- ジェフ・ベック Jeff Beck -

<Mr.ギタリスト>
 ギターを弾けない人間が語るのはちょっと気が引ける。そんな気にさせるほど、ジェフ・ベックとギターは分かちがたい存在です。実際、現役のロック・ミュージシャンで、彼ほどギターとともに生きてきた人物は他にいないでしょう。それはまるで大自然の中で生き物同士が助け合って生きる「共生」みたいなものです。(それにしても、彼と共に生きるギターは幸せ者だ)
 60年代後半ブルース・ロックの全盛時代には、フィードバック奏法の開発者としてブルース・ロック・ギターの革新者となり、70年代のジャズ・ロック、フュージョンの時代には、ギター・インストロメンタルの王者として、究極のテクニックで一世を風靡しました。その後、歌物にチャレンジしたこともありましたが、5年に一枚はアルバムを発表し、ロック・ギタリストの神様として君臨し続け、2000年の終わりにも、アルバム"You Had It Coming"を発表し元気なところをみせています。

<ブリティッシュ・ロック三大ギタリストの出会い>
 ジェフ・ベックは、1944年6月24日、ロンドン郊外のウェリントンという街に生まれました。小さな頃はクラシックばかり聴かされて育ったようですが、すでにロックン・ロールの時代は始まっていました。彼もまた、多くの若者たちと同じように初代エレキ・ギターの神様、レス・ポールに憧れ、大学に入るとさっそくバンドを結成し演奏活動を始めました。そして1964年、彼は初めてプロのミュージシャンとして演奏に参加しました。それはシリル・デイヴィス&ジ・オールスターズというバンドを中心とするブルース・アルバムの録音セッションでした。このバンドのリーダー兼ギタリストのシリル・デイヴィスが白血病でこの世を去ってしまったため、この録音のプロデューサーをしていたジミー・ペイジ(そう!あのジミー・ペイジです)は、自らギターを弾くことになり、そこに助っ人として駆けつけたのがジェフ・ベックでした。おまけに、このセッションには、当時売り出し中のエリック・クラプトンまで呼ばれており、後のブリティッシュ・ロック全盛時代の人脈はここで見事につながっていました。

<ニッキー・ホプキンスのこと>
 もうひとつ、このジ・オールスターズでピアニストとして活躍していたのが、後にジェフ・ベック・グループの一員となる世界一のロックン・ロール・ピアニスト、ニッキー・ホプキンスでした。彼は後にクイック・シルバー・メッセンジャー・サーヴィスのメンバーとなったり、ストーンズビートルズの準メンバーとも言えるほどの大活躍をし、1994年にこの世を去るまで世界中で名セッションマンとして活躍しました。
 60年代後半は、こんな後のロック界の流れを左右する出会いが各所で繰り広げられ、ジェフ・ベックもまた、この出会いで大きなチャンスを得ることになりました。

<ヤードバーズでのデビュー>
 1965年、バンドのポップ路線に嫌気がさしたエリック・クラプトンは、ヤードバーズを突然脱退しました。そこで代わりのギタリストとして白羽の矢が立ったのが、ジミー・ペイジだったのですが、彼はその頃プロデューサー業とセッション・ギタリストの仕事で手一杯だったため、友人のジェフ・ベックを代わりに推薦しました。こうして、ジェフ・ベックは、ヤードバーズの新ギタリストとして一躍脚光を浴びることになったわけです。
 「ハートせつなく」、「シェイプス・オブ・シングス」などをヒットさせ、バンドはさらに人気を増しましたが、このバンドは運命的にメンバーが定まらないようで、今度はベーシストのポール・スミスがプロデューサー業に転向するため脱退してしまいます。そこでついにジミー・ペイジがメンバーに加わることになりました。それもベーシストとしての参加でした。しかし、ツアーの最中にジェフ・ベックが急病で倒れてしまったため、ジミーがギター、リズム・ギターのクリス・ドレイヤーがベースに回ることになり、これをきっかけにして、ジミーとジェフのツイン・ギターがバンドの売り物となったのです。(ほんの短期間ではありましたが)

<幻のレッド・ツェッペリン>
 この黄金コンビによって生み出された貴重な曲「ベックス・ボレロ」は、後にジェフ・ベック・グループのデビュー・アルバム「トゥルース」(1968年)に収められましたが、この曲にはもうひとつ興味深い話しがあります。
 この曲の録音に参加したメンバー、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジとジョン・ポール・ジョーンズ(ベース)、キース・ムーン(ドラムス)、ニッキー・ホプキンス(ピアノ)が新バンドを結成する計画があったというのです。ヴォーカリストには、スティーブ・ウィンウッドスティーブ・マリオットが候補にあがっていたといいます。残念ながら、ヴォーカル選びに時間がかかっているうちに、ヤードバーズとフーのツアーが始まってしまったため、その計画は幻に終わってしまいました。しかし、もしこの計画が上手く進んでいたら、そのバンドにはキース・ムーンが提案したバンド名「レッド・ツェッペリン」がつけられるはずだったというのです!

