ƒ³ã‚°ã®åå‰ã‚’あげていました。なるほど・・・彼女がプロレス好きなのは有名ですが、アーヴィングといえばレスリングは欠かせないスポーツです。しかし、それ以上に自らの人生をモチーフにして、そこから物語を紡ぎだす、その作話手法も似ている気がします。
 単に自分の人生を小説家することはガープのお母さんも禁止していましたが、アーヴィングの作品はデビュー作の「熊を放つ」から「ガープの世界」、「ホテル・ニューハンプシャー」など、どれもが彼のヨーロッパ放浪体験などをもとに書かれた小説でした。
 「父親の不在」、「ヨーロッパ放浪」、「レイプ」、「人種差別」、「作家としての苦悩」、「父親としての苦悩」・・・そこに彼の師匠的存在だったであろうカート・ヴォネガット作品からの影響が加えられることで、彼の小説は生み出されてきました。

<半自伝的作品>
 2005年発表のこの小説は、どうやらそんな彼の私小説的作品の集大成的な到達点ともいえそうです。この本の訳者あとがきには、アーヴィングの生涯について改めて書かれています。

 ジョン・アーヴィングの両親はまだ彼が小さかった頃、離婚しています。第二次世界大戦中、父親は空軍のパイロットでしたがビルマ上空で撃墜され、中国に逃げ延びたもののその後、行方不明になったままでした。
 彼は11歳の時、年上の女性から性的虐待を受けた経験があります。
 そして、2002年彼は行方不明になっていた父が残した子供、彼にとっての異母兄妹がいたことを知ります。二人の弟と一人の妹と彼が初対面した時、残念ながら父親はもうこの世を去っていました。彼はもっと早くなぜ彼らと逢えなかったのかと悔しがり、大きな精神的ショックを受けたといいます。この事件が小説のモチーフになったわけです。この作品が、過去の作品に比べて重い感じがするのは、そんな精神的なショックから彼が回復していなかったからかもしれないし、だからこそ最も厚い作品にもなったのでしょう。

<アカデミー賞授賞式>
 この小説には、アーヴィングが自作「サイダーハウス・ルール」の脚色によってアカデミー脚色賞を受賞した際の授賞式の場面が描かれています。他の候補者のことや授賞式後のパーティーなど、たぶん実際にあったであろう事実が描かれていると思われ、実に興味深い出来事の連続です。読者は、まるで自分も授賞式に出席しているかのように思えます。
 作品中に登場する映画や俳優、監督たちは、「地獄の黙示録」(F・F・コッポラ)、「アマルコルド」(F・フェリーニ)「素晴らしき哉、人生」F・キャプラ、「アメリカン・ビューティー」(サム・メンデス)、「マグノリア」、「リプリー」、「用心棒」、「オール・アバウト・マイ・マザー」、「タイタニック」、ハーヴェイ・ワインシュタイン(製作者)・・・

<あらすじ>
 ジャック・バーンズは刺青師の母親とともに行方不明の父親を追って、ヨーロッパを旅して回る少年時代をおくりました。

 当時、まだ刺青は記念品のようなものだった。旅の記録、あるいは一生一度の恋、失恋、立ち寄った港の思い出 - 。肉体が写真のアルバムになる。ただ、刺青そのものが写真的な表現にならなくてもよい。芸術性、美的快感はなかったかもしれない。だが醜いものではない。醜さを意図してはいない。その昔の刺青には感傷の味わいがあった。また、そういう気分にならなければ、体に墨を入れようとは思うまい。

 父親のウィリアムはパイプオルガン奏者として、各地の教会を巡っていたため、二人はその後を追っていたのです。しかし、結局二人は父親に会えず、そのまま故郷のカナダにもどります。

 みんなジェリコのバラを隠し持っているのではないか、とジャックは思った。目に見える普通の刺青とは限らない。無料サービスみたいに、どこか普通ではないものだ。それでも一生残るには違いない。皮膚の上には見えないだけ。

 その後、学校にもどったジャックは、父親同様に女の子たちにもてる少年時代をおくりますが、なぜか年上の女性たちとの関係が続きます。レスリングに熱中しながら、俳優をめざすようになった彼は、幼なじみのエマ・オーストラーと共にハリウッドに向かい、そこで役者の道を歩み始めます。

「一人だけの観客がいると思いなさい」ワーツ先生は言う。
「一人の心にふれる演技をするの」
「一人って誰ですか?」
・・・・・
 そんな一人なら、やはり父しかいなかった。ウィリアムを念頭に置いた瞬間から、ジャックは舞台人になりきった。カメラに映される人生の始まりだ。役者の仕事はたいして複雑ではないのだと、いずれ知ることにもなる。二段階しかない。まず観客に愛される。そうすれば泣かすこともできる。


 女装マニアのイケメン青年役で人気者となった彼は、しだいにハリウッドでその知名度をあげ、エマが書いたヒット小説「投稿リーダー」の映画化にあたり、脚色を担当します。

「人生とは配役の表みたいなもの」と、エマは「投稿リーダー」の中で書いた。
「出番だと言われれば、出ていく。ほかに決まりはない」


 しかし、ハリウッドでの活躍によっても、彼の心の穴は埋められず、母親の死をきっかけに再び父親の記憶をたどる旅へと出発します。

 要するに、いまのジャックは芝居をしていなかった。できなくなったようなのだセリフを忘れたわけではないのに、役柄に入れなくなっていた。妹がいる、愛する妹が。その妹も兄を愛すると言ってくれた。いまのジャックは演技することをやめていた。ただジャック・バーンズであるだけだ。ついに本物のジャック・バーンズになっていた。

 すると、その旅で彼は驚くべきことを知ることになります。


「また会う日まで Until I Find You」 2005年
(著)ジョン・アーヴィング John Irving
(訳)小川高義
新潮社

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