子役から女優そして監督へ、アイリスからクラリスへ

「ホテル・ニューハンプシャー」、「告発の行方」、「羊たちの沈黙」・・・

- ジョディ・フォスター Jodie Foster -

<可愛い子役だったのに・・・>
 ジョディ・フォスターを最初に観たのは、マーティン・スコセッシ監督の出世作「アリスの恋」(1974年)でした。男の子のような声と性格をもつ不思議な女の子役でした。可愛い子役でしたが、思えば僕とは一歳違いなので、普通にファンになって当然でした。ところが、彼女はそんな男の子がファンになれるような青春映画に出ずに、衝撃的な映画に連続して出演しながら、ハリウッドを代表する女優になって行きます。
 「タクシー・ドライバー」では十代の娼婦となり、「ホテル・ニューハンプシャー」では同性愛であり弟と愛し合う女性を、そして「告発の行方」では複数の男性たちにレイプされる女性を演じます。もうそうなると、「男」としての存在を否定された感じで、完全に突き放されてしまった感じです。それでも「羊たちの沈黙」の彼女は、やっと等身大で理解可能な存在になってくれた気がします。(彼女自身にとっても、その役は自分自身に近いものだったようです)久しぶりに、自分が彼女のファンだったことを思い出しました。
 今やアカデミー賞女優なだけでなく、監督、製作者としても活躍するジョディ・フォスターの人生を振り返ります。

<子役デビュー>
 ジョディ・フォスター Jodie Foster が1962年11月19日ロサンゼルスに生まれた時、彼女の父親はすでに母親ブランディによって家を追い出されていました。度重なる女性関係が原因だったようですが、そのため母親は女手一つで4人の子供を育てることになります。生活は苦しくなり、母親は芸能界とのつながりを使うことでジョディの兄をCMタレントとしてデビューさせます。そのおかげで、家族はやって行けるようになりました。ある時、コパトーンのCMオーディションに兄と一緒に行った彼女は、兄の代わりにCMに出演。CMの人気子役として全米にその名を知られるようになります。普通なら、そのままタレントとしてガンガン稼ぎそうなものですが、彼女の母親はそんなありがちなステージママではありませんでした。
 お金を稼ぐことよりも、女優として大成することを目指させたいと考えていた彼女は、幼い頃からそのための準備をしており、その後彼女が大学に入学することも応援することになります。フランス映画が好きだった母親は、彼女に多くのフランスの名画を見せ、フランス語を学ばせています。こうして母親の考え方は、そのまま彼女の生き方に生かされることになり、それが後の彼女の監督業進出の原動力となったのでしょう。
 子役として有名になった彼女には次々に出演のオファーが来るようになり、先ずは彼女はテレビ・ドラマの子役として俳優デビューを果たすことになります。当然、テレビ・ドラマでも彼女は活躍しますが、母親は彼女を映画女優として活躍させるため、次なるステップを考えていました。そして、出演オファーと共に送られてくる映画の脚本を読み比べて、仕事を選びながら映画女優としてのキャリアをスタートさせることになります。
 こうして、10歳で彼女はディズニー映画「ナポレオン&サマンサ」(1972年)で映画女優としてデビュー。同じ年には、当時大人気のスポーツだったローラーゲームの世界を舞台にした映画「カンサスシティの爆弾娘」にラクエル・ウェルチの娘役として出演。
 1973年には「トム・ソーヤーの冒険」(監督はドン・テイラー)に出演し、映画の中で主題歌の「LOVE」を歌いました。そして、1974年、彼女は運命を変えることになる映画に出演します。

<スコセッシとの出会い>
 彼女は、ロバート・デニーロの出世作「ミーン・ストリート」で注目を集めていた若手監督マーティン・スコセッシの作品「アリスの恋」(1974年)に彼女は主人公アリスの息子の彼女役として出演することになりました。スコセッシ監督は、オーディションに現れた彼女が可愛い顔をしていながらローレン・バコールのような渋い声を発するのが可笑しくて彼女を選んだと言います。
 エレン・バースティンがアカデミー主演女優賞を受賞したフェミニズム映画の名作で、彼女は主人公の息子にちょっかいを出す妙に大人びた少女を演じ強い印象を残しました。もちろん監督のマーティン・スコセッシにとっても彼女の印象は強く残り、次回作となった「タクシー・ドライバー」で重要な役となる未成年の娼婦役は彼女しかいないと考えていました。
 「タクシー・ドライバー」の前に、彼女は子供たちだけのギャング映画「ダウンタウン物語」(1976年)に出演し、ギャングのボスの情婦を演じました。監督は、これまたこの作品が出世作となったアラン・パーカーで、高い評価を受けています。母親ブランディによる出演作の選択に間違いはなく、その選択眼がなければ彼女が「タクシー・ドライバー」に出演することはできなかったはずです。

