現代イランの日常を描いた名作

「人生タクシー」
「別離」

- ジャファル・パナヒ、アスガー・ファルハディ -
「人生タクシー TAXI」 2015年
(監)(脚)(出)ジャファル・パナヒ Jafar Panahi
ベルリン国際映画祭金熊賞 
<イランの日常>
 イランが生んだ世界的巨匠アッバス・キアロスタミ監督の愛弟子ジャファール・パナヒ監督によるドキュメンタリー映画です。ただし、正確にはドキュメンタリー風映画であって、本当にドキュメンタリーなのかどうかは?です。政府から映画の撮影を禁じられている彼には、監視がついていて、スタジオに入るどころか、屋外でのロケも許されません。いっそのことヨーロッパなどへ亡命し、自由に映画を撮れる環境を求める方が良いと思うのですが、彼はその道を選択しませんでした。そこで彼が選んだのは映画監督をやめて、タクシーの運転手に転向したと見せかけて、車載カメラで映画を撮るという奇策でした。もちろん彼は映画を撮ってはいけないはずなので、あくまでもカメラが偶然撮った記録映像という体裁をとっています。そのため、被写体や自分が車を離れても、カメラが後を追うことはありません。(そのおかげで、観客は映像にない部分を想像力で補う必要に迫られることになります)
 ある意味、我々はタクシーに同乗するもう一人の乗客として、この作品を体験することになるのです。そして、イランという未知の国の生活や風景、そして人間を見ることになります。意外に現代的な街並みとそこを走るタクシーの乗り方と交通状況。日本なら違法のはずの映画のDVD販売という商売の仕方。上流階級の子供とストリート・チルドレン、貧富の差が明らかな社会構造。イランの死刑制度と弁護士制度。携帯電話の普及状況。・・・・・普段、ニュース映像などで見るイランとはまったく異なるイラン大衆の日常生活が実に新鮮です。

「映画を見る時、風景に目が行く。風景がいいと、そのなかの人間の姿もはっきりとした形を見せる。いい風景といっても観光絵葉書のようなきれいな風景ではない。むしろ、ふだん忘れているような、あるいは、身近にありながらあまり語られないようななんでもない風景である」
川本三郎「映画を見ればわかること(2)」より

 映画とは、スタジオがなくても、本格的なカメラがなくても、俳優がいなくても、照明がなくても、音楽がなくても、原作小説や脚本がなくても、多額の製作費がなくても、アイデアとやる気と少々の協力者さえいれば撮れるものである。
 このことを世界に証明したとして、ベルリン国際映画祭でこの作品は見事に金熊賞を受賞しました。

<厳しい環境下にて>
「タイヤ泥棒なんか死刑にすればいいんだ!」
 そういう男性乗客に
「イランは中国に次いで死刑が執行されている国です。でも、それで犯罪が減ってますか?」
 そう反論する女性教師。二人は死刑制度について、タクシー内で熱い議論を戦わせます。
 どうやらイランでは、タクシーの相乗りは当たり前のようです。
 車載カメラで撮影されていることはわかっているようですが、まさかそれが世界中で公開される映画になるとはわかっていないのかもしれません。お客さんたちは、実に自然に話をしています。もちろん、彼がイランが生んだ有名な映画監督であることを見破る人もいます。彼が反体制活動(彼はイラン政界野党の支持者)によって告発され、今後20年間映画を撮ることが禁じられています。当然、彼のことはイランでも有名なので、彼が仕事を失い仕方なくタクシーを運転していると考えても不思議ではありません。
 そんな彼に送られることになった姪っ子は、学校の課題で撮ろうとしている映画の題材を何にするべきか相談します。まだ小学校高学年、中学生ぐらいの女の子ですが、よくしゃべること!顔を隠し、人前でしゃべることすら珍しいイランの女性ですが、ここでの彼女の映像からは時代の変化が見えてきます。それでも、彼女が大人になるまでには旧体制による厳しい壁が立ちふさがり、それまでの自由を否定されることになるのが今のイランという国です。彼女のような子供たちの親が、将来のために海外に移住して、より自由でレベルの高い教育を受けさせようと考えるのも当然でしょう。
 イランが生んだ21世紀の傑作アスガー・ファルハディの「別離」(2011年)は、そんな社会状況が生んだ作品でした。 

「別離 NADER AND SIMIN, A SEPARATION」 2011年
(監)(製)(脚)アスガー・ファルハディ Asghar Farhadi
(撮)マームード・カラリ
(出)レイラ・ハタミ、ペイマン・モアディ、シャハブ・ホセイニ、サレー・バヤト、サリナ・ファルハディ
アカデミー外国語映画賞、ゴールデングローブ外国語映画賞、ベルリン国際映画祭金熊賞、男優賞、女優賞
全米批評家協会脚本賞、外国語映画賞
 
  この作品、夜、一人で見ていたら高校生の息子が横で見ているうちに、結末が気になって最後まで見てしまったという珍しい作品です。普段はハリウッドのアクション映画ばかり見ているのに、まさかイラン映画に引き込まれるとは驚きました。それだけこの作品は、エンターテイメントとしても面白くできていて、サスペンス映画としても十分に見ごたえがある作品なのです。だからこそ、この作品はアカデミー外国語映画賞、ゴールデングローブ外国語映画賞という二つのアメリカの映画賞を受賞することができたのでしょう。
 それとこの映画の主人公は、イスラム教の熱心な信者ではなくほとんど西欧的な考え方の持ち主であることから、イスラム教徒ではない観客にも感情移入しやすくなっていることもポイントだと思います。そのために、観客はたやすく主人公もしくはその妻に感情移入することで、映画の世界に入り込むことが可能になるのです。
<あらすじ>
 主人公のシミンとナデル夫妻は、娘の将来のため母国イランから脱出し海外への移住を計画していました。しかし、夫ナデルの父親がアルツハイマーであることがわかり、ナデルは国を出るわけにはいかないと言いだします。政治的に保守化が進み将来が見えないイランに不安を抱く妻は、移住をあきらめる気にはなれず、夫との離婚を決意します。こうして裁判所での離婚申請を出しますが、イスラム教の影響がある裁判所で簡単に離婚することはできませんでした。
 妻に出て行かれた夫は父親のために介護人を雇いますが、ある日、その介護人の女性は急の外出があり、父親を拘束します。そして、その事実を知られたために、家を仕事を首になり、追い出せれてしまいます。そして、その時、事件は起きます。

 この作品で描かれるのは、イランの中でも海外移住を実行できる経済力を持つインテリ階級の家族と生活にも困りDVにも苦しむ貧しい家庭。21世紀のイラン社会を家族の暮らしからみせるこの作品は、家族のドラマでもあり、推理サスペンス映画であり、法廷ドラマでもあり、社会ドラマでもあり、しっかりと緊張感のあるエンターテイメント作品になっています。様々な方向から見ることができるだけに、世界中でより多くの観客から支持を得たのでしょう。

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