2002 FIFA World Cup

 あのマラドーナの5人抜きドリブルを見て以来、遅まきながらサッカーの魅力に気がついた僕は、年々サッカー熱が高まり、2002年日韓ワールドカップは僕にとって最高の贈りものでした。
 日本はこの大会で初めてべスト16入りを果たしましたが、大会での成績以上に日本で開催されたことは日本サッカーに大きな影響をもたらしました。この大会期間中、日本国民全体へのサッカーの浸透は南アフリカ大会の時の比ではありませんでした。日本はワールドカップを自国で開催したことにより、やっと世界に挑むスタート・ラインに立ったといえるのかもしれません。
 ちょうどその頃、弟が某映画会社の輸入部門で働いていたため、イギリスのチケット販売業者からチケットを買ってもらえないかという話がきました。ヨーロッパからでは日本が遠すぎたことから、チケットが大量に余り、業者が困っていたという話は本当でした。どの試合のチケットもあり、定価で売ると言うので、兄貴も買わないかと、僕のところにも話がきました。ならば、どうせ見るなら決勝戦がいいかなということで横浜で行われる予定だった決勝戦のチケットを買うことにしました。日本の試合も見られたのですが、正直、じっくりと試合を見たかったことと、きっとブラジルが残るだろうと思えたので、あえて決勝戦にしました。(北海道から見に行くには飛行機代もかかるので、庶民の私としては何試合も見るのは・・・)
 さて、そんな楽しみを待ちながらいよいよワールドカップ・サッカー日韓大会が始まりました。

<1次リーグ>
<フランスVSセネガル> 5月31日(1−0 セネガル勝利)
 開幕戦は前回優勝チームのフランスとかつてフランス植民地だった国セネガルとの対戦。ある意味因縁の対決ともいえます。この試合は、その後この大会で起きることになる数々のジャイアント・キリングを象徴する試合となりました。
 怪我でチームの中心ジダンを欠き、それ以外のメンバーもそれぞれが所属するチームで大活躍して疲労困憊しており、個人としても結果を残しているティエリー・アンリ、ダビド・トレゼゲ、クロード・マケレレらは、モチベーションが低くならざるを得ませんでした。そのうえ、前回大会の主力メンバーたち、ユーリ・ジョルカエフ、リリアン・チュラム、パトリック・ヴィオラ、マルセル・デサイーらは年齢的に峠を越しており、それを補うような選手も現れてはいませんでした。
 そんなフランスに対し、体力に勝るセネガルは、アンリ・カマラ、エリハジ・ディウフらがドリブル突破を繰り返しながらフランスのDF陣を切り崩し、1−0でまさかの勝利を飾ります。
 蒸し暑い時期に開催されること、アジアという今までとは異なるヨーロッパや南アメリカから遠い土地で開催されることなどから、強豪国には不利な大会になるのではないかと予想されていたももの、まさかの前回優勝国の敗戦は、世界中に衝撃を与えました。この大会は、歴史に残る波乱の大会になるのではないか?そして、この雰囲気はたぶん各チームの選手たちの心にも影響を及ぼしたのかもしれません。

<日本VSベルギー> 6月4日(2−2 引き分け)
 この試合でベルギーと引き分けたことで、日本は一次リーグ突破を決定的にしたのかもしれません。後で考えると、そう思える試合内容だった気がします。そこには重要なポイントがいくつかあります。先ず、最終的にベルギーはその後、負けなしで一次リーグを突破する強いチームでした。ここでの引き分けは、それだけの価値があったということです。
 さらに日本はこの試合で先制されながら追いつくことができました。ガチンコの殴り合いで引き分けにもちこめたことは、今までの日本ではなかったことでした。特に大型の選手をそろえたヨーロッパのチームと五分に戦えたことは大きな自信となり、次のロシアとの試合にいい感じで望めることになりました。
 一度は逆転しながらフラット3を破られ失点したことで、ディフェンスに対する意識を高めることができたことで、ロシア戦でのミスを予防することができたこと。
 ある意味、勝利をおさめるよりも引き分けという結果は、新参者の日本にとってより良い結果だったように思えます。

