「ロード・オブ・ザ・リング 指輪物語 The Lord of the Rings」 2001年

- J・R・R・トールキン J.R.R.Tolkien 、ピーター・ジャクソン Peter Jackson -

<「指輪物語」ブームの歴史>
 この作品がブームを巻き起こしたのは、映画が公開された21世紀初めのことだけではありません。最初のブームは1965年にこの本のペーパーバック版が出版されてから起こりました。火をつけたのはSFマニアたちで、彼らはファンジンと呼ばれる同人誌などでこの本の特集を組み、それが少しずつ学生たちの間に浸透してゆき、ついには空前の大ベストセラーになったのです。
 時代は1960年代末、世界は「指輪物語」に描かれていたように東と西二つの陣営に分かれ、一触即発の緊張状態にありました。ブームはそんな時代背景を反映していたため、指輪は究極の兵器「原子爆弾」のことを指しているのだと多くの人々は考えました。(作者のトールキンにその意図はなかったようですが・・・)
 その後、1978年から再び「指輪物語」のブームが起きました。そのきっかけはアニメ版「指輪物語」の登場でした。作者が大人向けアニメの傑作「フリッツ・ザ・キャット」で有名なアニメ界の奇才ラルフ・バクシだったこともあり、この作品は世界中で話題を集め、再び新しい世代がこの作品に熱中しました。ただし、この作品はあまりにも短く「指輪物語」を縮めてしまったため、多くの「指輪物語」ファンにとっては物足りないものでした。(前後編で4時間に収められていました)
 僕がこの本にはまったのはちょうどこの時でした。そして、CG技術の発達によって、かつては絶対に不可能だと思われていた実写による映画化(CGを使っても実写?)が実現。再び世界的なブームが起きたわけです。

<時代を越えたファンタジーの傑作>
 「指輪物語」、語数にして50万語(英語)を越え、執筆開始から出版まで13年を要したこの大長編ファンタジー小説は、1954年に第一部「旅の仲間」と第二部「二つの塔」、翌1955年に完結編「王の帰還」が出版されました。
 この作品の内容、舞台設定から考えると、1950年代の作品というのは意外に新しく感じられます。もし、シェークスピアと同じ時代の作家の作品と言われても、そう違和感はないのではないでしょうか。しかし、だからこそ、この作品は時代を越えて読まれ続けることができたのです。「指輪物語」は、発表される時点ですでに「時代」を越えるべく作り上げられていたのです。
 今や世の中にあふれかえるファンタジー小説と呼ばれる作品群は、どれも時代性の超越を目指して書かれています。しかし、実際に成功した作品はほんのわずかにすぎません。
 では、「指輪物語」は、他の多くの作品とどこが違うのでしょうか?どうやら、その秘密は作者のJ・R・R・トールキンの人物像に隠されているようです。

<トールキン少年の悲しみ>
 ジョン・ロナルド・ローウェル・トールキンは、1892年1月3日、南アフリカのブルームフォンティンで生まれています。ドイツ系イギリス人である父親アーサー・ロウエル・トールキンが若くしてこの世を去ったため、彼と兄弟は母親とともに故国イギリスに戻りました。
 こうして、彼は少年時代をイギリス中部の都市バーミンガムの郊外で過ごすことになりましたが、その土地の緑豊かな田園風景こそ、後に「指輪物語」のホビット庄として描かれたものだったのです。
 さらに、当時世界的な工業都市の一つだったバーミンガムの煤けた風景は、同じ「指輪物語」に登場するモルドールの元になったのではないかとも言われています。
 1904年、トールキンが12歳の時、母親もまたこの世を去りました。そのため、トールキン兄弟はあるローマカトリックの司祭の元で育てられることになりました。こうして、早くに両親を失った彼の悲しみは、後に自分の子供たちに対する深い愛情へと変わります。そして、その愛情の結実が「指輪物語」を生むことになるのです。

