「散逸構造論の父」

- イリヤ・プリゴジン Ilya Prigogine -

<世界を変えた化学者>
 20世紀を代表する偉大な科学者の中には、ジャンルの枠を超え、思想や哲学、文化全般にまで影響を与えた人々がいます。「相対性理論」のアインシュタイン、「量子力学」のボーアやハイゼンベルク、「宇宙物理学」のホーキング、「進化論」のドーキンスやグールド、「遺伝学」のワトソンとクリックなどがそうです。その多くは物理学や生物学に属するもので、化学(ばけがく)に関しては、ナイロンやテフロンを発明したデュポン社のような実用的な新素材を生み出す便利屋さん的存在がほとんどでした。(僕が東京理科大学の物理科に通っていた頃、微積分学の教授は、俺は化学を学問とは認めていない、あれは暗記学科だ、だから、俺は物理科と数学科しか教えない!そう豪語していました)
 しかし、化学の世界にも世界を驚かせる発見をした学者はいます。それが、1977年に散逸構造の理論によりノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンです。

<イリヤ・プリゴジン>
 イリヤ・プリゴジンは、1917年1月25日にロシアの首都モスクワで生まれています。1917年といえば、ロシア革命の年、まさに激動の時代、激動の街に生まれたわけです。その後、彼の家族は社会主義国となったソ連を逃れ、ドイツの首都ベルリンを経由して、1921年ベルギーのブリュッセルに住み着きました。
 ブリュッセル自由大学で化学を学んだ彼は、1947年、同大学の教授となります。しかし、彼は学生時代から化学一辺倒の学者ではありませんでした。フランス語圏のベルギーで育ったことで彼の興味は歴史や心理学、哲学にもおよび、特にアンリ・ベルグソンの影響を強く受けたといいます。
 フランスが生んだ偉大な哲学者、心理学者であるアンリ・ベルグソンは「時間と自由」(1889年)、「創造的進化」(1907年)などの著作で知られるベルグソンは、「時間」という概念にこだわり続けた思想家でもありました。彼は「時間」についてこう書いています。

「大部分の時間、われわれは自分自身に対して外面的に生活している。われわれはわれわれの自己について、色あせた、色あせた幽霊・純粋な持続が同質的空間に投射しか認めないのである。われわれの生活はそれ故に、−時間の中においてよりは−むしろ空間の中において繰り広げられる。・・・・・
 その結果、自ら行動するというよりは、むしろ『外から動かされる』ことになる。自由に行動するというよりは、自分自身を取り戻すことであり、純粋持続の中に再び身を置くことである。・・・・・」

「ベルグソン」淡野安太郎著

 「時間」という存在を人間の自由と結びつけたベルグソンは、「創造的な行為」を行なっている瞬間、人間はボーっとした「思考停止」状態を逃れ、真の意味で生きており、その時初めて「時は流れている」のだとしました。当然、その時の流れは物理学の実験において用いられる可逆方向の時間とは異なり、「ワン&オンリー」でけっして繰り返したり、逆戻りしたりすることのない存在です。(この考え方は、ミヒャエル・エンデの代表作「モモ」に登場する「時間泥棒」のことを思い出させます)
 こうした、時間についての概念を彼が受け継いでいたからこそ、プリゴジンはそれまでの物理学の常識とは異なる新しい「散逸構造」という科学概念を生み出すことができたのかもしれません。 

<研究の目的>
 彼が「散逸構造」の研究に向かったのには、いくつかの疑問を解くためでした。
「生物進化や社会の進化は、単純なものから複雑なものが生ずることを示している。これはどうして可能なのか?どうしたら無秩序から構造が生ずるのか?」

「古典物理学や量子力学は世界を可逆なもの静的なものとして描き出している。・・・力学で定義できるような「情報」は時間に対して一定のままである。したがって、力学の静的描像と熱力学の進化のパラダイムは明らかに矛盾している。不可逆性とは何か?」


<散逸構造>
 彼は生み出した散逸構造の概念は、なぜ宇宙に秩序もしくは物質というものが生まれたのか?そして、その秩序はどうやってより複雑な存在へと進化し、ついには生命そして人類を誕生させるにいたったのか?それらの疑問に対する重要な鍵となるものです。そして、こうした秩序の誕生と進化の流れこそ、不可逆な時間の流れそのものなのです。
 それでは、できるだけわかりやすく散逸論の概念とそこから発生する生命についての考え方について説明したいと思います。
 先ず初めに、それらの概念の基本となる部分を少々・・・・・。「エントロピー増大の法則」とは何か?から始めましょう。
 「エントロピー」とは、あるものの状態の「乱雑さ」を表す言葉です。1865年熱力学を研究していた物理学者クラウジウスは、「エントロピーは最大値に向かって増大する」という法則を発表しました。
 コーヒーの中にミルクをたらすと、それは初めは白い点となって見えるが、時間が経過するとともにそれはコーヒーと混ざり合い、コーヒーの色を薄めつつ消えてゆきます。ミルクが混ざり合い消えた状態、それがエントロピー最大の状態です。これは実に当たり前のことであり、それほど重要なことには思えないかもしれません。しかし、この法則こそ、あらゆる物理法則の中でも最強の存在とも言われるのです。

