アメリカの分断の根源を問うドキュメンタリー映画


「私はあなたのニグロではない I'm Not Your Negro」
「マルクス・エンゲルス」


- ラウル・ペック Raul Peck -

- -- メドガ―・エヴァーズ、マルコムX,マーティン・ルーサー・キングJr.-
<真正面からの人種差別ドキュメンタリー映画>
 このドキュメンタリー映画は、メドガ―・エヴァーズ、マルコムX,マーティン・ルーサー・キングJr.という暗殺によって命を落とした3人の黒人指導者を中心に、公民権運動が盛り上がりを見せた1950~60年代と21世紀の現代アメリカ社会を並行して描いた作品です。
 当時3人と交流があった黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの文章と討論会などの映像を基本に、3人の記録映像をまとめていますが、そこに当時の「音楽」、「映画」を加えて映像作品として見ごたえのある内容になっています。どの映像、音楽、文章にも意味があり、それぞれのクオリティーも高く、上映時間も1時間半と短いので一気に見られると思います。
 残虐でショッキングな暴力の記録写真、様々な歴史的事件のニュース映像はもちろんですが、その合間にはアメリカ各地の美しい風景、ブラック・ユーモアに見えてくる白人たちの能天気な映像、その真逆のクールで重たい黒人たちの映像、そして説得力のあるボールドウィンの言葉…と目が離せない映像の連続です。
先ずは一気に見終えた後、もう一度ゆっくりと見るのも良いと思います。

<映画が映し出す差別>
 この映画では、様々な映画(ハリウッド映画)が使用されていますが、それぞれが意味を持っています。それは時に、その映画に対する今までの印象を180度変えてしまうことになるかもしれません。
 かつて子供の頃に見た「手錠のままの脱獄」がもつ欺瞞、リベラルな視点のもつ限界について、改めて考えさせられました。それは敵対していた白人と黒人の脱獄犯がお互いを認め合うロード・ムーヴィーで人種差別を批判する名作として有名です。でも昔、テレビで見た時に子供心に「なんかなあ?」と感じた違和感の理由が分かった気がしました。
 ちなみに今も大好きな「夜の大捜査線」については、ラストの白人警察署長と黒人刑事との別れのシーンが使用され、そこでのお互いに対する相互理解について高い評価がなされていました。この作品では途中、二人は激しく衝突し、それが最後の融和へとつながったとも言えます。差別意識は署長が刑事とぶつかったことで初めて消し去るとこができたと描かれているのだと思います。

 この映画に数多く登場するハリウッド映画やCM映像では、異常なほど白人たちの生活が理想的に美しく描かれています。昔、見た時は当たり前に思えていたはずが、改めてこの作品の中で見せられるとカラフルなパジャマを着た白人の若者たち(映画「パジャマ・ゲーム」)はまるでKKKの集団に見えてしまいます。
 当時の黒人の子供たちにとっても、それが例えジョン・ウェインのようなヒーロー俳優でなくとも、白人そのものが理想化された存在に見えるのも当然だったかもしれません。こうして生み出された精神的な差別の構図は、そのまま社会的な分断と結びつき、400年にもわたるアメリカにおける差別の下地になってきたのです。
<映画のリストは下記にあります>

 ボールドウィンがこの作品の中で主張しているこうした指摘をまとめてみました。さすがに偉大な作家らしく、彼の言葉や文章はどれも説得力がるだけでなく、簡潔にして美しく、日本語訳でもなお十分に人の心を打つものになっています。

<「ニグロ」という存在の誕生>
 なぜアメリカの白人は被差別民族として「ニグロ」という存在を生み出したのか?
その理由を自覚することなくして、差別を無くすことはできない。そうボールドウィンは主張しています。

 白人は純血を保つために黒人問題を作った。そのせいで罪を犯し怪物となり蝕まれた。
 黒人が何かをしたとかしなかったからではない。
 白人が身勝手にも”黒人という役割”を黒人に押し付けたせいだ。