<「タクシー・ドライバー」への出演>
 スコセッシ監督から「タクシー・ドライバー」への出演オファーを受けた彼女は、当時まだ13歳という若さでした。役柄的にはティーンエイジャーの娼婦役だったので、年齢的には必然性はありましたが、ロサンゼルスの教育・児童福祉委員会は、彼女の出演にクレームをつけます。未成年の少女にとって、その役は問題があると考えたのです。しかし、スコセッシ監督だけでなく母親のブランディもまた娘の出演を実現させようと奔走。結局、ジョディは専門家による審査を受けることで出演の許可をもらい、撮影中も常にソーシャル・ワーカーが監視にあたり、彼女の目の前でセックスや暴力の過激なシーンが撮影されないようチェックにあたったと言います。しかし、彼女自身はその役を演じることにまったく不安を感じてはいなかったようです。

「自分がまともで、娼婦を演じてもさしつかえないことを証明するために、精神科医のところで4時間を過ごしたの。だけど、あの役はわたしの人生を変えたわ。生まれて初めて、まったく違ったものを演じられたんだもの。実は、ああいう人を知ってるの。ハリウッド大通りから3ブロックしか離れていないところで育ったから、アイリスのような娼婦は毎日見てるわ」
ジョディ・フォスター

 当時、彼女は「タクシー・ドライバー」という映画についてこう語っています。恐るべき13歳です。

「『タクシー・ドライバー』は、群集の中にひっそりと取り残された人々、つまり”孤独”を象徴していると思うの。誰にだって彼の一部は存在するんじゃないかしら。たとえば、なんにもないアパートで貧しさにあえぎながら座っているのではなくて、むしろ外に出て、認めてもらえることをやろうと待ち受けている部分のことだけど」
ジョディ・フォスター

 この映画が上映されたカンヌ国際映画祭に出席した彼女は、記者からのインタビューにフランス語を交えて答え、その才能ぶりをアピールし、フランスでの人気も獲得することになります。

<様々な役柄への挑戦>
 1975年の「別れのこだま」では、不治の病に冒された少女。
 1977年の「Freaky Friday」では、母親(バーバラ・ハリス)と心が入れ替わってしまう娘。
 「白い家の少女」では、セクシーで謎めいた殺人犯。
 「キャンドル・シュー」では、英国貴族の孫娘になりすまし、遺産を騙し取ろうとする少女。
 「Moi,Fleur Bleue」はフランス映画で、フランス語を話す登場人物。
 「避暑地のラブ・ストーリー」はイタリア映画で、思春期の夏の思い出を演じています。こうして、次々と様々な役柄に挑戦した彼女が次に選んだのは、大学への進学でした。

<名門大学への進学と悲劇>
 元々頭が良かった彼女は、撮影の合間に勉強を続けていて、大学の入試に挑戦。見事超名門のイエール大学に合格します。そこで文学を専攻した彼女が卒論のテーマに選んだのは、後にオバマ大統領の愛読書としても有名になるアメリカを代表する女性アフロ・アメリカン作家トニ・モリスンでした。
 夏休みなどを利用しながら映画への出演を続けていた彼女でしたが、そんな順調そのものの彼女の人生を狂わせる衝撃的な事件が起きます。それは、当初、まったく彼女とは関係がない事件のはずでした。
 1981年3月30日、ジョン・ウォーノック・ヒンクリーJrによるロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件が起きます。会議を終えてワシントン・ヒルトン・ホテルから出てきた大統領は突然現れた青年に左肺を撃たれ、報道官のジェイムズ・ブレイディは頭を撃たれ、その後。下半身不随となります。
 彼女にとって問題だったのは、それからでした。犯人が潜伏していたワシントンのモーテルの部屋から、ジョディ・フォスター宛の未投かんの手紙が見つかったのです。その中の手紙の一つにはこう書かれていました。

