フォーク・ミュージックの伝説を覗く静かなる旅


「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌  INSIDE LLEWYN DAVIS」


- コーエン兄弟、デイブ・ヴァン・ロンク -
<ダメ男のバラード>
 コーエン兄弟は、これまで様々な作品でダメな犯罪者たちの失敗劇を描いてきました。(「ブラッド・シンプル」、「ファーゴ」など)しかし、この作品では珍しく「犯罪者」ではなく「ミュージシャン」を描いています。ただし、この映画の主人公は、いつものように「ダメな男」ではありますが、「時代」や「運」に恵まれなかっただけで才能がなかったわけではありません。もしかすると、この映画に描かれているのは主人公の人生における最悪の1週間だったのかもしれません。そう思えるのは、ここで描かれている時代がまさにそんなどん底の時代だったからです。
 ここでは先ず、この作品で描かれている1961年という年について振り返り、ルーウィン・デイヴィスのモデルとなったミュージシャンについて振り返ろうと思います。

<1961年の音楽シーン>
 1961年のニューヨークの音楽シーンは、第二フォーク世代と呼ばれるウディ・ガスリーレッド・ベリーらのフォーク・クラシックをカバーするフォーク・ミュージシャンの時代から、第三フォーク世代と呼ばれる自作のオリジナル曲を歌うフォーク・ミュージシャンの時代へと移り変わる転換点にあたっていました。その代表が、この映画のラストに登場しステージ上で象徴的なタイトルの曲「Farewell」を歌っているボブ・ディランです。彼の他にも、フィル・オクス、トム・パクストン、エリック・アンダーソンなど多くのアーティストが、この時期に活躍を始めています。
 とはいえ、フォーク・リバイバルと呼ばれたフォークのブームはまだまだこの後も続きます。アラン・ローマックスのように優れた伝道師の存在やピート・シーガー、ニューロストシティーランブラーズの活躍は、1965年ごろピークを迎えることになります。その意味では、ルーウィン・デイヴィス(架空のミュージシャンですが)の活躍の場は、これからまだまだ増えることになるはずです。
 ただし、この年がアメリカの音楽シーンにとって、大きな転換点だったことは間違いありません。この年には、フォーク界から、「漕げよマイケル」ハイウェイマン、「ライオンは寝ている」トーケンズというポップ・チャートでの大ヒットが生まれています。そして、ボブ・ディランはメジャー・レーベル「コロンビア」と契約し、翌年デビューを飾ることになります。そして、同じ1962年にはイギリスでザ・ビートルズが「ラブ・ミー・ドゥー」デビュー。いよいよロックの時代が、幕を開けることになります。
 さらに「1962年」は、映画「アメリカン・グラフィティ」(1973年)の舞台になった年と言われています。映画の中の登場人物の一人が、バディ・ホリーの死(1959年)によって、「ロックン・ロールは死んだ」と語る場面があります。確かに、1961年は「ロックン・ロール」から「ロック」へと移り変わる空白の年だったのかもしれません。

<1961年という年>
 1961年は、ケネディ政権スタートの年です。(映画の中でケネディの歌が登場するのはそのためです)若くて改革派の大統領の誕生は、アメリカ全体に明るい希望をもたらしますが、就任早々厳しい現実が待っていました。アメリカは、ソ連寄りの共産主義政権が誕生したキューバとの国交を断絶。
 フルシチョフ率いるソ連は、新人大統領就任後すぐに強気の政策に出て、水爆実験に成功。さらに人類初の有人宇宙飛行にも成功し、アメリカの軍事力を脅かす存在となりました。アメリカ国内ではソ連との核戦争の危機が現実味をおびていて、家庭用核シェルター・ビジネスが話題になります。そんな中、東西が直接的に対峙するベルリンの街に東ドイツ側が「ベルリンの壁」を建設。いよいよ「冷戦時代」は危機的状況となり、「核戦争」による全面戦争が近づきつつありました。
 映画の中の寒々とした風景、狭すぎる廊下、身体を横たえるのも厳しいいソファーでの就寝。そして、狭くて寒くて乗り心地の悪い車での移動。これらの映像は、そんな時代の閉塞感を象徴しているようにも思えてきます。

<デイブ・ヴァン・ロンク>
 この映画は、主人公ルーウィン・デイヴィスのモデルとなったフォーク・シンガー、デイブ・ヴァン・ロンクが書いた自伝を基にしています。(彼のアルバムには「インサイド・デイブ・ヴァン・ロンク」という作品もあります)
 デイブ・ヴァン・ロンク Dave Van Ronkは、1936年6月30日、ニューヨークのブルックリンに生まれています。学生時代はジャズにはまっていて、デキシーランド・ジャズのバンドの参加していました。1950年代半ばにフォークの聖地グリニッチビレッジのライブハウスで黒人フォーク・シンガー、オデッタのライブを見て衝撃を受け、自分も歌いたいと初めて思ったといいます。ここから彼のフォーク・シンガーとしての活動が始まったので、スタートは遅い方といえそうです。彼が当時憧れていたのは、マンス・リプスカル、ジョシュ・ホワイト、ビッグ・ビル・ブルーンジーらブルースのアーティストで、そこから独自の音楽スタイルを生み出してゆきました。1963年のアルバム「Folksinger」は、彼の代表作のひとつです。それに対して、この映画の主人公ルーウィンは、出身がウェールズということもあり、英国のトラッドを意識した曲を中心に歌っていたように見えました。それも彼のレコードが売れない原因だったのでしょう。もうエルヴィスが活躍している時代なので、もっとブルースっぽい曲の方が受けたと思われます。
 まだロバート・ジマーマンと名乗っていた時代のボブ・ディランは、デイブ・ヴァン・ロンクとジャック・エリオットをヒーローと仰ぎ、彼らをつけまわしてはそのレパートリーやテクニックを盗もうとしていたと言われています。さらに一時は、ディランはこの映画のルーウィンのようにデイブのアパートに居候していた時期もあったという伝説も残されています。この後、彼は生きるフォークの伝説として多くのミュージシャンに愛され、長く活躍しただけでなく影響も与え続けます。日本のフォークシンガー友部正人は、彼から直接ギターのレッスンを受けており、その愛弟子とも言えます。彼の死は、2002年2月10日65歳でした。
 代表作のアルバム・タイトルどおり「フォークシンガー」として生き続けた彼の人生は、実際はこの映画ほど暗くなかったはずです。

