「いちばんここに似合う人 No One belongs here more than you」

- ミランダ・ジュライ Miranda July -

<様々な人生を生きる>
 何も知らずにこの本を読んだとしたら、作者がどんな人物なのか、想像するのは難しいかもしれません。それほど、この短編集には、様々な視点に立った様々な人生が描かれています。
 時には、村上春樹の世界(「1Q84」)のように謎の生命体が登場し、主人公とセックスをしたり、時にはレイモンド・カーヴァーの小説のようにどこにでもある生活が突然、予想外の展開に変わったり、グレイス・ペイリーの小説のように女性ならではの視点からダメ男たちを見つめたり、ブコウスキーの小説のようにどぎついセックス描写があったり、どれも一筋縄ではゆかない個性的な作品ばかりです。これは著者の体験と妄想のたまものなのでしょう。

「共同パティオ The Shared Patio」
 彼の意識がないあいだのことだったとはいえ、やっぱりあれは有効だ。むしろ二重に有効だ。なぜなら意識がある人はしょっちゅうまちがった人を好きになる。でも深い深い井戸の底、真っ暗な闇と太古の水以外なにもないあの場所では、絶対にまちがいようがない。神様にこうしなさいと言われて、好きになる。彼は同じアパートに住んでいる。韓国系だ。名前はヴィンセント・チャン。
「共同パティオ The Shared Patio」

 こうして始まるのが、この短編集の最初の一編「共同パティオ」です。同じアパートに住む妻のいる男性への夢の中の恋を描いた作品です。村上春樹の小説のゆなオープニングと映画「恋する惑星」のような展開が、夢の中で一瞬のうちに展開します。

 あなたは生きることに迷いがありますか?こんなつらい思いまでして生きていく意味が本当にあるのかどうか、自信をなくしかけている?空を見ましょう。その空はあなたのためにあるのです。道ですれちがう一人ひとりの顔を見ましょう。どの顔もあなたのためにある。・・・・・。

 オープニングのこの小説は、ここから始まる様々な悲劇の物語はけっして世界を否定しているわけではないのですよ、とことわり書きのように読者に語りかけています。

「水泳チーム The Swim Team」
 わたしみたいな人間が”コーチ”って呼ばれるなんて、あなたには想像もできないでしょうね。ベルベディアにいたころのわたしはまるきりべつのわたしで、だからあなたにもうまく話せなかった。あそこでは彼氏は一人もいなかった。アートもやらなかったし、アート系の人じゃぜんぜんなかった。どっちかといえばスポーツ系の人だった。もしあなたがこの話を面白がるような人だったら、わたしだってとっくに話してただろうし、今もあなたでは付き合っていたかもしれない。・・・
 わたしがいま誰のところに一番もどりたいかわかる?エリザベスとケルダとジャックジャックよ。もうみんなとっくに死んでしまっただろう、まちがいなく。なんという途方もない悲しみ。わたしはきっと、人類史上最高の悲しい水泳コーチだ。


 田舎の小さな町でひとりぼっちの主人公が、海もプールもない土地で老人たちに水泳を教えるというお話。洗面器に顔をつけらがらの水泳はかなり馬鹿馬鹿しいのに、なぜかほのぼのとして、ちょっと物悲しい作品です。

「マジェスティ Majesty」
 ・・・わたしは這いつくばりながら突然思い出す - 地震はもう何十年も前に来ていたのだと。この苦しみ、この死、これがあたりまえのことなのだと。これが生きるということなのだ。それどころか、とわたしは気づく。本当は地震なんか最初から来てもいなかったのだ。人生とはこんなふうに壊れたもので、他のことを期待するほうがどうかしていたのだ、と。

  イギリスのウィリアム王子との妄想の恋にはまってしまった中年女性のお話。彼女は地震の危険性を人々に認知させ、防災意識を高めさせる仕事についています。普通に見えて、実は心の中が少しずつ壊れつつある悲劇の物語です。
「世界も私も毎日ぶっ壊れている!」っていうCMを思い出してしまいました。