<トールキン教授誕生>
 彼がオクスフォードのエクセター・カレッジ在学中に、第一次世界大戦が勃発します。そのため、彼は1915年から1918年まで軍隊生活を余儀なくされます。しかし、その間1916年に彼はエディス・プラットという女性と結婚。その後、男の子3人と女の子1人を授かりました。
 戦後、大学に戻った彼は1919年に文学の修士号をとり、その後オクスフォード英語辞典の編集助手を務めた後、リーズ大学の英語学教授に就任しました。
 1925年にオクスフォードに移った後、彼は20年に渡り、英語の元となった言語、アングロ・サクソン語の教授として教鞭をとるようになりました。

<「ホビットの冒険」誕生>
 「指輪物語」は、初めから出版を目的として作られたわけではありませんでした。それは元々彼が自分の愛する子供たちに話して聞かせるために作ったお話が発展してできたものでした。彼が作ったお話を聞いた大学の同僚たちが、是非それを本として発表すべきだと奨めたため生まれたのが、「指輪物語」の序章とも言える作品「ホビットの冒険」(1937年)でした。
 この「ホビットの冒険」は、「指輪物語」の主人公フロド・バギンズの叔父さん、ビルボ・バギンズが魔法の指輪を手に入れることになる冒険の旅を描いたもので、そこから後に「指輪物語」が始まって行くことになるわけです。この作品を発表した時、彼は45歳。まさに働きざかりでした。

<子供への思いが生むファンタジー>
 ところで、こうして子供たちに語り聞かせるためのお話から誕生したファンタジー文学は当時数多くありました。「不思議の国のアリス」「ピーターパン」それに「オズの魔法使い」は、特に有名な作品です。ファンタジーの傑作は、子供たちへの思い無しには生まれ得ないものなのかもしれません。

<「指輪物語」誕生>
 「ホビットの冒険」を書き終えた彼は、すぐに「指輪物語」の準備に入ります。言語学者であり、自分の手で新しい言語を作ることが趣味だった彼は、専門分野でもある北欧神話「ベーオウルフ」や「エッダ」などの要素を組み込みながら、少しずつ「指輪物語」の世界を構築してゆきました。
 こうして、新しい言語(エルフ語など)や新しい世界像(中つ国などの詳細な世界地図)が次々に生み出されたわけです。ちなみにホビット族の名前の多くは、北欧神話「エッダ」の中に登場しており、それ以外の登場人物や土地の名もほとんどが北欧神話や古いヨーロッパ文学の文学もしくはアングロ・サクソン語の古い言葉からとられているのだそうです。(このあたりは数多く出版されている「指輪物語」の研究本に詳しく書かれています)
 ある意味「指輪物語」は、一流の言語学者がヨーロッパに伝わる伝説のエッセンスを集めて組み上げた「ベスト・オブ・ヨーロッパ伝説」とも言える作品だったわけです。中世もしくはそれ以前から伝わる伝説には、歴史を越えて伝わっただけの力が秘められているだけに、そこから生まれた物語もまた魔術的な力を持ち得るたのかもしれません。
 トールキンはこう言っています。
「物語に登場させた魔法や奇跡を、奇妙な幻や錯覚のせいにしてしまってはならないのだ。真正な妖精物語は真実として描かれること、それが重要なのだ。・・・」
 また、こうも述べています。
「・・・あらゆる芸術家は第二世界の創造に巻き込まれるのだ。その世界は自己充足的であって、しかもその世界の自然法則と調和していなければならない」
 ここまでこだわったからこそ、「指輪物語」のように壮大かつ調和のとれた物語を作り上げることが可能だったのでしょう。

<小説版「指輪物語」のお薦め>
 まだ小説は読んでいないという方は、是非読んでほしいと思います。初めの200ページくらいはちょっと展開が遅いと感じるかもしれませんが、その後はいっきにいっちゃいます。もちろん、映画に登場しないシーンやキャラクター、それに事件の後日談もあり、「指輪物語」究極のノーカット版として必読です。子供さんがいらっしゃる方は、寝る前に読み聞かせてあげるのもいいです。いっしょに楽しめますから、一石二鳥です。
 ここで、この小説とトールキンの人生との関りについて、追ってみたいと思います。