「私に自由か死を」と白人が言ったなら世界は称賛する。
 だが同じことを黒人が言えば犯罪人扱いされ、見せしめに罰せられるだろう。
 誰も後に続かないようにだ


<白人の無知が生み出す差別>
「なぜ黒人は悲観するのか?」そう言う人がいます。
「これだけ世の中が変わっても希望はないのですか?」
「希望はないと思っています。問題をすり替えている限りね」
「これは黒人の状況の問題ではありません。それも大切ですが一番の問題はこの国そのものです」

「ディック・キャベット・ショー」(1968年)より

「私があったほとんどの白人は黒人に敵意を持ってはいない。しかし、無知なのです。長年の隔離政策のせいで黒人について知らないのです。・・・」

 21世紀になってもアメリカから差別の構造が無くならい最大の原因。それは、「自分は黒人を差別していない」と思い込み、現在も続く差別の構造に加担しているリベラルの存在である。
 ボールドウィンはそう主張しています。けっして保守的な差別主義者の存在が原因ではないということです。彼は自分自身もまたかつてはその一員だったと認めています。彼自身もまた白人リベラル派への窓口的存在の作家だったのかもしれない。そんな思いがあったようです。

自覚していなかったが、当時の私はある意味で”白人のための黒人の希望”だった。
自分は差別主義者ではないと思っていた。
マルコムは差別主義者だと思われていた。
だが結局二人とも同じ場所でもがいていた。

<分裂したままのアメリカ>
 リベラッルを自認するアメリカの多くの白人たちは、自分は差別意識は持っていないとして、黒人たちと向き合うことを避けた人生を送っています。当然、ここまでの差別の歴史について知る機会もなく、未だに続く差別の状況について知る機会もありません。

私が会ったほとんどの白人は黒人に敵意を持ってはいない。しかし、無知なのです。
長年の隔離政策のせいで黒人について知らないのです。


 アメリカのテレビ・ドラマ「THIS IS US 36歳、これから」では、3人兄妹の一人として黒人の男の子を育てることになった白人家族の人生が描かれています。差別の対象となる息子と彼を守ろうとする両親、それぞれの立場の違いは明確で、兄妹の間にも嫉妬心があり、アメリカの縮図のような家庭です。
 世界はそれぞれ異なる人々により、まったく異なって見える。この当たり前のことは、家族の間でも、夫婦の間でも、同じことです。そこに人種の違いという大きな壁があるなら、相互理解に至ることなど絶対に不可能。そう思えてきます。ただし、「家族」は「家族」であるがゆえに、意見の衝突があっても、お互いを理解しようという努力を続けることができます。(逆に悲惨な結末を迎えることもありますが・・・)
 このことは「人種の壁」についてだけでなく、「性」、「民族」、「宗教」などの問題についても同じです。「ニグロ」の存在は、様々な「差別」すべてに通じる問題であることを認識しないと、この問題は単なる他人事にすぎなくなってしまいます。
(僕自身、黒人音楽への愛からこのサイトを発展させてきた部分もありますが、それこそ無責任な話です)


アメリカのニグロの物語はアメリカの物語だ。
美しい物語ではない。
「あなたは辛辣だ」
そうかもしれないし、違うかもしれない。
辛辣だとしたら、それだけの理由はある。
最大の理由は盲目で臆病なアメリカ人が -
人生はバラ色というふりをしていることだ。
危険なほど長い間この国には - 二つの層が存在していた。
ゲイリー・クーパーとドリス・デイが象徴する層が一つ。
グロテスクなほど清らかなイメージだ。
もう一つは不可欠なのに目立たず否定されてきた層だ。
例えるならレイ・チャールズの歌声に象徴される
この二つの層が向き合ったことは一度もない。