「エントロピーは常に増大するという法則(熱力学第二法則)は、自然法則の中でも最高の地位を占める、と私は思う。もしだれかが、君の宇宙論はマックスウェルの方程式に反すると指摘したら −マックスウェルの方程式の方が、それだけ欠陥がある。もし君の宇宙論が観測結果と矛盾することがわかったら −そう、この実験家はときどきへまをやる。しかし、もし君の宇宙論が熱力学第二法則に反することがわかったなら、私はもう君に何も希望を与えられない。その理論は屈辱にまみれて葬られる以外にない」
アーサー・S・エディントン

 この法則は、物理学の世界において最重要の存在であると同時に実に奇妙な存在でもあります。この法則によると世界は一方向に流れる時間によって司られています。しかし、それ以外のあらゆる物理法則について、そこで用いられる時間は逆向きにも可なのです。
 月に向かってロケットを飛ばす計算は逆向きとなる帰り道も当然、計算可能です。こうした計算以外でも熱力学がからまないすべての計算式は、それと逆向きのマイナスを代入すれば逆向きの動きを導き出すことができるはずです。ところが、コーヒーの中に混じったミルクが再びもとの雫にもどることはありえません。したがって、この逆向きの動きを計算によって導き出すことも当然、不可能です。
 こうした、時間の一方向性についての状況は「時間について対称性が破れている」という言い方をします。実は、この「対称性の破れ」こそ、宇宙誕生の原点であり、すべての創造活動の原点でもあると考えられています。

「自然の物体、一個の石が芸術の対象に変換されることは一面ではわれわれが物質に及ぼす影響と密接に関係している。芸術活動は、対象物の時間的対称性を破る。それは、人間の時間的非対称性を対象の時間的非対称性にに転化させた跡を残している。われわれが住んでいる可逆的で、ほぼ周期的な雑音のレベルの中から、確率論的で時間に方向性のある音楽が生まれる」
イリヤ・プリゴジン

 マルセル・デュシャンが便器に「泉」と名づけた時から、それは永遠に語り継がれる芸術作品となり、あらゆる物が芸術作品となりうる新しい芸術の時代が始まりました。ならばエントロピー増大則により芸術の世界もまたどこまでも自由度が高まり、ついには何でもありの世界になってしまうのでしょうか?
 たぶん、そうはならないでしょう。なぜなら、芸術とは自由を表現することではあっても、そこに人を共感させる何かの秩序を築くことと同義だからです。そして、この秩序の創造こそ、散逸構造の理論が明らかにしている重要な概念です。それでは話をもとに戻しましょう。

<秩序の誕生>
 前述の「エントロピー増大則」は、長い目で見ると誰もが逃れられない絶対的な存在です。しかし、例外的な瞬間もまた存在します。それは統計学的(確率論的)に考えれば、そうなることが最大確率だということであり、コーヒーの中に混ざっていたミルクが突然一箇所に集まるという可能性もゼロではないのです。(現実的には限りなくゼロに近いのですが・・・)
 この「わずかながらも起こりうる可能性」のことを「ゆらぎ」と呼びます。そして、この「ゆらぎ」は「ある条件」のもとで一定の秩序を生み出す「自己組織化」にいたることがあります。この時、生まれた構造こそ、「散逸構造」です。なお、この時の「ある条件」については、こう説明できます。

「システムに秩序を出現させるためには、先ず、システムの内部に「過剰なエネルギー」が蓄えられて、不安定な状態がつくられることが第一である。この不安定な状態とは、「一触即発」の状態である。それは、小さな刺激に対してシステムの内部で連鎖反応がおきて、反応が増幅されてゆくことが、潜在的に可能な状態である。いわば、システムの感度が異常に増大している状態といえよう。たとえば恐慌直前の社会の状態のようなものである」
イリヤ・プリゴジン

 こうした「一触即発」の状態について、プリゴジンはこうも書いています。

「平衡状態では物質は盲目であるが、平衡から遠く離れた状態では、新しいタイプの構造が自発的に生じうることを知っている。平衡から遠く離れた条件化では、物質は、(弱い重力場や電場のような)外界の違いを感知し、それを考慮に入れて機能し始める」
イリヤ・プリゴジン