<「指輪物語」とトールキン>(2009年10月追記)
(シェロブ)
 彼がまだ南アフリカに住んでいた子供の頃、彼は家の外で毒グモに噛まれたことがありました。この時、地元出身の召使がすぐに彼の傷口から毒を吸い出してくれなければ、「指輪物語」は生まれてこなかったかもしれません。「指輪物語」に登場する巨大グモのシェロブは、この時のことを後に聞かされた彼が生み出したキャラクターだったのかもしれません。

(ホビット庄)
 彼が父親の死後に住み着いたバーミンガム近くの町モーズリーは、典型的な英国風の田舎町でした。アーサー王と円卓の騎士のような昔話に出てきそうな田園風景とそこで暮らす素朴な人々。粉挽きをしていた水車小屋のおじさんが白い粉にまみれていることから「白いオーク鬼」と呼ばれていたり、近所に住んでいたギャムジー織の発明者がサム・ギャムジーだったりと後の彼の作品に登場するキャラクターの多くがこの時期に出会った人々なのは、この時代こそ彼にとって最も印象深い時期だったからなのでしょう。

(カトリック教徒)
 彼の両親と彼自身がイギリスでは珍しいカトリック教徒であったこともまた彼の小説に大きな影響を与えていました。プロテスタントが聖書に書かれている記述のみを重視するのに対し、伝統的な儀式や衣装など形式を重んじるカトリックの教えは、彼が描き出す物語の世界観の基礎になったともいえます。そのうえ、彼の母親はカトリックの父親と結婚するためプロテスタントから改宗したことで、親戚からも縁を切られるなど人生にも大きな影響を与えています。それだけに彼は宗教に対して熱い思いを持っていました。

(大人になる旅)
 1904年11月14日、まだ34歳という若さで彼の母親が病で命を落としてしまいます。その時、彼はまだ12歳。すでに父親がなかった彼は10歳の弟とともに親戚の家にあずけられます。幼くして両親を失った悲しみは彼には大きすぎたかもしれません。しかし、そのおかげで彼は誰よりも早く大人になりました。大人になるための通過儀礼の物語ともいえる「指輪物語」は、こうした彼の成長の過程から生み出されたともいえそうです。

(戦場にて)
 1914年、第一次世界大戦が始まります。彼にも召集電報が届き、1916年、彼は同じように若くして両親を失った女性エディス・ブラットと急遽結婚します。そして、すぐに彼はヨーロッパ戦線、フランスへと出発します。
 しかし、その戦場で彼が見たのは、それまで彼が考えていた戦争とはまったく異なる恐ろしい世界でした。この戦争で初めて使用された毒ガスによって死んでゆく人々の悲惨な様子。機関銃の登場によって積み上げられることになった死体の山。それまでの戦争は、騎士たちの決闘の延長線上にあったといえますが、それはもう過去のものになっていました。塹壕熱にかかり、戦線を離脱することになった彼は、病院で闘病生活を続けながら詩や物語を書くようになります。
 この時、戦場で泥まみれになって闘っていた無名の兵士たちの姿もまたその後、彼の本に描かれるリアルな戦闘シーンに大きな影響を与えることになりました。

(「言葉」の教師として)
 1918年、軍を除隊した彼はオックスフォード大学に戻り、そこでオックスフォード英語辞典の初版本の制作に参加します。「言葉」の歴史を調べ、その定義を行なうその仕事は彼にとって天職ともいえる仕事でした。しかし、そうした辞典を編集する仕事は常にあるとは限らず、彼は家族を養うため、リーズ大学で教師として働き始めます。大学でも比較言語学を学んできた彼にとって、「言葉」は「世界」であり、「指輪物語」もまた「言葉」の創造から始まり、さらにそこに「地図」によるその具象も加えることで、大人も子供も色鮮やかに思い浮かべることのできる明確な世界像を生み出すことに成功したのです。(彼は「言語学」も大好きでしたが、「絵画」もまた大好きでした)