親愛なるジョディ
レーガン殺害を試みる際に、間違いなく、ぼくが殺される可能性がある。だから、いまきみにこの手紙を書いている。
もうきみもよく知っているように、ぼくはきみをとても愛している。この七か月間、ぼくへの興味をふくらませてくれたらいいという一縷の希望を託して、数十通の詩と手紙とメッセージをきみに残してきた。
きみとは二度電話で話したが、ぼくには、近づいて自己紹介する勇気がなかった。・・・
ジョディ、きみの愛を勝ち取って - まったく世に知られずに、あるいはどういうかたちであれ - 残る生涯を一緒に暮らせさえするのなら、ぼくはレーガン暗殺という企てを頭から捨て去るつもりだ。きみに告白しよう。ぼくがいまこの計画を推し進める理由はただ、もうこれ以上きみの気を引くことに期待できないからだ。きみのためにこれを行っていることをはっきり理解してもらうために、ぼくはいま何かをやらなければならない
・・・・・
ジョン・ヒンクリー

 「タクシー・ドライバー」という映画が好きすぎて、自らをその主人公トラヴィスに重ね合わせていたヒンクリーは、この事件の前にもカーター前大統領の暗殺も計画していたことが後に明らかになっています。父親が石油業界の大手ヴァンダ―ビルト・エネルギーの社長というお坊ちゃま育ちのヒンクリーは、優秀な兄弟たちの間で認められることなく、生きる目標も失っていました。精神を病んでいった彼は、いつしかナチズムやテロリズムにのめり込み、それらを実行するための武器の準備まで始めます。そんな孤独な男のアイドルは、トラヴィスとジョン・レノン、そしてジョディ・フォスターだったのです。
 彼から何通もの手紙を受け取り、電話にも出て話したことがあった彼女は、事件のことを知り衝撃を受けます。そのうえ、資産家であるヒンクリーの父親は、息子を助けるために弁護のために巨費を投じ、彼を精神分裂症スペクトル異常という精神病患者と認定させることで無罪を勝ち取ることに成功します。裁判では、彼女も関係者の一人として証言を求められ、ビデオによる証言を行いましたが、ヒンクリーが釈放されたことで、今度は彼女が恐怖に怯える立場に追い込まれます。ヒンクリーは精神病院に入れられたため、彼女に被害が及ぶ危険は少ないと考えられましたが・・・。
 それでも彼女は、それまでどうりの生活を続けましたが、さらなる事件が彼女を襲います。エドワード・リチャードソンという彼女のファンが、ヒンクリーと同じように彼女のストーキングを行い、一度は彼女を殺そうと接近したのち、大統領の暗殺を計画し、未遂で逮捕されるという事件が起きたのです。
 もともと父親に対する不信感があった彼女は、こうした事件によりいよいよ男性に対する不信感が深まり、その心の傷により精神的に追い込まれ、一度は薬物の所持で逮捕されています。そうした厳しい状況から彼女が復活できたのは、やはり映画の仕事だったようです。

<映画女優として>
 1984年、彼女はフランス映画の巨匠クロード・シャブロルの作品「他人の血」に出演。フランスで女優活動を再開します。続いて、イギリスでトニー・リチャードソン監督の「ホテル・ニューハンプシャー」に出演します。

「ホテル・ニューハンプシャー The Hotel New Hampshire」(1984年)
(監)(脚)トニー・リチャードソン
(原)ジョン・アーヴィング
(撮)デヴィッド・ワトキン
(音)レイモンド・レポート
(出)ジョディ・フォスター、ロブ・ロウ、ポール・マクレーン、ボー・ブリッジス、ナスターシャ・キンスキー、リサ・べインズ、マシュー・モディーン
 独特の世界観をもつジョン・アーヴィングの映画化作品。同じアーヴィング作品の映画化「ガープの世界」(1982年)、「サイダーハウス・ルール」(1999年)は、どれもが甲乙つけがたい傑作と言えます。それは、アメリカ、イギリス、スウェーデンを代表する巨匠が、それぞれ原作をそつなく映像化した結果でしょう。
 ホテルを経営する家族がニューハンプシャーで事業に失敗。その後、ウィーンへと旅立ち、再びホテルを始める悲劇と苦難と冒険の物語。その中で彼女は、学生時代に集団でレイプされた経験を持ち、その時に助けてくれた黒人青年と付き合い、熊の着ぐるみで生活する女の子と愛し合い、最後には弟と肉体関係をもつというアーヴィングのキャラクターならではのエキセントリックな役柄を演じています。
 この映画の撮影は、モントリオールで舞台となったホテルで合宿生活をしながら行われました。