テレビ討論の場で白人学者から、ボールドウィンはこう問われました。
「社会は変化していて、もう白人と黒人というよりも、個人個人の違いの問題として考えてもいいのではないですか?」
そうれに対して、ボールドウィンは・・・
「黒人は教会でも学校でも常に差別されている。そんな現状があるのにどうして差別がないかのように生きられるのですか?」
周囲に差別の構造がないように見えても、それは白人には見えていないだけなのです。
その見えない理由を知ろうとしない限り、無知からは脱却できず、変化も起こせないとボールドウィンは語っています。

<白人と黒人が向き合う時>

私を私刑で殺したり スラムに追いやれば
あなた自身が怪物になる
その上 私を優位に立たせることになる
あなたは目をそらし 私はあなたを見る
そして あなたについて詳しくなるのだ
向き合っても変わらないこともある
だが向き合わずに変えることはできない

私はニガーではない
歴史は過去ではない現在だ
我々は歴史と共にある
我々が歴史なのだ
この事実を無視するのは犯罪と同じだ
明言しよう
世界は純白ではない
これまでも違った これからも違う
白さは権力の象徴というのは、チェース・マンハッタン銀行の描写に過ぎない



私は悲観主義者ではない
生きてますから
悲観主義者で生きていける世の中ではない
生き抜けると思うのは楽観主義だからです。
しかし、この国の黒人は - 黒人の未来は
国の未来同様 明るいかまたは暗いかだ
全てはアメリカ国民次第です。
議員ではなく 国民次第なのです。
ずっと敵対してきた相手と向き合い -
抱き合えるかどうかが問題です。
白人は自分自身に問わねばならない。
なぜ”ニガー”が必要だったのか?
私をニガーだと思う人は - ニガーが必要なんだ。
白人は自分の胸に聞いてほしい。
黒人にとっては北部も南部も同じです。
”去勢”の方法は確かに違いますが -
去勢される点は同じだ。
それは事実です。
私はニガーではない。
白人がニガーを生み出したのです。
何のために?
それを問えれば未来はあります。