(「指輪物語」の秘密)
 彼が大学で働きだしてからの人生は、ある意味平穏無事なものでした。「象牙の塔」にこもるごく普通の生真面目な大学教授が、なぜ「指輪物語」のような波乱万丈の物語を生み出すことができたのか?
 アンティークな家具に囲まれた書斎で机に向かいパイプをくゆらす老紳士が語る波乱万丈だった少年時代の思い出話し。そこから、20世紀最高の人気小説が生まれたのです。以前イギリスで行なわれた歴史上の文学作品ベスト10というアンケート調査で「指輪物語」は、ディケンズの「デヴィッド・カッパーフィールド」などの上を行き、見事ナンバー1に輝いています。
 あまりに幼すぎて忘れてしまった父親の思い出、そして大人になるための人生という長い旅の物語を彼は自らがオックスフォードという魔法の城で見に付けた言葉の魔術によって作り上げられたものなのでしょう。

(永遠への旅)
 「指輪物語」のラスト、ビルボとフロドは遥か彼方の西方の地へと船出します。それは「アーサー王と円卓の騎士」のラスト・シーンともダブっています。しかし、その旅の目的地は彼が大人になってから旅することのなかった南アフリカだったのかもしれません。彼にとって、もうひとつの故郷であり、父親が亡くなった土地。その南アフリカこそ、彼にとって最後に行きたい場所だったのではないでしょうか?


<映画版「指輪物語」について>
 アニメ版「指輪物語」を見て、「やっぱりこんなもんか。しょせん本が生み出すイマジネーションの世界には、映像が勝てるわけがないのさ」そう思った1980年代から20年、ついにその考えが覆されることになってしまいました。CGの発達があるとは言え、まさかあそこまで迫力のあるリアルな映像が作り出せるとは、・・・。(ファンタジー映画なので、リアルさが多少欠けても許される面もありますが・・・)
 特に2作目の戦闘シーンを見ているときには、「映画もついにここまで来たか・・・」と感無量になりました。(別に自分で作ったわけでもないのに・・・)しかし、この映画でCGは来るべきところまで来てしまったとも言われています。今後、観客はこういった迫力あるシーンに、今までほど感動を覚えることはなくなるでしょう。慣れというのは、恐ろしいものですから。
 しかし、原作に忠実なぶんだけ、この映画の寿命は長いはずです。3部作に分けて作ったことも良かったのですが、3本同時に撮影してしまったというのも成功の一因だったのでしょう。この映画に挑んだ監督、この映画を彼に任せた映画会社(監督のピーター・ジャクソンは有名監督とは言い難かったのですから)、そして、その映画を脚本だけで3本まとめて買ってきた配給会社、みなさんご苦労様でした。
 実は、この映画を買ってきた松竹の担当者は僕の弟だったので、そのあたりのことを聞かせてもらいましたが、この映画3本まとめて契約することが条件だったそうです。映像もなく脚本とスタッフだけで契約すべきかどうかを判断するのは、たいへんな賭けだったと思います。

<「王の帰還」を見て>
(1)ハリウッドで映画化されなくて良かった!
 採算的にも技術的にも危険すぎて手を出せなかったからこそ、今までに映画化されなかったのでしょうが、・・・。間違いなく、スピルバーグやルーカスなら、あそこまで原作に忠実には映画化しなかったでしょう。長くても2時間半の前編、後編の2作がいいところだったでしょう。ピーター・ジャクソン監督のトールキン原作に対する謙虚さとのんびりとしたオージー・スピリットがあったからこそ、トータル10時間以上に渡る長い映画が誕生したのだと思います。
 オージー・スピリットと言えば、ニュージーランドやオーストラリアの若者たちの多くは、家業を継いだり、就職したりする前に、1年以上に渡る長い旅をすることで有名です。僕も、以前モロッコを一人で旅していた時、マラケシュでアジアから陸路モロッコまで旅してきたというオーストラリア青年と仲良くなったことがあります。本当に気持ちのよい男でした。「旅の仲間」にオージーほど素敵な人はいないと、その時思ったものです。その点でも、ニュージーランドは「指輪物語」にぴったりの土地柄なのかもしれません。(火山が多い島国という点でも、気候的にも、これ以上ぴったりの土地はないかもしれませんが、・・・)