「階段の男 The Man on the Stairs」
 ・・・それでもケヴィンは我慢づよかった。くだらない冗談をたくさん言って、わたしを家まで送っていく車の中でもずっとわたしを笑わせようとした。わたしが歯をくいしばって笑わうまいとした。笑うくらいなら死んだほうがましだと思った。そして笑わなかった、最後まで笑わなかった。でもわたしは死んだ。けっきょく、死んだ。

 ベッドの中で誰かが自分を襲いに来るという妄想を描く主人公のお話。妄想の中でしか人を愛せない彼女は、妄想からリアルな恋人になった彼氏との関係を自ら終わらせようとします。そして、もう次なる妄想の恋が始まります。

「妹 The Sister」
 ・・・われわれはどちらも無言だった。けれどもふいに戻ってきた暗闇は、投げかけられた問いのように、眉を上げて待っていた。次に自分がどうするか、何を言うかで、すべては決まる。自分は「鳩目打ち(グロメティング)」とは言わなかった。だが喉の奥にさっきのGがまだ残っていて、それが声になろうとしていた。
 ぐるる、と唸るような声が出た。
 その瞬間ヴィクトルがこちらを向き、首筋に顔を押しつけてきた。こうして新しい世界はあっけなく始まった。唸り声ひとつで。


 存在しない同僚の妹を愛してしまった主人公。彼はその同僚に騙されただけでなくいつの間にか同性愛の世界に引き込まれてしまいます。妄想と同性愛、そして老人同士の愛を盛り込んだ不気味で可笑しくて哀しい不思議な世界は、この短編集の中でも出色の存在です。

「その人 This Person」
 ・・・おめでとう、あなたテストをパスしたのよ、そうぜんぶテストだったんだ、みんなふりをしていただけ、人生は本当はもっとずっといいものなんだよ。その人は安堵のあまり声をたてて笑い、そしてメッセージをもう一度再生して、その人が知っているすべての人たちが、その人を抱きしめて輪の中に迎え入れるために彼女を待っている場所の住所を聞きなおす。・・・

 人生は試練の繰り返しです。しかし、それが本当に「試練」もしくは「試験」で、ある日突然、「卒業」できたとしたら・・・?きつい現実に逃げ場を失った時、そんなことを思いたくなることがあります。しかし、このお話の主人公は、見事に「卒業」資格を得たにも関わらず、自らその卒業パーティーから逃げ出してしまいます。その結果は死?

「ロマンスだった It was Romance」
 <ロマンスは幻想だし、布の下の世界も幻想です。でもあなたたちは人間だから、布を取ることはできないんです。だったらいっそ、うんとロマンチックな女性になる方法を学びましょう。ロマンスこそは人間の特技なんですから。さあ、布を取っていいですよ>
 もう二度とこの布は取れないような気がする、だってわたしたちは人間だから。けれども布はあっさり取れて、ホールが前より一段暗くなった。布を取ったらべつの動物に生まれ変わっているかもしれない、世界と一つになれるかもしれない、とわたしは期待した。でももちろん布はただのメタファーだったし、わたしたちは、ロマンス体質になるために土曜の朝のセミナーに集まってきた四十人の人間の女だった。・・・


 「女性として幸福に生きるためのロマンス講座」って感じのセミナーに参加した主人公。ロマンスとは何かを自分に問いかけているうちに彼女は泣き出し、そしてうれしくなり・・・いつしかロマンスの宇宙へと飛び出していました。恐るべし妄想によるヒーリング・パワー!

「何も必要としない何か Smething That Needs Nothing」
 ここが理想の世界なら、わたしたちは二人ともみなしごのはずだった。実際みなしごみたいな気分だったし、みなしご並みに世間から同情されるべきだと思っていたのに、嘆かわしいことにわたしたちには親がいた。わたしなんて、二人もいた。どうせ行くなと言われるに決まっていたから、何も言わずに出てきた。

 これはどうやら著者の実体験がもとになっているようです。お金がなくて同性愛の友人と住み始めた部屋の家賃も払えず、映画「パリ・テキサス」に出てきた「のぞきショー」でお金を稼ぐことになります。妄想好きの著者らしいアルバイトといえるのかもしれません。

