ギャング映画の枠を越えた歴史大作


「アイリッシュマン The Irishman」

マーティン・スコセッシ Martin Scorsese
<枠組みを越えた映画>
 再びアカデミー賞獲得か?、マーティン・スコセッシ最高傑作!そんな呼び声が高く、ついに僕をネットフリックス・デビューさせてしまった作品です。
 それだけに少々高すぎる期待を持ちながら見ることになった気もします。そのせいでしょうか?この作品、僕には少々物足りなく感じました。
 スコセッシ作品の売りでもあるクライマックスの長回しカメラによる美しい映像とドラマチックな音楽がなかったのです。3時間半越えの長さといい、描かれている物語の時間の長さといい、主人公3人を演じる俳優の顔ぶれといい、スコセッシ作品の集大成と言ってもいいはずだったのですが・・・
 しかしよく考えると、この作品は集大成というよりも新たな段階へ進化した作品だったのかもしれないし、この作品こそが彼が撮りたかった究極の映画だったのではないか?そうも思えてきました。
 もしかすると、この作品は様々な面で、今までの枠を越えた作品だからこそ、単純に評価することができないのかもしれません。
 それは、スコセッシ監督が今まで撮ってきた「ギャング映画」の枠を越えた映画となりました。その中で、主人公たちは「組合活動」の枠を越え「犯罪組織」と連携してしまいます。さらに主人公はアイルランド人という人種の枠を越え、シチリア人グループの仲間入りをすることで大きな地位を獲得します。そして、「人間ドラマ」としての枠を越え、「歴史の記録」としての映像作品にもなっています。
 そして、皮肉なことにこの作品はスコセッシが愛する「映画」の枠を越え、「映画館」で見る映画ではなくなってしまいました。
 そんな視点に立ちながら、この映画を振り返ります。

<脱ギャング映画>
 シチリア系の犯罪組織「マフィア」の歴史をアメリカの近代史と共に描いたのが「ゴッドファーザー」でした。同じ時代をユダヤ系ギャングの視点から描いたのが「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」。アメリカのギャング映画は、しだいに組織が政治とのかかわりを強めたことから、社会派の映画へと変化することになります。そして、ギャング映画の巨匠というイメージのマーティン・スコセッシ監督も、この作品ではより政治・歴史との関りの深い世界を描いています。
 この作品の主人公3人の顔ぶれがそのことを象徴しています。全米トラック運転手協会のトップに立ちアメリカの労働運動をリードしていたジミー・ホッファ(アル・パチーノ)、マフィアの大物として組合活動にからみ利益を得ていたラッセル(ジョー・ぺシ)、その二人に見込まれ組織の間の仲介役となったアイルランド人のトラック運転手フランク(ロバート・デニーロ)。まったく立場の違う3人の男たちの生き様を通して、戦後アメリカの歴史が描かれて行きます。
 ホッファは、労働運動の闘士として伝説的な人物です。日本での知名度は低いのですが、アメリカでは同時代のJ・F・ケネディやキング牧師らに匹敵するヒーローの一人でした。伝記映画も、シルベスター・スタローン主演の「フィスト」(1978年)やジャック・ニコルソン主演の「ホッファ」(1992年)があります。
 ただし、弱き労働者の庇護者だったホッファは、資本家との闘いに暴力で対抗するため、マフィアの暴力を密かに利用していました。そして、大きな権力を獲得した彼は、ついには政界にまで影力を与える存在となりました。この作品では、そうしたホッファと犯罪組織との関係を、その仲介者として働いていたフランクの視点から描いています。
 昔からフランクが属するアイルランド系移民のほとんどは貧しい農民の出で、アメリカでの仕事も肉体労働が中心でした。それでも真面目なカトリック教徒も多いことから、犯罪者ではなく警察や消防など公務員が多く、それぞれの職場で組合活動の中心にもなっていました。したがって、フランクのように組合幹部になった人物も多かったようです。
 そしてもうひとつフランクは第二次世界大戦でシチリアに行っていたことからイタリア語が堪能でした。そのことが、彼にマフィアとの付き合いをもたらし、トラック運転手の仕事を紹介されるとともに、ホッファの右腕になるチャンスを得ることにもなったのでした。
 アイルランド系の組合幹部であると同時にマフィアとの窓口にもなったことで、彼は特別な地位を与えられますが、それは組合活動と犯罪活動、両方の板挟みになることでもありました。こうして、この作品は「ギャング映画」の枠を越えることになったのでした。

