- ジャグジート&チトラ Jagjit & Chitra -

<ラヴィ・シャンカール>
 かつて1960年代、インド音楽といえば文句なしにシタール奏者ラヴィ・シャンカールでした。彼はビートルズストーンズバーズを初めとする多くのアーティストたちに影響を与え、その影響によって独自のスタイルを編み出したリチャード・トンプソンのようなギタリストもいたほどです。(そうそうラーガ・ロックなんていう言葉まで登場したほどでした)
 しかし、彼の音楽はけっして当時のインド国内におけるポピュラー音楽を代表していたわけではありませんでした。実のところ、インドにおけるポピュラー音楽の中心は、当時も今もそれほど変わっていません。それは、インド最大の娯楽産業、映画のための音楽です。

<世界一の映画大国インド>
 日本でも大ヒットしたインド映画「踊るマハラジャ」は、別に特殊な映画ではありません。インドにおける映画としては、ごく当たり前の映画といってよいのです。(もちろん、インド映画がみんなミュージカルというわけではないのですが)だから、インドにおけるポピュラー音楽の大スターといえば文句なしに映画の挿入歌もしくは吹き替えのを歌っている歌手のことなのです。特に、ラター・マンゲーシュカルというインドを代表する女性歌手は、吹き替えなどによって録音した曲の膨大な量でギネス・ブックに載っているほどなのです。(元々インドが世界一の映画公開数を誇る映画大国であることを考えると当然かもしれませんが・・・)
 しかし、残念ながら「踊るマハラジャ」のサントラ盤を毎日聴こうと思う人はそうはいないでしょう。どう考えても、それは繰り替えし聴こうという感じの音楽ではありません。そんなわけで、インドのポピュラー音楽は日本にほとんど輸入されることはありませんでした。ですから、僕もラヴィ・シャンカール以外のミュージシャンは、ほとんど聴いたことはありませんでした。
 しかし、1980年代に入り、そんな僕が思わず魅せられてしまうアーティストが現れました。それがインドから現れた夫婦デュオ、ジャグジート&チトラです。

<知られざる美しい音楽>
 ジャグジート&チトラは、1970年代から活躍し始めガザルという伝統音楽をポピュラー化し、インドに新しいポピュラー音楽の旋風を巻き起こしました。二人の歌声は実に美しく、特に奥さんのチトラ・シンのヴォーカルは、まさに天上から響いてくる女神の歌声のごとき神々しさに満ちています。そのうえメロディーは意外なほどポップなのです。さらに使っている楽器も、タブラやシタールなどの民族楽器だけでなくギターやシンセサイザー、それにゴージャスなストリングスとバラエティーに富んでいて、現代的な編成になっているため、非常に聞き易くなっています。
 これほど美しい調べがあったとは!と驚くことうけあいです。

<ジャグジート&チトラ>
 さて、この驚異のサウンドを生み出している夫婦は、いったいどんな人物なのでしょうか?夫のジャグジート・シン Jagjit Singhは、インド北西部ラジャスタン州の出身で、幼い頃から音楽教育を受けパンジャブ大学を出たエリートです。奥さんのチトラ・シン Chitra Singhは、ぐっと南東に下ったベンガル州のカルカッタ出身でカルカッタ大学を卒業したこれまたエリートと言ってよいお嬢様。(おまけに歌声に負けず劣らず見た目も美しい!)広大な国の全く違う文化圏で育った男女が出会うことによって、今までにない新しいガザルが誕生したというわけのようです。

<ガザルとはなんぞや?>
 ガザルとは、いったいいかなる音楽なのでしょうか?
 ガザルは元々ペルシャ地域から生まれた「歌」と言うより「詩の朗読」に近いものでした。したがって、使われる言語は、インド国内で最も一般的なヒンディー語ではなく、パキスタンを中心に使用されているウルドゥー語です。(といっても、ヒンディー語が分かれば、だいたい理解できるらしい)さらに、ガザルとはアラビア語で「男女が愛の会話をする」という意味にあたるのだそうです。したがって、男性が憧れの女性に対し、そのかなわぬ恋心を歌い、それに対して女性が歌い返すというのが、その基本パターンのようです。但し、その男と女の関係は、人間と神の関係をも暗示しているそうで、そう考えるとなかなか微妙な歌詞になっているわけです。そして、元々が詩の朗読から始まっているだけに、韻の踏み方やその歌詞の語呂合わせなどには細かな注意が払われているらしく、それが歌として聴いた時に美しさを生み出す重要なポイントになっているようです。どうやら、ある種インドにおける上流階級、インテリ層、御用達のポピュラー音楽ということができるようです。実際彼らが行うコンサートは、小さな会場で少ない人数の観客を相手にして行われることが多いらしく、当然、観客はインドの富裕層が中心となっているようです。なんと彼らの初来日コンサートは、在日インド人のためだけに行われたシークレット・ライブでした!(もちろん、レコードやカセットによって、彼らの歌は広く一般へと拡がりをみせている)