「モン・プレジール Mon Plaisir」
 ・・・だがドアに着くと手前でクラクションが鳴った。彼が戻ってきたものだ。前の席に園芸用のスコップを置き忘れていたのだ。それをどうするかをめぐって、わたしたちは話あった。どちらの引越し先にも庭はなかった。わたしはだんだんと、スコップをめぐるこの会話が永遠に続くような気がしてきた。年寄りになったわたしたちが、スコップを間にはさんで歩道に立っている姿が浮かんだ。わたしは急いでカールの手からスコップを取り、それを胸の前でしっかり持った。彼がトラックに戻り、わたしもスコップを持ってドアに向かった。これで終わり、と思った。今度こそわたしは独りだった。たしかめるために、もう一度だけ振り返った。イエス。

 関係が上手くゆかなくなっていた彼氏を誘い、映画のエキストラに二人で出演することにした主人公。映画の撮影中、レストランで二人はいつの間にか映画の主人公のように語り合い、いつの間にか二人はいつの間にか二人は愛をとり戻したかのように振る舞います。しかし、撮影が終わり「カット!」の声が響くとともにそんなつかの間の愛にも終わりが、・・・。

「子供にお話を聞かせる方法 How to Tell Stories to Children」
 出産にも、養子縁組にもよらず、徐々に、ごく自然な形で、子供を自分のものにする女たちというのは歴史上そう珍しいことではなかった。私にとってはそれは考えるまでもなく正しいことだったが、私の彼氏たちはみんなとまどいを隠さなかった。

 別れた彼氏とその恋人の間にできた子供をベビーシッターとしてあずかり、まるで自分の子供のように愛してゆく主人公。不思議な家族関係を築くものの、そんな3人の相談相手となっていたカウンセラーの男性と主人公は愛し合うようになります。ところが、その恋は子供にとっては許せないものであり、その結果は驚くべき復讐劇を生むことになってしまいます。

ミランダジュライ Miranda July>
 この短編集の著者ミランダ・ジュライ Miranda Julyは、1974年2月15日アメリカはバーモント州のバリーに生まれ、その後カリフォルニア州のバークレーで育ちました。両親も作家・編集者でニューエイジ系の本を扱う出版社を営んでいました。ヒッピー・ムーブメントのライフ・スタイルを貫いた両親の影響のもとで育った彼女は、子供の頃からお話を作ったり、芝居を一人で演じるのが好きだったようです。高校生になると、彼女は本格的に同人誌の製作し、自ら戯曲を書いて芝居を上演するなど、アーティスト街道まっしぐらの青春時代を送ります。
 ところが、カリフォルニア大学に入学するものの、2年で中退。突然、彼女は家出をし、オレゴン州のポートランドに住んでいた友人のところに転がり込みます。90年代半ばのポートランドで彼女は、フェミニズムとパンク・ロックを融合させた音楽活動を展開。CDを出したり、バンドのプロモーション・ビデオを製作。1996年に彼女が撮った初の短編映画「Atlanta」では、主演、監督、脚本を担当。2005年には、初めて長編映画に挑戦。その映画「君とボクの虹色の世界 Me and You and Everyone We Know」でも、主演、監督、脚本を担当。この作品が、カンヌ映画祭で高い評価を受け、カメラドール賞など4つの賞を獲得し、一躍世界中から注目される映画監督となりました。
 さらにこの頃、彼女は映画と平行して小説など文筆活動にも力を注ぐようになります。この短編集は、この時期に彼女が様々な雑誌に発表した短編小説を集めて2007年に発表されたものです。
 この作品を書いた時、彼女はまだ30歳になったばかりでしたが、そこには一人の人間の体験とは思えないほど様々な体験が収められています。それは多分、彼女が人生経験の豊かさ以上に、人並みはずれた妄想力を持ち合わせているからではないのか?と思うのですが・・・。さらに彼女は、その妄想を映像化する能力も持ち合わせているのですから、鬼に金棒です。
 今度、是非彼女の映画も見てみたいと思います。ウディ・アレンも、マーチン・スコセッシも、村上春樹も、みんな妄想力を育て、制御する力をつけることで名作を世に送り出してきました。
「妄想力こそ、芸術の泉なり!」です。

「いちばんここに似合う人 No One belongs here more than you」 2007年
(著)ミランダ・ジュライ Miranda July
(訳)岸本佐知子
新潮社クレストブック 

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