実験的推理小説の可能性


小説「時空犯」
小説「スイッチ 悪意の実験」

- 潮谷験 Ken Shiotani -
<推理小説の取り扱い>
 ここで取り上げる小説「時空犯」のキャッチ・コピーは、こう書くこともできます。
タイム・ループが続く世界を止めるため、選ばれし人々が時空犯に挑む!
 でもこの小説はSF小説というよりも推理小説いうべき作品なんです!
 そもそもジャンル分け自体が今やもう古いと言われるとそれまでですが・・・ご理解の上、少々お付き合い下さい。

 「ポップの世紀」では今まで推理小説の作家や作品は、ほとんど取り上げてきませんでした。もちろん僕が推理小説が嫌いだからというわけではありません。中学生の頃、僕が最初にはまった作家はアガサ・クリスティーで、その後、横溝正史にもはまり、海外の推理小説の名作もかなり読みました。
 ではなぜ、推理小説をほとんど取り上げていないのか?
 答えは簡単、推理小説の魅力をネタバレなしに紹介できないからです。そして、推理作家は作品の裏側に隠れていて、その私生活はドラマチックとは言えなさそうだからです。
 今回ここで取り上げる「時空犯」は、まさにその推理小説ですが、かなり異色の実験的な推理小説と言えると思います。

<推理小説の枠組み>
 推理小説というジャンルは、文学の中でもかなり特異な存在です。歴史も古く、今でも新しい作品が世界中で生み出され続け、世代を越えた確固としたファン層をもつ唯一無二のジャンルと言えます。
 「犯人」「被害者」「被疑者」「探偵(刑事)」がいて、小さな部屋が一つあれば成立するシンプルな構造も特徴です。あとは作者の優れた「アイデア」さえあれば、傑作を生み出すことが可能です。
 ただ、歴史が古い分、様々なアイデアがすでに提示されており、読者を驚かせる作品を生み出すような新しいアイデアを見出すのは至難の業です。
 同じような人気ジャンルとしてSFもありますが、今やSFというジャンルはその枠組みが他のジャンルと融合することで失われつつあります。「科学」は人間社会に大きな影響を与える存在となり、「空想科学(SF)」はもうジャンル分けは不可能な存在になっていると言えます。そのためSF小説の中には、ハードボイルドもの、恋愛もの、そして推理ものなどいろいろなタイプが書かれてきましたが、推理小説がSF的要素を利用する作品は珍しいと言えます。

<推理小説が時代を超える理由>
 古くても新しくても「推理小説」の基本は、「事件」と「捜査」と「謎解き」という基本構造があることです。あとはその構造を保ちつつ、時代に合わせた飾りつけをすることで作品が生み出されることになります。
 例えば、物語の登場人物が捜査に用いる通信手段は、電話なのか?スマホなのか?ポケベルなのか?その選択で作品は大きく変わるはずです。最近では、そこにSF的要素が加えられ、過去の人物と話すことが出来る無線機が登場したりもしています。ただし、こうしたSF的要素の導入は、推理小説にとってはかなり危険な賭けです。
 なぜなら、推理小説は数学のように理詰めで犯人が誰かを証明できなければ、読者を納得させられないからです。SF的要素を取り入れるなら、きっちりとその枠組みを定め、推理の基礎が論理的に破綻しないようにする必要があります。
 例えば、タイムマシンを推理小説に導入すると、探偵に求められるのは推理ではなく、過去に戻って事件を起こさせないことになるでしょう。でも、そうなればそれはもう推理小説とは言えないかもしれません。

<時間逆行と推理小説>
 この小説で描かれている「タイム・ループ(時間の繰り返し)」は、実は推理小説において当たり前に使われています。
 名探偵は、事件を解決する際、脳内で時間の巻き戻しを行うことで捜査を行っています。そして、名探偵は被疑者たちを前に「謎解き」をする時も、過去の出来事を全員で追体験しています。素晴らしい作品はその追体験によって、読者を事件に感情移入させ、時に感動の涙を流させることにもなります。(松本清張の「砂の器」などはその代表的作品)
 ただし、その「タイム・ループ」を作品の中で実際に科学的に実現させるとなると話は別です。どのジャンルのファンよりも、論理的矛盾を許せないのが推理小説の読者です。彼らを納得させるには、「タイム・ループ」を科学的に説明するだけではなく論理的に成立可能な世界を作り上げる必要があります。
 「時空犯」は、その危険な賭けに挑んだ意欲作であり、著者は論理的破綻なく「事件」を起こし、名探偵による「謎解き」までを描くことに無事成功しました。
 考えてみると、そこで「タイム・ループ」の科学的な説明にあまり熱心になり過ぎると、それはもう推理小説ではなくSF小説と呼ぶべきなのかもしれません。

<「時空犯」のあらすじ>
 私立探偵の姉崎は、説明会への出席報酬40万円に惹かれ、ある実験への参加説明会に出席します。その実験の主催者は情報工学の有名な研究者、北神教授でした。
 当日その会場に集められたのは、ネット関連の専門家、元政治家、現役の刑事、商店街のやり手おばさん、人気アイドルなどバラバラな人々でした。
 そこで説明された参加者の任務とは、今現在繰り返し起きている「タイム・ループ」を体感し、それを止めるアイデアを出すことでした。「タイム・ループ」は、普通は過去の記憶を失ってしまうので誰も気が付かない。しかし、ある薬品を飲むことで過去の記憶を失わなくなり、それにより時間が繰り返していることを認識することが可能になるというのです。
 出席していたメンバーは、それぞれの思いを抱えつつ、参加を決意しますが、時間の巻き戻しが起きた翌日、予想外の殺人事件が起きてしまいます。