 わたしが無意識に求めていることと自分の演じる人物とのあいだにかなりの関連性があるとしても気にしないわ。『ホテル・ニューハンプシャー』は結局のところ、”移り変わり”についての話なのよ。登場人物が成長し、空白のページが埋まっていく様子を描いているの。人生をかたちづくるできごとによってね。・・・
 人格が形成されるまでにどれほどの経験をしなければならないかが描かれているから、わたしはこの映画が大好きなの。人格をつくるできごとがいくつか起きるけど、恐ろしくて苦しい時間だからといって忘れるべきではないわ。それらは実際にわたしたちの一部なんだもの。
 最近の青春映画の大半に欠けているのはそこよ。大体が、初体験のことばかりでしょ。青春期で一番大切なことでもないし、究極の目的でもないと思うわ。


 『ホテル・ニューハンプシャー』に出演していたとき、わたしは自分にこう言ったの。「なぜこの仕事をしているのかわかったわ。ここで75人の人たちと一緒に、いま感じているように感じていたいからよ」って。ロブやナスターシャと一緒だと、本当の家族のような気がした。・・・
 撮影が終わた時、みんな目に涙を浮かべ、お酒を飲んで酔っ払ったの。二度とこんなふうになることがないとわかっていたからよ。陶酔とはああいうものを指すのね。なにか- つまり過去の自分の姿 - をなくし、新たなものを受け入れる。初めて恋におちるようなものよ。
・・・

 この作品は彼女が再び俳優として映画界で活躍するきっかけとなっただけでなく、彼女を少女から大人の女性へと成長させるきっかけとなったのかもしれません。原作もすばらしいですが、映画版も素晴らしいです。
 「ホテル・ニューハンプシャー」が彼女の映画界復帰作であり、大人への第一歩とするなら、1988年の「告発の行方」は、彼女にとって女優としての最初の到達点となりました。

「告発の行方 THE ACCUSED」(1988年)
(監)ジョナサン・カプラン
(脚)トム・トーパー
(撮)ラルフ・ボード
(編)ジェリー・グリーンバーグ、O・ニコラス・ブラウン
(音)ブラッド・フィーデル
(出)ジョディ・フォスター、ケリー・マクギリス、バーニー・コールソン、レオ・ロッシ

 ジョナサン・カプラン監督によるこの作品の映画化を知った彼女は監督に主役をやらせてほしいと志願。当初、主人公役にはケリー・マクギリスが本命としてあげられていました。(「刑事ジョン・ブック」のレイチェル役など)しかし、彼女は主人公役を断り、主人公と共に闘う女性検察官役を希望してきました。実は、彼女は学生時代に見知らぬ男にレイプされた経験があり、レイプされる役を演じる自信がなかったのでした。
 こうして彼女は主人公を演じることになりましたが、撮影は予想以上に過酷なものになりました。特に、あえて最初に行われたレイプ・シーンの撮影は彼女だけでなくスタッフ全員にとって厳しい試練となりました。

 あのシーンはわたしたち全員にとって最高にきつかったわ。でも、映画全体に不可欠なものだし、どうしても入れなかればならなかったのよ。誰もがつらかったけど女性よりも男性のほうがはるかにそうだったみたい。撮影はまず、あのシーンから入ったの。おかげで、スタッフもキャストも強いきずなで結ばれたわ。毎日撮影が終わると、互いに手を握ったまま泣いたものよ。

 意外に聞こえるかもしれないけれど、奇妙にも精神的高揚をもたらしてくれる映画だっとわ。毎日わたしたちは、何か重要なことをしていると思いながら、セットから家路についたの。重要なことというのは、実際に役立つという意味でよ。たとえば、この国で被害届の出されていないレイプ犯罪は数多いけれど、この映画はそれを届け出るように促しているの。女性に対しては、現在も広くタブー視されている話題を語ろうと訴えかけているし、男女双方に、いまこそこの問題について話し合い、会話を始めるよう励ましているわけ。その意味で重要なのよ。わたし自身はこの映画で成長したと思うの。みずからを女優だと認めたのは初めてだった。

 ある人に「これはフェミニズム映画なの?」と言われたの。ええ、そりゃそうよ。すぐれた映画でフェミニスト的でないものなんて知らないわ。なぜなら、女性を人間として描いている作品こそ、フェミニズム映画だからよ。それに『告発の行方』が男性を嫌悪しているなんて全然思わない。・・・