<日本VSロシア> 6月9日(1−0 日本勝利!)
 話題になったフェイスマスク姿の宮本を中心にフラット3は単調なロシアの攻撃を確実に防ぎ、前半は手堅く0−0で終了。後半6分、中田浩二のクロスを稲本が決めて先制。強力なFWはいないものの、中盤が押し上げることで、攻撃力を高め全員で点を取るという日本のスタイルが上手く行った結果でした。その後も日本はミスなく守りきり、見事ワールドカップで初の一勝をあげました。フェイスマスクの宮本と並び、有名になった紅い髪のトサカ頭の戸田の活躍も忘れられません。

<日本VSチュニジア> 6月14日(2−0 日本勝利!)
 この試合で負けると1次リーグ敗退の可能性もまだあっただけに日本チームは緊張感を保ったまま試合に入ることができました。中田英寿と小野というヨーロッパ・コンビの活躍により、チームは負けるはずがないという自信をもち、チュニジア相手に1ランク上の試合運びを展開。2−0での圧勝となりました。これで日本は初の1次リーグ突破という最低限の結果を残すことができました。

<1次リーグ各組の結果>
A組(デンマークセネガル、ウルグアイ、フランス)
 前回優勝のフランスがまさかの4位。セネガルはフランス戦での勝利がまぐれではなかったことを残りの試合でも証明してみせ、この後決勝リーグでもセネガルは台風の目的なチームとして大会を盛り上げることになります。

B組(スペインパラグアイ、南アフリカ、スロベニア)
 この組はほぼ順当な結果となりました。余裕の1位通過となったスペインは余力を残していましたが、これはいつものこと。ここまだは圧倒的に強くても、なぜかベスト8止まりというのがいつものパターン。今大会もまたそうなるとは、・・・。

C組(ブラジル、トルコ、コスタリカ、中国)
 この組もほぼ順当な結果となりました。ブラジルはトルコにこそ苦戦したものの、余裕の1位突破。それに対し、ブラジル戦での検討で自信をつけたトルコは、この後大会のダークホース的存在となります。

D組(韓国、アメリカ、ポルトガル、ポーランド)
 この組は大波乱となりました。ポルトガルがまさかの敗退。ルイ・コスタやヌノ・ゴメス、ルイス・フィーゴなど豪華なタレントを揃え、黄金時代だっただけにそのショックは大きく世界中のサッカー・ファンをがっかりさせました。それに対し、これまでサッカー後進国といわれてきた韓国、アメリカがまさかのワンツー・フィニッシュ。
 韓国の戦いぶりは、これまでの大会とは異なるレベルでしたが、ヒディング・マジックの真価が発揮されるのは、この後の試合になります。
<エマニュエル・オリサデべ>
 ポーランドのフォワードとして出場したエマニュエル・オリサベデベはポーランド初の黒人選手でした。ナイジェリア生まれの彼は、ナイジェリアからポロニア・ワルシャワに移籍して活躍。そのため、ナイジェリア、ポーランド両方の代表チームから声がかかりました。そこで彼はポーランド国籍を取得して代表チーム入りを選択したわけです。こうした、その国とはまったく関わりのない選手の代表入りは、この後、増えてゆくことになります。彼はアメリカ戦でゴールを決め、チームに初勝利をもたらしました。

E組(ドイツ、アイルランド、カメルーン、サウジアラビア)
 この組も順当な結果。ドイツはいつもどうり本大会が始まるといきなりトップギア状態で圧倒的な強さを発揮。そんな中、アイルランドが大健闘の2位通過。その粘り強い戦いぶりは、僕個人にとって最も好きなチームとなりました。
 日本と同じアジア代表のサウジアラビアは、アジアでは常にトップ・クラスでありながら、本大会に出るととたんに大人しくなってしまいます。この大会でのドイツ戦0−8の大敗は、この後トラウマになったかもしれません。

F組(スウェーデン、イングランド、アルゼンチン、ナイジェリア)
 この大会における文句なしの「死の組」では、優勝候補とも言われたアルゼンチンが敗退。どの試合も1点差か引き分けだっただけに、どのチームが勝ちあがってもおかしくない試合内容ではありました。もし、ここをアルゼンチンがギリギリで抜け出せていたら、決勝まで行っていたなんてこともあったかもしれません。

G組(メキシコ、イタリア、クロアチア、エクアドル)
 この組はエクアドル以外は横一線だったため、イタリアはギリギリ2位での予選突破となりました。クリスチャン・ビエリという重戦車のようなFWが攻め、残りのメンバーでガッチリ守るという試合運びは、いつもどおりのイタリアではありました。

