「ぼくの伯父さん」、「ぼくの伯父さんの休暇」

- ジャック・タチ Jacques Tati -

<不思議な世界>
 実は、ジャック・タチの映画を僕が初めて見たのは、テレビのBSで1990年代になってからのことでした。不思議なデザインのポストカードやイラストで主人公のシルエットは知っていたのですが、映画の方は長らく見逃していました。初めて見た時も、何の映画か知らずに見ていて、その不思議さに、「何?この映画」と驚いた覚えがあります。
 コメディー映画ではあっても、オチのあるギャグやドタバタのコンとが演じられるわけではなく、シュールな不条理ギャグにクスッとさせられる場面の連続です。全体的にドラマには起承転結もなく、短いエピソードの積み重ね的な展開です。(でも映画祭で脚本賞を獲得していたりするから不思議です)
 ジャック・タチ演じる「ユロ氏」のキャラクターあっての作品ではありますが、彼が住む家や働く職場、登場する小道具たちなど、それら物言わぬ脇役たちの存在感も忘れるわけにはゆきません。そのシュールで未来的なデザインに、はまったファンも多いはずです。今見ても、いや今見ればなおのこと現代的に見える不思議な世界を創造したジャック・タチとはいかなる人物なのでしょうか?

<ジャク・タチ>
 ジャック・タチ Jacques Tati(本名はジャック・タティシェフ) は、1907年10月9日(1908年、1909年という説もあるようです)、パリ郊外のイブリヌに生まれました。彼の父親は額縁店を経営していて、子供の頃は彼もその後を継ぐつもりでいたようです。しかし、学生時代にラグビー選手の動きをマネした芸が大受けしたことから、スポーツ物真似を売りにした芸人になろうと方向転換します。
 パントマイム芸人としてミュージック・ホールなどで働き始めた彼は、その後、ルネ・クレマンの「左側に気をつけろ」(1936年)やオータン=ララの「乙女の星」(1945年)、「肉体の悪魔」(1946年)などの作品に俳優として出演するようになります。(ビートたけしのような片岡鶴太郎的な存在ということでしょうか)

<監督デビュー>
 映画界で俳優として経験を積んだ彼は、1947年に「郵便配達の学校」で監督デビューを果たし、1949年には自ら監督、脚本、主演をつとめて、長編映画第一作となった「のんき大将脱線の巻」を撮りました。スラップスティック・コメディーの傑作となったその作品で、彼はバスター・キートンを思わせる無表情な演技で観客を笑わせています。さらに彼はこの作品で、ヴェネチア国際映画祭において、最優秀脚本賞を受賞しています。
 第二作となった1953年の「ぼくの伯父さんの休暇」で、いよいよ彼のトレード・マークとなるキャラクター「ユロ氏」が登場します。ツルツルテンのズボンにパイプを咥え、チロリアン・ハットをかぶったユロ氏のスタイルは、チャップリンの山高帽とステッキとチョビ髭に匹敵するおなじみのスタイルとなり、世界中でヒットしました。とはいっても、彼のギャグには論理的な説明は不可能だし、明確なオチがあるわけでもありません。次々に繰り出されるクールなギャグに観客は時にとまどい、時に笑い、時には唖然とします。

<ギャグだけではない魅力>
 彼の作品の魅力は、彼独特のギャグだけではなく、セットや演出などすべてにわたっていて、映画全体に「タチ流」が貫かれています。「ぼくの伯父さんの休暇」でも、彼はアカデミー脚本賞だけでなく、カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞し、それが単なるコメディー映画のレベルを越えた作品であることを証明しています。
 それと彼の作品では、独特かつ不思議な「音楽」と「音」の使い方にも注目です。
 ユロ・シリーズの第二作「ぼくの伯父さん」(1958年)では、今や語り草となっている未来型の家が登場。それと対照的なユロ氏の自宅の奇妙なデザインがまた魅力的です。それら建造物のデザインの斬新さとお洒落さは、ユロ氏の存在感に匹敵するもので、もうひとりの主人公ともいえます。彼の一連の作品において、家や車、レストラン、ビル、部屋の中の小物たちは、ドラマの中で排除されているセリフの代わりに多くのことを語る存在としてなくてはならない存在なのです。モノが語る映画という発想は、それまでの映画界にはなかったまったく新しいものでした。「ぼくの伯父さん」で、彼はカンヌ国際映画祭審査員特別賞とアカデミー外国語映画賞を受賞しています。