<日本での活躍開始>
 彼らが日本で初めて紹介されたのは、1987年のこと、日本盤としてボンバ・レーベルから、彼らの代表作「サウンド・アフェアー」が発表されたのが最初でした。(ボンバ・レーベル:この日本が生んだ素晴らしいワールド・ミュージック・レーベルもまた世界のポピュラー音楽に偉大な貢献をしています)
 その後、19世紀のインド最大のウルドゥー詩人、ミルザー・ガーリブの生涯を描いたテレビ・ドラマのサントラ盤「ミルザー・ガーリブ」(1988年)、現代版ガザルのアルバム「サムワン・サムホェア」(1989年)など、質の高い作品を発表し続けています。

<不思議な超大国インド>
 道端で多くの人が平気でウンチをしている国でありながら、かたやロケットを打ち上げ、原子爆弾を所有する不思議な超大国インド。この国はすべてにおいて幅がひろい。
 かつて僕がインドを旅したとき、一泊目のホテルを日本で旅行代理店に予約しておいてもらったら、そこはなんとゴルフ場つきの豪華ホテルで一人一泊1万円もとられた。しかし、翌日ニューデリー駅前で自分たちで見つけたホテルは、一人たったの400円程度でした。(但し、夜中に警官が見回りに来て起こされるような怪しげなところだったのですが・・・)
 インドに未だに存在すると言われるカースト制度。その複雑な階層構造は、インドという国の複雑な構造そのものでもあります。そして、インドのポピュラー音楽にも、当然複雑な階層構造のようなものが存在するのでしょう。ガザルは、その中でも上流階級のための音楽であるのは確かですが、まだまだインドのポピュラー音楽には奥深いものがあるに違いありません。

<インドへの道>
 インドを旅したことのある人は、大好きになるか、大嫌いになるか、どちらかにはっきり分かれるとよく言います。ちなみに、僕がインドを旅した時は、下痢で寝込むは、オーヴァー・ブッキングで飛行機に乗れなくなるは、タクシーの運ちゃんと喧嘩するわ・・・とにかくトラブル続きでした。でも、インドは大好きです。トラブルがあればあるほど、その合間に見る景色はより美しくなり、人の優しさやユーモアが心にしみるものです。そして、いつしかトラブルを楽しんでいる自分に気づくのです。そうなったら、もう怖いものはありません。そんな奇跡のような瞬間の開放感こそが旅の本当の喜びであり、それはもしかすると人生最高の瞬間かもしれません。
 旅に出かけたくなりませんか?あなたもジャグジート&チトラを聴いて気分が盛り上がったら、是非インドへ!素敵な景色と優しい人々、そしてちょっとばかりのトラブルがあなたをお待ちしております。

<締めのお言葉>
「インドだからって聖人、善人、素朴な人ばかりってわけじゃない。悪人、俗人入り乱れて人間博覧会みたいだね。日本はその幅が平均的だけど、インドの場合は聖と俗の幅が驚くほどかけ離れている。カーストが百くらいあるとすると、それほど人間の格=聖と俗のバリエーションがある。どのバリエーションの格でつきあうかで、自分の格が見えるんだね。類は友を呼ぶって言うでしょ。旅はまさにこれだね。くだらない旅してる時は、くだらない奴とつきあってる。ふっきれたいい旅してる時は、百の中の八十とか九十あたりの高い格の人とつきあってる。ぼくは最高の人間とは会ってないのかもしれない。しかし、高い人格の人間と出会う旅イコール良い旅ということではない。どうしようもなくくだらない奴から、次元の高いのまで、むしろどれだけのバリエーションが旅の中に展開されたかだね。それが旅の豊かさだと思う」
藤原新也著「印度放浪」より

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