<脱メイク映画>
 この映画は映画史において初めて主人公がメイクなしで年齢を重ねた作品だったようです。当初は、顔にマーキングをして演技を行おうとしていたものの、そんなのでまともな演技は無理だろうということになり、急きょ新しい方法が試されることになりました。
 こうして撮影現場に特殊なカメラ(レンズが3つ)が4台用意されて、同時に多角的な撮影が行われました。実年齢がすでに70代ぐらいの3人は、それぞれの時代の顔にCGで加工されているわけです。(アル・パチーノが79歳、ロバート・デニーロとジョー・ぺシが76歳です)
 この作品では、まだ主役3人で使用されている手法のようですが、将来的にはすべての俳優がその方法で加工されることになるかもしれません。そうなれば、狼男やゾンビのメイクもいらなくなるでしょう。いやいや、そもそもロバート・デニーロがこの世を去っても、似た体形の俳優がいれば映像的には彼を再現することは簡単なことになるでしょう。(声だってモノマネしなくても十分調整可能なはず)
 究極的には、俳優がいなくても映画は作れるようになる時代は近い。オールCGでもう映画は作られているので、両方が進化することである日それが実現するのではないでしょうか?
 そんなSF的なお話は別にして、この映画でのメイクは実に自然で多くの映画にある不自然なお顔の変化がほとんどないので時の流れがごくごく自然に進みます。20代の若さから80代の老人まで見事に年をとることに成功しています。このことは、長い年月に渡るこの作品にとって、非常に重要なことです。

<脱ドキュメンタリー映画>
 この映画では、前述のメイク方法だけでなく当時のニュース映像もかなり使用されていて、歴史的な事件との関りが明確に描かれていて歴史映画としての側面も今まで以上に感じられます。そもそもスコセッシ監督は、伝説のライブ、ウッドストックの記録映画でカメラマンとして活躍し、途中から実質的な監督となったと言われています。その他にも、劇映画以外に多くのドキュメンタリー映画を撮っている異色の監督でもあります。それだけにこの作品は、ドキュメンタリー・タッチというよりもドキュメンタリー映画の新たなスタイルに迫った映画と見ることもできそうです。
「ラスト・ワルツ」(1978年)、「私のアメリカ映画旅行」(1995年)「私のイタリア映画旅行」(1999年)、「The Blues」(2003年)、「ボブ・ディラン・ノー・ディレクション・ホーム」(2005年)、「ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」(2011年)、「ローリング・サンダー・レヴュー」(2011年)など、ミュージシャン関連、映画関連のドキュメンタリー映画を数多く製作しています。

<脱音楽映画>
 ロック、ブルースなど音楽好きのスコセッシはこれまでの作品で、多くの曲を使用してきました。特にクライマックスでは、「グッドフェローズ」の「愛しのレイラ」のようなドラマチックな使い方をしています。しかし、この作品ではそんな派手な使い方をあえてせず、選曲も地味な曲をあえて選んでいるようにも感じました。(使用曲の一覧表と解説を作りましたので、ご参照下さい)
 オリジナルの音楽を担当しているのは、「ラスト・ワルツ」以来の長い付き合いとなった元ザ・バンドのロビー・ロバートソンです。彼の音楽もまた抑えた感じの音楽で映像を支えることに徹しています。主人公がアイルランド系なのにアイリッシュ音楽も使用されていません。エンド・クレジットになって、アイルランドの大御所ヴァン・モリソンが登場し、ロビー・ロバートソンと共に演奏しています。

<脱映画的映画>
 この映画の企画は元々ロバート・デニーロがマーティン・スコセッシに持ち込んだものでしたが、長い間実現せず企画のまま眠っていたようです。どう考えても予算規模が大きすぎ、上映時間も3時間越えは明らかだったので映画化は困難となっていたようです。
 そこで登場したのが「ネットフリックス」。世界規模で収益を上げることが可能で、巨額の予算もOKなネットフリックス・オリジナル作品だからこそ可能になったのがこの作品でした。ただし、大きなスクリーンで見られないことは残念なことです。(一部映画館での上映も行われてはいますが)
 そして、この作品の公開と同時期にスコセッシ監督は、「マーベル作品は映画ではない」と発言。大きな話題となりました。
 でも僕からすれば、今までのハリウッド映画と違うのはマーベルの「アベンジャーズ」ではなくこの作品のように思えます。それはいい意味でも、悪い意味でも。
 そう考えると、ハリウッドでは映画化できない企画を映画化したネットフリックス作品が大ヒットし、それが大画面の映画館で上映されれば、観客にとって最高のことなのかもしれません。そんな流れが今後できるといいのですが・・・

