- 日本美術の魅力と歴史再考 -

<クール・ジャパン>
 「クール・ジャパン」というキャッチコピーとともに世界中で日本の文化が高く評価されるようになりだしたのは、いつごろからでしょうか?かつては「ホンダ」や「トヨタ」そして「ソニー」など工業製品が日本文化の象徴でした。しかし、今ヨーロッパなどを中心に広がっている日本のブームは、それとは異なる範囲に及んでいます。
 「ジャパニメーション」、「コンピューター・ゲーム」、「マンガ」、「ファッション」、「キャラクター・グッズ」、「日本食」、「生活文化」(畳、布団、温泉、ウォシュレット、・・・)、「映画」、「カラオケ」、「生活雑貨」・・・
 そうした海外における日本ブームの原点として有名なのは19世紀末の日本美術ブームでしょう。当時ヨーロッパの芸術家たちを驚かせたそれらの絵画や陶芸作品の独自性は、現在の日本文化の原点でもあります。たとえば、北野武や黒澤明の映画は、日本的な美意識なしには生まれなかったはずです。それに日本人独特のおもてなしの精神なしに「ウォシュレット」も「茶の湯」も生まれなかったでしょう。
 東の果ての国、日本には昔から様々な文化が伝わり、そこで熟成されることになりました。日本は、長く占領されることもなく安定した時代が続きましたが、それは他の国々にはなかったことです。そのため、日本人は独自の文化を保つことが可能でした。これは非常に重要なことです。

・・・最初に粗い網にかけて節操なく採り入れた物を、時間をかけて取捨選択して、何代かかけて”こなしていく”と云うのが日本文化の「オリジナリティ」の源です。・・・

 では、その日本独自の美術の特質とは具体的には、どんな点にあるのでしょうか?この疑問に答えてくれる本がありました。タイトルは、「ヘンな日本美術史」。タイトルと表紙にひかれて即買いしてしまいました。著者は、山口晃という画家。といっても、東京芸大美術研究科を出た美術史だけでなく画家や画法についても詳しい専門家です。この本の中では具体的に作品の写真を見せながら、その「ヘン」なところをわかりやすく説明してくれます。
 ここではそうした中からさらに厳選して、現在の日本文化に影響を与えていると思われる部分を紹介させていただきます。もちろん、実際の本を探してもらえればもっと参考になるはずです。

 日本の美術を考えた時、私は「枠」とか「入れ物」と云う言葉が思い浮かびます。他の国の人たちが中身で勝負する時に、日本人と云うのは外側でそれをするのです。器とか枠と云ったもので何か物事と向き合うような所がある。
 ですから一見、思想もないように見えるのですけれども、逆に中空と云う中がある。言い換えれば、そこに何が入ってもいいんだと考えた時に、日本美術は確固たる存在感を示してくるのです。


<マンガにもつながる絵画手法>
 「マンガ」の原点として、「鳥獣人物戯画」がよく紹介されています。しかし、それよりも著者が着目しているのは、「ヘタウマ」と呼ばれる表現方法のことです。

・・・わざとふにゃっと描くと云うか、ちょろまかすと云うか、仕上げすぎないのは日本の絵の特徴です。できるけれどもやらないのか、できないのか、そもそもその気がないのかは分かりませんが、解像度が一段落ちるとでも云ったような感じになる。
 ただ、解像度が落ちた事によって、ある全体性が逆にばっと浮き上がってくるのが、外国と比べて不思議な所です。


 さらに日本的な描写方法として指摘しているのが、写真的な写実とは異なる印象を重視した表現方法です。犯罪捜査において「モンタージュ写真」よりも「似顔絵」の方が効果的とされているのは、「リアルな本物」よりも「本物らしさを強調した偽物」の方が人に訴える力を持っているからです。ここに「写真」ではない「絵画」の本質が象徴されているのかもしれません。