H組(日本、ベルギー、ロシア、チュニジア) 
 終わってみれば順当な結果。ただし、日本はクジ運が良すぎた感は否めません。まさか開催国に有利なクジ引きが行われたとは思えませんが・・・。

<決勝リーグ>
イングランドVSデンマーク(3−0) 6月15日
 予選リーグで予想以上の強さを発揮したデンマークは大会のダークホースとなりましたが、イングランドにまさかの大敗をきっしました。ベッカム、オーウェンの二枚看板は好調でブラジルとの対戦は事実上の決勝戦となるのではとも言われることになります。

ドイツVSパラグアイ(1−0) 6月15日
 ドイツはアイルランド戦で1点を失っただけで、この試合も完封勝ち。絶好調のオリバー・カーンはゴールキーパーでありながら、今大会を代表する英雄となります。

スペインVSアイルランド(1−1)PK(3−2) 6月16日
 この試合は本当に素晴らしかった。惜しくもPK戦で敗れるものの、最後まで走りつづけたアイルランドの戦いは世界中のサッカー・ファンを感動させたはずです。

セネガルVSスウェーデン(2−1) 6月16日
 この試合でもカマラ、ディウフのコンビが大活躍。暑い中、体力を失ったスウェーデンDFを個人技で抜き去ってのゴールでまたも金星を挙げました。

アメリカVSメキシコ(2−0) 6月17日
 スーパー・スターもいないし、スピードがある黒人選手が多いわけでもない白人中心チームのアメリカは、海外で活躍する選手が多くチーム練習もそう多くない。ある意味、イングランド風の堅守とサイド攻撃中心の面白くないプレー・スタイルはアメリカ的とはいえないかもしれません。アメリカ国内におけるサッカーというスポーツの位置がアマチュア・スポーツの最高峰であることが、その最大の要因かもしれません。

ブラジルVSベルギー(2−0) 6月17日
 格下ベルギー相手にブラジルの決勝進出は間違いないと予想する人は多かったはず。ロベルト・カルロス、ロナウジーニョ、ロナウド、リバウドの「4R」は絶好調。スーパー・スター軍団をまとめるカフーという優れたキャプテンもいて文句なしの布陣だったといえます。

韓国VSイタリア(2−1) 6月18日
 韓国は1−0で後半終了間際まで負けていたのを追いつき、延長を征して見事に勝利をおさめました。この試合での韓国のファイティング・スピリットは凄かった。フィジカルでも戦術でも持久力でも、韓国はイタリアと五分以上の戦いを見せました。チームの柱、洪明甫(ホン・ミョンボ)の存在感は大きく彼とイ・チョンスやユ・サンチョルらの若手が見事に融合。それにヒディングの戦術が加わることで、韓国は世界を驚かせる奇跡を起こしました。

トルコVS日本(1−0) 6月18日
 未だにこの試合での日本の攻撃の勢いのなさが忘れられません。特に後半残り15分。韓国の命がけの戦いを見ているだけに、その違いは哀しいほどでした。この時、長友のようなスタミナと勢いのある選手がいたら、・・・残念です。

<準々決勝>
ドイツVSアメリカ(1−0) 6月21日
 アメリカの堅実なサッカーは、ドイツのように同じタイプでよりスケールの大きなチームには通じませんでした。ここがアメリカ・チームの現段階での限界かもしれません。世界ランクのベスト10には入れても、世界を驚かせるような奇跡は起こせない。やはりそこには黒人のスーパー・スター登場が必要なのかもしれません。カール・ルイスのような世界を驚かせるようなスピード・スターとか・・・。

ブラジルVSイングランド(2−1) 6月21日
 やはりブラジルは強かった。リバウドとロナウジーニョの二人で2点。その後、ロナウジーニョが退場となると逆にチームは一丸となり集中力の高い守りで優勝候補イングランドに競り勝ちました。

韓国VSスペイン(0−0)PK(5−3) 6月22日
 スペインはアイルランド戦もPK戦だったため体力的に厳しかったかもしれないが、試合間隔としては韓国の方がきつかったはずだが、PK戦が始まる時点でスペインは負けるムードになっていた。(ホアキンがPKをはずしたのも痛かった)この試合でも韓国はとにかくよく走りました。ここまで来るとどの選手も疲労していただけに最後には精神力が勝負を分けるのは当然かもしれません。

