが粗野で労働者の生活が実際よりも非人間的に描かれているというものでしたが、共産主義思想が隠されていることが問題だったともいえます。こうした公的な圧力はありながら、この本は一年間で43万部を売り上げる大ヒットになりました。リアルな文章で描かれたリアルな物語だからこそ、大衆の心に届いたのだと思います。  
映画「怒りの葡萄」(1940年)(監)ジョン・フォード(脚)ナナリージョンソン(出)ヘンリー・フォンダ、ジェーン・ダーウェル、ジョン・キャラダイン 
1940年代
「永遠のアンバー」  キャスリーン・ウィンザー  1944年  アメリカ 
<性的描写を指摘された書>
 高貴な家系に私生児として生まれた女性がロンドンの社交界で様々な男性と付き合いながら、国王チャールズ2世の愛人になり、出世してゆくという物語。文学作品としての評価は高くはなく、性的な表現も実はあまりないといいます。それでも検閲側には性的描写が多いと指摘されました。 
映画「永遠のアムバア」(1947年)(監)オットー・プレミンジャー(脚)リング・ラードナーJr(出)リンダ・ダーネル、コーネル・ワイルド 
「ブラック・ボーイ ある幼少期の記録」 リチャード・ライト  1945年  アメリカ 
<人種差別(アフリカン・アメリカ)>
「僕はこれまで、昼も夜もずっと、変化のない、ひとつの長い夢を見つづけてきた。そして、その夢は恐怖と緊張、不安に満ちていた。いつまでこの状態に耐えられるのだろう」

「・・・年がら年じゅう、計算したり策を講じたり、演じたり計画したりすることなど、僕には到底できない。少しのあいだなら偽ることを覚えていられるだろうが、やがて忘れてしまい、いつものように自然にふるまってしまうだろう。それは誰かを傷つけたいからではなく、単に人種の階級という人間が作り出した身分を忘れてしまうからだ。」

 1977年にこの小説が図書館から排除されたことに対し5人の学生が訴訟を起こしました。(スティーブン・ピコら)1979年連邦地裁は、図書館からの排除を行った教育委員会を支持する判決を下しました。
「学問の自由という明白な論点を抜きにして、裁判所は次のような結論に達した。本の使用禁止は、地域の伝統的な価値観が尊重され、教育委員会が教育的な内容をしっかり管理していれば、言論の自由を示す修正第一条に違反しているとはいえない。」
 しかし、その判決を不服とする原告は最高裁に上告し、逆の判決を獲得します。
「合衆国憲法は、個人の「思想」を公的に抑圧してはならないと定めている。したがって、教育委員会が今回、学校図書を排除したことは、生徒の修正第一条の権利を故意に否定したということになる・・・図書排除が、委員会の意に沿わない考えから生徒を遠ざける「目的」があり、そうした意図が決定を下す際の重要な要因になっていたのなら、委員会の決定は憲法違反になる。・・・」
「動物農場」  ジョージ・オーウェル  1945年  イギリス 
<反体制文学(旧ソ連)>
 この小説はロシア革命とその後のスターリンによる独裁体制の始まりを動物を主人公として寓話化して描いた大人向けのファンタジー小説です。
 これまた反スターリニズム小説にも関わらず、オーウェルは共産主義者であるという単純な理由で多くの学校などで問題視されました。
映画(アニメ)「動物農場」(1954年)(監)ジョン・ハラス
「ヘカテ郡の思い出」  エドマンド・ウィルソン 1946年 アメリカ 
<セックス描写が問題視された小説>
 ニューヨーク郊外に住む裕福な人々を描いた五つの短編小説からなる作品集。しかし、その中でセックス描写があるのは「金髪の女」という短編小説のみでした。しかし、そのセックス描写がリアルすぎ、場面も多すぎると批判され、1946年発売した書店主が逮捕されることにもなります。しかし、文学作品としての評価は高く、セックス描写については物足りないくらいとの評価もありました。1950年代には発売可能になりました。
「アンネの日記」  アンネ・フランク  1947年  オランダ 
<性描写、反ドイツ表現が修正された>
 ユダヤ人として迫害され、ついには収容所で虐殺されることになる一人の少女がオランダの家に匿われ、隠れて生活していた数年間の日記をもとにした作品です。問題となったのは、アンネが性に目覚めてゆく部分で、さらにドイツ人に与える不快感を考慮して一部の場面を変えたようです。まったく本質とは関わりのない部分で批判を受けたが、ユダヤ人への偏見も影響していたようです。 
映画「アンネの日記」(1959年)(監)(製)ジョージ・スティーブンス(出)ミリー・パーキンス、シェリー・ウィンタース 
1984年  ジョージ・オーウェル  1949年  イギリス、アメリカ 
<反体制文学>
 この作品は反共産主義、反全体主義的視点から書かれた小説ですが、なぜか民主主義のあり方を脅かすとアメリカでは見られました。いかに当時アメリカが共産主義国を恐れていたのかがわかるともいえます。「反共産主義」授業の資料に用いる学校もありましたが、「共産主義国を理想郷のように描いている」と批判する人も多かったそうです。
「世界で最も有名であり、最も読まれていない本」という肩書もあります。多くの人はこの本を読まずに判断してしまったようです。
 あなたは読んだことがありますか?以外に面白いですから、是非!