 絵と云うものは、三次元の実物を二次元に落とし込む作業ですから、そこには必然的にある種の「変換」が必要になります。つまり、ただ「写せば」いいと云うものではありません。
 一方で、目に見える現実、その表層的なものは、いわば劇薬のようなもので非常に影響力が強く、描く時にそれに引きずられてしまいがちです。そこから逃れるためには、その刺激を一旦どこかに置いてくる必要がある。暁斎がわざわざ次の間に行くもの、若冲がすぐに描かずに分かるまで見ていると云うのも、そこだったのだと思います。


 歌舞伎における「クマドリ」のような極端な化粧による演出も、ある意味観客に対する印象を強めるためのものです。しかし、この手法も舞台劇の世界だけのものではありません。

 歌舞伎の化粧があそこまで派手なものも、舞台という広くて暗い空間で映える為のものでしょう。のっぺりとしたけばけばしさが、暗い所で見ると、ふわっと浮かび上がる抜群の効果を生んだりするのです。

 本物に見えるのであれば、それが写真的に真似る必要はなく、逆に極端に描くことを良しとする。これが日本的な美学だといえそうです。

 そもそも、写真的な絵と云うものの「嘘」を私たちは知っています。いくら巧い絵であっても、所詮は三次元のものを二次元の中でそう「見えるように」表現しているに過ぎません。そのイリュージョンに「真実」を見るのであれば、別に写真的な描き方ではなく、漫画的な、平面的に描く方法であっても構わないはずです。

 日本の絵画では、時にありえない身体の動きを表現することもあります。しかし、そこには「相撲」における土俵入りの「型」や空手の「型」のように絵画における「型」もまた存在するといえるのでしょう。「型」によって表現を行うことは、絵画だけでなく映画や演劇の世界でも日本では重要な役割を果たしています。

 では「彦根屏風」が全く写真的でないのかと云うと、そうではありません。・・・
 背骨が曲がったような人物も、意図的にぐにゃぐにゃと描いたというよりは、文字どおりあらゆる角度から一番いい形を探した結果、このようになったのではないかと思います。・・・
 その位置と向きの的確さ、より「らしさ」を出す為のものとして「型」が生まれてきます。・・・
 そういう「型」に実をのせてくる絵は、絵が内面にまで届いているような気がする一方、単なる写真と云うのは、たとえ上手くでも画面の上っ面で終わっているように見えます。
 西洋人はそれに気づいて、さらに内面にまで行くため、どんどん解像度を上げていく方法を選びました。・・・
 日本人はその方向ではなく、どちらかといえば記号化された表現を用いる事で、物の実に近づこうとしたのでしょう。味のある人物を描くには、「味がある」とされる「型」を依代として鑑賞者が実を託すのです。


<表現技法へのこだわり>
 もうひとつ日本的なこだわりとして重要なのが、表現技法に関するこだわりです。
 書道や水墨画に見られる「筆のタッチ」は、写真や版画のようにコピー可能な作品の対極にあります。しかし、この考え方は筆を用いない絵画や陶磁器、華道などの分野にも共通しています。

 見ながら描けば、目を凝らす度に筆が止まります。筆勢を活かす事など覚束ないでしょう。逆に西洋絵画は、筆勢や筆跡は極力抑えて、画面内の形象の一部たり得るよう注意深く筆をおきます。それによって高い再現性の一助としているのですが、その再現性は多分に光学的な正確さを旨としています。

 メールが当たり前になる前、手紙の時代の日本人は「文字」もまた「文章」同様に手紙の一部として重要視していました。今でも、「文字」には性格が表れると日本人なら誰もが思っているはずです。

 ニュアンスの出やすい筆の線は、印象を喚起するには絶好の要素でしょう。書を愛でる文化を持つ私たちは、先ずその線事体に感じ入る事ができるのであり、形象の一部として見る時には、絵でありながら絵ではない、主旋律に対しての通奏低音のような和音の妙を聴く事ができるのです。

 「筆のタッチ」を重視するのと同じように日本人は、作品に用いる墨や絵画、紙などを素材を重視します。単に「色」だけではなくその表面の状態や透け感や肌触りやつやの具合など、様々な点にこだわります。