<偉大なる失敗作>
 作品のヒットと映画祭での高い評価により、彼の作品への期待はより高くなり、第四作となった「プレイタイム」(1967年)では、1200万ドルという当時のフランス映画としては最高額の製作費がつぎ込まれました。その巨費を投じて、パリ郊外に映画の舞台となる近未来のビル群が建設されました。それはある意味、フランス映画の名作「巴里の屋根の下」「天井桟敷の人々」の撮影のために建造された人工のパリの街の未来版だったのかもしれません。
 ジャック・タチは、多くの天才アーティストがそうであるように、すべてをコントロールすることで自分の世界を作り上げるとこにこだわり続けました。しかし、この映画における未来の映像は、あまりに斬新すぎて大衆には理解困難だったのか、映画は巨費を回収するほどのヒットにはなりませんでした。(グリフィスの「イントレランス」のコメディー版といえるのかも?)
 もちろん、今見るとそのセットの凄さに圧倒され、そこがどこでいつの映画なのかわからなくなるほどのぶっ飛びぶりに驚かされるはずです。それは巨大なセットの中のあちこちで展開されるギャグとトンデモ・セットがコラボレーションした究極の総合芸術、インスタレーションと呼べるかもしれません。
 残念なことに、彼はその後、「トラフィック(ぼくの伯父さんの交通大戦争)」(1971年)、「パラード」(1974年)の2本しか長編映画を撮っていません。一時は、ハリウッドからユロ氏を主人公にした海外ロケ作品を撮ってほしいというオファーもありましたが、彼はその申し入れを断りました。もちろん、それはハリウッド映画になれば、もう彼の撮りたい作品が撮れなくなるのが明らかだったからです。
 こうして、完璧主義者の変人監督の映画は、その後、撮られることがなく1982年11月5日、彼はこの世を去りました。きっと彼が向かった天上世界は、彼好みのシュールな建造物が立ち並ぶ一風変わった天国に違いないでしょう。

 ジャック・タチの作品は、時々BSの映画放送枠で特集を組まれていましたが、レンタルDVDでも見られるはずです。あなたも是非「ユロ・ワールド」を覗いて見て下さい!

「ぼくの伯父さんの休暇」 1953年
(監)(脚)(出)ジャック・タチ
(脚)アンリ・マルケ
(撮)ジャン・ムッセル、ジャック・メルカントン
(美)アンリ・シュミット
(音)アラン・ロマンス
(製)フレッド・オラン
(出)ジャック・タチ、ナタリー・パスコー、ミシェル・ロラ
<あらすじ>
 主人公のユロ氏は古い車に乗ってバカンスに出かけます。そして、海岸のホテルに部屋をとります。そんな彼をまわりのバカンス客は馬鹿にした目で見ていました。そんな他人の目をまったく気にしないユロ氏を気に入っているのは、イギリスから来ている女性と子供たち、それに引退した高齢の男性だけです。そんなバカンスでのユロ氏の日々を追います。

「ぼくの伯父さん」 1958年
(監)(脚)(出)ジャック・タチ
(脚)ジャック・ラグランジュ、ジャン・ロッテ
(撮)ジャン・ブールゴワン
(音)アラン・ロマン、フランク・バルセリーニ
(出)ジャック・タチ、ジャン・ピエール・ゾラ、アラン・ベワール、ドミニク・マリ
<あらすじ>
 プラスチック工場の社長さんの家は未来的な豪邸です。ところが彼の息子はそんな最新のお洒落な家が大嫌いです。彼が好きなのは、不思議なアパートに住む、変わり者のユロ伯父さんです。そんなユロ伯父さんが心配な社長は、彼を結婚させようとするのですが上手くゆきません。そこで彼をなんとかしようと、今度は彼を自分の会社に就職させます。しかし、超マイペース男のユロ氏に大企業の社員が上手く務まるのでしょうか?

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