映画「1984」(1956年)(監)マイケル・アンダーソン(出)エドモンド・オブライエン、ドナルド・プレザンス、マイケル・レッドグレープ
映画「1984」(1984年)(監)(脚)マイケル・ラドフォード(出)ジョン・ハート、リチャード・バートン 
1950年代
「ライ麦畑でつかまえて」  J・D・サリンジャー  1951年  アメリカ 
<反体制青春文学の歴史的名作>
 アメリカというよりも20世紀の文学を代表する重要な青春文学の名作小説です。
 社会や大人たちに疑問と反感を感じる少年ホールデン・コールフィールドの48時間の旅と人生を描いています。未成年である主人公が売春婦とセックスし、酒を飲み、学校からドロップ・アウトする。そんな反体制的な内容だったため、多くの学校で禁書扱いとなりました。それでも、この作品が大ベスト・セラーになったのは、時代が主人公の思いを理解できるようになってきたからでしょう。この時期、この小説と「すばらしい新世界」、「モッキングバードを殺すこと」は、代表的な反体制青春文学として特に批判を浴びました。
 それだけ、この小説のインパクトは強く、その後も輝きが失われていない作品となりました。
映画「ライ麦畑をさがして」(2003年)(監)マルコム・クラーク(出)DJクオールズ、レイチェル・ブランチャード(「ライ麦・・・」をモチーフにした青春映画) 
「華氏451度」  レイ・ブラッドベリ  1953年  アメリカ 
<禁書のお話>
 書物の出版や所持が禁止された近未来の国を描いたディストピア小説の傑作。この本については、出版社がかってに言葉づかいなどを修正していて、それを長年著者も気づかなかったという裏話があります。(それほど重要な部分の修正ではありませんでした)
映画「華氏451」(1966年)(監)フランソワ・トリュフォー(出)オスカー・ウェルナー、ジュリー・クリスティー
「キリスト最後の誘惑」  ニコス・カザンキス  1953年  ギリシャ 
<キリストの伝記>
 ギリシャの小説家、詩人、劇作家によるキリストの最後を描いた書。悪魔からの誘惑にまどわされ人間として悩み苦悩するキリストの死までの心の変化を描いた問題作。
 人間的な弱さ、まよいをキリストにもたせたことでカトリック教会の禁書目録に収められました。そうした動きに対し、彼はこう語っています。(1951年)
「すべての教会と、法衣をまとったキリスト教の代表者たちが、神の姿に偽りや枝葉末節を積み重ね、その形をゆがめている。そんな不純物を取り除き、キリストの本質をよみがえらせることは、困難ではあるが、神聖で創造的な行為だ」
 ただし、このおかげでこの本は世界的なベストセラーとなり、マーティン・スコセッシによって最後の誘惑(1988年)として映画化もされています。そして、映画もまた様々な国や地域(キリスト教圏)で上映禁止になりました。
映画「最後の誘惑」(1988年)(監)マーティン・スコセッシ(脚)ポール・シュレイダー(出)ウィレム・デフォー、ハーベイ・カイテル、ヴェルナ・ブルーム、バーバラ・ハーシー 
(カトリックの神父を目指したこともあるスコセッシによる問題作であり傑作です!)
「ロリータ」  ウラジミール・ナボコフ 1955年  フランス 
<異常性愛の描写が問題視>
 幼児性愛にのめり込む中年男性ハンバート・ハンバートと12歳の美少女ロリータの物語です。
 内容的に不道徳であるとして、問題視されました。当初はアメリカ(地元)で出版しようとしますが、出版社に軒並み断られ、フランス・パリのオリンピア・プレスから出版。しかし、そのフランスでも発売翌年には発禁処分となります。
 フランスでの出版が認められてから、アメリカへと輸出されることになりました。アメリカでの出版が認められたのは1958年のことです。
映画「ロリータ」(1961年)(監)スタンリー・キューブリック(脚)ウラジミール・ナボコフ(出)ジェームズ・メイスン、スー・リオン、シェリー・ウィンタース
映画「ロリータ」(1997年)(監)エイドリアン・ライン(脚)スティーブン・シフ(出)ジェレミー・アイアンズ、メラニー・グリフィス 
「アンダーソンヴィル」  マッキンレー・カンター  1955年  アメリカ 
<人種差別とリアリズム>
 南北戦争後の農園と捕虜収容所を舞台とした小説です。人種差別を否定する農園主と彼の所有する奴隷たち、捕虜となった北軍兵士への虐待を行う収容所の南軍兵士を描いています。
 その虐待のリアリズム描写が問題視され、図書館に置くことや学校での使用に対し、南部で 禁書扱いされました。
「ペイトンプレイス物語」  グレース・メタリアス  1956年  アメリカ 
<性的描写が問題視された大ベストセラー小説>
 アメリカのどこにでもある田舎の小さな町を舞台に、不倫、性的虐待、近親相姦なども含めたスキャンダラスな出来事をつづった小説で累計1000万部の大ヒットとなりました。
 1964年にはテレビ・ドラマ化もされテレビ界の歴史に残る大ヒット作となりました。主演女優のミア・ファローはこの作品から世界的女優へと飛躍することになります。
「インディアン・サマーは女のようだ。豊潤で、ほてった情熱をたぎらせ、それでいて移り気な彼女は、好きなときにやってきて、また去っていくので、本当に姿を見せるのか、またどのくらい留まるのか誰にもわからない」
 出版前から内容的に批判を受けていましたが、それがかえって宣伝になりました。海外やアメリカの保守的な地域では出版差し止めの裁判も起きましたが、今やそれほどスキャンダラスとはいえない内容です。