 例えばブリューゲルが描く森などは、木の葉を白の点描で描きながら丁寧にグレーズが繰り返される事で、もの凄い深みを表現しています。あの深みは、他の画材では出せないオイルならではのもので、印刷では絶対にわかりません。その点では、「鳥獣戯画」の所でお話しした墨の透明感にも似たもので、実物を見るしかないのです。やはり、そのように画材に素直に向き合って、「こんなこともできる」と云う発見が面白くてしようがない時期の絵は、一見単純なように見えて、とても高いレベルとつながっているのではないかと云う気がします。表層的なもの、表面に現われたものが、そのままの状態で、深遠なものを語る語り口になっている。
(「グレーズ(グレージング)」とは、透明な色を重ねていくことで、深みのある色を生み出す油絵の手法のこと)

 画材にこだわるということは、その画材に合わせて作品のスタイルも変化するということです。絵に描く時、絹に描く時、金箔に描く時、それぞれで絵の具が違うだけでなく「絵」自体を変るべきと考えられていたのです。

 「伊勢物語」を見ても分かるように、背景が地そのままであったり、金箔であったり、絵と云うよりは物質です。それが背景になっているからこそ、人物の描写と云う物質です。それが背景になっているからこそ、人物の描画というものがこの描き方、この手数で許される。それは現実を写したと云うより、型押しされたような完璧なポージングです。・・・これを描いていた時代の人がそういう空間の構成を意図して描いていたのかと云うと、そうではないと思います。意識しないでもそうした空間を描く事ができたと言いますか、自然とデッサンをしない絵になると言いますか、もっと血肉に近い部分で描いているように感じるのです。つまり自然体で描けていたと云う事です。
 明治時代になり、写生をやった日本人はこれができなくなってしまいます。


 背景や人物のポーズはリアルである必要はない。作品としての美しさこそが重要だという考え方に忠実なのが日本式なのかもしれません。

<見せ方へのこだわり>
 そうなると、出来上がった絵の見せ方にもこだわるのが日本的な考え方です。その作品がどこにどう置かれ、どういう風に見られるのか?それによって、描き方を変えるべきと考えられていたといいます。そう考えると、作品そのものをたとえ見ることが出来ても、ましてや作品の写真を本で見てもどれだけその本質が見えるのでしょうか?

 例えば金箔の貼られた屏風なども、上からの照明で見ると背景が黒く沈んでしまいます。けれども、屏風と云うものが置かれた環境を考えた時、上から照明が当たる事は本来考えられません。昔は天井に照明はありませんから、基本的には昼は窓から、夜は燭台からの横に入ってくる光の下で見たはずです。横から光を当ててみると、金箔と云うのは透けて見えているのです。
「伝源頼朝像」について

 日本の美術作品の場合、西洋絵画以上に表装は重要な意味を持っていると云えそうです。

 見ると云う視点からは、表装も重要な要素です。私たちが絵の実物を見る際には、日本画であれば表装、西洋画であれば額縁に装われている事が多いです。そうした表装・額縁のおかげで、絵がどこにでも置けるようになった代わりに、場所との関係が希薄になってしまったと云う両方の面があるのです。そういう意味では絵と云うものは、純粋に絵だけでできているのではないともいえます。

 絵というものは、絵だけで存在するのではなく、飾る場所、飾り方も含めて初めて作品として完成するわけです。この感覚もまたかなり日本的なものといえそうです。

<「様式」という額縁>
 西洋における美術といえば絵画と彫刻が中心で、それぞれに主流派と呼べるスタイルが存在します。(その中心はリアリズムといえるでしょう)それに対し、日本の美術においては、水墨画、書、陶磁器、浮世絵、日本画、版画など様々なジャンルが横並びに存在しています。それらにおいて、「リアリズム」という様式はけっして主流派ではありません。
 それぞれの絵画に、それに合う額縁が存在するように、日本の美術作品はそれぞれ独自の「様式」に基づいて作られてきました。西洋美術は歴史の中で「印象派」や「キュビズム」などの様式を生み出してきましたが、日本にはそれとは異なる様々な様式が存在するといえます。そして、それぞれの様式を用いる事で表現できることも変ります。けっして写真だけが真実を表現する唯一の方法ではなく、それぞれの様式だからこそ表現できる美が存在すると考えるべきでしょう。

