「イングロリアス・バスターズ INGLORIOUS BASTERS」 2009年

- クエンティン・タランティーノ Quentin Tarantino -

<「地獄のバスターズ」>
 この映画のタイトル「イングロリアス・バスターズ INGLORIOUS BASTERS」は、イタリアのB級マカロニ戦争アクション映画「地獄のバスターズ THE INGLORIOUS BASTARDS」(1976年の作品ですが日本未公開)からきています。この映画の監督は、タランティーノお気に入りのマカロニ映画界が誇るB級映画の巨匠エンツォ・カステラッリです。彼は「地獄のバスターズ」をアメリカ映画「特攻大作戦」のパクリ映画として作ったそうです。アクション映画の巨匠ロバート・アルドリッチのその映画は、やはり12人の囚人たちがそれぞれの能力を買われて戦場で特殊任務を行なうという娯楽戦争アクションでした。「パクリのパクリ」がこの映画というわけです。この映画の中で、ブラッド・ピット扮するアルド中尉が化けたイタリア人映画監督の名前は「エンツォ・ゴルローミ」とは、「地獄のバスターズ」の監督エンツォ・カステラッリの本名だそうです。タランティーノらしい裏話です。(やっぱりこの監督の映画は、パンフレットを買っておかないとだめですね)
 しかし、この映画は「地獄のバスターズとは内容的にはまったく異なるお話のようです。さらに細かくみてみると、この映画の「バスターズ BASTERDS」は、スペルから考えると、たぶん「baste」からきた「BASTERDS」なので「打たれる者、ののしられる者」といった意味のはず。それに対して「地獄のバスターズ」の「バスターズ BASTARDS」は、「私生児、あわれな奴」といった意味になります。(単にアルファベット一文字変えて違う作品であることを示したかったのでしょうか?)ちなみに、「ゴーストバスターズ」の「バスターズ」は「BUSTERS」なので「破壊者」ということになります。映画は、発音はいっしょでも微妙に異なることがあるんですね。

<「追想」>
 この映画の下敷きになっているもう一本の映画はフランス映画「追想」です。1975年公開の「追想」は、「冒険者たち」や「ラムの大通り」などで有名なロベール・アンリコの作品です。妻子をドイツ兵に火炎放射器で殺された医師が、古い城を舞台にその構造を生かして戦いを挑むという復讐劇、それが基本的なお話です。1976年の公開時に見ましたが、基本は戦争映画ありながら美しい映像と凄惨な復讐劇はけっこう強烈なインパクトがありました。しかし、映画史に残る名作というわけではなく知る人ぞ知る映画でした。
 「追想」の主役は三つ、ロミー・シュナイダーとフィリップ・ノワレ、それと主人公がドイツ兵と戦う舞台となった「古城」でした。
 ロミー・シュナイダーは、当時本当に魅力的な女優さんでした。彼女は1973年の「離愁」(ジャン=ルイ・トランティニャンとの共演)でも彼女はナチス・ドイツに殺されてしまう悲劇のヒロインでしたが、はかなげで悲劇が似合う色っぽさに憧れたものです。あの頃は、大人の魅力を感じさせる女優は、なぜかフランス出身でした。当時、最も人気があった女優カトリーヌ・ドヌーブも、美しかったのですが、この映画でショシャナ・ドリュフィスを演じたメラニー・ロランは当時のドヌーブに似ているような気がします。考えてみると、この当時アメリカ映画で活躍していた女優さんたちはみな男と台頭に張り合う「闘う女性」を演じていました。そのため、彼女たちは色気とは無縁の存在だった気がします。ジェーン・フォンダ、バーブラ・ストライサンド、サリー・フィールド、ダイアン・キートンなどなど。同じアメリカの女優でもトリュフォーに認められ彼の「アメリカの夜」に出演したジャクリーン・ビセットは、この頃やはり最高に素敵でした!
 主役のフィリップ・ノワレは、二枚目ではないけれどもシリアスな役が似合う俳優で、この映画にはピッタリでした。ロミー・シュナイダーのように素敵な妻を殺されたのです、復讐に燃えるのも当然です。そういえば、彼は「ニューシネマ・パラダイス」ではフィルムが燃えてその火事で失明してしまいましたっけ・・・。
 彼の妻を殺したドイツ兵を地の利を生かして次々に殺してゆく舞台となった「古城」もまた、映画の主役といえる存在でした。そして、「古城」と「炎」によって復讐を果たす「追想」のアイデアを「映画館」と「炎」に置き換えたのが、この「イングロリアス・バスターズ」でした。主役として「ショシャナの映画館」を選んだことで、この映画には大きなテーマが与えられることになりました。この映画は、「映画ファンによる映画ファンのための映画による復讐劇」として製作されたのです。

<映画ファンのための映画>
 もともとタランティーノ監督の映画はどれも映画ファンのための映画ですが、この映画では登場人物のほとんどが映画ファンとして描かれています。ショシャナや女優のハマーシュマルクはもちろん、彼女に恋をするドイツ兵であり人気俳優のフレデリック・ツォラーも、ランダ大佐も、イギリス人中尉ヒコックス、そしてドイツ軍の大物たちゲッペルス、ヒトラーなどみんなが映画好きとして描かれており、多くの場面で映画についての話題が出てきます。バーで行なわれるゲームも映画スターの名前当てクイズです。考えてみると、この映画では戦況の話など、ほとんど出てきません。
 この映画は、もうひとつの世界パラレル・ワールドを描いた映画ともいえるのですが、その世界がもし映画ファンばかりの世界だったら?そんな映画マニア世界の第二次世界大戦を描いたファンタジー映画ともいえるかもしれません。残念ながら「映画好きに悪い人はいない」とはならないということのようです。だからこそ、映画は今も昔も時代を映し出す鏡として製作され、ナチス・ドイツにプロパガンダ映画として製作されたレニ・リーフェンシュタール「民族の祭典」のような作品も生まれたのです。