<使用されている映画>
作品名  公開年  監督  コメント 
「暗黒街に踊る」 1931年 ハリー・ボーモント Harry Beaumont  ジョーン・クロフォード主演 
「キングコング」  1933年 メリアン・C・クーパー Merian C. Kooper フェイ・レイ主演 (島の原住民は典型的な黒人として描かれています)
「リチャーズ・アンサー」 1945年 W・フォレスト・クランチ W.Forest Crunch シドニー・ポワチエ主演 (人種差別の問題を本格的に描いた初期作品)
「They Won't Forget」  1937年 マービン・ルロイ Marvin Leroy  日本未公開
「アンクル・トムス・ケビン」
Uncle Tom's Cabin
1927年 ハリー・A・ポラード Harry A. Pollad  ハリエット・ビーチャー・ストウ作「アンクル・トムの小屋」の映画化
今や「アンクル・トム」は白人の言いなりになる黒人の蔑称
「A Raisin In the Sun」  1961年 ダニエル・ペトリー Daniel Petrie  白人居住区に住むことになった黒人家族の物語
ロレイン・ハンズベリーの戯曲が原作で、主演はシドニー・ポワチエ
「駅馬車」  1939年 ジョン・フォード John Ford  西部劇のスター、ジョン・ウェインは白人ではあっても、やはりアメリカン・ヒーローでした
黒人少年にとっても、それが当たり前と思えたのが1950年代までのアメリカでした
ドント・ルック・バック
Don't Look Back 
1967年 P・A・ペネベイカー P.A.Penebaker  ボブ・ディランのツアーを追った伝説的ドキュメンタリー映画
エヴァーズの射殺事件を歌うディランの場面
「模倣の人生」
Imitation of Life 
1934年 ジョン・M・スタール John M. Stahl  1930年代にいち早く人種問題を扱った感動作 
クローデット・コルベール主演でリメイクもされているようです
「復讐鬼」
No Way Out 
1950年 ジョセフ・L・マンキウィッツ
Joseph Mankiewicz 
主演はリチャード・ウィドマーク、シドニー・ポワチエなど
チャールトン・ヘストン、ハリー・ベラフォンテらによる座談会の場面で登場
「手錠のままの脱獄」  1958年 スタンリー・クレイマー S.Kramer  手錠をつけられたまま脱獄した白人と黒人二人組
ケンカしながらもしだいに友情を育て協力して逃げようと奮闘するロード・ムーヴィー
「招かれざる客」  1967年 スタンリー・クライマー S.Kramer  アカデミー脚本賞
スペンサー・トレイシー、キャサリン・ヘップバーン(アカデミー主演女優賞
シドニー・ポワチエ 
夜の大捜査線」  1967年 ノーマン・ジェイソン Norman Jewison アカデミー作品・脚色・主演男優(ロッド・スタイガー)・音響・編集賞
推理サスペンス映画として名作であり、人種差別問題を扱った名作でもある傑作!
「パジャマ・ゲーム」  1957年 スタンリー・ドーネン Stanley Donen
ジョージ・アボット George Abbott
ドリス・デイ主演
パジャマ工場の労働運動をミュージカル化した作品
「カスター将軍」  1969年 ロバート・シオドマーク Robert Siodmak  西部劇において白人側のヒーローだった将軍も60年代になるとその評価は一変
アメリカ先住民を絶滅に追い寄ろうとした恐るべき殺戮者は、人種差別の象徴となります 
「ソルジャー・ブルー」  1970年 ラリー・ネルソン Larry Nelson  ニューシネマの影響を受けた先住民側から描いた白人による暴力映画
この作品以降、西部劇に対する見方は180度変わることになりました
エレファント
Elephant
2003年 ガス・ヴァン・サント
Gua Van Sant 
オハイオ州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件を下敷きにした傑作
アメリカ白人社会の心の闇を子供たちを題材に描いた問題作
「昼下がりの情事」  1957年 ビリー・ワイルダー Billy Wilder ゲイリー・クーパー、オードリー・ヘプバーン共演の大人のラブ・ロマンス
お洒落で素敵な映画ですが、ここで改めて見ると・・・
「Lullaby of Broadway」  1951年 デヴィッド・バトラ― David Butler  ドリス・デイ、ジーン・ネルソン共演のラブ・ロマンス・ミュージカル 
「恋人よ帰れ」
Love Come Back 
1961年 デルバート・マン Delbert Mann  ロック・ハドソン、ドリス・デイ共演のラブ・コメディ

<使用されている曲>
曲名  録音年  演奏者  作曲・作詞  コメント 
「バーミングハムのバラード」
The Ballad of Birmingham
2006年 The Tennessee State Univercity Students Jerry Moore
Dudley Radall 
KKKによる黒人教会爆破事件のあった街
「バーミングハム運動」の原点となった街
「ルート66」
Route 66 
1946年 ナット・キング・コール
Nat King Cole 
Bobby Toroup ルート66はシカゴとサンフランシスコを結ぶ旧国道
アメリカを横断する象徴的な道の歌
「Damn Right I've Got The Blues」  1991年  バディ・ガイ Buddy Guy  バディ・ガイ Buddy Guy 1950年代から21世紀まで活躍を続けるブルース界の大御所
「Black,Brown and White」  1946年 ビッグ・ビル・ブルーンジー
Big Bill Broonzy 
ビッグ・ビル・ブルーンジー
Big Bill Broonzy
1958年のこの世を去ったシカゴ・ブルースの大御所
「The Jailhouse Blues」  1927年  サム・コリンズSam Collins  Sam Hopkins  1887年ルイジアナ州生まれのデルタ・ブルース歌手
「ストーミー・ウェザー」
Stormy Weather 
1956年 レナ・ホーン Lena Horne  Harold Arlen
Ted Koehler 
同名タイトルの映画で主演もした女優が歌い大ヒット
(黒人女優が初めて主演したことでも有名な映画)
「Baby,Please Don't Go」  1949年 ライトニン・ホプキンス
Lightnin' Hopkins 
J. Williams  テキサス州出身のブルース・シンガー&ギタリスト
ブラインド・レモン・ジェファーソン直伝のブルース・アーティスト
「People Get Up and Drive Your Funky Soul」  1974年 ジェイムス・ブラウン
James Brown 
J.Brown,ST.Clair Pickney
Fred Wesley 
人種差別に対し、真正面から戦いを挑んだファンクの王様 
「Big Road Blues」  1928年 トミー・ジョンソン
Tommy Johnson 
トミー・ジョンソン
Tommy Johnson 
19世紀末生まれのミシシッピー州出身のブルース・シンガー
デルタ・ブルースの大御所
「Take My Hand,Precious Lord」  1961年 ブラインド・コニー・ウィリアムス
Blind Connie Williams 
トーマス・A・ドーシ―
Thomas A. Dorcey 
1932年にトーマス・A・ドーシ―牧師が作ったゴスペル曲 
「Just A Dream (On My Mind)」  1939年  ビッグ・ビル・ブルーンジー
Big Bill Broonzy  
ビッグ・ビル・ブルーンジー
Big Bill Broonzy  
50年代まで活躍したブルース界の大御所
「The Blacker The Berry」  2016年 ケンドリック・ラマ―
Kendrick Lamar 
Samuels,Kalatalo,Campbell
Lewis Duckworth,Kozmeniuk
Epstein
この映画のエンドクレジット曲
21世紀を代表するヒップホップ・アーティスト
映画「ブラック・パンサー」にも参加しています 