 様式と云う嘘に乗ることで、そこに実以上に真実を見る事ができるのが様式の重要な役割で、だとすれば写真も、写真ですらも一つの様式なのだと言えます。

<空間認識>
 日本の美術において、最も特徴的なのは、その「空間認識」の特殊性にあるのかもしれません。特にわかりやすいのは、茶室という小さな空間におけるこだわりでしょう。入り口の扉の位置、部屋の小ささ、畳、花の飾り方、茶器や器のデザイン、そして茶の湯の作法にはもちろん意味があるわけですが、そこには共通する美意識が存在しています。

 茶室などを見ると基本的には、柱を見えるように残しておく事が多い。それによって、非常に強い垂直性と規則性が部屋の中に生まれます。さらに畳の目なども真っ直ぐに並んでいる。そうした中で、茶器などの道具は崩す。そうするとその崩しが生きてきます。へなへなの茶碗や節の付いた茶杓といったものを洞窟の中に置いても、何の意味もありません。それでは、ただ汚いだけです。
 見えない中心軸のようなものがあって、そこからどう外して展開していくか。そういった中心と外しと云うものが分かってこその、破墨である訳です。

「破墨山水図」雪舟作について)

 西洋の美学が左右対称を基本としているのに対し、非対称にこだわるので日本の美意識。元々他国の文化をマネするのが得意な日本人は、様々な美術作品を輸入しては、その作品における中心軸をあえてずらすことによって、新しい美を見い出そうとしていたのかもしれません。
 雪舟はそうしたバランス感覚のくずしに驚異的な才能をもち、「秋冬山水図」では、そのくずしをより極端なものへと押し進めています。そこにはもう「リアリズム」など存在しませんが、抽象絵画とも異なる現実把握のスタイルが現われています。

「秋冬山水図」を見て感じるのが、雪舟の生み出す恐るべき絵画空間です。・・・やはり実物を見ますと透明感が全然違いまして、初めて見た時にはぞっとするような感覚を覚えました。兎に角、吸い込まれそうな深さに無性に怖くなった事を思い出します。
 何がそのように物凄い感じを引き起こすのかと云うと、その特異な空間性ではないでしょうか。
 その空間性が現われる要因を考えてゆくと、まずは絵を構成する単位の大きさによるのではないかと思われます。それが大きな視線の流れを生み、一瞥でも含む所が多くなるのです。
 雪舟はこの絵の中で、手前の道、岩、崖くらいの単位でモチーフを大きくポン、ポン、ポンと配置して
いき、それらの存在感を破墨仕込みの荒く闊達な調子でグワシと掴まえます。そして、掴えられた荒ぶる気は、無骨なニュアンス豊かな輪郭線によって画面に定着される。

 こうした空間や対象物の捕らえ方は、その後の浮世絵のような、もう少しリアリズムに近い絵画にも用いられています。浮世絵独特の遠近法もまた日本的といえます。大きな桶の枠の向こうに見える富士山、巨大な波間に見える富士山など、平面的でありながら奥行き感のある表現はその代表といえます。

 日本の絵は平面的だと云う事がよく言われるのですが、実は日本人が志向してきたのは、平面ではなく、むしろ奥行きの方なのではないかと私は思います。
 歌舞伎や芸能を見ても、板塀で囲んだり、書割を立てたりと非常に奥行きを意識しているし、絵に描いていても薄墨でぼかしたりして、必死に「奥へ行け!奥へ行け!」とやっているのが分かります。


<時間・世界認識>
 最後に再び「鳥獣人物戯画」における時間感覚と世界の把握の仕方について。

・・・時間と空間を区切る「コマ」のような合理性はいかにも西洋的です。むしろズルズルと空間がつながって、曖昧な雲とか林で空間が仕切られている妙の方が、日本人が受け継ぐべき所のような気がします。