トルコVSセネガル(1−0) 6月22日
 ついにセネガル旋風にストップがかかりました。トルコの活躍もまた韓国に匹敵するサプライズでしたが、もともとトルコはアジア枠で出場を目指せば毎回出られるはずの実力チーム。ドイツを中心にもまれた選手が多く、精神力な強さに欠点をもつアフリカのチーム、セネガルを上回ったといえます。

<準決勝>
ドイツVS韓国(1−0) 6月25日
 韓国はスペイン戦で体力、気力ともに限界まで使い果たしたと思われ、この試合は一方的なものになるというのが、大方の予想でした。しかし、韓国はこの試合も最後まで走り続けました。この時点で、韓国の選手たちは世界中のどのチームと戦っても勝てるはずだという自信をもつようになっていたのでしょう。ある意味、勝ち試合よりも、韓国チームの底力を見せた試合だったのかもしれません。

ブラジルVSトルコ(1−0) 6月26日
 ここまで素晴らしいサッカーを展開して勝利をおさめてきたトルコも調子を上げてきたブラジルには勝てませんでした。負けられないガチガチの試合展開を分けたのは、やはり個の力でした。本領を発揮し始めたロナウドのドリブル突破が試合を決めました。勝つべきチームが勝ったことで、サプライズの多い大会が最後の最後に「権威」を取り戻すことができたのかも?

<3位決定戦>
トルコVS韓国(3−2) 6月29日
 最後までファイティング・スピリットを前面に出し続けた2チームの試合は、最も面白いと言われる3−2でトルコの勝利となりました。普通3位決定戦は、モチベーションが低くなりつまらない試合になると言われています。にも関わらず、体力を使い尽くした中で行われながら内容的に素晴らしい試合になったのは、この大会での二チームの素晴らしさの証明だったのでしょう。

<決勝>
ブラジルVSドイツ(2−0) 6月30日
 前日に東京での仕事を終えていた僕は、昼間から友人たちと会い、有楽町にあるアイリッシュ・パブで先ずはアイルランドの健闘を讃えつつ乾杯。大会を振り返りながら、横浜へと出発。スタジアム内ではビールを買う暇がなさそうだったので、そこまでの道を歩きながらさらにビールを飲み、気分はすっかりフーリガン。そして、いよいよ試合開始!
 席がドイツ側のゴール裏ということでまわりはドイツのファンが多いものの、やはり全体的には圧倒的にブラジルを応援する人がほとんど。でも、決勝は勝負の行方よりも、祭りの終わりというムードの方が強かったかもしれません。3位決定戦同様、以外に凡戦が多いと言われる決勝戦。やはりこの試合もお互いに慎重な戦いとなり、正直つまらない展開となりました。そんな中、後半22分にリバウドのシュートをオリバー・カーンがはじいたところをロナウドがつめてブラジルが先制。ここまで完璧な守りを続けてきたカーンは、ここにきて初めてのミスだったといえます。もし、あのボールを彼が抑えていれば、そのまま試合が0−0で進みPK戦に持ち込めていたかもしれません。そうなれば、当然ドイツの勝利とカーンのMVPも見えていました。しかし、このミスにより流れは一気にブラジルへと向かいます。無理をしたドイツの攻撃の隙を突いて、カウンターに出たブラジルは、リバウドがサイドからのクロスボールをスルー。これを大五郎カットのロナウドがきっちりと決めて勝負あり。終わってみれば、ブラジルの完勝でした。

<日韓共催の意義>
 当初は日韓共催になったことについて批判的な意見も多かったのですが、この大会をきっかけに日本と韓国の友好関係は急速に深まり、その後、かつての敵対関係が驚くほど解消されたことは特筆すべきことです。特に若い世代における日韓の交流は上の世代の人々が驚くほどのレベルに達したといえます。
 巨大なスポーツ・イベントで利益を上げる企業やFIFAのための大会のようにも思えるワールドカップですが、確かに世界平和のために役立っていることを証明したといえるでしょう。
 2002年は、将来、日韓友好元年として記録、記憶されるべき年となると思います。

<参考>
「熱狂、幻滅、そして希望 2002 FIFA World Cupレポート」
 2002年
村上龍(著)
光文社 

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