「私はあなたのニグロではない」 2016年
I'm not your Negro
(監)(製)ラウル・ペック Raul Peck
(原)ジェームズ・ボールドウィン James Boldwin
(撮)ヘンリー・アデボノジョ、ビル・ロス、ターナー・ロス
(編)アレクサンドラ・ストラウス
(音)アレクセイ・アイギ
(語り)サミュエル・L・ジャクソン

セザール賞ドキュメンタリー映画賞、英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞、LA批評家ドキュメンタリー賞


「マルクス・エンゲルス」 2017年
Le Jeune Karl Marx
(監)(製)(脚)ラウル・ペック Raul Peck
(脚)パスカル・ボニゼール
(撮)コーリャ・ブラント
(編)フレデリック・ブルース
(音)アレクセイ・アイギ
(出)アウグスト・ディール、シュテファン・コナルスケ、ヴィッキー・クリープス、オリヴィエ・グルメ、ハンナ・スティール

「共産党宣言 Manifeste du Parti Communiste」より
今日まであらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である
社会はますます敵対する二大陣営に分かれていく
互いに対立する二大階級
ブルジョワ階級とプロレタリア階級に
ブルジョワは個人の誇りを交換価値に変え -
高い犠牲で手に入れた無数の自由を -
良心を持たぬ商業活動の自由と取り替えてしまった
ブルジョワは家族関係の感傷的な -
ヴェールを裂き純粋な金銭関係に変えてしまった
ブルジョワは信心深い陶酔や -
俗物的感傷を利己的な打算という水の中で溺死させた
周期的な経済恐慌はブルジョワ社会をますます脅かす
新たな販路を求める欲望でブルジョワは地球を満たす
あらゆる方面との交易や - あらゆる国との相互依存が現れる
近代ブルジョワ社会は呼び出した悪魔を制御できぬ魔法使いと同じだ
封建制を打倒したブルジョワの武器が今や彼ら自身に向けられている

 前作で人種間の対立を描いたラウル・ペックは、それから100年前のヨーロッパで起きていた二つの階級の衝突をこの映画で描きました。
 上記は映画のラストに語られる「共産党宣言」からの抜粋です。人種間の対立以前に始まっていたこの闘争は、21世紀に入り再び脚光を集めつつあります。
 「プロレタリアとブルジョワ」、「黒人と白人」、二つの対立は100年の差があっても、実は共通の原因をもつ。
 そして、どちらも未だ未解決なまま今に至っています。

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