テレビ「ペイトンプレイス物語」(1964~1969年)(出)ドロシー・マローン、エド・ネルソン、ミア・ファロー 
(ミア・ファローはこの作品でブレイクし、その後、大女優に成長します)
「咆哮」  アレン・ギンズバーグ  1956年  アメリカ 
<猥褻取締り時代の終焉へ>
 11編の詩からなるビートニクを代表する詩集です。
 同性愛、アナル・セックス、オーラル・セックスなどの描写や麻薬体験の表現など問題個所は多数。未成年には不向きとして出版社社長が警察に逮捕されています。それでも裁判には、この作品の重要性を証言するため、多くの文学者らが出廷。その裁判でホーン判事はこう述べました。
「著者が自分を偽ることなく主題に取り組むのは当然であり、自分の考えや意見を自らの言葉で表現する行為は許される」
「作品に社会的重要性がわずかでもある場合は、猥褻という判決を下すことはできない」
 時代はいよいよ「猥褻」を罰しない世の中になろうとしていました。
「ドクトル・ジバゴ」  ボリス・パステルナーク  1957年  イタリア 
<反体制文学>
 20世紀のはじまりからロシア革命とそこから第二次世界大戦までを描いた大河小説です。
「マルクス主義が科学的だと?・・・マルクス主義は基盤があまりに不明確で、科学とは言えない。科学とはもっとバランスが取れていて、客観的なものだ。マルクス主義ほど自己中心的で、現実離れした思想はない。誰もが現場で実力を証明することばかりに気を取られ停止、権力者とえば自分たちは絶対正しいという神話を作り上げることに躍起になり、真実を黙殺することに全力を注いでいる。・・・」
 この作品は1953年にスターリンがこの世を去りフルシチョフがトップに立ち、民主化が進んだ時期に書かれました。しかし、ソ連の国営出版社は出版を認めませんでした。1958年には彼にノーベル文学賞が授与されることになりますが、彼は受賞を辞退しています。
 アメリカでも、この本への批判は多かったようですが、大衆には受け入れられベストセラーとなり、デヴィッド・リーンによって映画化もされ、それも大ヒットしています。ジュリー・クリスティーは本当に美しかった!
映画「ドクトル・ジバゴ」(1965年)(監)デヴィッド・リーン(脚)ロバート・ボルト(出)オマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ、トム・コートネイ
(巨匠デヴィッド・リーンによる歴史大作の名作です。ジュリー・クリスティーが美しすぎる!)
「醜いアメリカ人」  ウィリアム・J・レデラー、ユージン・バーディック  1958年  アメリカ 
<植民地政策批判>
「人物名、場所、出来事は架空のものだが、この作品の目的は、特定の個人を当惑させることではなく、一般の人々の考えに - そしてできれば行動に - 刺激を与えることである」
 架空の国で行われるアメリカの外交政策の誤りを小説にして描いた作品。
 我々はアジア諸国に誤った形の協力をしている。自由の尊さを追求することこそ、我々アメリカのやりかただということを見失い、自分たちがやってきたことをすっかり忘れ、銃や金だけを送りこもうとしている。
 ソ連の外交官がその国の文化に溶け込もうと努力する姿とその逆のアメリカの外交官のその描き方は「共産主義的」で「反アメリカ的」であると批判された。ただし、この本を禁書にすれば、「ドクトルジバゴ」を禁書にしたソ連と同じと批判される、そう考えたため、検閲対象とはならなかった。
「裸のランチ」  ウィリアム・スーアード・バロウズ 1959年 フランス 
<サイケデリック時代の聖なる書>
 モロッコのタンジールなどを舞台に麻薬中毒の主人公が精神を崩壊させてゆく過程をイメージのつらなりとして文章化した異色の小説です。この小説は、アメリカで文学の猥褻性が法廷で問われた最後の作品として重要な作品です。
 1965年、この本のアメリカへの輸入が関税法によって止められていることに対して裁判が起こされます。ボストンで行われたこの裁判で検事総長は、この本に対し猥褻であるという判断を下します。しかし、裁判は上告され、ノーマン・メイラーやアレン・ギンズバーグらが証人として出廷するなど大きな話題となり、注目を集めます。1966年7月マサチューセッツ州最高裁判所では、判決が逆転し、この本が猥褻であるという判決は否定されることになりました。
映画「裸のランチ」(1991年)(監)(脚)デヴィッド・クローネンバーグ(出)ピーター・ウェラー、ジュディ・デイヴィス、イアン・ホルム 
「我が町内の子どもたち」   ナキブ・マフフーズ  1959年   エジプト 
<反イスラム原理主義の書>
 1988年にノーベル文学賞を受賞した現代アラブを代表する作家の小説。寓話の形式をとった中で、アダム、モーセ、キリスト、ムハンマドと思わせるキャラクターが登場。その対立と死が描かれていたことから、イスラム原理主義者から批判されることになりました。
 エジプト大統領アドルブ・ナセルのような穏健派のおかげで新聞での連載は中断されなかったが、サルマン・ラシュディの登場もあって、その後も批判の対象となり、ついに1994年10月にカイロの自宅前で刺され、右手に障害が残る大怪我を負いました。 
1960年代
「モッキングバードを殺すこと」  ハーパー・リー  1960年  アメリカ 
<差別表現は差別を生み出すのか?>
 ハーパー・リー唯一の小説は大ベストセラーとなり、1961年にはピュリッツァー賞を受賞しています。