曲名  演奏  作曲・作詞  コメント 
「In The Still of The Night
(I'll Remember)」 
ザ・ファイブ・サテンズ
The Five Satins 
Fred Parris  1956年のヒット曲
コネチカット州出身
黒人ドゥーワップ・グループ
「タキシード・ジャンクション
Tuxedo Junction」 
グレン・ミラー・オーケストラ
Glenn Miller & His Orchestra
William Johnson
Erskine Hawkins
Julian Dash,Buddy Feyne 
1940年
グレン・ミラー最大のヒット曲
マンハッタン・トランスファーのカバーも有名 
「I Hear You Knocking」  スマイリー・ルイス
Smiley Lewis 
Dave Bartholomew  ルイジアナ出身の黒人R&Bシンガー
1955年R&B2位のヒット曲
ファッツ・ドミノらもカバー 
「The Fat Man」  ファッツ・ドミノ
Fats Domino 
Dave Bartholomew
Antonio Domino 
ルイジアナ出身でロック元祖の一人
1949年デビューシングルのB面
R&B2位のヒットとなり、代表曲になった。 
「El Negro Zumbon」 Flo Sandon's  Armando Travajoll
Franco Giordano 
映画「ANNA」(1951年)より 
シルバーナ・マンガーノ主演のイタリア製映画
バイヨン
「Le Gribi」 Jean Wetzel Jean Albert Henri Wiener
Jean Alcide Marie Mareland 
映画「現金に手を出すな Touchez Pas Au Grisbi」(1954) より
ジャック・ベッケル監督の代表作
「Delicado」  パーシー・フェイス・オーケストラ
Percy Faith & His Orchestra
Waldir Azevedo(作曲)
Jack Lawrence(作詞)
1952年の大ヒット曲
パーシー・フェイスのバージョンが全米1位
スタン・ケントン、Drジョンなどのカバーもあり
「Have I Sinned」  ドニー・エルバート
Donnie Elbert 
Donnie Elbert
Fred Mendelsohn 
ニューオーリンズの黒人R&Bシンガー
1971年の同名タイトルのアルバムより 
「裸足のボレロ
Song at the Barefoot Contessa」
ヒューゴ・ウィンターハルター
Hugo Winterhalter
& His Orchestra 
Mario Nascimbene  映画「裸足の伯爵夫人The Barefoot Contessa」 
ハンフリー・ボガート、エヴァ・ガードナー主演
1954年の作品からテーマ曲
米国のポップ・オーケストラによるヒット曲
「Nocturne Bolero」  マリオ・ナシンベーネ
Mario Nascimbene 
Mario Nascimbene  映画「裸足の伯爵夫人The Barefoot Contessa」
マリオ・ナシンベーネはイタリアの作曲家 
ニーノ・ロータと並ぶ映画音楽の巨匠
「You Belong To Me」  ジョー・スタッフォード
Jo Stafford 
Chilton Price,Redd Stewart
Pee Wee King 
1952年ジョー・スタッフォードのカバー
全英全米ナンバー1となった最大のヒット曲 
多くのカバーがあるスタンダード曲
「A White Sport Coat
(And a Pink Carnation)」 
マーティー・ロビンスMarty Robbins
with レイ・コニフ Ray Conniff
Marty Robbins マーティー・ロビンスはカントリー系シンガー
レイ・コニフはポップバンドの指揮者
1957年のヒット曲
「Sally Go Round the Rose」  ザ・ジェイネッツ The Jaynetts Abner Spector  黒人ガールグループ1963年のヒット曲 
「カナダの夕陽
Canadian Sunset」
エディ・ヘイウッド
Eddie Heywood 
Norman Gimbel
Eddie Heywood 
エディ・ヘイウッドはジャズ・ピアニスト
1956年の曲
同年アンディ・ウィリアムスのカバーが全米7位 
「Honky Tonk Pt.2」  ビル・ドゲット
Bill Doggett 
Billy Butler,Bill Doggett
Clifford Scott
Berisford Shepherd
1956年のR&Bのインストロメンタル曲
「ばら色の人生
La Vie in Rose」 
エディット・ピアフ
Edith Piaf 
Louiguy,Edith Piaf  シャンソンを代表するスタンダード
1946年発表で多くのカバーがある
日本では山下達郎、美空ひばり、越路吹雪
宇多田ヒカル、小野リサ、加藤登紀子・・・
「Melancholy Serenade」  ジャッキー・グリーソン
Jackie Gleason 
Jackie Gleason 映画「ハスラー」で有名な俳優
バンド・リーダー、作曲家としても活動していた 
「You're Our Boy」  ビンス・ジャルダーノ
ジョニー・ゲイル