 確かに「鳥獣人物戯画」を世界最古の漫画とするのは「コマ割り」の不在という点では不十分かもしれません。「コマ割り」よりも時間・空間がつながって表現されることに日本らしさがあるということです。
 さらにそうやって一つの世界を紙の上に作り上げる創造的な視点をもつこともまた日本的な感覚なのかもしれません。

 一口に日本の絵と申しましても様々なパターンがある訳でして、安易に日本が特殊であるとい言うのも気が引けるものですが、それにしても白描画、特に白描絵巻と云うのは、かなり特徴的な絵です。
 画面の中に空間を構成するために様々な技法を凝らすと云うよりは、意識が画面の外に出ていて、画面そのものを作り出す方に意識が行っている。言うなれば、一段上の視点から見ている訳です。

(白描画とは黒の線と塗りだけで描かれたもの。「鳥獣人物戯画」は白描絵巻の代表作)

 白描画にこだわる日本人は、モノクロの世界にこだわることになり、その感覚は「色」だけで世界を描き出そうとした印象派の画家たちの対極に位置していたことになります。
 日本人が得意分野としてきたコンピューターゲーム、バーチャル・ゲームを創造するセンスの元はそうした世界認識の感覚にあるのかもしれません。さらに、そうした世界に対する感覚のもとには、日本人がキリスト教とも、仏教とも、イスラム教とも一歩距離を置いてきたという歴史が関係しているのかもしれません。「八百万の神」を信じてきた日本人は、全ての神様を相対的に見ることで、自らを神様に置き換える視点が容易なったのかもしれません。
 ただし、その感覚には危険な面もあります。
 この感覚は、逆に主体であるはずの人間を作品から遠ざける方向へと向かわせる傾向があります。遠ざかりすぎることで気がつくと自分がその作品の一部になってしまう。そんな危険も潜んでいるのかもしれません。

 日本の美術における特異な感覚は、様々な分野に影響を与えています。歌舞伎や能の舞台美術は、溝口健二や黒澤明、小津安二郎らの作品における撮影、美術、衣装、メイク、照明などに大きな影響を与え、彼らの作品を通して海外の映画にも影響を与えることになりました。
 もちろんマンガへの影響も大きいはずです。白い紙に黒いインクで描くマンガの基本は、まさに白描画そのものです。目の中に燃える炎、ホンカンさんのつながった目、巨大な目とその中に輝くキラキラ星・・・目の表現だけみても日本製マンガはリアリズムとは、ほど遠いといえます。しかし、キティーちゃんのかわいさも、リアリズムの猫からでは生まれないはずです。
 和食においても、器や盛り付け、料理の色合いなど、見た目へのこだわりは実に日本的です。どうやら食材によって器を変える国は他にないみたいです。もちろん、味付けにおいても、あえて王道の味をくずそうとすることへのこだわりは日本ならではのものです。
 「クール・ジャパン」の原点には、日本ならではの美学ありなのです。

<「おまけの博物誌」より>(追記)2013年11月
 日本の美術は、日本独自の文化ともいえるお菓子などの「おまけ」にも影響を与えています。
「日本人は、世界で最も早く多色刷りの技術を庶民レベルで享受した国民だといわれています。それは、多色刷り木版浮世絵のことであり、錦絵とも呼ばれて、江戸時代には絵草紙屋で売られていました。その中には、組み上げや、変わり絵など遊びに用いることのできる浮世絵がありました。この伝統がふろくの発達に与えた影響は大きいと思われます」
中村圭子(弥生美術館学芸員)

「ヨーロッパ社会では、芸術の楽しみはなかんずく貴族の特権でした。絵画などが大衆レベルに降りてきたのはおおむね印象派以降、十九世紀になってからといわれています。日本の浮世絵が生まれたのは十七世紀ですから、単純に計算するとヨーロッパよりも二百年も早く大衆芸術が存在していたことになります。」
北原照久

「ヘンな日本美術史」 2012年
(著)山口晃
祥伝社

「おまけの博物誌」 2003年
(著)北原照久
PNP新書

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