 無実の黒人が強姦罪で逮捕された事件を担当することになった白人弁護士の孤独な戦いを描いた小説。アメリカ南部アラバマ州の架空の街が舞台になっています。発売当初から高い評価を受け、高校の必修図書にも選ばれた名作です。しかし、1980年代になり、黒人の保護者たちが「黒んぼ」などの差別的表現が多用されていて、差別を助長するとして、必修図書からはずされる事態になりました。
 アメリカ映画史を代表する傑作「アラバマ物語」の原作となりました。
映画「アラバマ物語」(1962年)(監)ロバート・マリガン(脚)ホートン・フート(出)グレゴリー・ペック、メアリ―・ヴァダム、フィリップ・アルフォード
「走れウサギ」  ジョン・アップダイク  1960年  アメリカ 
<反体制的で不道徳と批判された小説>
 主人公は「ウサギ」というニックネームをもつ元バスケットボールの花形選手ハリー・アングストロム。彼は妻との平穏な生活に嫌気がさし突然家を出て、放蕩生活を始めます。
 言葉使いの悪さ、セックス描写の過激さ、不倫、同性愛など不道徳な愛の描写が批判され、図書館などでの貸し出し制限が行われることになりました。 
映画「走れウサギ」(1970年)(監)ジャック・スマイト(脚)ジョン・アップダイク、ハワード・D・クライステック(出)ジェームズ・カーン、キャリー・スノッドグレス 
「私のように黒い夜」  ジョン・ハワード・グリフォン  1961年  アメリカ 
<人種差別問題>
 1959年に白人の社会学者が肌を黒く塗りアフリカ系アメリカ人になりすました。アメリカ南部ニューオーリンズで生活するという実験を行いました。当然、彼はそれまでの生活とはまったく異なる体験をすることになります。
 アメリカで最も抗議を受けた30冊の中に入るという作品でもあります。著者は多くの脅迫を受け、家族と共に住まいを移すことになりました。しかし、この本を学校で読むことも禁止した理由の多くは、言葉使いが猥褻で下品だったからのようです。
 内容の問題点を指摘する間もなく、使用されている4文字言葉の多さから批判されることになったようでした。
「キャッチ22」  ジョゼフ・ヘラー  1961年  アメリカ 
<反戦・反体制的文学の先駆作>
 第二次世界大戦を題材とした戦争喜劇小説で1970年マイク・ニコルズ監督により映画化もされた名作です。 
 戦場から逃げようとする主人公の苦難を描き、性や暴力の描写も多く、反戦的なだけでなく反権力的、反体制的、反国家的なスタイルが問題視されました。学校での使用に対する検閲に関する裁判の中でも、この作品は重要なターニングポイントだったようです。
 1972年オハイオ州ストロングズヴィルの教育委員会が教材選定の自由裁量を行使してこの本とカート・ヴォネガットの「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」の購入を却下。さらにヴォネガットの「猫のゆりかご」も図書館から撤去します。これに対し、高校生5人とその家族が集団訴訟を起こし、修正第1条と第14条の権利を侵害していると主張しました。
 1974年連邦地裁オハイオ北地区は、教育委員会の行為は修正第1条に違反していないと判断。
 1976年第6巡回連邦控訴裁判所は異なる判決を下し、図書館からの本の撤去を厳しく非難しました。
「公学校の図書館は、生徒たちの討論を助ける貴重な場である。国語教師が、ジョゼフ・ヘラーの「キャッチ22」を、現代アメリカ小説で重要な位置を占める作品と考えたならば、教師が教室でその旨を発言する権利、そして教師の意見を聞いた生徒たちが、その本を探して読む権利の両方が、学問の自由を守る修正第1条によって保障される。これに異議を唱える者はいないであろう。しかし、生徒たちが本を探そうとしても、学校図書館においていなければ、目的の達成が非常に難しくなるのは明らかである。・・・」
「たとえ教育委員会が、不愉快で、容認しかねる作品をふるいにかけて、図書館の蔵書を「選別」したいと考えたとしても、学校を管轄する教育委員会がそれを行う立場にはない」
 さすがは「自由の国、アメリカ」です。
映画「キャッチ22」(1970年)(監)マイク・ニコルズ(脚)バック・ヘンリー(出)アラン・アーキン、マーティン・バルサム、アート・ガーファンクル、リチャード・ベンジャミン、ジョン・ヴォイト 
(豪華な俳優陣だけでも楽しめるブラック・ユーモア作品)
「時計じかけのオレンジ」  アンソニー・バージェス  1962年  イギリス 
<究極の暴力映画の激しすぎる描写>
 無軌道な暴力や社会の病的な状況を、科学や政策による単純な改善策で解決するのは危険であり、間違っている。そうした著者の考えがこめられた近未来小説(ディストピア小説)です。
 1973年、ユタ州オレムの書籍取次店店主キャロル・グラントが猥褻本3冊を販売したとして逮捕されました。それは、ロバート・エイリーの「ラスト・タンゴ・イン・パリ」、ウィリアム・ヘグナー「偶像崇拝者たち」、そして「時計じかけのオレンジ」でした。
 第一部で描かれる主人公と仲間たちのやりたい放題の暴力・セックス描写が問題視されました。この作品と「ラスト・タンゴ・イン・パリ」は映画化され、共に世界的な大ヒットを記録することになります。
映画「時計じかけのオレンジ」(1971年)(監)(製)(脚)スタンリー・キューブリック(出)マルコム・マクドウェル、パトリック・マギー 
「カッコーの巣の上で」  ケン・キージー  1962年  アメリカ 