Vince Giordano feat. Johnny Gale 
David J.Forman
Johnny Gale
V・ジャルダーノは1952年NY生まれのジャズ・ミュージシャン 
J・ゲイルはギター&ヴォーカルで様々なジャンルのミュージシャンと共演しています
「エル・マンボ」
Que Rico el Mambo
ペレス・プラード・オーケストラ
Perez Prado y su Orquesta 
Perez Prado 「マンボの王様」誕生
1949年発表のデビュー・ヒット 
「Strange On the Shore」  Mr. Acker Bilk  Acker Bilk  英国のクラリネット奏者による1961年のヒット
ジャズ・ムード音楽のバンドリーダー
「O God of Loveliness」  The United States Coast Guard Band Alfonso de'Liquori  アメリカのゴスペルナンバーのインスト演奏
「Cry」 ジョニー・レイ Johnnie Ray Churchill Kohlman 1927年オレゴン出身のポップシンガー
1951年全米1位の大ヒット曲 
「Sleep Walk」  サント&ジョニー
Santo & Johnny 
Santo Farina,Ann Farina
Morgan Scott 
1959年全米1位の大ヒット
NY出身イタリア系のロック・インストデュオ 
「パトリシア Patricia」  ペレス・プラード・オーケストラ
Perez Prado y su Orquesta 
Perez Prado 1958年全米1位
ペレス・プラード最大のシングルヒット
「Honky Tonk Pt.1」  Bill Doggett Billy Butler,Bill Doggett
Cliford Scott
Berisford Shepherd
1916年フィラデルフィア生まれ
R&B、ジャズのピアノ・オルガン奏者
1956年の大ヒット曲
「How High The Moon」  ステュー・カトラー Stew Cutler
Paul Wells & Cliff Schmitt
Nancy Hamilton
Morgan Lewis
1940年ミュージカル「Two for the Show」挿入歌
ソニー・ロリンズ、エラ・フィッツジェラルドなどもカバー
ニューヨークのジャズ・ミュージシャンらによる新しい録音
「The Time is Now」  ゴールド・ディガーズ
The Golddiggers 
Lee Hale,Geoff Clarkson  ラスベガスのコーラスガールをイメージ
1968年結成のガールズ・グループ 
「Spanish Eyes」  ジェリー・ヴェール
Jerry Vale 
Bert Kaempfert
Charles Singleton
Eddie Snyder 
1930年NY生まれの歌手・俳優
1950年~60年代にバラードヒットを連発 
「Al Di La」  Jerry Vale  Carlo Donida, Mogol  イタリア語「遠くまで」この曲は1962年発表
イタリアのラブ・ソングだが多くのカバーあり。
コニー・フランシスも有名 
「Al Di La」  マックス・スタイナー
Max Steiner with Emillio Pericoli(Vo)
Carlo Donida, Mogol   映画「Ai Di La」より
「Pretend You Don't See Her」  Jerry Vale  Steve Allen  1961年のシングル・ヒット 
「Remembrance」  ロビー・ロバートソン
Robbie Robertson 
Robbie Robertson feat. Derek Trucks
Doyle Bramhall,Frederic Yonnet
マイクロソフト共同創業者の故ポール・アレン
に捧げた曲
アルバム「シネマティック」 
「I Hear You Paint Houses」  ヴァン・モリソン Van Morrison  Robbie Robertson  上記アルバム収録
アイルランドの大御所を迎えたエンドテーマ 

<オリジナル曲のミュージシャン>
Frederic Yonnet(ハーモニカ)
Rady Kerber(ピアノ)
Reggis Hamilton(バース)
George Doering(ギター)
Jim Keltner(ドラムス)

「アイリッシュマン The Irishman」 2019年
(監)(製)マーティン・スコセッシ Martin Scorsese
(製)ロバート・デニーロ、ジェーン・ローゼンタール、エマ・ティリンジャー・コスコフ、アーウィン・ウィンクラー他
(製総)リック・ヨーン、リチャード・バラッタ、ベリー・ウェルシュ、ニールス・ジュール他
(原)チャールズ・ブラント
(脚)スティーブン・ザイリアン
(撮)ロドリゴ・プリエト
(PD)ボブ・ショウ
(衣)サンディ・パウエル、クリストファー・ピーターソン
(編)セルマ・スクーンメイカー
(音)ロビー・ロバートソン
(出)ロバート・デニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル、レイ・ロマノ、アンナ・パキン、ボビー・カナヴェイル、スティーブン・グレアム

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