(2)あの旅立ちのシーンが見られて感激です!
 僕が初めて「指輪物語」を読んだ時、最も印象に残った場面はラスト近くの船での旅立ちでした。小樽という港町に育ったせいか、海が大好きなせいか、僕は旅をするといつも港町に行きたがります。
 サンフランシスコ、タンジール、イスタンブール、ベネチア、バルセロナ、ジュノー、ケアンズ、そして日本各地の港町や数多くの島々の港など・・・。
 どの街の港に立っても、そこには歴史に培われた「旅へのロマン」が漂っていて、それだけで胸がいっぱいになったものです。
 ストーリー的には、あのシーンがカットされていても不思議はなかったので、その大好きなシーンを目にすることができ、大いに感激でした。(正直言うと、もう少し港に活気があってよかったのではないかとは思うのですが、けっして悲しいだけのシーンではなかったのですから・・・)

(3)子供と見られて幸福でした!
 3作ともうちの長男と一緒に見られたことに感謝したいと思います。映画を見終わった後、僕は彼にこう言いました。
「お父さんが子供の頃に「指輪物語」見ていたとしても、きっとこの映画は未だに見た中のベスト10に入っていたと思うな。だから、たぶん拓にとってもそうなると思うよ」
 宮崎駿の映画を子供と一緒に見るたびに、この時代にいてくれて良かったと思うのですが、「指輪物語」がこうして我が子の少年時代に公開されたことに感謝したいと思います。
 DVDを買って何回も見るよりも、この映画の感動を心の中のイメージとして、大切にとっておくべきかもしれないと思いました。

<監督ピーター・ジャクソンさんへ>
 とにかく、監督さんご苦労様でした。
きっとあなたにとって、この映画の製作こそが長い長い旅だったことでしょう。しかし、あなたの旅はまだまだ始まったばかりです。この映画の成功があなたにとって「重荷」とならないことを祈りたいものです。
 旅の後、サム・ギャムジーが故郷のホビット村で子供たちを愛しながら暮らし続けたように、あなたにも故郷のニュージーランドをベースにしっかりとした活動を続けてほしいと思います。

「指輪物語 The Lord Of The Rings」(2001年)
(監督) ピーター・ジャクソン Peter Jackson
(脚本) フラン・ウォルシュ Fran Walsh、フィリッパ・ボウエン Philippa Boyens
      スティーブン・シンクレア Stephen Sinclair、ピーター・ジャクソン
(原作) J・R・R・トールキン J.R.R.Tolkien
(製作) バリー・M・オズボーン Barrie M.Osbone、フラン・ウォルシュ
      ピーター・ジャクソン
(製総) マーク・オーデスキー Mark Ordesky、ボブ・ワインスタイン Bob Weinstein
      ハーヴェイ・ワインスタイン Havey Weinstein、ロバート・シェイ Robert Shaye
      マイケル・リン Michael Lynne
(撮影) アンドリュー・レスニー Andrew Lesnie
(美術) グラント・メイジャー Grant Major
(衣装) ナイラ・ディクソン Ngila Dickson、ジェイミー・セルカーク Jamie Taylor
(音楽) ハワード・ショア Howard Shore
(メイク、クリーチャー・デザイン) リチャード・テイラー Richard Taylar
(出演) イライジャ・ウッド Elijah Wood、イアン・マッカラン Ian McKellen
     リブ・タイラー Liv Tyler、ヴィゴ・モーテンセン Viggo Mortensen
     ショーン・アスティン Sean Astin、ケイト・ブランシェット Cate Blanchett
     ジョン・リス・デイヴィス John Rhys-Davis、クリストファー・リー Christopher Lee
     バーナード・ヒル Bernard Hill、オーランド・ブルーム Orlando Bloom
     ブラッド・ドゥーリフ Brad Dourif、ヒューゴ・ウィービング Hugo Weaving

[参考資料]
「トールキンの世界」Tolkien:A Look Behind the Lord of the Rings
リン・カーター(著) Lin Carter 荒俣宏(訳)1977年 晶文社
「トールキン「指輪物語」を創った男」
マイケル・コーレン(著)井辻朱美(訳)2001年 原書房

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