<1960年代反権力の象徴となった書>
 農場での強制労働が嫌で精神異常を装って、精神病院に入った男が、そこで行われている患者たちへの虐待に怒り、患者たちと共に闘い、ついにはそこからの脱走を試みるお話。人種差別的な用語、猥褻な言葉が多用されていることが批判の対象となりました。一部の学校での使用、図書館に置くことが問題視されましたが、映画化されてアカデミー賞を受賞するなど高い評価を得て、今や名作の仲間入りをしています。 
映画「カッコーの巣の上で」(1975年)(監)ミロシュ・フォアマン(脚)ローレンス・ホーベン(出)ジャック・ニコルソン、エレン・バースティン、ウィル・サンプソン、ブラッド・ダーリフ 
「もうひとつの国」  ジェームズ・ボールドウィン  1962年  アメリカ 
<アーティストたちの自由な生活が問題視>
 1950年代半ば、NYのグリニッジヴィレッジからハーレムにかけての地域に住む7人の一年を描いた小説。7人はいずれもアーティストとして働いていて、異人種間の恋愛や同性愛なども描かれています。リアリズム描写によって現代アメリカ社会の変化をいち早く描いた小説ですが、その分批判を受けることにもなりました。
 大ベストセラーとなりましたが、FBIは著者を危険人物と見なし、彼に関するファイルの作成します。しかし、文学作品としての評価は高く、発売当初こそ猥褻書籍を販売したとして書店主が逮捕される事件もありましたが、その後は、まったく問題になりませんでした。 
「ガラスの鐘」   シルヴィア・プラス 1963年  イギリス 
<反体制・反秩序青春小説>
 ひとりの女子大生が心の闇を抱え神経衰弱になるが、そこから回復して行く姿を描いた自伝的な小説です。猥褻な表現の多用と共に、従来の結婚観と母親像を拒絶している点が問題視されました。
 1980年8月22日、第七巡回連邦控訴裁判所のウォルター・J・カミングス判事は、「学問の自由に関する生徒の権利および必要性は、生徒の知的発達の度合いに応じて制限される」という判決を言い渡しました。
「グループ」    メアリ―・マッカーシー 1963年   アメリカ 
<性に関する描写が問題視された青春小説>
 ヴァッサー女子大学の仲良しグループ8名が、1933年の卒業後に歩んだ人生を描いた青春群像小説。
 具体的な性描写、レズビアンの主人公など、猥褻で不道徳な部分が多いとして、アイルランド、ニュージーランドなどで禁書扱いとなりました。アメリカではキャンディス・バーゲンらの主演で映画化されて大ヒット。そこからユーミンの代表曲のひとつ「グループ」が生まれたことも有名です。  
映画「グループ」(1966年)(監)シドニー・ルメット(脚)シドニー・バックマン(出キャンディス・バーゲン、ジョーン・ハケット、ラリー・ハグマン、シャーリー・ナイト、エリザベス・ハートマン
「ブルックリン最終出口」  ヒューバート・セルビー・ジュニア  1964年  アメリカ 
 1940~1950年代NYブルックリンで暮らす若者たちの麻薬と暴力に満ちた救いようのない生き様を描いた小説。殺人、売春、同性愛、暴力、麻薬、犯罪、虐待など不道徳のオンパレードのような作品なので、出版当初からこの本は批判の対象となりました。この作品は、1959年に「猥褻出版物取締法」で起訴された最後の作品となりました。それだけ内容が強烈だったということですが、それも最終的には完全版の出版が可能になりました。(時代は変わりつつありました)
 1989年この小説はドイツ人のウーリー・エデルによって映画化され、同じ作家の原作による映画化としては、ダーレン・アロノフスキー監督の「レクイエム・フォー・ドリーム」も強烈な作品です。
映画「ブルックリン最終出口」(1989年)(監)ウーリー・エデル(脚)デズモンド・ナカノ(出)ジェニファー・ジェイソン・リー、スティーブン・ラング、バート・ヤング
「自由の大地 アメリカ合衆国の歴史」  ジョン・W・コウイー、ジョン・ホープ・フランクリン、アーネスト・R・メイ  1965年  アメリカ 
<アメリカ政府批判の歴史書>
 社会科の教科書として出版された歴史書。インディアンからの土地収奪の歴史。奴隷制廃止までの歴史。アメリカにおける負の歴史に向き合った内容になっていました。

 わが国のすばらしい伝統である愛国心、徹底した個人主義、神への信仰、進取の精神にきちんと触れていない…歴史上さほど重要でない人物をことさら強調し、集団主義を吹き込み、アメリカの正義を嘲笑し、消極的な思考モデルを教え、この国の理想に反する主張を奨励している。

 南部を中心に様々な学校で問題となりました。 
「約束の地の息子」  クロード・ブラウン  1965年 アメリカ 
 麻薬密売をしきるギャングだった主人公が成長して作家になるまでの半生を描いた実録小説です。小説の内容ではなく、文章の稚拙さと言葉の下品さが問題とされ、全国的に学校などで使用が禁じられました。
「スローターハウス5」  カート・ヴォネガット Jr.  1969年  アメリカ 
<反体制文学>
 第二次世界大戦での米軍によるドレスデン大空襲を生き延びた米兵が、トラルファマドール星人に連れ去られ時空を超えた旅に出ます。
 米軍による大規模な爆撃を批判する愛国精神に背く小説であるとされたが、直接の批判理由はそこに書かれている文章が「ワイセツで下品で暴力的だから」でした。1990年代になってもなお、学校や図書館で批判の対象となり続けました。そして、そのおかげでヴォネガットは青春文学、反体制文学のスタートなりました!