 暴力は生きていることの一部でもあるわけだし、この映画は、銃剣や散弾銃や軍隊を使って暴力を犯しているのでもないわ。人間を使っているのよ。それこそ恐ろしいことだわ。残虐なのは、人間の持つ残虐性よ。

ジョディ・フォスター

 意外なことに彼女は、この映画での演技に最後まで自信が持てず、自分が映画を壊してしまったのではないかと悩んでいたようです。しかし、この映画での彼女の演技は高い評価を受け、見事アカデミー主演女優賞に輝くことになりました。

「羊たちの沈黙 THE SILENCE OF THE LAMBS」(1990年)
(監)ジョナサン・デミ
(原)トマス・ハリス
(脚)テッド・タリー
(撮)タク・フジモト
(音)ハワード・ショア
(出)ジョディ・フォスター、アンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、テッド・レヴィン、アンソニー・ヒールド

 この映画の主人公クラリス・スターリングこそ、彼女にぴったりの役でした。それはもしかすると初めて彼女自身の知性と性格を両方生かせる映画だったのかもしれません。そのことを感じていた彼女は、この原作小説の映画化を知り、すぐに監督に決まったジョナサン・デミにクラリス役をやらせてほしいと志願します。この映画の主役もまた当初は彼女ではなく、ミシェル・ファイファーだったようですが、見事彼女はクラリス役をゲットします。
 彼女は撮影が始まる前、自分がFBIの捜査官として本物らしくなるためにクラリスのモデルとなったFBI捜査官メアリー・アン・クラウスの指導の下、警察訓練アカデミーで数週間に渡りレクチャーを受け、検屍にも立ち会いました。

 目にしたあらゆるものに、彼女は激しく動揺していましたが、少しもひるみませんでした。わたしたちはジョディに現実を教えることが肝心だと考えたのです。彼女はのみ込みが非常に速く、プロ意識に徹していました。女性の殺害された遺体が発見されたペンシルヴァニアにも行き、検屍にも立ち会いましたが、初めてそういうことをしなければならないのはつらいものです。彼女はFBI捜査官を演じるのなら、その人物が検屍時に何をして、どのようにふるまわなければならないのかを理解しなければ気がすまなかったのです。
メアリー・アン・クラウス

 わたしがあの人物に肉付けしたのよ。これまでの女性”ヒーロー”の描き方のなかで、クラリスがいちばん真に迫っていて進歩的だわ。「男っぽく見えるようにステロイドをたっぷり注入したヒーローだ」とか「ほんとにかわいくてやさしくて、みんなに好かれているからヒーローだ」とかいうんじゃないところが自慢なの。実は、彼女には悲劇的な傷があるからこそヒーローなのよ。自分の持つ醜さと向き合い、それと直面しながら犯罪を解決する。つまり、これはヒーロー神話なのであって、いままでの映画の女性主人公には決して見られなかったものだわ。
 小さな女は、筋肉に頼る人間と同じ方法が使えないでしょ。敵と戦うには、マシンガンではなく、知力がものをいうのよ。


 この映画の前にも女性が”ヒーロー”となる映画はありました。しかし、その多くは「エイリアン」の主人公リプリーや「ターミネーター」のサラ・コナーのように男性と同じようにマッチョな存在で、女性的な”ヒロイン”ではありませんでした。その意味で彼女が生み出した「クラリス」というキャラクターは新しい”ヒロイン”像だったのかもしれません。
 名優アンソニー・ホプキンス(ハンニバル・レクター)との共演も彼女にとって刺激的なものでした。彼はまるでレクター博士のように彼女の心をかき乱したようです。

 彼は何かをしていて、不意にわたしのなまりをまねし始めたの。初めてそれを聞いたとき、泣き叫ぶか、あるいは彼を殴りたくなったわ。それほど取り乱したの。・・・

 父親に対するコンプレックスを抱えているというクラリスの設定も彼女自身と共通していそうです。こうして、生み出された緊張感たっぷりの演技合戦は、サスペンス映画としての恐さに心理的な奥深さを与えることに成功。この作品は、1992年度のアカデミー賞で作品、監督、脚本、主演男優、主演女優を主要部門を独占したのは、サスペンス映画として史上初の快挙だったといえます。こうして、二度目のアカデミー主演女優賞を受賞した彼女ですが、実はまだ20代という若さでした!