<デビュー作「スイッチ」との比較>
 デビュー作「スイッチ」でも、著者は作品中にボランティアたちによる「実験」という特殊な物語の駆動装置を使っています。
 その実験は、参加者がそれぞれの意志によって、ある家族を不幸にするかどうかの選択を行うという内容でした。実験の目的は、「人は悪意のある選択をあえてするものなのか?」を調査するというものでした。そしてもし、そうした「悪意ある選択」をするのが人間の本能なら、それはなぜなのか?その意味を探ろうというものでした。
 そこで行われた実験は、ある意味「未来を選択する」行為であり、参加者は同じ大学の生徒たちでした。
 それに対し、「時空犯」の実験では時間の巻き戻しにより、「過去の選択」が可能になり、それが「現在の選択」へとつながります。そして、実験への参加者は、学生だけだったデビュー作から一気に多様化しました。もしかすると、「スイッチ」は「時空犯」のプロトタイプだったのかもしれません。
 当然ながら、「タイム・ループ」のシステムを論理的破綻なしで作り上げることは困難だったはずです。実際、基本的なアイデアはあったものの、最後に上手くまとめられるかどうか?著者は、不安な気持ちで書き始めたと言います。(そこは著者がメールで教えてくれました)
 思えば、推理小説の作家さんは、大物になるほどそれぞれ独自のスタイルを持っているものです。その点、著者はまだ2作品目ということで、逆に自由度が高いはず。だからこそ、時間逆行と推理小説の融合という挑戦もやりやすかったのかもしれません。著者にとっては、推理作家と呼ばれるか?SF作家と呼ばれるか?が大きな問題かどうかはわかりませんが・・・。

<上がり続けるハードル>
 作家という仕事は大変です。一作書き上げるたびに、前作を越えるための新たな挑戦を始めなければならないのですから。
 とはいえ、今後の著者の作品がどうなるのかは、非常に楽しみです。
 これからも新たなアイデアに挑戦し続け、そのたびに新たな登場人物を登場させるのか?
 彼のホームタウン、京都を背景にし続けるのか?
 新たな推理小説を生み出すために、これからも新たな「実験」を小説内で行うのか?
 そもそも推理小説の枠組みにこだわり続ける必要はあるのか?
 
 村上春樹師匠はこんなことを書いています。

 僕の考えによれば、ということですが、特定の表現者を「オリジナルである」と呼ぶためには、基本的に次のような条件が満たされていなくてはなりません。
(1)ほかの表現者とは明らかに異なる、独自のスタイル(サウンドなり文体なりフォルムなり色彩なり)を有している。ちょっと見れば(聴けば)その人の表現だと(おおむね)瞬時に理解できなくてはならない。
(2)そのスタイルを、自らの力でヴァージョン・アップできなくてはならない。時間の経過とともにそのスタイルは成長していく。いつまでも同じ場所に留まっていることはできない。そういう自発的・内在的な自己革新を有している。
(3)その独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化し、人々のサイキに吸収され、価値判断基準の一部として取り込まれていかなくてはならない。あるいは後世の表現者の豊かな引用源とならなくてはならない。

 もし僕の書く小説にオリジナリティーと呼べるものがあるとしたら、それは「自由さ」から生じたものであろうと考えています。僕は29歳になったときに、「小説を書きたい」とごく単純にわけもなく思い立って、初めて小説を書きました。だから欲もなかったし、「小説とはこのように書かなくてはならない」という制約みたいなものもありませんでした。
村上春樹「職業としての小説家」より

 自分の「スタイル」をもつことは重要ですがそのスタイルは常に拡張させる必要がある、とすれば、書くたびにハードルは上がってしまいます。
 そう考えると、作家という仕事だけでなくゼロから何かを「創造」する仕事はみな大変です。だからこそ、苦悩の中で創作された作品をそう簡単には批判できないのです。
 特に、著者が挑戦をし続けた結果生み出された作品には、高い評価を与えたい気がしてしまいます。
 ということで、著物の次回作にも期待しています。
 さらにハードルを上げてしまい申し訳ありません!

<最後にネタバレ>
 最後に、ここでこの作品を取り上げたきっかけについてのネタバレを書いておきます。
 潮谷験の処女作「スイッチ」との出会いは、ちょっとした驚きでした。わざわざ著者の手紙付きで送られてきたのです。
 それは、作品中に登場するヴァン・ダイク・パークスのアルバム「ソング・サイクル」について、「ポップの世紀」の記述を参考にさせてもらったと書かれたお礼の手紙でした。
 確かに作品中、主人公が精神的に混乱する状況に追い込まれるところで、そのアルバムが大きな役目を果たすことになっています。確かにその作品は、ミュージシャンの間では高い評価を得ながら、まったく売れなかった歴史的迷盤もしくは名盤と言われています。だからこそ、リアリティーがある使い方として説得力があったのです。
 その使い方には大いに感心しました。
<参考>
ヴァン・ダイク・パークスと「ソング・サイクル」

 最後に一言。
 ちょっとしたきっかけはあったものの、作品そのものが面白くなければ、ここで紹介したりしませんので、是非、読んでみて下さい!

小説「スイッチ 悪意の実験 Switch」 2021年
(著)潮谷験 Ken Shiotani

小説「時空犯 infinite loop criminal」 2021年
(著)潮谷験

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