「ジーキル博士とハイド氏 A Strange Case of Dr.Jekyll and Mr.Hyde」

- ロバート・ルイス・スティーブンソン Robert Louis Stevenson -

<20世紀を代表する文学>
 世界で初めて心理学によって人間の心の闇を描いたこの作品は全世界で少なくとも70以上の映画化、テレビ化作品があるといわれています。(同じ彼の冒険小説「宝島」も同じくらい映画化、アニメ化されているかもしれません)しかし、この本の影響のもとに生まれた映画、小説、アニメがその後どれだけ生まれたか?数え上げるときりがないでしょう。(「仮面ライダー」「バットマン」「サイコ」「危険な情事」・・・様々なバリエーションがあります)
 元祖SF小説、元祖人造人間小説といわれるのは、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」(1818年)
 元祖オカルト、怪奇小説といわれるのがエドガー・アラン・ポーの「アッシャー家の崩壊」(1839年)
 元祖密室殺人もの推理小説としては同じエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」(1841年)
 元祖ノンフィクション・ノベルならトルーマン・カポーティーの「冷血」(1965年)
 元祖不条理小説はやはりフランツ・カフカの「変身」(1912年)
 元祖ディストピア小説の代表作はロシア革命が生んだザミャーチンの「われら」(1921年)
 文学の歴史にける「元祖〜」と呼ばれる作品は様々ありますが、それらは「元祖」がつくだけあってどれもいまだに古くならない時代を越えた名著ばかりです。小説に限らず、それまで存在しなかったまったく新しいスタイルのジャンルを生み出したアーティストたちは本当に偉大な存在です。もちろん、そうした新しいジャンルの元になったアイデアは、それ以前にもあったかもしれませんが、時代を越えて残るほどの名作にはなれませんでした。そうなるためには、アイデアだけでなく文章力や時代の受け入れなど、いろいろな条件がそろう必要があったのでしょう。その意味では、それらの小説は時代や読者に選ばれた究極の名作ということになりそうです。

<夢が生み出したアイデア>
 面白いのは、この小説を書いたスティーブンソンは子供の頃から病弱で、この作品を書いた当時も病に苦しんでいました。そんな状況の中、ある日睡眠中にこの小説の中の2,3の場面をかなり具体的に夢で見たのだそうです。
 ハイドに変身するきっかけとなる薬を飲む場面も夢にあったそうですが、それは彼が病気の治療のために薬を毎日飲んでいた影響もあったのかもしれません。薬を飲みすぎて、自分が自分でなくなるような錯覚を感じていたのかもしれません。こうした、夢からのアイデア獲得というのは、科学者などにも多々あります。多くの天才科学者は夢や夢想の中で世界を変えるようなアイデアを得てきたものです。さらに有名なものとしては、メアリー・シェリーが「フランケンシュタイン」を書くきっかけとなった夢の話があります。彼女の場合は、普段から様々な夢を見る不思議な人物だったともいわれています。同じように夢み心地といえば、エドガー・アラン・ポーがアルコール中毒で麻薬中毒だったことから、常に幻想世界にいたというのも有名な話です。変えの作品の多くはそうした異常な精神状態の中から生まれたともいわれています。悪夢のような小説や映画の多くは、もしかするとほとんどが著者が見た悪夢がもとになっているのかもしれません。

<ロバート・スティーブンソン>
 ロバート・ルイス・スティーブンソン Robert Louis Stevensonは、1850年11月30日スコットランドの首都エジンバラに生まれています。一人息子として裕福な家庭に育ったものの子供の頃から病弱だったこともあり、彼は読書ばかりしている今で言う超オタク系の少年でした。
 エジンバラ大学で工学を学んだ彼は理系人間でしたが、その後、海を渡りフランスからベルギーへの旅をし、その旅行記を「奥地の旅」として出版して作家としてデビューしています。そして同じ頃、彼は11歳も年が上のアメリカ人の人妻と愛し合うようになります。普通はそうした恋は実らないものですが、1880年、その女性は夫と離婚。二人はめでたく結婚しています。どうやら、彼は資産家の一人息子として甘やかされたからか、超オタクであると同時に超マザコンの青年でもあったようです。オタクでマザコン、少年文学の傑作を生み出す要素が見事そろっているといえるかもしれません。
 1883年、彼はもうひとつの彼の代表作となった永遠の冒険小説「宝島」を発表しています。翌年、病気の療養も兼ねてヨーロッパ大陸に長く滞在していた彼は4年ぶりにイギリスに戻りました。それから3年間、彼はボウンマスで病と闘いながら生活し、その間、1886年にこの小説を書き上げています。発表されるとすぐにこの小説は売れ出し、当時イギリス国内だけで4万部を売り上げる大ヒットとなりました。この数字は当時としては大変な数字で、社会現象ともいえるブームを巻き起こしたといわれます。