映画「スローターハウス5」(1972年)(監)ジョージ・ロイ・ヒル(脚)スティーブン・ゲラー(出)マイケル・サックス、ユージン・ロッシュ、ヴァレリー・ペリン
1970年代
「青い眼がほしい」  トニ・モリスン  1970年  アメリカ 
<反人種差別の書>
 奴隷のアフリカ系アメリカ人少女が数々の虐待を受け、ついには正気を失ってしまうという悲劇の物語です。
 奴隷主によるレイプ・シーンなどのセックス描写などが問題ありとされ、学校や図書館から撤去すべきという訴えが何度も起こされました。トニ・モリスンは、オバマ大統領が愛読する作家としても、世界中にその名を知られることになります。  
「ゆるぎなき権威?無謬性を問う」  ハンス・キュンブ  1970年  ドイツ 
<キリスト教改革派の書>
 過ちは人の常であり、教会と教皇もまた過ちを犯すとして、教会が絶対的に正しいという考えを否定した書。
 重要な地位にある神学者が発表したために、キリスト教界全体を巻き込む論争を巻き起こすことになりました。キュングはカトリックの教義を教えることを禁じられ、カトリック系機関が彼を雇うことも禁じられた。
「ペンタゴン・ペーパーズ」 
アメリカ・ベトナム関係秘密報告書
アメリカ国防省   1971年 アメリカ 
<ベトナム戦争の情報公開>
<別ページへ> 
映画「ペンタゴン・ペーパーズ」(2017年)(監)スティーブン・スピルバーグ(脚)リズ・ハンナ他(出)メリル・ストリープ、トム・ハンクス、サラ・ポールソン
「アリスに聞きに行け」  著者不詳  1971年  アメリカ 
<薬物、性描写が問題視された作品>
 実在する15歳の少女が書いた日記をもとにしたフィクション作品。パーティーの遊びでLSDを体験した後、マリファナ、ハシッシなどにも手を出し、どんどん中毒になっていった彼は、仲間たちと共に学校内でマリファナ、LSDなどを売るようになります。結局、彼女は何度も麻薬をやめようとしながらもその泥沼から抜け出せず、最後には命を落とすことになります。
 言葉使いの悪さと露骨な性描写が問題視され各地の図書館から撤去されました。
 「収容所列島 1918年~1956年」  アレクサンドル・ソルジェニーツィン 1973~1974年  フランス 
<政府批判(旧ソ連)>
 1945年から1953年まで実際に投獄されていた著者が、記録した大著。何千万人もの無実の市民が投獄され、虐待され、収容され、殺された事実を明るみに出した記録文学です。

 ロシア国家1100年の歴史において、いくつかの、いや、いったいどれだけの卑劣で恐ろしいことが行われてきたことか!
 しかし、自国の兵士を裏切り、売国奴呼ばわりするという卑劣な行為が、これまでにあったろうか?

 この作品は、「雪解け(民主化)」が進んだフルシチョフ時代に出版されました。(もちろん国外でしたが・・・)しかし、彼の死後、ソ連国内では発禁となります。(1964年~) 
 「キャサリンの愛の日」 ジュディ・ブルーム  1975年  アメリカ 
<セックス描写が問題視された小説>
 主人公キャサリンとマイケルの初恋を軸にティーンエイジャーの激しく揺れ動く感情と性的欲求を赤裸々に描いた青春小説です。性に関する描写が具体的で頻繁であることから学校や図書館で問題視されました。 
「20世紀の捏造」  アーサー・R・バッツ  1975年  イギリス 
<ユダヤ人差別のフェイク本>
 ナチス・ドイツによる第二次世界大戦中のホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)は、ユダヤ人による捏造である、と主張した本。日本では南京大虐殺は捏造であるという「ファイク・ブック」が昔からありますが、そのユダヤ版。

「いずれにせよ、ビルケナウは本当の意味で「死の収容所」だった。死んでいる者、死にかけている者、病気の者がそこに運ばれ、火葬施設ができると、遺体はそこで処理された。それは「絶滅収容所」などといったものではなく、せいぜい「死のキャンプ」としか呼びようがなかった。・・・」

 この文章の書き方からして「死」をどう考えているか?著者の品位が見える気がします。当然、アメリカではユダヤ系の人々を中心にこの本への批判は高まりました。(1980年代)
 ただし、この本の出版を止めることは、ナチス・ドイツの焚書と同じになってしまいます。 
「CIAの戦争」  フランク・スネップ  1977年  アメリカ、カナダ 
<ベトナム戦争の暴露本>
 このルポの副題は「CIAヴェトナム主席分析官が語る、内側から見たサイゴンの見苦しい最後」
 CIAの裏側を暴露したこの本の出版差し止めの裁判は、アメリカの諜報部員が、機密情報であってもなくても政府筋から集めた情報を出版することを違法と見なしました。これは、安全保障に関する内部情報の暴露を否定する初めてのケースとなりました。
「ぼくはチーズ」  ロバート・コーミア  1977年  アメリカ 
<情報機関批判>
 政府や犯罪組織が関わる事件の情報をつかんだ記者とその家族が危険回避のために表社会から消える。その工作を行う人物と彼らのおかげで人生を失った少年の悲劇の物語です。