<音楽の素晴らしさ>
 この作品の素晴らしさは、その素晴らしい音楽にあります。ステージ上で歌われている曲は、どれもステージ上の生録音とのことです。当然、主人公のルーウィンを演じたオスカー・アイザックは自分でギターとヴォーカルを担当しています。彼の歌声とギター・テクニックなくして、この映画は成り立たなかったはずです。それとこの作品の音楽プロデューサーT=ボーン・バーネットもまた当時を知る数少ない伝説的ミュージシャンの一人です。彼の存在もこの映画には大きかったと思われます。
 そして、画面の中に再現された当時のライブハウス「ガスライト」など、1960年ごろのグリニッチビレッジの雰囲気もまた貴重な映像です。コーエン兄弟の「オー・ブラザー」もそうでしたが、彼らのルーツ・ミュージックへの愛は、マーティン・スコセッシの後継者といった感じでしょうか。
 「車の中で延々と眠り続ける男」や「謎の杖つきジャンキー」(ジョン・グッドマン)、「裏口で待ち伏せる殴る男」・・・様々な不思議な登場人物がまるで前衛演劇のように登場する展開は、フォーク・ミュージックの伝説を覗いているような感覚にさせてくれるはずです。
 最後に使用されている曲をまとめました。

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌  INSIDE LLEWYN DAVIS」 2013年
(監)(製)(脚)(編)ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
(製)スコット・ルーディン
(撮)ブリュノ・デイボネル
(音プロデュース)T=ボーン・バーネット T-Bone Burnett
(出)オスカー・アイザック Oscar Isaac(ルーウィン)
キャリー・マリガン(ジーン)
ジャスティン・ティンバーレイク、ジョン・グッドマン
イーサン・フィリップス、アダム・ドライヴァー
ロビン・バートレット、スターク・サンズ

<あらすじ>
 ニューヨーク、グリニッチビレッジでフォーク・シンガーとして活動するルーウィン・デイヴィスは、相棒を自殺で失い失意の底にありました。コーヒーハウスのステージ出演することで日銭は稼げるものの住む家もなく、友人たちの家で居候させてもらう毎日が続いていました。
 ある日、居候先の猫を預かるはめになった彼は猫を連れて、元カノ、ジーンの部屋を訪れます。ところが同じミュージシャン仲間の彼女から妊娠を告げられ、あなたのの子供かもしれないからおろしたいと告げられます。彼女のためにお金を工面する必要に迫られ困る彼。そんな中、猫が部屋から飛び出して行方不明になります。以前、発売したレコードの印税を期待するものの、レコード会社で渡されたのは、お金ではなく売れ残った在庫のレコードでした。困った彼はレコードディングのチャンスを求め、シカゴ在住の大物プロデューサーに会うため知り合いの車に乗せてもらい冬のニューヨークを出発します。
 彼は無事にシカゴに着けるのか?レコーディングのチャンスは巡って来るのか?お金は稼げるのか?
曲名 パフォーマー 作者、オリジナル
「Hang Me,Oh Hang Me」 オスカー・アイザック Oscar Isaac(ルーウィン・デイヴィス) (トラディショナル)
「The Last Thing on my Mind」  スターク・サンズ Stark Sands(トロイ・ネルソン) トム・パクストン
「Please Please Mr. Kennedy」 オスカー・アイザック、ジャスティン・ティンバーレイク(ジム・バーキー)   
「Dink's Song」 マリウス・マムフォード、オスカー・アイザック   
「Five Hundred Miles」 スターク・サンズ、ジャスティン・ティンバーレイク、キャリー・マリガン(ジェーン・バーキー) ヘディ・ウェスト Hedy West 
「The Death of Queen Jane」 オスカー・アイザック (トラディショナル)
「Cocaine」 オスカー・アイザック
「Old MacDonald」 Nolan Strong & The Diablos (トラディショナル) 
「The Old Triangle」 ジャスティン・ティンバーレイクほか  ブレンダン・ビーハン BrendanBehan 
「Storms are on the Ocean」 ナンシー・ブレイク  A.P.カーペンター
「Farewell」  ボブ・ディラン ボブ・ディラン
「Green Green Rockey Road」  オスカー・アイザック  

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