<ジェフ・ベック・グループの誕生>
 基本的にギタリストは、野球のピッチャーと同じで目立ちたがり屋が多いと言われています。当然、ジェフ・ベックにもまたその傾向があったようです。彼はヤードバーズというバンドの一員であり続けることより、ソロのアーティストとして活躍することを望み、突然バンドを脱退してしまいます。さっそく自らヴォーカルを担当して、シングル盤を出しますが本格的なバンドを結成するためには、やはり優れたヴォーカリストが必要でした。そして、そこに現れたのがフーチ・クーチ・メンスティーム・パケットなどのバンドでヴァーカリストとして活躍していたロッド・スチュアートだったのです。
 さらに後にストーンズのギタリストになるロン・ウッドをベーシストとして採用し、ドラムスはその都度メンバーを雇うことで、いよいよジェフ・ベック・グループが結成されました。

<デビューから解散まで>
 彼らのデビュー・アルバム「トゥルース Truth」(1968年)は奇しくも、本物のレッド・ツェッペリンのデビューと同じ年に発売されました。英国はもちろん、アメリカでも全米15位まで上昇したこのアルバムは、ジェフ・ベックのギターはもちろん、ロッド・スチュアートの強力なヴォーカルとご機嫌なニッキー・ホプキンスのピアノなど、聞き所の多いブルース・ロック・アルバムの傑作でした。
 翌年発売されたセカンド・アルバム「ベック・オラ Beck-Ola」には、ニッキー・ホプキンスが正式メンバーとして参加。より充実したバンド・サウンドを展開しています。
 しかし、アルバムの売れ行きの好調さに比べ、バンドの内情は複雑でした。この後、ロン・ウッドとドラムスのミック・ウォーラーに続き、ニッキー・ホプキンスまでもがバンドから離れてしまい、ジェフ・ベックは完全に切れてしまいました。なんと彼は、アメリカン・ツアーの最中に公演を投げ出し、一人帰国してしまったのです。
 超一流のギタリストは、やはりバンドのリーダーには向かないのかも知れません。そう考えると、ヤードバーズというスーパー・ギタリストを抱えたバンドが、メンバーが代々定まらず、あっという間に解散してしまったのも、うなずけるというものかもしれません。

<伝説のギター・アルバム誕生>
 ジェフ・ベックはこの後1971年に再びジェフ・ベック・グループを立ち上げ、1973年には元バニラ・ファッジカーマイン・アピス(ドラムス)、ティム・ボガート(ベース)とトリオを結成、2枚のアルバムを発表します。しかし、彼がギタリストとして、本当の意味で「神様」と言われるようになったのは、この後1975年以降のギター・インスト・アルバムによってでしょう。
 "Blow By Blow ギター殺人者の凱旋"(1975年)、"Wired ワイアード"(1976年)の二作は、当時ブームを向かえようとしていたフュージョン系のミュージシャンをバックに、ジェフ・ベックが時に美しく、時に暴力的にギターを弾きまくったギター・インスト・アルバムの歴史的名盤です。(格闘技系の番組でどれほど「ブロウ・バイ・ブロウ」が使われたことか!)ギターが楽器としてできることを、すべてやり尽くしてしまったのではないか?そう思えるほど、この二作は、未だにその新鮮さを失っていません。彼はギター・インスト・アルバムの一つの頂点を究めたと言ってよいでしょう。このアルバムを聴くと、彼にとっては、まとまりのあるバンド・サウンドの追求より、自分が自由に演奏できる環境を作ってくれる優れたバック・ミュージシャンとともに演奏することの方が向いていたということが良くわかります。

<激動の時代を生き抜いた強者>
 どちらにしても、60年代後半というロック激動の時代、混沌とした状況の中を生き抜くには、テクニックはもちろんのこと、「俺がNo.1だ!」という自信とライバルを蹴落とすぐらいのエゴイスティックな面を持ち合わせていなければ、表舞台に飛び出すことはできなかったでしょう。(そんな状況に嫌気がさして、地中海に浮かぶイビザ島にドロップ・アウトしてしまったケヴィン・エアーズのようなアーティストもいました)
 また、そんな時代をくぐり抜けたからこそ、70年代に入り彼はあれほど軽やかに、美しく、そして自由にギターを弾きまくることができたのかもしれません。

<永遠不滅のギタリスト>
 かの有名なブルース・マン、ロバート・ジョンソンは、かつて悪魔に魂を売り渡す代わりに、誰よりも優れたブルース・ミュージシャンとしてのテクニックを得たと信じられてきた。しかし、、ジェフ・ベックの場合は、もしかするとドラキュラにでも噛まれて永遠の生命を得てしまい、永久にギタリストとしての人生を生き続けることになっているのではないだろうか?先日2001年春、ニュース・ステーションに出演た若々しい彼を見て、ふとそんなことを思いました。

「エリック・クラプトンはスワンプ・ロックからアコースティックまで幅広く、試行錯誤を恐れない点では評価できるが、ときに派手で気の多さだけが目立つ嫌いがある。ジョージ・ハリスンは、いつも曇っている空のようだ。ジョン・マクラフリンはパルスの分割においては匹敵する者をもたないが、演奏を長く聴いていると、まるで舗装道路で削岩工事に居合わせてしまったような気持ちになってくる。そして先に挙げたジミー・ペイジは、アルミニウムの合金か何かのように敏捷にして軽快ではあるが、重厚な色調にいささか欠けているように、素人目には感じられる。
 ジェフ・ベックは、ここに挙げたギタリストの誰とも異なっている。彼を特徴づけているのはまず寡黙さであり、ギター以外のことに対するほとんど完璧なまでの無関心である。作曲することすら稀だ。これは彼がロックの主眼を、自分の独創的なメッセージを轟かすことにではなく、ギターだけを手に、他人が作った曲をいかに職人として解釈するかという問題にあると見なしていることと、まんざら無関係ではない。・・・」

四方田犬彦(著)「音楽のアマチュア」より

<締めのお言葉>
「傷つくのを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだと、お前の心に言ってやるがよい。夢を追求している時は、心はけっして傷つかない。それは、追求の一瞬一瞬が神との出会いであり、永遠との出会いだからだ」
パウロ・コエーリョ著「アルケミスト」より

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