 政府の政策に対して不信感を抱かせる内容でもあるため、学校の図書館には置くべきではない。そんな一部の教育委員会とそれに反対するPTAとが裁判で争いました。連邦地裁は、その裁判で玉虫色の判決を下します。
「地域の教育委員会は、その地域の価値観を反映させたカリキュラムを作り、それを実施することができる。カリキュラムの決定は、委員会の社会的および道徳的な価値観に基づいて行う必要がある・・・
 しかし、同時に、州と地域の学校当局の判断は、修正第一条に即した形で決定されなければならない。・・・」 
「イブの隠れた顔 アラブ世界の女性たち」 ナワル・エル・サーダウィ  1977年  レバノン 
<フェミニズムトとイスラム教>
 医師、社会学者、小説家で女性問題についての記録を行ってきたエジプト人女性によるフェミニズムの本です。
 女性の性器切除、少女への性的虐待だけでなく、男性中心の社会構造を維持するために行われてきた様々な慣習を批判。女性の地位が低いままのエジプトにおいて、女性の地位向上を叫んだことで、彼女への批判は一気に高まりました。そして、1981年にはサダト政権時代に逮捕されています。何度も命を狙われている彼女は、1993年ついにアメリカへと亡命しています。
「バーガーの娘」  ナディン・ゴーディマ  1979年  イギリス 
<人種問題(南アフリカ)>
 肌が白い「アフリカーナ」(アフリカ系南アフリカ人)の医師の娘が成長する姿を追いながら、南アフリカにおけるアパルトヘイトのもとで苦しむ人々を描いた小説です。
 1976年に起きたソウェト暴動に象徴されるように、南アフリカではアパルトヘイトに反対する抵抗運動がいよいよ本格化していました。当然、そうした反アパルトヘイトの活動を支持するこの小説は、1979年7月すぐに発禁処分となります。それでも、さすがに英国の民主主義を受け継ぐ国なだけに、その後発禁処分は解かれ、1985年には南アフリカの文学賞CNA賞を受賞。1991年にはノーベル文学賞を受賞することになります。この小説の発表時点、すでにアパルトヘイトは過去の遺物になろうとしていたのです。
1980年代
「教会、カリスマと権力解放の神学と制度化した教会」  レオナルド・ボフ  1981年  ブラジル 
<宗教批判(キリスト教)>
 「解放の神学」の著者でもあるブラジル人カトリック神学者レオナルド・ボフによる書籍。 
 左翼的な視点、植民地として支配されてきた視点から、西欧諸国による宗教的支配を批判しています。かつてルターが行った批判を20世紀に植民地から再発進したともいえる内容です。  この作品もまたヴァチカンからの批判を受けることになりますが、彼は地元での支持を得て、ブラジル司教としての活動も続けました。
 1991年、教会側が彼の原稿の出版を認めなかったため、ついに彼は司祭の職を辞します。
「私は聖職を辞したが、教会から遠ざかったわけではない・・・今後もカトリック、そして世界教会の一員として、貧者とともに貧困に立ち向かい、彼らの解放をめざして闘う神学者でありつづける」
 この後、「解放の神学」は第三世界を中心に大きな影響力を持つことになってゆきます。
「クージョ」  スティーヴン・キング 1981年  アメリカ 
<下品な言葉が問題視されたベストセラー作家>
 100キロの体重をもつセントバーナード犬がコウモリに噛まれて狂犬病に感染。小さな町の住民を次々に襲ってゆくというスリラー小説です。1983年ルイス・ティーグ監督により映画化もされたベストセラー作品。
 スティーヴン・キングの作品は、意外なことに学校や図書館からかなりの割合で撤去されています。その中でも「クージョ」は、「下品な言葉使いと性的記述が反道徳的」とされ最も批判が多かった作品でした。
<その他の問題作>
「キャリー」、「クリスティーン」、「デッドゾーン」、「ゴールデンボーイ」、「ドラゴンの眼」、「ダーク・ハーフ」、「ファイア・スターター」、「図書館襲撃」、「It」、「深夜勤務」、「ペット・セメタリ―」、「呪われた町」、「シャイニング」、「骸骨乗務員」、「ザ・スタンド」、「タリスマン」、「痩せゆく男」、「トミー・ノッカーズ」・・・
映画「クジョー」(1983年)(監)ルイス・ティーグ(脚)ドン・カーロス・ダナウェイ(出)ディー・ウォーレス、ダニー・ピンタロウ
 「アニー・オン・マイ・マインド」 ナンシー・ガーデン  1982年  アメリカ 
<同性愛を描いていることが問題視された小説>
 10代の二人の女子高校生が愛し合うようになり、それが学校に知られたことで問題となり、クラスや教師も巻き込んで二人の人生を大きく変えて行くことになります。
 この小説は、同性愛を理想化し、奨励しているとして批判されることになりました。実際は、同性愛を奨励しているのではなく、それがいかに人生を狂わせる可能性があるかを教えている本です。学校のPTAが図書館に対し撤去を求める場合が多かったようですが、図書館側は、「子どもが読んでいいかどうかを判断するのは親である」という見解を貫きました。この本は、アメリカ各地でなお、問題視されています。
「悪魔の詩」  サルマン・ラシュディ  1988年  イギリス 