 「一触即発」の状態は触れれば破裂するほど、繊細なセンサーだといえるわけです。たぶん人間のもつ感覚器官もある意味「一触即発」の状態にあるのでしょう。ただし、このセンサーは単に刺激に反応しているだけではありません。それは反応することである一定の秩序を生み出し、ある一定の条件のもとで、それを維持する能力をあわせもっているのです。

<散逸構造を維持するエネルギー>
 「散逸構造」は秋の空に浮かぶいわし雲や羊雲に見ることができます。彼らは偶然ああやって並んでいるのではありません。同じような構造の雲が同じような間隔で空に並んでいるのには、そうなるべき原因があります。他にも、目で見ることのできる「散逸構造」があります。
 味噌汁を少しずつ温めてゆくとある温度で、そこに蜂の巣のような六角形の模様が生じることがあります。これは「ベナール対流」と呼ばれ、散逸構造の代表的な例とされています。
 こうした散逸構造の誕生とその維持には「エネルギー」が必要です。たとえば、味噌汁を温めるガスコンロの火があって初めて「ベナール対流」を維持できるのです。常にエネルギーを散逸(消費)しなければ、秩序を維持できないという意味で散逸構造と呼ばれているわけです。
 こうして、混沌とした状況の中から一定の条件がそろうと、ある種の秩序が生まれうることがあきらかになりました。しかし、こうした単純な秩序までの道のりは、まだまだ遥か彼方といわざるをえません。それでも地球の長い歴史の中で単純な化学反応にすぎなかったものが、少しずつ変化を遂げる中で、より安定なものが生まれ、それがついには「生命」と呼びうるものになったと考えられます。
(前述の「ベナール対流」またの名を「ベナール細胞」とも呼ばれており、原子細胞の誕生は、こうした単純な秩序が細胞膜によって固定されたものかもしれないと考えられています)

「無機化学上の例では、関与する分子は単純な反応機構は複雑である。一方、既知の生体反応は多くの場合、反応機構は単純であるが分子(タンパク質など)はきわめて複雑で特異的である。この相違は偶然ではない。ここでわれわれは物理学と生物学の相違を明確にする第一原理に出会ったことになる。生体系は『過去をもっている』。生体を構成している分子は進化の所産である。それらの分子は、きわめて特異的な組織化過程を作り上げる自己触媒機構に参画するように淘汰されてきた」
イリヤ・プリゴジン

 こうして、「生命」は少しずつ「進化」しながら、より複雑な存在を生み出してきたといえます。

「生命は、あるパターンが脈打ちながら拡大してゆくことである」
ランスロット・L・ホワイト

 しかし、生命が脈打ちながら拡大してゆくことで、より複雑化し、ついには「人間」にまで到達するには、単なる自然淘汰だけでは不可能だといわれています。そこには、生命自らが情報を作り出すことで環境の変化に適応してゆく、より高度な能力が必要なのです。このことについて、日本の生命理論の第一人者、清水博氏は、こう書いています。
「生命システムの本質である自己言及的創出性、すなわち、生命の本質が情報を作り出すところにあるということである。これに関しては、私は、生命システムは時々刻々情報を作り出さなければ生きていけないと考えている」

 では、どうやってDNAという情報の鎖が人間という膨大な情報から成り立つ生命体へと発展してゆくのか?ここから先はプリゴジン先生の領域をこえていますので、また別のページで取り上げたいと思います。(といっても、ほとんどは未だ未解明のことばかりなのですが・・・)

<散逸理論の価値>
 どうでしょう?ここまで読んで、散逸構造理論にほぼ納得していただけましたか?プリゴジン先生の理論は理屈にあっていて、けっして驚くべきことではないかもしれません。しかし、これらのことを数学的に証明し、なおかつ数式化することで数学的に解析することを可能にした最初の科学者、それは間違いなくイリヤ・プリゴジンという天才だったのです。
 もちろん、ここでその数式は書きません。理学部の物理科を出た僕でもほとんど理解不能なので、解説しようがないからです。したがって、もっと知りたい人は、こうした分野の研究をしている大学の研究室を目指してください。そして、理解できたら、是非、僕に説明して下さい!よろしくお願いします。

[参考資料]
「混沌からの秩序」I・スタンジュール、イリヤ・プリゴジン著、伏見康治、伏見譲、松枝秀明訳(みすず書房)
「現代思想特集イリヤ・プリゴジン」浅田彰ほか(青土社)

20世紀哲学史へ   20世紀科学史へ   20世紀異人伝へ   トップページへ