<初監督へ>
 ハリウッドでもトップクラスの女優の域に達した彼女は、その実績と信用を元手についに長年の夢だった監督業への進出を果たします。彼女は、その準備のために映画製作会社「エッグ・ピクチャーズ」を設立。初の監督作品「リトルマン・テイト」を発表。この作品はまずまずの興業的な成功を収め、批評家からも好意的な評価を得ることができました。もちろん僕も見ましたが、素敵な小品で成功作だったと思います。

「リトルマン・テイト LITTLE MAN TATE」(1991年)
(監)ジュディ・フォスター
(客)スコット・フランク
(撮)マイク・サウソン
(音)マーク・アイシャム
(出)ジョディ・フォスター、アダム・ハン=バード、ダイアン・ウィースト、ハリー・コニックJr
 貧しい家庭の子ながらIQの高い天才少年であることがわかったことから、シングル・マザーでウエイトレスをしながら子育てをする母親(ジョディ・フォスター)が、なんとか少年を才能に見合った教育を受けさせようと奮闘する物語です。
 明らかにジョディの生い立ちと類似した物語として上手く映像化されました。製作費1000万ドル以下でできたこの作品は、2500万ドルの興収をあげました。

 監督に挑む準備はずっと以前からできていたわ。さまざまな規模の映画に出演して、あれこれ学んできたからよ。たくさんの映画が失敗し、何人もの新人監督が失敗するところだって見てるわ。感情的な意味では『告発の行方』に出演する前はまだ準備ができていなかったと思うの。誰も気に入らない映画を作るチャンスなら数多くあるわ。誰も気に入らない映画を作るチャンスなら数多くあるわ。だけど、やはりどこかで拍手喝采を受けなければならないのよ。

「ウディ・アレンの影と霧 SHADOWS AND FOG」(1992年)
(監)(脚)ウディ・アレン(撮)カルロ・ディ・パルマ
 どんな映画かさっぱりわからないの。ただ演じただけ。脚本は読んでいないのよ。彼の仕事のしかたは独特だから、わたしはそれでOKだったわ。これは彼の映画だし、彼の頭の中にあるものでしょ。根っから信用できる監督はめったにいないけれど、彼はそのひとりよ。彼がいいと考えるのだから、こちらは言われるようにやったまでだわ。わたしが全面的な信頼を置いているのは、彼とスコセッシなの。

 ジョディ・フォスターが同性愛者ではないか?という噂は以前からありました。「ホテル・ニューハンプシャー」でのナスターシャ・キンスキーとの関係。「告発の行方」でのケリー・マクギリスとの関係は特に噂になったようです。しかし、彼女自身によるカミングアウトは、未だにないようですが、もともと彼女は多くのハリウッド女優のようにプライベートを見せびらかすタイプではありません。

 仕事は仕事よ。いつだって仕事はわたし自身を表現する方法であり、自分以外のものになる方法でもあるわ。だけど、わたしの性格は仕事に優先するのよ。わたしは女優になる以前からわたしだったんだもの。女優になったのは、演技をするのが好きだからであって、新聞に写真を載せたり、どんな色のソックスをはいているかを、みんなに詮索させるためえはないわ。・・・

 その後も彼女は作品を選ぶことで、多彩ではずれのない作品に出演し続けます。
 「ジャック・サマースビー」(1993年)(恋愛映画)、「マーヴェリック」(1994年)(娯楽西部劇)、「ネル」(1994年)(森の中で育った野生少女の物語)、「コンタクト」(1997年)(異星人とのコンタクトものSF映画)、「アンナと王様」(1999年)(「王様と私」のリメイク)、「パニック・ルーム」(2002年)(サスペンス)、「インサイドマン」(2006年)(銀行強盗もの)、「ブレイブワン」(2007年)(復讐もの)、「幸せの1ページ」(2008年)(ファミリー・アドヴェンチャー)、「それでも、愛してる」(2009年)(夫婦の愛の物語)、「おとなのけんか」(2011年)(舞台劇の映画化)、「エリジウム」(2013年)(SFサスペンス)、「マネー・モンスター」(2016年)(監督・社会派サスペンス、この作品も良かった!もっと評価されていいと思います)
 その後も彼女は、同じような映画やパート2的な映画にはいっさい出演せず、次々と異なるタイプの映画に出演し、監督をし続けています。そんな彼女には、いつかアカデミー作品賞もしくはカンヌやベネチアでの監督賞、作品賞を獲ってもらいたい!古くからのファンとして応援しています!

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