<ナチスのプロパガンダ映画>
 ナチス・ドイツのプロパガンダ映画としては、、前述のレニ・リーフェンシュタールの作品でベルリン・オリンピックのドキュメンタリー映画「美の祭典」、「民族の祭典」(1938年)が有名です。
 この映画の中でショシャナがツォラーと出会う場面で上映されていた映画「死の銀嶺」。当時ドイツがお得意にしていた山岳映画に主演していた人気女優がレニ・リーフェンシュタールでした。彼女は女優として成功した後、ナチスからの信頼を得て、監督に進出。次々と上層部お気に入りのプロパガンダ映画を撮ることになりました。彼女のプロパガンダ映画の製作目的は、ゲルマン民族の優秀さを世界に知らしめることでしたが、十分にその目的を果たす出来栄えだったといえます。彼女の作品は、今見ても十分に人を唸らせるだけの構図の美しさや構成の見事さをもっています。実は、この映画、完全なドキュメンタリーではなく、部分的には本番以外の時に取り直したシーンも追加されているらしいのです。

<「国家の誇り」>
 この映画のクライマックスで大試写会が行なわれる架空の映画「国家の誇り」はどんな映画なのでしょうか?
 実は、この映画6分の短編映画として製作された作品です。監督は、この映画に「ユダヤの熊」ことドニーとして出演しているイーライ・ロス。もともと彼はホラー映画の監督として活躍していて、タランティーノのお気に入りということで彼が監督をすることになったようです。試写会でほんの少しだけ見られるこの映画の断片だけでも、なかなか面白そうですが、ナチス・ドイツが生み出した当時の映画の多くは、こうした単純な娯楽映画だったようです。ナチス・ドイツの国威発揚のメッセージを打ち出したプロパガンダ映画は、意外に少なく、アクション、サスペンス、恋愛ものなど、何も考えずに楽しめる作品がそのほとんどだったそうです。
 この映画にも登場するナチスの宣伝担当ゲッペルスの考える国家のための映画の基本は、大衆に何も考えさせずただ単純に時を忘れて楽しませることにあったようです。でも、そうなるとハリウッド映画は、昔から最上級の「国家のための映画」だったといえそうです。メッセージのない映画は大衆から思考する習慣を奪い、国家の目標に悩まずに向かう人々を育てる。ハリウッド映画は、この考えにぴったりの映画です。映画の中でゲッペルスはドイツ映画の最大のライバルは、「風と共に去りぬ」や「キングコング」で有名なデヴィッド・O・セルズニックと考えているらしいという台詞がありますが、まさにその通りだったのでしょう。
 ナチス・ドイツの場合、国家からの直接的なメッセージは、そうした娯楽映画の合間に上映されるニュース映像によって大衆に発信されていました。ということは、イラク戦争開戦時のアメリカのテレビはまさにその完成形だったのかもしれません。お馬鹿なテレビ番組にブッシュ大統領からのお馬鹿なメッセージを垂れ流し続けてニュース番組の組み合わせは、完璧なセットじゃないですか!

<映画による制裁>
 映画を用いた戦争を行なったナチス・ドイツが映画によって制裁を受ける。映画を愛する人々による必殺仕置き人の新バージョンは、勧善懲悪の典型ともいえる映画です。
 でも、僕としてはこの映画はどうも爽やかな気分で見られませんでした。それはたぶん登場人物の全員が「殺人」(この映画は戦争映画ではあっても戦闘は行なわれず、すべては殺人です)という行為を悩むことなく実行していることにフィクションではあってもどこか違和感を感じてしまうからです。そこにもまた、ゲッペルスが目指していた大衆の思考停止に通じるものを感じてしまうのです。
 タランティーノ作品に「良心」とか「愛」とか「優しさ」を求めることが間違いなのかもしれませんが・・・・・。でも、熱くてよく出来た映画なだけにどうしてもそう感じてしまうのです。

<あらすじ>
 ドイツ占領下のフランス。家族を「ユダヤ人ハンター」と呼ばれるハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)によって殺された少女ショシャナ(メラニー・ロラン)は、エマニュエル・ミミューと名を変え、映画館の支配人として生きていました。彼女の魅力に惹かれたドイツの英雄フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)は自分が主演した映画のプレミア試写会を彼女の映画館で行なうようゲッペルスに進言します。彼はその進言を受け入れ、当日はヒトラーやゲーリングらの大物もやって来ることになりました。このことを知ったイギリス軍は、ドイツに潜入していたアメリカの暗殺チーム「イングロリアス・バスターズ」とともに映画館に潜入し大掛かりな暗殺計画の準備を進めます。
 しかし、この暗殺作戦とは別にショシャナもまた家族の復讐を果たすため、密かにナチスの大物たちを暗殺する準備を進めていました。そして、ついにプレミア上映会の当日が訪れます。

「イングロリアス・バスターズ INGLORIOUS BASTERS」 2009年
(監)(製)(脚)クエンティン・タランティーノ
(製)ローレンス・ベンダー
(製総)エリカ・スタインバーグ、ロイド・フィリップ、ボブ・ワインスタイン、ハーベイ・ワインスタイン
(撮)ロバート・リチャードソン
(衣)アンナ・B・シェパード
(視覚効果)ジョン・ダイクストラ
(特殊メイク)グレゴリー・ニコテロ
(編)サリー・メンケ
(出)ブラッド・ピット、メラニー・ロラン、クリストフ・ヴァルツ、イーライ・ロス、ダニエル・ブリュール、マイク・マイヤーズ、ロッド・テイラー

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