<宗教批判(イスラム教)>
 インド出身のイギリス人作家による大人向けファンタジー小説です。
 作品中でムハンマド(イスラム教の預言者)を冒涜しているとして、イランの宗教・政治指導者アーヤット・ルッホラー・ホメイニ師が著者に死刑を宣告し、世界に衝撃を与えました。その後、彼の殺害に対し報酬を支払うという発表までなされました。
 当然、出版社や書店にも脅迫が行われます。(1991年7月日本版の翻訳者五十嵐一氏が殺害されるという事件も起きています) 
 イスラム圏の国のほとんどで、この本を所持するだけで逮捕、罰金が科されることになっています。それ以外の国でも、販売や輸入が認められない国が多いようです。
「サルマン・ラシュディがたとえ後悔し、この時代で最も信心深い者になったとしても、すべてのイスラム教徒は持っている物すべてを、そして生命と財産をかけて、ラシュディも地獄に送る義務がある」
アーヤット・ルッホラー・ホメイニ
「クレイジー・ホースの精神」  ピーター・マシーセン  1983年  アメリカ 
<人種差別(アメリカ先住民)>
 1970年代にサウスダコタ州のスー族居留地で起きた事件と「アメリカ・インディアン運動(AIM)」を描いた実録小説です。特に有名な1973年の「ウンデッドニー事件」、1975年の「オグララ事件」が中心になっています。その中では、20世紀に入って歴史上最大規模のアメリカ先住民による街の占拠と暴動の裏に警察やCIAによる工作活動があったのでした。
「居留地で起こる事件は、インディアン対インディアン、つまり、『ディック・ウィルソンとその用心棒たち』とアメリカ・インディアン運動の対立のようにとらえられている。しかし、真実はそうではない。面倒を起こしているのは、連邦捜査局、CIA,BIAなどの、政府のために動いている各種機関だ。彼らはウィルソンたちに金を渡し・・・AIMが集結すると、FBIはこの荒くれどもが飲むためのウイスキーなどの酒を買ってくる。そうしてこの荒くれどもは勇気を得るのだ。・・・」
 この作品は出版後、事件に関わった州知事、FBI捜査官から名誉棄損の訴えを起こされますが、裁判では著者、出版者側が勝訴を収めました。
「異論のある事件について書けば、ある程度の論争も起こり得る。その場合合衆国憲法は、議論がより活発になるほうを求めると我々は判断した。・・・」
 さすがは自由の国アメリカです。
「スパイ・キャッチャー」  ピーター・ライト  1987年  オーストラリア、アメリカ 
<政府情報公開>
「上級諜報部員による赤裸々な自伝」
 MI5(英国情報保安部)の活動を描いた自伝。書かれているのは、過去の事実であり、国家に損害を与えることはないとして、国による出版差し止めの訴えは却下されました。 
1990年代
 「ラッジャ」 タスリマ・ナスリン  1993年  バングラディッシュ 
<反イスラム原理主義の書>
 1992年にバングラディッシュで起きたヒンドゥー教徒への迫害・暴力事件をもとにバングラディッシュの女性作家・ジャーナリストが書いた実録小説。イスラム教を国教とするバングラディッシュにおける少数派のヒンドゥー教徒は、常に多数派のイスラム教徒に弾圧されてきました。
 1992年12月にインドでヒンドゥー教徒の過激派がモスクを攻撃るす事件が起きます。すると、その事件への報復として、弱者へのこの事件が起き、1200人以上が殺されました。著者はこの小説の英語版序文にこう記しています。
「私は原理主義とコミュナリズムを激しく嫌悪する・・・1992年に起きたバングラディッシュでの暴動は、我々全員に責任があり、皆が責められるべきである。この作品は、我々が集団として敗北した記録である」
 イスラム過激派は彼女の首に1250ドルの懸賞金をかけ死刑を宣告します。そのうえバングラ政府は彼女からパスポートを奪い、彼女は逃げ場を失ってしまいます。 その状況に対し、スウェーデン、ノルウェー政府などからの圧力がかかり、何とか彼女は危機を脱します。しかし、政府は1994年に彼女に対し、実刑2年の刑を課すと発表。それに対し西側諸国が激怒し、何とか彼女は国外に脱出することができました。そして、その後も、海外で活動を続けます。
「この美しい祖国を彼らから守ることは私の義務であり、私の価値観に共感し、私の権利を守ろうとしてくれるすべての人にお願いしたい…原理主義の勢力を阻止するために、宗教にとらわれない人道主義者の我々が一致団結して、危険な影響力を食い止めようではないか。私は闘うひとりとして、決して沈黙することはないだろう」
 イスラム圏で生きる女性たちの苦難を思うと頭が下がります。

<参考>
「百禁書 聖書からロリータ、ライ麦畑でつかまえてまで 100 Banned Books」
 1999年
(著)ニコラス・J・キャロライズ Nicholas J.Karolides、マーガレット・ボールド Margaret Bald、ドーン・B・ソーヴァ Dawn B.Sova
(編)ケン・ワチェスバーガー Ken Wachesberger
(訳)藤井留美、野坂史枝
青山出版

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