「・・・この作品はスティーブンソンの諸作中で明瞭な観念を持つ唯一のものであって、そこには神の定めに運命の領域を越えようと試みた「科学的異端」の敗北が説かれていたからである。それはまだ小説と云えるものを読んだことのない人間によっても読まれ、教会の説教の中に引用され、宗教新聞の論説の題材にされた。・・・」
訳者序文より

 この小説の魅力は、単にアイデアが優れていたということだけではありません。例えば、この作品の中でハイドらしき人物を見た印象を主人公が語る場面。ここで描写されているハイド氏の容貌は異常ではあっても特徴を説明できないとされています。それはハイド氏という人格が人間のもつ悪のイメージを具現化することで生まれた存在であって、全人類すべてがもつ「悪の顔」を平均化していたからではないでしょうか。
 ユングが登場する以前に彼は人類が意識下に原型的な「悪のイメージ」を共通して持っていると言いたかったのかもしれません。

「その男は異常な容貌の持ち主です。その癖、実際わたしはその異常な所をどうしても挙げることができないんです。全く私には説明がつきません。わたしにはその男の人相を述べることができません。それでいて、何も記憶に欠けているわけではなんです。・・・」

 この小説で描かれているのは、人間の二つの顔ですが、実際には二つの顔どころか無数の顔があることは人間の心理がいかにあやふやで多層的なものか。その後、心理学の発展とともに明らかになります。この小説はそのことを描くことによって、世界そのものの不確実性をも明らかにした問題作でした。それは科学万能の考え方に疑問符をつけた科学の時代の危機を予見する作品でもありました。

「人間は究極する所、多種多様にして調和を欠く独立した住民よりなる一つの国家であることがいつか明らかになるであろうと。・・・」

 この作品のラストもなかなかに素晴らしい!ハイドとして自殺したジーキル氏が手紙の中で、自らの身に起きたことを説明した後、自分の死の瞬間を記述してしめくくります。

「・・・ハイドは絞首台上で死ぬであろうか。あるいは最後の瞬間に死によって自己を解放する勇気を見出すであろうか。それは神のみの知るところで、余の関するところではない。今こそ、余の真の臨終の時である。この後に起こることは余以外の者に関することである。それゆえに、ここで、余が余のペンを置き、余の告白に封印を施す時、余は不幸なヘンリー・ジーキルの生涯を閉じるのである。」

<あらすじ>
 弁護士のアタスンは異様な顔の小男が幼い少女を踏みつけて逃げた事件の話をききます。この話をきいた彼は友人のジーキル博士から預かった遺言状のことを思い出します。その遺言状にはジーキル博士の全財産を友人のハイドという人物に残すと書かれていました。そして、その謎の人物ハイドとは少女を踏みつけた男だったのではないかと彼は感じたのです。
 一年後、ハイドが老代議士を殴り殺すという事件が起きます。ところが、凶器として使われたステッキがアタスンがジーキル博士にプレゼントしたものだったことが明らかになります。こうして再びアタスンは事件の真相に迫ろうと調査を始めます。その頃、ジーキル博士の友人だったラニヨン博士がアタスンに謎の手紙を残してこの世を去りました。
 そしてそれ以降、ジーキル博士は家に閉じこもったきりになり、彼の召使いたちはジーキル博士はハイドに殺されたのではないかと疑い始めます。そしてアトスンに部屋を調べてほしいと依頼するのでした。

「ジーキル博士とハイド氏 A Strange Case of Dr.Jekyll and Mr.Hyde」 1886年
(著)ロバート・ルイス・スティーブンソン Robert Louis Stevenson
(訳)岩田良吉
岩波文庫

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